自分の人生を生きる、美しい母を増やしたい vol.2(マドレボニータ)

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マドレボニータの連載「母となって働く」と連動した、代表の吉岡マコさんのスペシャルインタビューです!2015年夏休み特集として、全4回でお届けします。(第1回目はこちら

NPO法人マドレボニータは、出産後の女性のための心と体を健康にするためのエクササイズとコミュニケーション力を取り戻すワークを全国の女性に届けています。

マドレボニータが提唱しているのが“Live Your Life”。いったいどんな意味が込められているのでしょうか。

マドレボニータを立ち上げた、代表の吉岡マコさんの「これまで」と「これから」を伺いました!(2015年7月時点の情報です)

高校時代に留学、オーストラリアへ

Vol.1は大学〜大学院時代についてのお話でした。Vol.2では、高校時代にさかのぼります。高校時代に1年間、オーストラリアに留学。留学で何を学び、何を感じてきたのでしょうか。

閉鎖感と腹の探り合い

さかのぼりますが、高校時代にオーストラリア留学されていますよね。

明確な目的があったわけではなく、外の世界を見てみたいなと思ったのと、日本の高校に閉塞感を感じていて、そこから解放されたかったというのが最初の動機でした。

川越女子という、わりとしっかりした女子が集まっている高校でした。文化祭の実行委員やったり、音楽部で合唱とかミュージカルやったりして、全然勉強しなかった。

それで母にすごく怒られて。でも、みんなは「していない」っていいながら勉強してる。そんな腹の探り合いがイヤでしたね。

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語学ではなく、リーダーシップを学ぶ留学

どのような形で留学したのでしょうか?

AFSという機関を通して、高校生2年のときに留学しました。

AFSは、世界大戦中に傷病兵の救護輸送に携わったアメリカのボランティア組織American Field Service(アメリカ野戦奉仕団)の活動を起源に始まったものです。

やってもやっても、けが人がでてくる。病人を自分たちが運んでも何も解決しない。そもそも戦争をなくさないと自分たちはやっている意味がない。

その戦争の根っこを断つには何が必要かと考えたときに、若い世代が別の国の価値観を体験することが必要だと。その体験を個人の人生に活かすだけではなく、リーダーシップを発揮して影響力のある人間になってほしいという、リーダーシップを学ぶための留学だったんです。

日本もわりと早く加盟して、最初のころは船で海を渡っていたそうです。私は37期生として、オーストラリアに行きました。17歳で、そこまで深くは理解できていなかったものの、「自分も世界平和に貢献できるんだ」と、すごく感化されました。

普通の留学ではないのですね。

語学を学ぶために留学するのではない、と最初から言われます。

AFSはオリエンテーションに力をいれていて、1次試験は筆記、2次試験は2泊3日の合宿でワークショップ。大学生のボランティアがグループリーダーをしてくれて、異なった人たちが集まったときにどういう判断をするかといったゲームをしたり、ディベートをしたり、面接を受けたりしました。

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合宿で試験!大変ですね。

留学することが決まってから、出発前にも、2泊3日の合宿があるんです。その時にとても印象的な出来事が一つあって。

合宿で使ったテキストの中に、「あなたは高校生が草の根で交流するくらいで世界の平和が達成されるなんて、そんなこと本気で思っていませんよね?」というような文章が書いてあったんです。

私は驚いて「え…でも草の根の交流って大事だよね」って思いました。

はい、そう思います。

でも実際、草の根の交流が世界平和に繋がるなんて、全然そんなことないわけですよ。だって、高校生の中で留学できるなんて私の学年でも500人の中で2人だけで。

その教科書が言いたかったことは、「もちろん草の根の交流も大事だけれども、そこで得たあなたの体験を将来社会に還元してください」「世界平和に貢献するような人材になってください」ということだったんだと思います。

そのことに、あとから気が付きました。

辛かった留学。でも最後には見出せた、自分が行った意味

留学先では人種差別を受けたというマコさん。その状況で自分が留学した意味を考え続けたと言います。

人種差別を受ける

オーストラリアではどのように過ごしていましたか

留学は楽しい思い出よりも、辛い思い出の方が多いくらいです。

すごい人種差別を受けました。オーストラリアはアジア系の移民が多く、白人が一番偉いみたいな世界でした。同じ英語圏でも、アメリカとオーストラリアでは全然違うと思います。

