みなさんは、「インクルーシブデザイン」という言葉を知っていますか?インクルーシブデザインとは、「障がいのある方をはじめ多様なユーザーを包括し、お互いを理解しながら一緒にデザインする手法」のことをいいます。今回は、ソニーグループ株式会社クリエイティブセンターのサステナブルデザイングループで、インクルーシブデザインの手法を用いながら、さまざまな製品や体験のデザインに携わっている西原幸子さんにお仕事のことやキャリアへの考え方についてお話を伺いました。
培ったスキルを伸ばすため、IT系出版社からソニーへ
現在のお仕事について教えてください。
ソニーグループのクリエイティブセンターというソニーのプロダクトからエンタテインメントまで、いろいろな分野のデザインを行う部署に所属しています。その中でも、サステナブルデザイングループという、環境とアクセシビリティ※領域のデザインを請け負うグループで統括部長としてマネジメントの仕事をしています。
※アクセシビリティ…さまざまなユーザーが製品やサービスを、利便性を損なわずに利用できること
ソニーに入社したきっかけについて教えてください。
最初に入社した会社はIT系の出版社でした。そこではWEBサイトの制作に携わり、ニュースサイトやオンライン書店の立ち上げなどを経験しました。ただ、規模の小さい会社だったので、もう少し大きい会社でライティングやWEB制作などの知見をつけたいと思い、ソニーに転職しました。
ソニーに入社してから経験したお仕事について教えてください。
ソニーに入社してからは、携帯電話など製品の取扱説明書を作る仕事をしていました。ただ、製品自体がアクセシブルでマニュアルを読まなくても簡単に使えることが理想の姿だと思っていたので、アプリの文言を制作する仕事にも関わり始めました。このアプリの仕事がすごくおもしろかったので、クリエイティブセンターのユーザーインターフェース(UI)デザインを手掛ける部署に異動しました。この部署では、プロジェクトマネジャーやデザインマネジャーという立場で、デザイナーと一緒にプロジェクトを行っていました。UIの仕事を数年担当して、その後パッケージデザインやWebデザインなどを行うコミュニケーションデザインのマネジメントの仕事にも取り組みました。
自分の得意分野を活かして、新しいプロジェクトにチャレンジ
インクルーシブデザインのお仕事に携わるようになったきっかけについて教えてください。
ソニーの中で、ソニーの持っている技術を活かして障がい者の有無にかかわらず多様な方が一緒に楽しめる体験を作っていこうという動きがありました。私は、「CAVE without a LIGHT」という展示で障がいのある社員の方と初めて一緒に仕事をしたのですが、すごく発見が多かったんです。そこから私の仕事はUIの仕事が半分、アクセシビリティやインクルーシブデザインのプロジェクトの仕事が半分というバランスになっていきました。
UIやインクルーシブデザインのお仕事など、新しいお仕事に挑戦されていますが、不安はありませんでしたか。
UIデザインを手掛ける部署に移ったときは、周りにプロのデザイナーがいる中で、自分には何ができるだろうと2・3年はすごく悩みました。今でも100%自信があるとは言い切れません。ただ、ライティングや、プロジェクトの進行、人とコミュニケーションを取って障壁を取り除くなど、自分の得意な領域に少しずつ気づきながら、周りの励ましやサポートも得ながらなんとかやってきた、という感じですね。
お仕事をする中で心がけていることはありますか。
なるべく3年おきぐらいに変化しようとは心がけています。やはり同じことだけやっていると、なかなか進化とか成長ってしづらくなるので、「そろそろ4年目だから他の部署や仕事に挑戦してみたいです」ということは上司に言うようにしていました。また、どんなプロジェクトでも、チームメンバーがハッピーで助け合いながら仕事をできるということは一番大事にしています。
インクルーシブデザインというと、自分自身とは違ったさまざまな境遇の方が持つ課題解決に取り組むことになると思うのですが、リサーチ前後で自身の固定概念や価値観が覆された経験はありますか?
