エクセルアートの提唱者、80歳になっても毎日が新しい挑戦!

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エクセルアートの提唱者である、マーチャンこと若宮正子さん。パソコンを軽々と使いこなすマーチャンはなんと80歳!現在は、シニアの交流サイト「メロウ倶楽部」やパソコン教室の先生として活躍していらっしゃいます。

TEDx Tokyo 2014に出演したことによってさらに注目を集めているマーチャンに、仕事のことから、「第二の人生」の話までじっくりと伺ってきました。元気に楽しく生きるヒントも満載です!

めまぐるしい変化のなかで過ごした子ども時代

マーチャンが生まれたのは、1935年。日本が、戦争へと向かっていった時代です。小学校4年生のときに終わった戦争は、子どもたちにどのような影響を与えたのでしょうか。

どのような子どもだったのですか?

小さいときには、黙っていればかわいいけれど、口をきくとかわいくないという、生意気な子どもだったらしいですよ。

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子どもの頃には、戦争も経験されていますよね。

はい。環境はかなり目まぐるしく変化していましたね。

というのも、幼稚園はキリスト教のところだったのですが、小学生の時には戦争が起きてすっかり軍国主義の教育。戦後は進駐軍の占領下でアメリカ風の教育を受けて、その後は日本独自の教育へ。

当時まだ子どもの我々の頭の中は忙しくって、いちいち信用していると身がもたなかったんですよね。だから、偉い人の言うことには疑い深い世代かもしれません。

たしかに、それだけ大人の言うことが次々変わったら、簡単には信じられなくなりそうです。

戦災孤児とか引揚者、学童疎開とみんな苦労しているわけですよ。だから大人になるしかなかった。

私たちは特攻隊ではないからすぐ死ぬということはないけれど、近い将来死ぬんじゃないかということは、子どもなりに理解をしていたように思います。

戦後の教育は戦前からガラッと変わったと思うのですが、どのような印象がありますか?

占領下というのは独特の価値観があって、教育も今考えるとかなりモダンでしたね。

けっこう斬新な教育制度だったと思いますよ。

また、戦後に義務教育化された中学校では、まだカリキュラムも教科書もそろっていなくて、先生たちがやりたいことをやっておられました。だからかえって面白かったですよ。

しかも、当時は就職先があまりなかったから錚々(そうそう)たる方々が新制中学の先生をなさっていたんです。

担任の先生は芸大出身の作曲家の方でしたし、辞書の編集者やラジオのスペイン語講座の先生もいらっしゃって、みなさんすごく自由な考え方で教えてくださいました。

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銀行で働くことにしたのは、「早く自立したかったから」

民主的な教育だったという高校卒業後は、銀行に就職をしたマーチャン。自分に向く仕事に出会ったのは、40代になってからだったそうです。

なぜ銀行で働くことにしたのですか?

お給料が高かったから、というだけです。

母親とどうしてもそりが合わなくて、独立したかったんですよね。当時進学コースにいたので、高校の先生には驚かれましたが、親には反対されませんでした。

しかし皮肉なことに銀行へは親元から通わなければならず、結局母親の介護まで付き合うことになりました。

当初の計画とはずいぶん違うことになって、今は人生って面白いなと思いますけどね。

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その頃はどんな人生を送ろうと思っていたのですか?

若いときってみんなそうなのかと思うんですが、親に反発するなど当面のことばかりで頭がいっぱいで、将来の設計図なんかは描けていなかったように思います。

ただ、とても海外旅行がしたくって。

まだ終戦直後で日本人なんかが海外旅行には行けないときに、日本人向けではないパンフレットを集めたりしていましたね。

当時はまだ女性がずっと働くというのは珍しいですよね。

女性は高卒じゃないと就職ができなかった時代でした。大卒で採用してくれたのは、学校の先生くらいじゃないかな。

会社では、男性は山田くんとか固有名詞で呼ばれるけれど、女性は「女の子」。定年までいたとしても「そこの女の子」だったんですよ。

産休もなかったので、子供がいる女性は残れなかったですね。私は、結婚しなかったこともあって、定年まで勤めました。

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どのようなお仕事をされていたのですか?

入行してからは窓口をちょっとやって、その後はいろいろなセクションに行きました。ただ私は不器用なもので、あまり役に立たなかったですね…。

しかし、40歳くらいのときに企画部門へ回されました。企画力が求められる時代になってきて、「口が達者だから」と選ばれたようです。

そこではやっと、日の目をみました。

銀行で企画職…?どのような仕事内容なのですか?

担当していたのは、「こういうものがあると便利だ」と提案をする業務企画の仕事。自動振替などの決済商品の先駆けのようなものを提案していました。 

ただ、システム開発担当の人が首を縦に振らないといけませんから、大変でしたね。

システム開発担当の人には、素人が余計なことを言って…と思われていたかもしれませんね(笑)

女性管理職の先駆けとして活躍

40代でやっと自分に向く仕事に出会ったマーチャンは、その後「管理職」にもチャレンジしました。当時は、まだまだ女性が働き続けることが珍しい時代です。

いろいろな仕事に挑戦されていたんですね。高卒ということでハンデはありましたか?

