日本の素晴らしさを世界に発信していきたい!(メーカー/大手総合電機メーカー)

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Aiさんの就活スケジュール (メーカー/大手電機メーカー会社)

10月 

留学から帰国後、就活開始。

11月 

メーカー、マスコミのインターンに参加。これをきっかけにメーカーへの思いが強まる。

12月 

説明会の日々。志望業種が決まっていなかったので、業種を問わずさまざまな企業へと足を運ぶ。

1月 

エントリーシートを書きつつ、説明会を回る日々。

2月 

一番忙しかった時期。毎日エントリーシートの締め切りに追われた。

3月 

震災ですべての活動が中断。この時期にじっくりと自己分析。

4月 

4月の頭に内定を得たが、就活を続行する。

5月 

納得いく結果が出なかったので一般職にもエントリーシートを出すが、希望業種から内定を得たので就活終了。

日本の素晴らしさを世界に発信していきたい!

Aiさんが就活の際に、会社選びの軸としていたことを教えてください。

国際関係の学部に所属していたので、自分自身の中に「グローバル」という大きな軸がありました。さまざまな国の人と関われたり、自分も世界に出ていくチャンスに巡り会えたりするような仕事をしたいなと考えていましたね。あとは、自分と同じ大学の先輩がたくさん勤めている企業かどうかということや、営業をやりたいなと思っていたので女性が営業として活躍しているかどうかということも大きなポイントとして見ていました。

就職活動はいつから始めましたか?

10月からですね。3年の夏休みまで留学をしていたこともあって、少し遅めのスタートでした。学校主催の企業説明会がちょうど10月頃から始まったので、まずはそこに行くことから就活を始めたんです。全く業種を決めていなかったので、業種問わずいろいろな企業の説明を聞きに行っていましたね。

最初から志望していた業界はあったのですか?

実は業界を全然絞っていなくて、とにかくいろいろな企業の説明会に参加していました。それこそ、就活サイトから送られてくるお知らせメールを見て説明会に行ったり、友達から情報を聞いて説明会があることを知ったり。最後までなかなか絞ることができなかったんです。私自身の軸が特に業界を選ばなければいけないものでもなく、始める時期も遅かったので絞ることができなかったのかな、と今振り返ってみて思います。

マスコミには少し興味があったので11月新聞社のワンデーインターンに参加してみました。けれど、そこで個人で地道に取材していくことが自分には向いていないと感じました。逆に、化粧品メーカーではディスカッションを通してチームでの作業を実際に経験することができましたね。メーカーへの実感を持つことができ、物作りに携わることが面白そうだと感じたので「自分はメーカーに向いているのかもしれない」と思えるきっかけになりました。インターンは自分の向き不向きを実際に知ることができた機会だったので参加して良かったなと思っています。

企業の取捨選択をしていく中で、自然とメーカーを選んでいっていた

何社くらいエントリーして、最終的に何社面接を受けましたか?

40社エントリーして、20社くらい面接を受けました。業種を絞れておらずさまざまな企業にエントリーしていたので、2、3月は毎日エントリーシート(ES)の締切に追われていた気がします。そうなってくると締切に間に合わせるために企業の取捨選択をしなければならなくなってきってきたんです。意識していた訳ではないのですが自然とメーカーを選んでいっていたので、その中で「自分はメーカー志望なんだな。」ということに気づけた、という感じですね。

3月の震災ですべての活動がストップしてしまって4月半ばまで空白の時間が生まれたんですが、その時期に自己分析の見直しやメーカーの方へのOB訪問をしました。この期間中に一息入れて自分自身を見つめ直すことができたのはとてもよかったと思っています。結局、40社にエントリーして2社から内定をいただけました。

最終的にこの会社に決定した理由は何だったのでしょうか?

