東京女子大学学長を長年務められ、89歳になった現在でもNGO理事や講演、著作活動を中心に現役で活躍し続ける湊晶子さんが、女子学生のためにインタビューに応じてくださいました。
生き方に迷い、これからの進路への不安を感じた時、乗り越えるための力の源は?太平洋戦争からコロナ禍までいくつもの困難を通り、生きてきたからこそ語れる、女性の生き方指南をお届けします。
人生は白地図!
これまでのお仕事と現在のお仕事について教えてください。
私はアメリカ留学後、28歳で大学教師となり88歳まで60年間大学で働きました。二つの共学大学と二つの女子大学です。特に東京女子大学8年間、広島女学院大学では7年間、学長として女性のリーダーを育てることに尽力しました。育児休暇もない時代に3人の子育てをしながら仕事を続け、夫を若くして病のため亡くした後はシングル・マザーとして頑張りました。現在は執筆活動と講演活動を中心に取り組んでいます。
本当に長い間、大学での教育活動に関わってこられたのですね。大学の教員を目指そうと思ったきっかけを教えてください。
きっかけは、戦争による怪我の後遺症から子どもが持てないとわかったことです。それは大学3年生の時でした。それから私の人生変わったんですよ。それだったら、結婚もしないだろうから私は一生一人で生きる。そのために大学の先生になろうと思いました。神様が私を女性として作ってくださったのだから、子どもは産めないかもしれないけれど女性として社会に貢献できる人材になりたい、と考えたのです。大学卒業後にフルブライト奨学生に選ばれ、アメリカに留学できたことで大学教員への道を歩み始めることができました。
辛いこともバネにして乗り越えてきたのですね。そんな湊さんの学生時代はどのようなものでしたか。
私が大学に入学したのは敗戦の6年後です。戦争中に英語は勉強してはいけなかったし、本も与えられた本以外は読めませんでした。また、小学校では家がキリスト教を信仰している、というだけで1時間目から6時間目まで教室の後ろに立たされていました。それが大学に入学してからは自由に学べるようになり、感激、感動です。図書館で朝から晩までどんな本でも読めることが涙が出るほど嬉しくて、食事も忘れて本を読み続けましたね。だから毎日がすごく嬉しかったし、一秒ももったいなかったんです。
一人で生きようと決心された湊さんですが、結果的に留学生として一緒にアメリカに渡った男性と結婚され三人のお子さんに恵まれました。
人生、設計通りに行くと思ったら大間違い。人生は白地図であると私は思います。はじめから地図は描けないし、描いても絶対その通りにはなっていなかったと、自分の人生を振り返って感じます。でも計画はしなきゃダメですよ。計画通りにならなかったことを悔やまないことが大切です。「失敗」という言葉は私の人生にはないです。落ち込むような事柄に力を注ぐのではなく、労力を惜しまずに最初からもう一度頑張っていけばいいのです。だから前進あるのみで生きてください。
生涯がキャリア。大威張りで「女性」を生きて。
そんな湊さんにとって「キャリア」とはなんでしょうか。
まず、キャリアというと一般的には「給与のある仕事をして社会的地位を持っていること」と定義されます。でも、私はそれではキャリアという言葉が指す範囲が狭すぎると思うのです。報酬が得られる職業に就いている時だけがキャリアではなくて、たとえば子育て、主婦労働、ボランティア労働、文化形成活動や定年退職後の労働、これも全部キャリアだと私は思います。
私は88歳まで給与のある生活をしていました。でもそれがキャリアではなくて、子育てで仕事を半分にした時期もフルタイムキャリアなんです。よくベビーカーを押している女性が電車に乗って隅っこの方で申し訳なさそうにしているのを見かけますよね。そして彼女たちの横に私が行くと「すみません」って言うんですね。「子どもを育てるってすごいことなのよ。大威張りでやりなさい」って私が言うと「ありがとうございます」ってみんなに言われます。みんな素晴らしいキャリアを生きていると思います。
「子育てでキャリアを諦める」という言い方を聞きますが、そうではないのですね。
もちろんです。しかも、例えば3人の子育てをしたとしても、40代後半になったら子どもたちも手伝ってくれるようになるし、時間をマネージできるようになるのでかなり自分の時間ができるわけですよね。そこから今の私の歳まであと半世紀くらいあるのです。半世紀あればものすごいことができる!おばあさんになって何もかも手を引いてしまったらもったいないです。どんな道が開けても、それはキャリア。ぜひキャリアをもっと大きく捉えてほしいです。
そんな長いキャリア人生を生きていく秘訣はなんですか。
時間を上手に使うことですね。24時間をどう使うのかによって、人生80年、90年全然違いますね。私は昼間に横になったことはないです。睡眠時間はそんなに多くはないですが、夜中一度も起きることはありません。それは自分の訓練でできるんですよ。それから、忙しい時はメモを活用していました。子どもがいれば、子どものいろいろなことをやらなければいけないので、浮かんだアイディアなんてすぐ忘れてしまうのです。そこで、お皿洗ったりお肉を焼いたりしている時にぱっといい考えが浮かぶと、すぐメモをして、ピッと冷蔵庫に貼るようにしています。だから冷蔵庫は非常に華やかです(笑)。それを時間があるときに全部机に持ってきて分類していました。こんな工夫のしかたもあるのです。
能力は全員にある。「なんとかなる」とポジティブ思考で!
