面白くて、考えさせられる記事を書きたい。(朝日新聞社)

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高校時代の経験がきっかけで、教育問題に携わりたいと思いを持った葉山さん。念願かなって現在は教育グループの記者として、日々教育に関わる問題を追いかけています。
自分のやりたいことを実現し、順風満帆に見える葉山さんですが、その裏側には様々な苦労や努力があったようです。苦しいことにもめげず、自分の目標に一直線に進む葉山さんの、仕事にかける思いとは?(2009年5月時点の情報です)

「教育問題に関わりたい」その熱い思いを胸に秘めて・・・

これまでに経験してきたお仕事の内容を教えてください

最初は札幌にある北海道報道部で2年間、事件事故担当の記者として警察取材をしていました。
その後異動して、次は新潟に3年間在籍しました。ここでは県庁の取材や新潟県内の教育を担当。それから東京本社へ異動となり、最初の半年間は整理部の所属でした。記事のレイアウトや見出しをつける担当の部署です。その後は文化グループに異動し、ファッション関係やテレビ欄の記事を2年担当しました。
現在の教育グループに配属となったのは3年前です。主に学校など教育の現場に行って話を聞き、それを記事にします。最近では、全国学力調査の記事を担当しました。

記者を目指したきっかけは何だったのですか?

私の高校は校則がとても厳しかったんですよ。女子は三つあみ、男子は学生帽。体操服は風呂敷に包むなど、意義のわからない校則もありました。勉強も大変で、授業は7時半から始まるので朝暗いうちから家を出なくてはならず、遅刻をすれば先生から体罰を受けることもありました。大学進学についても、自分の学力に合った大学を先生が選び、その中の学校を受験するという形です。そのような高校生活を経て、なぜこんな教育内容だったのだろうと疑問をもちました。そこで、教育学について学びたいと思い、教育学部に進学したんです。

最初は教育学者になりたいと思っていたのですが、大学2年のときに、私の出身高校での体罰が地元の新聞に取り上げられました。それがきっかけで学校が少しよくなったということを聞き、教育問題を解決するためには記事を書くという選択肢もあるんだと気づいたんです。それが記者に興味をもったきっかけでした。

では、今の教育グループに配属されたのは、葉山さんの願いが通じたといったところでしょうか?

そうですね。私は採用面接の時からずっと教育関係をやりたいですと言い続けていました。毎回異動の時期には、教育の担当になりたいと希望を出し続けていたんです。ちょうど会社の組織を再編するときに、教育グループが独立して新たに作られ、各部から人を集めるということになったんです。その時に、上司が「そういえば教育をやりたいと言っていたな」と私のことを思い出してくださって、教育グループに行くことができました。

学生時代はどのように過ごしていたのですか?

私は、大学には真面目に通い、ゼミもいくつか受けていたのですが、キャリアに直接結びつくような活動、例えばボランティア活動などはしていなかったですね。先日私は採用試験の面接官をしたのですが、今の学生さんは色々な活動をされていてびっくりしました。それくらい、自分は何もしていなかったなあと思いました。

「お金をもらって修行しているようなもの」-‘記者’という仕事への思い

記者としての仕事の楽しさとは何ですか?

私の場合、自分で調べたことが記事になり、それが読者に読まれることが「仕事」なので、「仕事をしている」という感覚がないんですよ。お金をもらって記事を書く修行をしているようなものです。それから、今関わっている教育面の記事は、読者からの反響がとても大きいんです。それが変化に繋がっていくというのは歓びですね。自分が書いた記事が電車の中吊り広告に使われたこともあって、友人から「見たよ」と言われたことも嬉しかったです。新潟にいたころには、自分達の書いた連載記事が本になったこともありました。

では、仕事をやめたいと思ったことや苦労したことはありますか?

札幌での最初の三ヶ月は辛かったです。札幌という土地は初めてで、知り合いもいなかったので、毎日家族や友達に電話していましたね。自分が興味のある教育について書くこともできませんでしたし、スクープを取るためにフットワーク軽く動くような仕事も苦手だったんです。「記者に向いてないのかな…」と思いながらも、自分がやりたいことができるまではやめられないという思いで、仕事を続けていました。

仕事で辛いことがあったときはどのように気分転換しているのですか?