リサーチ前に想定していたことが、リサーチしてみるとまったく違っていた、という考え方や価値観を覆されたことは毎回ありますね。ただ同時に、共感できたり、「同じ悩みや不安ってあるよね」と気づいたりすることも多いです。例えば、聴覚障がいのある方がテレビでお笑い番組を見るとき、わあっと笑いを取ったタイミングから字幕が遅れて出てくると、すごく興ざめしてしまうんだそうです。こういうことは私たちにもありますよね。英語で話していて、みんなが笑っていたけど自分だけ分からないとか、お笑い番組を見てみんなが盛り上がっている中自分だけオチが分からなかったとか。最初の頃は「違い」がおもしろくてそこにフォーカスしていたのですが、今は共通の感情や悩みを見つけることに興味が湧いています。
他のデザイン手法にはない、インクルーシブデザインだからこそのやりがいや楽しさについて教えてください。
まず、一貫して何かを作る仕事なので、何かが生まれる瞬間に立ち会って、スタートポイントを見られるという楽しさはありますね。
また、ソニーには「クリエイティビティとテクノロジーの力で、世界を感動で満たす」というPurpose(存在意義)があるのですが、インクルーシブデザインのプロジェクトをやって初めて、感動ってこういうことなのかと心から実感しました。目の前のユーザーさんが本当に喜んでくれる体験を提供できている実感が湧くことがすごくおもしろいなと思います。
インクルーシブデザインは今、皆さんの関心が非常に高い分野なので、ストーリーに共感してくれるたくさんの方々から応援メッセージをいただきます。そこがすごくやりがいに繋がりますね。
インクルーシブデザインのおもしろさがすごく伝わってきました。インクルーシブデザインの仕事に携わるのはすごく狭き門だと思うのですが、そういった仕事をしてみたいと思っている人にアドバイスをお願いします。
普段の生活でもインクルーシブデザインを実践できるなって思うことはたくさんあります。例えば、駅で白杖を使っている方が歩いていたら「どうやって歩いているんだろう」とちょっと見守ってみるとか、そこで何か明らかに困っていたら声をかけることもきっかけになると思います。なので、そういうところから少しずつ関わっていくといいのではないでしょうか。また、インクルーシブの対象はどんどん広がっています。目に見えない病気に苦しんでいるような障がいもあるし、環境や地球全体が制約のある、ある意味ユーザーのようなものになっていくので、どうやってインクルーシブに考えていくかという仕事も今後増えてくると思っています。
キャリアは築くものではなく、結果的に後で振り返るとあるもの
ソニーでは「自分のキャリアは自分で築く」という精神が根付いていますが、西原さんは今後、どのようにキャリアを築いていきたいと考えていますか。
「築く」というと“お家”みたいなイメージですよね。私は、家を自分で築けている確証がまったくなくて、キャリアは結局、「結果的に後で振り返ったらあるもの」だと思っています。登山をしたときに、自分の後ろに登れた小山、登れなかった小山がポコポコ出来ているイメージです。その方がおもしろいと思うんですよね。2階建ての素敵なログハウスを建てる夢があったとしても、そのログハウスが建てられないかもしれないじゃないですか。固定概念を持ちすぎると辛くなるっていうのを体感的に学んできているので、「キャリアは結果的に出来ているかもしれないもの」というように捉えています。
では最後に、人生の先輩として、学生にメッセージお願いします。
学生の時に学校の先生からもらった、「God, grant me the serenity to accept the things I cannot change, Courage to change the things I can, and wisdom to know the difference.(変えられないものを受け入れる心の静けさと、変えられるものを変える勇気と、その両方を見分ける英知を我に与えたまえ。)」という言葉を今でも座右の銘にしています。キャリアって変えられないもの、自分でコントロールできないこともいっぱいありますよね。学生の頃は分からなかったけど、その後すごく力を与えてくれた言葉なので、私がもらった言葉をそのまま学生の皆さんに贈りたいと思います。
取材を終えて
取材では、インクルーシブデザインを使った仕事ややりがいについて本当に楽しそうに話される姿が印象的でした。また、取材の最後には、将来について不安を抱える学生が勇気づけられるようなメッセージをいただきました。私も、これから就職活動や自分のキャリアについて悩んだとき、いただいた言葉を心の拠り所として頑張ろうと思います。お忙しい中、貴重な機会をいただき、本当にありがとうございました。
ソニーグループ株式会社は、テクノロジーに裏打ちされたクリエイティブエンタテインメントカンパニーです。ゲーム&ネットワークサービス、音楽、映画、エンタテインメント・テクノロジー&サービス、イメージング&センシング・ソリューション、金融などの事業を展開し、「クリエイティビティとテクノロジーの力で、世界を感動で満たす」ことをPurpose(存在意義)としています。
ソニーは、創業して間もなくデザインの重要性をいち早く認識し、デザイン室(現:クリエイティブセンター)を1961年に設立しました。「人のやらないことをやる」というソニーのDNAのもと、プロダクトからエンタテインメント、金融、モビリティなどの事業領域に活動の幅を広げ、ソニーグループの多岐に渡るデザインとブランディングを行っています。デザインのあらゆる可能性を開拓し続け、世界中の人々とともに、より豊かで心地よいライフスタイルの実現や、クリエイティビティとテクノロジーの融合によってもたらされる新たな価値の「原型」の創造を目指します。
写真提供:西原さん