実は4月半ばから就活が再開して面接が始まったんですが、なかなか希望しているところから内定をいただくことができず本当に焦りました。なので、4月、5月でも募集をしている一般職にもエントリーしてみたり、地方の企業にも目を向けてみたりと、とにかく必死になっていたのを覚えています。そうした中でようやく2社から内定をいただけ、その内の1社が総合電機メーカーだったので入社を決意しました。

一生懸命やり続ければどこかに道は繋がっていく。

就活中に苦労したことを教えてください。

説明会の予約取りは本当に大変でした。あとは、スケジュール管理が大変でしたね。朝出かけて説明会に行ってそれを整理して、夜はエントリーシートを出して…といったことが毎日毎日続いていました。業界を絞らずにいろいろな企業に出していたので、更に大変だったのかなと思います。あとは、3月中のエントリーシート締切に追われていた頃が大変でした。まだしっかりと自己分析をできていなかったこともあって、なかなかエントリーシートが通らなかったので、こういたことが苦労した点ですね。

就活中のスケジュール管理って大変なのですね。逆に工夫した点はありましたか?

友達とエントリーシート(ES)の添削をし合っていましたね。就活を始めた頃は一人だけでやっていたんですが、見せ合うことによって客観的で鋭い意見を交換し合える、ということに途中で気づきました。そうすることで改善点が明確になってESの内容も変えることができて、結果的にESも以前より通るようになったと思います。

あとは、面接官の反応が良かった話や質問されたことを終わったあとにメモをして、話の中身を磨いていくようにしました。

自己PRはどういったことを話していましたか?

学生時代に頑張ったことは留学なので、基本的にそのことを話していました。友達と意見交換する前までは、留学時代勉強を必死に頑張ったことを話していたんです。どんな環境にあっても私は壁を乗り越えられるだけの気力があります、ということを。でも友達に話を聞いてみたら、留学先で友達も積極的に作っていたよね、と言われたんです。自分ではそれほど意識していたことではなかったんですが、確かに友達作りも頑張っていたなとそこでやっと気づくことができました。それに、私の見た目の印象は、一人でもくもくと勉強してきましたというより、明るくて社交的という感じだよとも言われたので、自分の今客観的なイメージに合ったアピールをした方がいいなと。

実際に留学中、日本人が他に誰もいない寮の中での友達作りはとても頑張りました。そこに住んでいる人たち一人一人の特徴や趣味を観察して、事前に話題を考えてから自分で積極的に話しかけるようにしていたので、そのことを自己PRで話すようにしていきましたね。初対面の人とコミュニケーションをしっかりと取るということは実際の営業の仕事には欠かせないスキルなので、自分の能力と希望職種・業種を関連させながら話すことができ、客観的な意見をくれた友達には感謝しています。

あとは、個人経営のカフェで4年間アルバイトしていたことも話していました。店長がとにかく厳しくて怒られることもしょっちゅうあったんですが、負けず嫌いなのでこれで辞めたら悔しいなと思ってずっと続けていた、という話をしていたと思います。

なるほど、就活中はチームプレイも大切な要素だったということですね。では、Aiさんの将来の夢って何でしょうか?

自分の生活の場を日本に留めず、常に世界に目を向けていたいです。仕事でも海外に行く機会があれば行きたいと思っていますし、海外でもう一度生活したいなと思っています。留学中、海外での日本の存在感ってあまりないんだな、と感じたのでもっと日本のいいところをもっと海外に発信して知ってもらいたいですね。日本のものの素晴らしさを世界に発信していくこと、日本人として日本のことを伝えていくことが今の夢です。

最後に、就活生に向けてのメッセージをお願いします!

一生懸命やり続ければどこかに道は繋がっていきます。持ち駒が少なくなってくるとすごく焦って先が見えない不安に駆られることもあると思いますが、そこで止まらずに何か行動を起こし続ければきっと未来は拓けます。諦めずに頑張ってください!

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About Author

ハナジョブ学生記者

2008年〜2016年までの学生記者たち

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