民間企業から転職され、海外勤務も経て、現在は長野県庁の環境政策課に勤務される藤原さん。環境問題の解決に向けて、皆が問題に取り組みやすい体制にするべく、前向きな革新を起こそうとされています。公務員に興味がある方をはじめ、新しいことを始める勇気が欲しい、という方は必見です!
自分自身がワクワクする気持ちを大事にすることが、より多くの人たちを巻き込む力になる
現在のお仕事について教えてください。
長野県庁の環境政策課に所属していて、環境教育とゼロカーボン実現に向けた取り組みを担当しています。
長野県では2021年6月にゼロカーボン戦略を策定しました。2030年までに温室効果ガス正味排出量を2010年比で6割削減し、2050年までに0(ゼロ)を目指すという数値目標を掲げています。国内でも高い目標を掲げたので、その実現に向けて県民の皆様をはじめ、様々な方に協力していただくための仕組み作り、モデル事例づくりを進めていくべく「サステナブルNAGANO共創プラットフォーム(仮称)」を立ち上げることにしました。温室効果ガスの正味排出量を0(ゼロ)にすることは、行政だけが取り組めば達成できるものではなく、皆ができるところから取り組んでいく必要があるので、その実現に向けて日々模索中です。
また環境教育では、信州環境カレッジを担当しています。具体的には、自然体験や環境教育の講座を提供してくださる地域の方やNPOなどと、その講座を受けたいと考えている一般の方や学校などをマッチングさせる事業です。そのほかに、気候変動や環境問題に関心のある県内の小学生から大学生が情報交換したり、アクションを起こすことができるオンラインコミュニティのサポートを今年度から始めました。また、2022年2月にはオンラインの「国際学生ゼロカーボン会議」を開催しようとゼロから企画、準備を進めています。
ゼロカーボン実現に向けたプラットフォームの立ち上げや国際学生ゼロカーボン会議は新規事業ということで先例が少ないと思いますが、大変だなと感じる瞬間はありますか。
そうですね、行政という大きな組織の中で新規事業を起こすのは、簡単ではないなと感じます。税金を使わせていただくので、本当にそれに見合う効果が見込めるのかということを様々な人と意見交換をしたり調整するにはどうしても時間がかかります。
また、先例がないプロジェクトを行う際には何が正解か分からないので、学生コミュニティのサポートなど予算をかけずにできることから小さく行動を起こしながら、「あ、今の学生はこう考えているんだ、こういうことに関心があるのか」といった実感や感触をもとに、プラットフォームのような大きなプロジェクトの構想を描くようにしています。
つまり、今、目の前にいる人や事実をしっかり捉えて小さくてもいいのでカタチにしていく行動力と数年後、数十年後の社会を見据えたときに何が必要かという長期的かつ大きな視点、その2つをバランス良く行ったり来たりをすることで、結果的に良い方向への変化を起こすためのサイクルが回っていくのではないかと考えています。
もちろん、行政が行う事業は税金を使わせていただいている以上、様々な視点から精査されるべきだと思います。しかし、過去の事例や成果だけにとらわれた基準では、判断しきれないことも多いですし、長い議論の間に本当の目的を見失いがちです。小さい挑戦を常に行いながら、大きなビジョンを描くことを忘れないようにしています。学校教育では、“探究”が重視されるようになってきていますが、大人も答えは分からないので、探究しながらやっています。子どもたちと一緒なんです。
先ほど大きなビジョンを描くことを心がけているというお話がありましたが、藤原さんの中で実現したいと考えていることは何かありますか。
一人ひとりがより自分らしく、そして前向きな気持ちで日々選択し暮らしていたら、結果的にそれが自身の生活を豊かにするだけでなく、自然や地球のためになる。そういう生活を実現できたら良いなと考えています。
一般的に、行政の施策は補助金を作ったり、規制を課したりすることが主な手法です。それが必要な分野や業務、タイミングはもちろんありますが、“ライフスタイルを変えていく”といったような動きにおいては我慢や受け身の姿勢に繋がってしまうこともあると思います。