自分が日本人であるというアイデンティティを確認もされないまま、人種差別をされました。自由な空気はよかったですが、学校にいても人種ごとにグループができていました。

人種差別ですか。意外です。

留学中、自分がわざわざ行った意味をすごく考えましたね。

英語を話せるようになるのが目的なら、語学学校に行けばいいですよね。

AFSという機関で留学して、世界平和がミッションなんだという自負がありました。また大学生、ホストファミリー、カウンセラー、いろんな人がボランティアでついて支えてくれました。

支えてくれる人、期待してくれる人がいる以上、自分が行ってただ楽しかっただけで帰ってくるのは嫌だなと思いました。しかも楽しくないし(笑)。

でも最後に、自分が行った意味を見出すことができました。

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どんなことがあったんでしょうか?

私がはじめて学校に行ったときは、人種ごとにグループができていました。

でも、私は日本人1人だったので、あえてどこのグループにも属さずに、いろんな人と話をするようにしていました。

そうしていると、アジア系の子に話しかけられていても無視をしていた留学生のドイツ人の子が、私と仲の良い韓国人の子と話すようになったりして。

私を触媒として、いろんな人種の人が少し歩み寄れたというか仲良くなれて、私が帰国する直前には、すごくミックスされた空気になった気がしました。

そしてやっと、「もう帰国してもよいかな」という気持ちになれました。

今に繋がる、草の根の活動

高校生の代表として留学し、リーダーシップを学んだことは、今にどんな影響を与えているのでしょうか。

自分だけでなく社会に影響を与える活動へ

AFSでの留学は、今の吉岡さんにどのような影響を与えていますか

NPO法人を作るときに「草の根の交流も大事だけれども、そこで得たあなたの体験を将来社会に還元してください」「世界平和に貢献するような人材になってください」というAFSの理念をすごく思い出しました。

そういうことがなければ、自分の身の周りだけ満たされていればそれでいいかなと思っていたかもしれません。だけどやっぱり「社会に対して、何か影響力を与えるような活動をしてください」って意味だったんだと思うと、マドレボニータの産後ケアのプログラムも、私個人のものにするのではなくて、公のものにしていきたいと思いました。

すべての人に産後ケアが行きわたる世界を目指して受益者を増やしていけば、結果的に社会が変わっていくということに貢献できるのではないかと思ったんです。

つづく

第3回はこちら

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吉岡マコ

NPO法人マドレボニータ代表。

1972年生まれ。東京大学文学部で身体論を学び、卒業後、同大学院生命環境科学科で運動生理学を学ぶ。1998年に出産。その辛さや産後女性のサポート体制がほとんどないことを知り、産後ケアのヘルスプログラムを独自に研究開発、そして教室を開講。

2007年にNPO法人マドレボニータを設立し、企業・行政・大学とも連携しながら、プログラムを普及させている。また、産後女性の体と心に関する調査研究事業も積極的に取り組み、「産後白書」を3まで出版している。

2014年6月には、マドレボニータが日本日経新聞社主催の「第2回日経ソーシャルイニシアチブ大賞」において「国内部門賞」、2015年3月にGoogleインパクトチャレンジ「Women Will賞」を受賞している。

NPO法人マドレボニータ

マドレボニータはスペイン語で「美しい母」。母となった女性が主体的な人生を歩むことのできる社会を目指し、「産後」を起点とする社会問題に取り組んでいます。
「美しい母がふえれば、世界はもっとよくなる」をキャッチフレーズに「子育ての導入期」という最も不安定な時期にある女性の心と身体の健康をサポートしています。

現在は、産後の心身のリハビリに特化した「産後のボディケア&フィットネス教室」を運営する〈教室事業〉、教室運営を通じて産後女性に寄り添うプロフェッショナルである「産後セルフケアインストラクター」を養成する〈養成事業〉、「産後」という社会問題をより広く啓発していくことを目的とした〈研究開発事業〉の3つの軸で活動しています。

http://www.madrebonita.com/

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About Author

和田紗容子

法学部政治学科3年。まだまだ初心者ですが海外ひとり旅が大好きで、長期の休みになるとヨーロッパや東南アジアやモロッコに上陸し、ぶんぶんバックパックを揺すらせながら、この目で世界を見てみたいとずんずん冒険をしています。サークルではしっとりクラシックギターでのアンサンブルを楽しみ、行政学のゼミではがっちり日本のことをあれこれ考え、家ではちゃっかり姉のシャンプーを使いよく怒られます。


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