私の場合は、「寝て忘れる」ことですね(笑)。先程も言ったように私は興味のある分野を取材することが多いので、仕事とプライベートに垣根はありません。休みの日に友達と遊んだり、デートしたりと人に会って気分転換をすることもありますね。

葉山さんが仕事で心がけていることや大事にしている思いを教えてください。

新潟にいた頃、当時の総局長が「面白くて考えさせられる記事を書こう」とおっしゃっていて、その言葉を今も大事にしています。その頃から、事件を追ってスクープを狙うのではなく、事件に「味付け」をするように切り口を変えて書くことを心がけていますね。読者はどんなことに興味を持つかな、どんなことを知りたいかな、ということを常に意識しています。
また、事件事故について被害者に取材をする時には、無理矢理聞き出すことはしないようにしています。どうしても聞かなければならないときには、後から手紙を出すなどの方法を考えます。私の周りにいる記者も、同じようなことを心がけているようです。

「等身大の体験を記事にしたい」-将来の夢、学生に向けたメッセージ

葉山さんの将来の夢を教えてください。

会社のシステムとして他部署への異動は必ずあるんですが、また教育グループに戻って来たいです。そのためにも、教育といえばあいつだ、と思われるような実績を残したいと考えています。
それと、結婚して、子供を育ててみたいです。子育てをすることで、記者としても今起きていることを肌で感じて、等身大の体験を記事に生かすことができると思うんですよ。その経験を通して、地に足のついた記事を書くことができればいいと考えています。

「教育」について、今後どのような記事を書いていきたいですか?

自分の中ではっきりした教育像みたいなものがあるわけではないんですが、子供たちが今より良い教育を受けられるようになってほしいと思います。自分自身、高校生活に苦い思い出があるので、自分のような思いをする子が増えてほしくはないんです。何か問題のある部分があるなら、それを伝えていきたいと思っています。

これから同じ職業に就きたいと思っている人に何かアドバイスはありますか?

頭で考えるだけでなく、実際に行動してみることが大切です。自分の興味のある分野について調べて、それを実際に記事の形にしてみるというのは記者という職業を考える上でいいと思います。そうやって実際に体験してみることで「なぜ新聞記者なのか」ということを考えることができると思います。

では、大学生に何か伝えたいことはありますか?

色んな場所に旅行をしてみるといいと思います。私も学生時代に、ドイツに1ヶ月短期留学をしたり、年に1~2回は旅行に行ってましたね。社会人になったら、時間がなくてなかなか行くことができないと思いますし、学生のうちに色々経験することは社会人になっていく上で重要なことだと思います。

インタビューを終えて( ハナジョ記者:中央大学法学部4年 中並沙緒理)

「教育問題をやりたい!」その思いで真っ直ぐに突き進み、見事念願の教育記者になった葉山さん。強い目標意識を持ち続け、それに向かって日々努力することが、夢を叶える方法なのだと、今回のインタビューを通して感じました。熱い思いをもって努力している姿はきっと誰かが見ていて、その姿に周りは勇気付けられたり、後押ししたくなるのだと思います。いつまでも夢を持ち続け、キラキラ輝く女性になっていたいですね!葉山さん、ご協力ありがとうございました。

記者という仕事

テレビ局や新聞社など報道機関に所属して、記事を書くのが記者という仕事。

「夜討ち朝駆け」なんて言われることもありますが、スクープのためには深夜でも早朝でも現場に駆けつけて取材をする、というなかなかにハードな仕事!

最初は体力的にハードな部署で記者としての基本を鍛えられ、その後専門的な部署に配属される、というのが多いパターンです。

あこがれる人は多いけれど、全力で取り組む事ができなければ難しい仕事でもあります。 仕事は完全に体育会系! それに負けない精神でがんばらなければいけません。

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ハナジョブ学生記者

2008年〜2016年までの学生記者たち

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