皆さん、難聴児という存在を知っていますか?一般的に毎年1000人程生まれてくると言われています。実は、その子どもたちの教育はとても難しい現実があります。株式会社デフサポを立ち上げ、難聴児のための言葉の教育を行っており、自らも重度難聴者の牧野友香子さんは会社の事業の他に、YouTubeでも難聴児についてさまざまな動画を発信しています。多方面で活躍されている牧野さんの仕事への取り組み、想いについて紹介します。
自らも重度難聴者である経験から伝えられること。
現在の牧野さんのお仕事の内容を教えてください。
株式会社デフサポで、難聴児の”言葉の教育”を行っています。多くの親御さんが自分の子どもが難聴だということを病院で初めて知ります。そして、親御さんの92%が”聞こえる人”であるため、難聴の子どもがどのように日本語を覚えるかわかりません。デフサポでは難聴児を持つ親御さんへの情報提供や、難聴児に強い病院の紹介、カウンセリング等を行っています。合わせて、企業の方が障がい者を採用した際にどのように育成を行えばよいのかという悩みやチームに溶け込むためにはどうすればよいかといった企業研修も行っています。また、難聴者とあまり縁のない人たちに「難聴ってこんな感じなんだ!」というのを少しでも知ってもらいたいという想いから、デフサポちゃんねるで情報を発信しています。
もともと起業したいと考えていらっしゃったのでしょうか。
いいえ、もともとはソニー株式会社で人事の仕事をしていました。起業するきっかけになったのは1人目の子どもが生まれたときに骨の病気が見つかったことです。その際、難病の子どもの療育の選択肢もすごく少なく、先生の腕があまり信用できなくても「あなたはここに住んでるからこの病院ね」と決められてしまう現実に直面しました。モヤモヤしたし、「お金払ってでもいいからちゃんとした先生のところに行きたい、選択肢が欲しい」という気持ちが芽生えました。この出来事がきっかけで、子どもの教育や自由な選択権に興味を持ち始めました。
その出来事を経験してから、起業に至るまでの経緯を教えてください。
実は、1人目を産んで1年後くらいからブログを始めていました。自分の考えをブログで発信して、その考えはどこまで世間ではニーズがあるのだろう、他の親御さんはどう考えているのだろうというのを知りたかったからです。
2人目を出産する前に産休に入った際、ブログ読者の方に直接お会いし、困っていることなど、当事者のさまざまな声をうかがうことができました。その中で一番多かったのが「子どもにどうやって言葉を教えればいいかわからない」ということでした。その悩みであれば、自分の経験を元に、難聴児のことばの教育の支援が出来ると考えました。ただ、まだソニーに在籍していたので、このままだと育児も仕事もデフサポも全部中途半端になると思い、優先順位を2つに絞る必要がありました。最優先は育児と考えると、次に優先すべきことはどれなのか迷いましたが、ソニーの先輩、同期や両親などたくさんの人に相談したらほとんどの人がデフサポをやるべきだと背中を押してくれました。
”経験”がダイレクトに届く喜び、一方で”壁”に直面することも・・・
デフサポの仕事の中で、やりがいや喜びを教えてください。
やりがいという点では、「自分が難聴である」ということがダイレクトに親御さんに届くので、親御さんの声を直接聞くことができることです。産後4日から泣きながら「難聴の子を育てる自信がない」って連絡が来たりするんですよ。でも、その1年後にはとても楽しそうに育児をしている様子を聞くとやっていて良かったと思います。人の人生に関われる仕事ってなかなかないので、一番やりがいもあるし喜びもあるなと感じています。
逆に苦労されたことはありますか?