社内試験に合格すれば、高卒でも昇進に有利と言われていました。

この試験は女性が受けてはいけないとはどこにも書いてありませんでしたが、試験用のテキストは男性社員にしか配られていなかったんです。

それはけしからん、と思って人事部の担当者のところへ行ったら、「僕の個人的なものだけれど、特別に貸してあげるよ」と言われて。

結果はどうだったのですか?

そこまで言われてしまったら、後に引けないじゃないですか。しかも私は本番に強いでしょ。だから、試験に通ってしまったんです。

結局3種類の試験に合格したのですが、周囲には「女性なのに随分生意気な」と思われていたのかもしれませんね。

ただ、私はあまり人の意見を気にしないタイプなので、プレッシャーを感じることはなかったように思います。

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1985年、50歳の時には男女雇用機会均等法が制定されましたが、何か変化はありましたか?

この頃、管理職登用というのがぽつぽつと始まって、私も業務企画部で調査役という役職に就きました。給料がかなり増えてびっくりしたことを覚えていますね。

そして、定年に近くなってからは、決済商品を扱う子会社に出向して、営業の副部長を務めました。

当時の銀行としては、できる限りの処遇をしてくださったと感謝しています。

50歳を過ぎてから営業に挑戦とは、すごいですね。

新しいものが好きなんですよ。だから今でもいろいろやっているでしょ。

他にも、昔からずっと憧れていたピアノを70歳になってから始めてみたり。80歳過ぎたって、毎日が新しい発見ばかりですよ。

エクセルアートで、パソコンをもっと身近に。

マーチャンは、エクセルと手芸を融合したエクセルアートの創始者として有名です。そのきっかけは、シニアにパソコンを広めたい、という想いでした。

現在はどのような日々を過ごしていらっしゃるのですか?

メロウ倶楽部の副会長を務めているので、そのサイトチェックなどを毎日在宅ワークで行っているのと、シニア向けのパソコン教室を開くなど、シニアにICTを広める活動をしています。

メロウ倶楽部とは、シニアの生きがい作りを目指すオンラインのコミュニティで、設立して15年以上になります。すべて自主運営で、会員は300人くらいいるんですよ。

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パソコン教室の先生をしているんですね。

週2回、パソコン教室を開いているのですが、エクセルアートは、この教室での教材として生まれたものなんです。

エクセルを初心者にも親しみやすくするために…と考えていたら、エクセルの機能を使って図柄を作ることを思いつきました。

エクセルアートは、どのように作るのでしょうか?

エクセルには会計報告などのために作った表をみやすくするために、色を塗る機能や罫線がありますよね。エクセルアートは、数字ではなくて、そういった飾りつけの機能を使って作ります。

要するに、脇役さんが主役になるものなんです。

セルの結合や塗りつぶしを使ってモチーフを上手く作れば、後はコピペするだけです。

でも、パターンを考案することと、効率的なコピペで図柄を拡大していくのには、意外に頭を使うのですよ。(マーチャンHPの展示館でたくさんの作品を見られます。)

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TED出演で広がる出会い

エクセルアートがきっかけとなって、2014年、TEDxTokyo 2014に出演。老後を明るく過ごすための、インターネットの可能性についてスピーチをしました。

どのような経緯で出演することになったのですか?

まずは、2年程前にマイクロソフトの方がエクセルアートを知ってくださって、マイクロソフト社のコミュニティウィキの執筆をすることになったことが最初のきっかけになります。

そのうち、日本マイクロソフトの方もエクセルアートのことを知ってくださるようになって、Youth collegeというプログラムの講師を務めることになりました。

さらにそこで出会いがあって、TEDに推薦していただいたんです。

プレゼンはとても素晴らしくて、スタンディングオベーションでしたね!

初めは、TEDの方も出演させて良いものかと悩んでいたみたいですよ。

それに私、スピーチなんてはじめてでなかなか要領がつかめなくて、それに日本人はもともとあまりスピーチが得意でないし。

ただ、始まってみたらスタンディングオベーションで、逆に運営の方々が驚いてしまったという。

当日は、うちわなど作品を持っていったのが良かったですね。あれで随分気持ちがほぐれて、自分の趣味の囲いの中にみなさんに来ていただいた感じになりました。

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TEDにご出演されてから、環境は変わりましたか?

一夜明けたら、Facebookのお友達リクエストが100通くらい来ていて驚きました。

やっぱり学者でもなんでもない普通のバーサンが出てきたというのは、アメリカでもインパクトを与えたみたいですよ。外国の方からも友達リクエストが来たりしましたからね。

国内でも、エクセルの開発をしていた研究者の方からメッセージが届いて、仲良くしています。

まさかエクセルでうちわを作る人がいるとは思わなかったみたい(笑)

今もインターネット上で配信され続けていますから、新しい出会いもありますよ。

インターネットで、世界を広げて、過去を未来に伝える。

このように、ICTの伝道者とも呼ばれているマーチャンとパソコンの出会いは、なんと20年前にさかのぼります。

まだパソコンが珍しかった時代に衝動買いしたパソコンは、第2の人生を豊かなものにしてくれました。

ところで、パソコンを使うようになったきかっけは何だったのでしょうか?

