介護の現場に音楽プログラムを届ける、株式会社リリムジカを起業した柴田萌さん。 「起業って、自信ない…」「ガツガツしている人が起業するんじゃない?」そんなイメージを覆すお話をしていただきました。普通の音大生だった柴田さんが起業しようと思ったきっかけ、思いがけない共同創業者との出会い、会社代表としての悩みまで、様々なお話をお届けします。
ないなら作っちゃおう、音楽療法士の会社
どのようなお仕事をされているのか教えてください。
高齢者を対象に音楽の場づくりをする会社、リリムジカの代表です。高齢者の方々が要介護や認知症の状態でもなお、その人らしくいられる時間や心から楽しい時間を日常に作りたいと思っています。「ミュージックファシリテーター」として現場でも活動をしていますよ。
なぜ起業をしようと思ったのでしょうか?
きっかけは、音楽大学を卒業して音楽療法士として就職したかったけど、安定して働ける職場が見つからなかったことです。「音楽療法士の組織があればいいのに。ないなら作ろう」と思いました。
違う道も選べるなかで、諦めずに起業したのは強い意志があったんですか?
いや、自分ができるという自信や起業への強い想いはなかったです。使命感というより、自分が欲しいなら、どこかにも欲しい人はいるはずだと思って。誰もやってないけれどやってみようかなと、トイレットペーパーがなくなっていたら変えておこう、くらいな結構気軽な気持ちでした(笑)。
そんな気軽に!身近に起業している人がいたんですか?
全然いなかったです。でもきっかけを作ったのは母なんです。「音楽療法士の集う会社があればいいのに、ないんだよね」と話したら、母に「ないなら作ればいいんじゃない?」と言われて。作ればいいのか!OKOK!となりましたね。
とにかく発信する・やってみる、で実現した起業
起業に向けてまずどんなことをしたのですか?
会社ってどうやって作るんだろう?と思い、起業家の近くで学べるインターンを見つけて問い合わせのメールをしました。そうしたら、いきなり全社会議に誘っていただき。何にも分からないけれど、何かの縁だから行くしかない!と見学をさせていただいたこともありました。
起業は2人でされたと伺いました。共同創業者とどのように出会ったのでしょうか?
起業したいですと言い続けていたら、学生向けの起業支援プログラムを紹介してもらい、そこで出会いました。会場の扉を開けて覗いたら、もう明らかに意識高そうな男子学生が並んでいて、「うわー、場違いなところに来てしまった」と思いましたが、その中にいた一人です(笑)。
そのかたとはなぜ距離が縮まったんですか?
参加者の中でも音大生という特殊な人間が、「音楽療法士が仕事にならないなんておかしい、だから起業します!」と語っているので、面白いと思ったようで、話しかけられました。それで意気投合して一緒に起業してみることになりました。
完璧を求めすぎて苦しんだ、代表としての責任
起業をしてみて大変だったことを教えてください。
社会人経験もない自分が代表者として責任をどう果たせばいいか、大きく捉えすぎて苦しみました。もし、いろいろなロールモデルを知っていれば、別に代表者が万能な必要はないと早く気づけたかもしれないです。
当時周りにお手本となる人はなかなかいなかったのでしょうか?
インターン先の社長は30歳くらいのかたでした。大学を卒業したての私にはスーパーマンに見えてしまって。それに対して自分は勢いしかなくて、知識も能力もないのに大丈夫かなと不安でした。完璧なイメージばかり膨らんで、何から手をつけていいか、どういう自分になればいいのか、なかなか描けませんでした。
どのように完璧の呪縛から解放されていったのでしょうか。
とにかく現場での技術を磨くことに集中しました。現場の事が分からないと仕事は増えないし、音楽療法と全く違う畑の彼と組んでいる以上、自分が現場に立つしかありませんでした。だんだん彼が営業と経営、私が現場という役割分担が確立されて、完璧像は薄れていきました。
起業での苦労を踏まえて、起業に興味のある学生に伝えておきたいことはありますか。
いろんなロールモデルを見た上で自分に合いそうなものを真似して、合わないものは真似しなくて良いということです。グイグイ皆を引っ張るようなタイプだけがリーダーじゃなく、私のように後ろから皆を支えるような人もいる。そんないろいろなモデルを知っておいた方が、こうあるべきと囚われすぎず、自分らしく取り組めると思います。
音楽療法からミュージックファシリテーションへ
そもそもなぜ音楽療法士の仕事に関心をもたれたのですか?