たくさんありますよ!私の場合は前職が大企業だったので、いわゆる「信頼のされ方」が違うんです。多くの人は難聴に興味があるわけでもないし、「デフサポの牧野さん?誰それ?」みたいな、デフサポの活動自体の知名度が低い状態でもあるので、どのように扱っていいかみなわからないんですよね。例えば「ソニーで働いている○○です」と言えば話が通っていたことも、そもそもそこまでいけないんです。そういった現状に対して、どのように影響力をつけたらよいか、どのように私のことを知ってもらったらよいか、すごく悩みました。今3年目がもうすぐ終わる時期なのですが、1年目・2年目の時は全く誰にも相手にされなくてすごく大変でしたね。
そんな大変な中でも、仕事で牧野さんが心掛けている部分、大事にしている想いについて教えてください。
心がけていることは基本ぶれていません。「耳が聞こえない子どもや障害のある子どもが自由に将来の選択ができるようになること」を考えています。例えば、耳が聞こえない子どもの場合、言葉が理解出来ないことで、学力を身につけづらかったりするんですよ。普通の教科書も全部言葉の力がいるんですよね。だから、言葉がわからないと教科書が読めないんです。そうすると、学力が低下してしまい、結局選択肢が無くなってしまいます。
また、今は言葉でコミュニケーションがとれなくても、パソコンに文字を打てればそんなに困りません。でも、日本語がめちゃくちゃな文章だったら、信頼性が下がってしまうんですよね。そうなると、職業選択の幅がすごく減ってしまいます。そのようなことがないように、幼少期に言葉の力をつけて、将来自由な選択をできるようにすることを心掛けているし、大事にしたいと考えています。
挑戦は素晴らしいこと。でも、その前に“私”を守ることも大切
起業に魅力を感じている、もしくは魅力を感じているけれども一歩踏み出せないなという学生にむけてアドバイスをお願いします。
すごく難しい質問ですね・・・。今は「起業することがいいこと」みたいな風潮になっていますが、私は起業に向いている人と向いてない人がいると思っています。やりたいことがあって起業するのはよいのですが、やみくもに起業することはあまりおすすめしません。私の場合は、一般企業に勤めていて基本的な仕事のやり方を理解していた上で起業したので、人脈もあったし、企業研修でも信頼度も違うし、「あの人はいいよ」と紹介してくれたりするんですよ。学生から起業すると働いている期間は長いけれど、信頼を0から築いていかないといけないのはしんどいかなっていう想いがあります。
起業自体は素晴らしいことですが、ちゃんとビジネスプランとして提供・受容の上でチャレンジしてほしいなと思います。起業にこだわらなくても、副業するという選択も今は出来ますよね。無理せず“私”を守ってからチャレンジしてほしいということです。
最後に、牧野さんが人生の先輩として、就職活動で悩んでいる学生に対してメッセージをお願いします。
言葉を選ばずに言うと、就職活動ってある程度、戦略でどうにかなると思っています。その戦略をどう練るかということや、言葉の使い方とかがすごい大事だと思うんですよ。
それでもやっぱり上手くいかない時には諦めないのはもちろん大事ですが、なぜ上手くいかなかったのかっていうのをちゃんと分析しないと何回やっても上手くいかなくなってしまうと思いますね。私は、就活時、結構企業研究を行っていて、一社ごとバラバラなこと書いて、ここのエントリーシート通りやすいなとか試行錯誤していくうちに、伝えることを一個に絞っていきました。みんないいことを伝えたくてたくさん話してしまいがちですが、一個のことを深く変えてもらった方が、採用する側も採用したいなって思うんですよ。
ある程度戦略を立て、課題を分析するという力というのも今後起業するときにも大事だし、仕事をする上でも大事だと思うので、そこを大学生の間に知っておくというのはよいと思います。逆に、ダメだったから、自分はダメな人間なんだって終わらなくていいと思います。だめだったから、じゃあどうやったらよいか?ということを考え、解決できることって意外と世の中は多いのではないでしょうか。
取材を終えて
約1年半前、YouTubeを通じて、牧野友香子さんという人物を知りました。さまざまなコンテンツを視聴していく中で、楽しく、わかりやすく、「難聴」というテーマを多方面からアプローチをして発信している牧野さんにいつかお会いしてみたいという気持ちが芽生えました。新卒で入社した会社を退職し、株式会社デフサポを起業した牧野さん自身の“原動力”はどこからきているのだろう?と純粋に疑問に思ったからです。
今回取材をさせて頂いて、「起業することは素敵なことだけれど、まずは起業以外の方法を模索してからでも遅くない」というお言葉は経営者でもある牧野さん自身のアドバイスだなと感じました。また、自分を守ることも大切だとおっしゃっていたことも印象的でした。貴重なお話を頂戴し、ありがとうございました!
写真提供:牧野さん
株式会社デフサポ(https://nannchou.net/)
「難聴児の未来を華やかに」という精神の下、難聴児のことばの教育と講演・企業研修を行なっている。また、代表の牧野氏自らが重度難聴者である経験を通して、難聴について親の立場と当事者の立場の2つの視点から情報提供をしている。