人と人を繋ぐパン粉になりたい!女性起業家が語る誰よりも熱い思い(株式会社コラボラボ)

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新しい働き方の1つである「起業」ですが、イメージしづらい人も多いのではないでしょうか?今回はリクルートに勤務したのち、独立して株式会社コラボラボを立ち上げた女性社長・起業家の横田響子さんに取材を行い、起業した理由や、仕事のおもしろさについて語っていただきました!

パン粉になりたい!?コラボラボでマッチングをしようと思った理由

今日はよろしくお願いします!まずコラボラボは具体的に何をしている会社なのか教えてください。

大きく分けて3つあります。まず1つ目は女性起業家の事業継続支援です。具体的にはコラボラボが運営する女性社長のデータベースサイト、「女性社長.net」を通じてPRのお手伝いを行っています。また、大学や企業からの講師募集やプロジェクトのメンバー募集などの案件紹介もしています。つまりマッチングです!

2つ目は大手企業を中心にプロジェクトを受託して、それを女性起業家と共に行っています。

なるほど。3つ目は何ですか?

私自身が行政に関わる方に提言をする、ということもやっていますね。

ありがとうございます。コラボラボはマッチングのイメージがあったのですが、それ以外にもさまざまなことを行っているんですね。ところでなぜマッチングをしようと思ったのですか?

私、物心ついた時からパン粉になりたいと思っていて…。

パン粉ですか!?

そうなの(笑)これは10代の頃から考えていたこと。 パン粉のように、異なる強みを掛け合わせて、新しくて見たことないものが生まれるというのをやりたいと思っていました。

そのように思ったきっかけはありますか?

オーストラリア時代の経験ですね。私はシドニーで生まれたので、幼い頃は現地の幼稚園に通っていました。オーストラリアにはいろんな国から人が集まっているので、幼稚園にも目や髪の色が違う子がたくさんいたんです。そういったことをダイレクトに体験して、ダイバーシティに目覚めました。

4歳で日本に帰国したので、日本の幼稚園にも通いましたが、そこで2つの国の違いを感じました。オーストラリアの幼稚園では自分で何かを選択することが当たり前になっていたから、それぞれが違う遊びをすることが容認されていたけど、日本ではみんなで一緒に何かをやりましょうという感じで…。

そういった違いを実感した上で、1人ひとりの違いを活かしていくことの方がおもしろいなと思うようになりました。

横田さんがリクルート時代に学んだこととは?

起業する前はリクルートに勤めていたということですが、当時はどんなお仕事をされていましたか?

リクルートには6年いたんですけど、大きく3つの時代に分かれます。 最初はリクナビの売り込みを営業としてやりました。その次にやったのは新規事業の営業。1万人以上の従業員を抱える大企業をターゲットに新しい商品を売りに行っていました。

最後にやっていたのが、東名阪以外に19拠点ある人材系部門の事業計画を組み立て、現場の実行推進をすることです。どう事業を伸ばしていくか、そのための人員計画をどうするか、そしてどのように商品を売るのか。そういうことをしていました。

6年間でいろいろなことをやっていたんですね。当時の仕事を通して学んだことはありますか?

すべてが今に活きていますが、起こる可能性があることをできる限り頭の中で考えて、先手を打つということですね。若手の頃は先輩からもお客さんからも失敗しては怒られるから…。だからいかに怒られないように先んじてやるかということを学びました(笑)。だけどいくら考えて先回りしたとしても、トラブルは起こるんだけどね。

あとは問題が起こった時にどうやって調整をつけるかということや、いろんなチーム、人と仕事をするので関係各位とどうやってうまくやっていくのか、交渉の仕方など実践を通じて本当に多くのことを学びました。

コラボラボ 横田さん

起業の理由は、自分のやりたいことをしたいという思い

学生時代から将来起業することを決めていたんですか?

いいえ、学生時代は起業の「き」の字も知りませんでした。

それではなぜ起業しようと思ったのでしょうか?

私は10代の頃から「長く働きたい」と決めていたのですがリクルートに入って最大の誤算があって…。

リクルートは新陳代謝を大切にしていて、当時は30代後半が支給される退職金のピーク、そんな会社でした。だから長くいられる会社じゃないなと思ったので、入社した時に30歳くらいで独立か転職をできるよう、どこでも通用するスキルを学び取りたいと思って働いていました。

転職ではなく「起業」を選択したのは、比較的フレキシブルな社内の中でも私は特に自由な方だったので、そんな自分が一般の会社で通用するはずがないと思ったから。あともう1つ理由があります。大きな組織にいると会社の事情で異動もあるので、もっと担当顧客と長く付き合いたいという個人の思いとの間にギャップが生まれました。組織の中ではやりたい仕事を選べないことが多々あるんです。

そこで自分が本当にやりたいことをやるには、「独立が最も適している!」と思い、決意しました。

ただ私は起業の資質が元から備わっているタイプではなかったので、リクルートに入って、起業しやすい環境があり鍛えられたからこそ、今があると思います。

具体的な事業案を決めて独立したんですか?

ノープランです!テーマだけ決まっていた状態ですね。

具体的なことが決まっていない中で、それをどうやって形にしていったのか教えてください。

独立したのが2004年末で、2005年から1年半フリーで活動していた時、200名以上の女性社長にヒアリングを行って、具体的な内容が決まっていきました。

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About Author

淺尾 理沙子

地理学を専攻している大学3年生。韓国の文化が大好きで、ソウルへ短期語学留学に行っていました。ソウルの雑多な町並みは最高ですよ!!最近は様々な国の音楽を聴くことにもはまっていて、インドネシアのバンドがお気に入り!自分の思いや考えを形にして発信している人に憧れ、学生記者として活動を始めようと思いました。ハナジョブでは読者の方にときめきを与えられるような記事を書いていきたいです!

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