ビジョン実現のために今取り組んでいることが先ほどお話ししたプラットフォームや環境教育です。信州らしい各地域の文化や知恵を生かしつつ、新しいテクノロジーやアイデアを取り入れ、あらゆる世代の方に「なんだか面白そう、楽しそう」と思ってもらえるモデル的な取り組みを生み出し、そして発信していきたいです。まずは私たちが「ワクワクしながら」取り組めることが大切です。
また、自分自身ができないことを他者に強制することはできません。自分の暮らしを実験台にしながらどのような取り組みだったら自分でもできて、他の人も関わりやすく、「自分にも出来る!」と感じてもらうことができるのか考えていきたいです。それが、結果的には行政の仕事にも繋がっていきます。自分自身も一人の県民ですからね。
様々な分野に興味を持ち、活動した学生生活。今その全てが仕事に繋がっている
今までの人生の中で、今のお仕事に繋がる出来事はありますか。
幼い頃から、環境問題には興味がありました。小学生の頃は生き物が大好きで、道ばたで虫や植物を拾って下校するという生活をしていました。そんなときに、田んぼで稲を育てるなどの農業にも関わり、生き物の大切さを肌で感じる機会がありました。同時に、当時ニュースでオゾン破壊など環境問題が取り上げられているのを見て、自分がなんとかしないと!と思うようになりましたね。大学では農学部環境資源科に進学し、当時は科学者になって環境問題を解決したいと考えました。
でも、大学で学んでいくうちに、どんな気候変動が人為的だと証明されても、科学者の力だけでは解決できないということを痛感しました。より多くの人が、暮らし方や社会のあり方全体に対して「このままでよいのか?」という問いを持って、行動に繋げていく必要があります。今、気候変動への関心は高まっていますが、10年前はまだまだだったと思います。そこで、私は直球で環境問題にアプローチするのではなく、一度離れてみて、客観視したいと考えるようになり、様々な分野に視野を広げていきました。
具体的にどのような分野に興味を持たれたのですか。
学部時代は農家さんを回ったり、食育プログラムをつくり保育園と連携するといった活動を学外で行っていました。大学院では、樹木細胞学研究室で細胞壁の研究をしていました。
自然環境を深掘していくと同時に、社会への実装という視点ではランドスケープデザインというその土地にあった植物や自然を生かした景観をつくる公共空間のデザインや建築物作りといったハード面でのまちづくりにも興味を持つようになり、大学院卒業後はまず、不動産デベロッパーに就職しました。その後、長野県庁に転職するとともに、長野県に移住しました。それが6年前です。
民間企業から転職されたとのことですが、公務員に興味をもったきっかけは何だったのでしょうか。
分かっていたことですが、自分自身の興味の幅が広かったというのが大きな理由です。不動産デベロッパーにいたときは、もちろん経験の積みたかった、ハード面でのまちづくりや不動産に携わることができ、上司や同僚にも恵まれていてとてもやりがいは感じました。一方で、以前から興味を持っていた教育や農業などの分野についてはなかなか直接的に仕事につなげることができないもどかしさもありました。
行政は教育や農林業、まちづくり、環境問題など全ての社会課題を扱っています。これらは部署ごとに分かれているものの、複雑に関係し合っているのでこれまでの経験は全て繋がってきます。さらに、社会課題を対処療法ではなく、仕組みの部分から変えて、よりよい社会にできたらいいなと考えていたのも大きかったです。そういった点から、公務員に興味を持つようになりました。その中で県庁を選んだのは、県内の様々な地域を知ることができるのと同時に、国とは異なり、より分野横断的に施策に関われるからです。最終的に転職を決断できたのは、尊敬する公務員の人たちとの出会いですね。
今までの経験を生かしながら、国内外に対してサステナブルNAGANOのブランド構築をしていくことが目標!