パソコンのことを知ったのは、定年退職した後の母の介護中でした。

雑誌を読んでいたらパソコン通信というものがあることを知り、翌日にはパソコンを買いにいってしまったんです(笑)

全部そろえて40万円くらいしたのかな。さすがに高いお金を払ってしまったから、捨てるわけにはいかず。

たくさんのフロッピーを使ってバックアップをとったりと、3か月経ってやっとつながりました。

当時はまだパソコンを持つ人が少なかったから、メーカーの方が丁寧に教えてくださったんです。Windows95が発売されてからは状況がガラッと変わりましたけどね。

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ちなみに、銀行にいる間にはパソコンのような機械に触ることはあったのですか?

辞める頃になってOA研修というものがあって、今でいうワードとエクセルを習いました。

ただ、修了証書を私だけもらえず…。というのも、エクセルの試験に失敗しちゃったんです。

次の日に再試験がありなんとか修了したのですが、「あそこで合格していたら、マーチャンは決算書を作るだけの人で、エクセルアートは生まれずに、TEDにも呼ばれなかったかもね」なんて言われたこともあります。

アメリカ的な発想だと、人がやらないことをするのが良いんですよね。

マーチャンにとって、インターネットやパソコンはどのような存在なのでしょうか?

初めは、近所の人や職場の人とおしゃべりができるのだろうとパソコン通信を始めたけれど、インターネットによって、想像がつかなかったような方とお友達になりました。

さらに知識だってどんどん入ってきて、いろんな世界が広がりましたよね。

そして、メロウ伝承館(平成シニアが後世に戦争の記憶などを伝えるデータベース)は過去を未来に送っているわけですよ。「過去を未来に伝える」ことができるのも、インターネットだと思います。

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「100点満点の人生なんて、つまらない」

80歳になっても、たくさんの人とつながって、たくさんのチャレンジをして、毎日をイキイキと過ごしているマーチャン。その秘訣は、何なのでしょうか?

マーチャンが思う、「楽しく生きるヒント」って何ですか?

いま、自分は八方塞がりだと思ったとしても、明日はどうなるかわからないですよね。だから、明日以降の具体的な目標を作ることが大事かなと思います。

あとは、お友達パワー!

私の活動も、お友達が集まるからそこにエネルギーができて、それがどんどん広がることで、ボランティア活動になっています。

やっぱり一人でできることって限られると思うんですよね。

今はインターネットを通して、様々な人ともつながれますもんね。

私は、80歳のお誕生日にUstreamで同時中継をして、傘寿のお祝いをしていただきました。いろんな方から祝辞をいただいて、嬉しかったですね。

独居老人のお祝いなんて、普通してくれないんですよ。でもインターネットがあれば、それができる。他にも、孫の結婚式の中継などインターネットにはいろいろな可能性があると思っています。

では、今の目標は何ですか?

平凡かもしれないですが、自分の力でできる限り急速に展開する世の中をくみ取っていくこと。そして、それを活動に活かしたいと思っています。

例えばこれから習得したいのは、スクラッチやビジュアルスタジオというプログラミングのソフト。

これを、シニア世代とお孫さんが一緒に使えたら面白いと思うんですよね。だから、このようなソフトをシニアに広めていきたいです。

最後に、悩みの多いハナジョブ読者にメッセージをお願いします。

私は面白いことに夢中で、あんまり悩むことはなかったかもしれません。

だけど、100点満点の人生なんてつまらないと思いません?ちゃんと進学も就職もできて、失恋することもなくて、病気にもならない。

もちろんそういう人生も良いかもしれないけど、影があるから光があたるわけで。せっかく人間に生まれたのだから、喜びも悲しみも憂いも怒りもみんな経験すること。

そう考えれば、就活が上手くいかなくても、試験に落ちても、これも1つの経験だなと思えますよ。経験だけは、お金で買えないのよね。

だから、何か起きてもまた1つ経験が増えたと思って。また1つ経験を増やすために、別のことへ挑戦してみてください。

取材を終えて

新しいことへの挑戦に貪欲で、人との出会いやつながりを大切にしているからこそ、マーチャンは元気でワクワクするような毎日を送っていらっしゃるのだろうと感じました。

そして、80年生きてきた先輩だからこそのメッセージには、とても励まされました!昔から新しいことに挑戦してきたマーチャンは、80歳をこえても、やってみたいことがたくさんある様子。

私も、失敗したらどうしよう…なんて悩みすぎずに、新しい経験をどんどん増やしていきたいな!と前向きになれたインタビューでした。

学生記者:大石真子

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About Author

大石真子

興味があるのは、ジェンダー、「働くこと」に関するあれこれ。高校生のときに運命的に出会ったハナジョブ。一人ひとりの想いが伝わるような記事を書いていきたいと思います!中高の6年間、女子校で育ちました。趣味・特技は、始めて9年目になる華道。よく、笑顔を褒められます!


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