将来やりたいことを見つけるにはどうしたらよいですか。
私の場合、自分のやりたいことを紙に思いのまま書いて、一つ一つ消していきました。そうすると最後にいくつか残ります。それを分析すると、自分のやりたいことが見えてきます。私の場合、幼稚園の先生、中学・高校の先生、大学の先生など全て人と関わることだけが紙の上に残りました。そのとき私はデスクワークではなく、人と関わることをやりたいんだということがわかって教員になることにしました。
将来やりたいことを叶えるためには環境も大きく影響してくると思うのですが。
応援してもらえる環境があることが大切です。私がフルブライト奨学生の試験に挑戦できたのも当時所属していた大学の研究室の皆が応援してくれたからだと思います。
応援される環境にいるためには、自分も他の人を応援できるだけの大きな器にならなければいけないと思います。ほかの人の生き方も応援すればそれは必ず自分に帰ってきます。足を引っ張ることをしないで、人の良くなったことを心底喜び拍手で祝福できるかどうか。これが本当に自立しているかどうかのバロメーターだと私は思います。
自分の個性や自分の持っている能力がわからないという人はどうすればいいと思いますか。
個性、能力は全員にあります。ない人なんていないです。世界にこれだけの人がいても同じ顔の人はいない、あなたと同じ人は1人もいない。神様は、その人だけを造られたのです。そしたら必ず何かはできるはずです。個性があるか能力があるか考え込んでしまうことの裏には劣等感がどこかにあるのだと思います。
私もよく自信がなくなって悩んだことがありました。そんな時ビンセント・ピールの「あなたなしでも地球は回る」という言葉を思い出しました。ああ、そうかって思いましたね。私がクヨクヨしたって地球はちゃんと回っているのです。だから地球に乗っかってさえいればいい。「なんとかなる」って感じですね。否定的にものを考えず積極的にものを考える。マイナス思考ではなくて少しでもプラス思考に持っていくことが大切だと思います。
個性や能力がわからないと考えるのではなく、今の自分をもっと肯定的に見ていくことが大切なのですね。
それも絶対必要。そうすると、全然違った世界に自分を置くことになります。人生楽しくなりますし、大きな仕事が来てもなんだかすごくワクワクしてきますよ。
学生時代に一つだけどうしてもやらなければいけないことを挙げるとしたら、どのようなことですか?
良い友達を作ることですね。私は大学にいるときに親友に出会い、本当に感謝しています。彼女も私と同じようにもう90歳近いですが、お互いに支え合って、いつも安否を確認し合ったり相談したりしています。学生時代にgive and takeできる友を作ることが良いと思います。
最後に学生へのメッセージをお願いします。
私がハーバード大学で客員研究員をしていたときにご一緒したヘンリー・ナウエン(オランダ出身のカトリックの司祭であり、元ハーバード大学教授)の言葉を紹介します。
” Crushed grapes can produce delicious wine.” (ぶどうは砕かれて美味しいぶどう酒になる)。
この言葉が私の座右の銘なんです。人生たくさん砕かれれば良いんです。きっと砕かれるでしょう、これからの私の年齢まで。私もまだまだ砕かれると思いますが、それは、美味しいぶどう酒を作るためなのです。だから、できるだけ砕かれることから逃げないでほしいですね。
取材を終えて
戦争を生き抜いた子ども時代や、育児休暇がなかった時代での仕事と子育ての両立などさまざまな経験をされてきた湊さんのお話をうかがって、今の時代、自由に勉強できることや自由な時間があることに感謝しなければ、と改めて思わされたインタビューでした。
また、「キャリアは社会に出てお金を稼ぐことだけではない」と話されていたことが印象的でした。キャリアは人それぞれ。どんな人のキャリアも尊重していきたい、そんなことを再確認させていただきました。ずっと憧れだった湊さんにお話を伺うことができて本当に嬉しかったです。湊さん、ありがとうございました!
写真提供:湊さん
湊 晶子(みなと あきこ)
1932年生まれ。東京女子大学文学部社会科学科卒業。フルブライト奨学生としてホイートン大学院(神学修士・2008年名誉博士)。NHK教育テレビ英語会話中級講師、ハーバード大学客員研究員、東京基督教大学及び東京女子大学教授を経て、 東京女子大学学長(2002年~2010年)、広島女学院院長・学長(2014年~2021年)を歴任。現在、広島女学院顧問、国際NGOワールド・ビジョン・ジャパン理事、国際開発救援財団理事、国連ユニタール協会理事を務める。「瑞宝中綬章」受章、ペスタロッチー教育賞、中国文化賞受賞。著書:『女性を生きる』、『初代教会と現代』など。