ニューヨークに転勤されていたとのことですが、その経緯と現地での経験について教えてください。
入庁2年目が終わるタイミングで、一般財団法人自治体国際化協会のニューヨーク事務所への派遣の公募が出ました。以前から海外で働きたいとの思いを持っていたので、迷わず手を挙げました。
アメリカでは、JETプログラムという草の根の国際交流事業や日本全国の自治体の依頼を受けて現地の行政に関する調査事業を行っていました。その他、長野県の日本酒や発酵食品のPR、そして観光PRも担当していました。長野県のプロモーションをしていく中で、そのポテンシャルの高さを知ると同時に、他地域の商品との差別化を図る必要性を感じるようになりました。そこで、これまで環境政策に積極的に取り組んでいた県であり、地域の材料にこだわって作られている産品が多い長野県の強みから、“サステナブル”というブランディングに力を入れていくと良いのではと考えるようになったんです。
学生時代からここまで、環境問題というテーマから離れていたということですが、日本に戻られたあと環境政策課に配属されてみていかがですか。
現在コロナの影響でグリーンリカバリーを目指していく動きがあり、世界全体として持続可能な社会についての関心が高まっています。そういった、世の中の潮流と自分が以前から実現したいと思っていたビジョンが今はぴったりと合致しています。農業や食、教育、まちづくり、そして国際交流など、これまで挑戦してきた全ての分野の経験や知識、人脈も環境政策課で活きています。遠回りのように見えて、このタイミングまで力を蓄えてきただけだったというか、ドラマの最終回のように全ての伏線を回収している感じですね。
当初描いていた科学者という立場ではありませんが、行政という立場から環境問題に取り組むことができることになり、しっくりきています。温室効果ガスを減らすという数値目標だけを目指すのではなく、その取り組みのプロセスを含めて海外に発信し、“サステナブル NAGANO”のブランドを構築していくことで、長野県の特産品に付加価値がついたり、旅行先として多くの人に選ばれるようにしていきたいです。
様々な経験をされてきた藤原さんだからこそ言える、公務員を目指している学生へのアドバイスはありますか。
もし、公務員に対して前例踏襲で決められたことをやるだけだというイメージを持っている学生がいたら、それは違うと伝えたいです。もちろん、法律に基づいた業務では、間違いは許されません。でも、全ての業務に頼ることができる前例があるわけではありません。時代は変化しているので、過去の延長線上では対処できない課題が増えてきている私は感じます。
本来、行政というのは税金をいただいていることもありますから、長期的な目線でその街がどうしたらよくなるかについて考え、少し不確実なことがあっても必要な部分には投資していくべきではないかと思います。未来を先取りすることは行政でしか出来ないし、行政がやるべき仕事だと考えています。
また、民間の企業であればターゲットが限定的である企業が多いと思います。しかし、行政は生まれる前の赤ちゃんからご高齢の方まで全ての方と関わります。だから、街の人たち全員のためにどうしたらいいかという民間よりも幅広い視野をもって事業に取り組むべきだと思います。また、ダイレクトに公務員という仕事に就かなくても、民間から行政の仕事に関わることもできます。行政だけでは何かを成し遂げることは難しく、民間と協力することがますます重要になってくるので、色々な関わり方があるということを視野に入れて将来を考えてみてください。
学生に対してメッセージをお願いします。
今までの生活では出会ってこなかった立場、知らなかった仕事をしている方とお話をしてみると良いと思います。私自身もそうだったのですが、学生時代は自分の好きなことができる機会がある一方で、関わる人々が偏ってしまいがちだと感じます。そうなると、同じ考え方や価値観を持つ人が周りに多くなってしまいますが、外の世界を見渡してみると本当に色々な考え方を持った人がいることに気がつきます。だから、自分が心地良いなと感じるコミュニティから少し飛び出して、新しい世界に飛び込んでいくことを意識するのが大切です。もちろん、同年代の仲間も大事ですが、年上の方や子どもなど普段出会うことが少ない方と交流することで、自分の中の経験値が増えていくと思います。私自身、今でもこれは意識しているので、是非実践してみてください。
取材を終えて
藤原さんのお話を聞いて、仕事の内容はもちろんですが、考え方に対して圧倒されました。幅広い分野に興味を持ち、貪欲に成長されてきた藤原さんはとてもかっこよく、同じ女性としてとても憧れの存在になりました。また、今何気なく取り組んでいることでも、点と点が繋がりやがて線となり自分の中で大きな糧になることがあるということで、私もどんなことに対しても全力で取り組んでいきたいと思いました。今回はありがとうございました。
写真提供:藤原さん
長野県庁 (https://www.pref.nagano.lg.jp/index.html)
長野県庁は、地方公共団体である長野県の行政機関。SDGs未来都市に選定されており、信州環境カレッジなど、環境問題にも力を入れている。