大学の音楽療法コースの実習で、自閉症の子どもと関わったことです。どうコミュニケーションをとれば良いのか分からず、話しかけて言葉が返ってくるわけでもないし、目も合わないし、自分が視界に入っているのかも分からないという不安の中スタートしました。でも3か月後、「一緒に遊ぼう」と手を引っ張ってくれるようになったんです。音楽を媒介に一緒に時間を過ごして仲良くなっていけた体験をして、面白い仕事だと思いました。
障害を持つ子どもでなく、高齢者向けのサービスを展開されているのはなぜですか?
起業当初、定期的な導入をしてくれたのが老人ホームだったんです。高齢者向けの専門性を磨いていったので、自然と高齢者専門のサービスになりました。
でも、実はもともと高齢者向けのサービスを行えるイメージはなかったんですよ。どんなコミュニケーションを取ればいいか分からず、苦手意識があったんですよね。でも老人ホームでのチャンスをいただいたならやるしかない、とやってみたら、すっかりハマってしまって。食わず嫌いなだけだったんだなと、今なら思えます。
やってみて気づくこともある、ということですね。やりがいはどんな所に感じますか?
ご本人と介護職員さん・ご家族と一緒に、新しい一面を発見して分かち合う時間を過ごせることです。中でも印象的だったのは、コミュニケーションが難しくなっていた認知症の女性が、歌詞をしっかりと見て声に出して歌い、ほろっと涙を流されたことです。職員の方は、会話が難しくても歌って涙する力が彼女にあると分かって、「できないことばかりだ」、という一方的な思い込みに気づいたと教えてくれました。
新たな一面を発見できる場を作れるって、とても素敵なことですね!
そうなんです!だから私たちの仕事は、「マイナスの状態をプラスへ治す」音楽療法ではなく、「どんな状態にあっても、暮らしの中でいい時間だと思える空間を作る」という意味を込めてミュージックファシリテーションと呼んでいます。ファシリテーターはすごく皆さんを観察して、好みや価値観・思い出を受け取り、それを元にさりげない会話や提案をして関係を深めています。
最後に学生全体へメッセージをお願いします。
少しでも興味があることや、自分の心に引っかかったこと、とりあえず何でもやってみてください!私は、そのような衝動で動いて役立たなかったことは、一個もないです。
それに、私がインターンに参加したいと連絡したら、いきなり全社会議に呼んでもらえたように、学生というだけでチャンスを与えてくれることが多いと思います。フットワーク軽くなんでもやってみてはいかがでしょうか!
取材を終えて
何もノウハウがない状態から、与えてもらったチャンスはとにかくやってみる姿勢で生き生きと活躍されている柴田様を見て、やりたいと少しでも思ったら行動を起こそうと勇気づけられました。
私自身起業に興味はあるものの、どこか他人事になってしまっていました。今回柴田様というロールモデルを知れたことで、自分のやりたいことの実現手段の一つに起業という選択肢も考えられるようになりました。本当にありがとうございました!
写真提供:柴田さん
リリムジカは「人が最期まで自分らしく生きられる社会をつくる」という存在目的のもと、介護施設や高齢者向け住宅等で音楽を使った場づくりを行っています。 介護現場で近年重視されている「自立支援」を「要介護度や認知症の有無にかかわらずその人らしい生活を考え実現することの手助け」と捉えたときに、音楽がきっとその役に立つと考えています。 おひとりおひとりのお好きなことや得意なこと。 これまで歩んできた人生。そして、これからのこと。 私たちは音楽の場づくりを通じて、それらを一緒に見つけ、思い出し、語らいながら、その人らしさに光を当ててまいります。