東日本旅客鉄道の土木職として、鉄道の安心・安全を支える佐々木さん。しかし、美大で過ごした学生時代には、今の職に就くことを全く想像していなかったそうです。佐々木さんが土木職の道に進んだきっかけ、その中でも変わらず持ち続けた軸について伺いました。技術職を目指している方はもちろん、「やりたいことの見つけ方」にもやもやを抱えているかた、必見です!
生活に密着した鉄道を現場で支える土木職。「人の目に留まるものを作りたい」そんな軸で未経験の領域にチャレンジ!
現在のお仕事について教えてください。
東京支社管内の常磐線エリアの工事を担当する部署に所属し、ホームドアの設置工事を行っています。常磐線にはホームドアが設置されていない駅がいくつかあります。快適な駅づくりのために、すべての駅への設置を目指して日々作業を進めています。
他に、地震が起きて揺れても斜面が崩れないようにする耐震補強の工事も担当しています。私自身は、測量や地質調査など、現場の事前調査を担当しています。線路の内に入らないと作業や調査ができない場合は、夜間作業を行うこともあります。
入念に調査や計画をして、工事を進めているのですね。ホームドア設置工事の担当になる前は、どのような仕事をしていましたか?
東京支社管内の土木構造物の管理をする東京土木技術センターで、トンネルや橋りょう、ホームなどを管理していました。そのあと修繕工事に異動して、新宿エリアの修繕工事や新幹線が通るトンネルやホーム、高架橋の工事を担当していました。
鉄道の土木職の道に進もうと思ったきっかけをお聞かせください。
私は美術大学出身で、当初は、デザイン系の会社やメーカーをめざしていました。しかし、就職活動がなかなかうまくいかなくて。そんなとき、当社の2次募集のポスターを見て、駅ナカ事業や不動産など、鉄道以外の事業展開もしていることが面白そうだと思い、記念受験として受けたのがきっかけでした。
もともとは土木ではなくて建築希望で応募をしていましたが、ふたを開けてみたら、まったく知識のない土木に配属された、というのが正直なところなんです(笑)。
美大生時代に思い描いた場所と異なる分野で、戸惑いはなかったのでしょうか?
悩むときもありました。ですが、そのような中で大事にしていたのは「何に重きを置くか」ということです。私は「人の目に留まるものを作りたい」と考えていました。同時に、何か貢献できる仕事ができたらよいとも考えていました。偶然出合った土木職ですが、自分が大切にしたいことを十分に実現できる仕事だからこそ、誇りを持って働けています。
もの作りに没頭した美大生時代。
美大を目指すようになったきっかけはありますか?
昔から絵を描くことが好きでしたが、具体的に美術大学に入ろうと思ったきっかけは、高校の選択授業で専攻した美術の授業です。先生に「美術大学を目指してみたら?」と声をかけていただいたことで興味を持ちはじめて、調べていくうちにすごく楽しそうだなと思うようになりました。
大学ではデザイン学科に在籍されていたそうですね。
はい。美術大学の中でも、デザイン学科というのが基本的に就職を見越した学部なんです。画家や作家ではなく、大学で学んだことを生かしながら会社員として働いた方がいいかなと思って、就職率の高いデザイン学科に入ることにしました。
大学では、チラシを作ったり、展示のパンフレットやリーフレットを作ったりと、絵をフラットに描くようなことをやっていました。日々、課題に追われていたように思います。
どのような学生さんでしたか?
せっかく美術大学に入ったからには、何か積極的に作っていきたいなと思い、年に1回開催される芸術祭というイベントを運営する執行部サークルで、広報を担当しました。そこでもリーフレットやパンフレットを作っていました。
サークル引退後は、パン屋でパンの成型アルバイトをしていました。明け方4時ぐらいに起きて、始発でパン屋に行って、パンをコネコネして。せっかくなら、ものを作る仕事がいいかなと思って選びました。パン屋のアルバイトで貯めたお金で、卒業制作で使う材料や道具を買っていました。こんな感じで、あっという間の4年間でしたね。