社会人6年目となった、初代学生記者のSAORIに「初代学生記者として何か書いて!」とのムチャぶり!
学生時代に考えていたことが、29歳の今どう変わったか、また変わらなかったか。29歳だから直面する仕事や結婚・・・などざっくばらんに語ってもらいます。
転機となった海外受注案件の落とし穴…
現在は外資系企業の営業担当をしていますが、入社して最初の配属先は、国内営業担当でした。海外と関われる仕事がしたいと思って会社を選んだけれど、すぐに海外と仕事をすることは叶いませんでした。
社会人2年目の夏、ようやくそのチャンスが巡ってきました。海外の企業から提案依頼がきたのです。その案件は、7か国でお客様の拠点のITインフラを構築する仕事でした。
そこで待っていたのは7か国との、各現地法人との調整、コミュニケーションの違い、慣れない英語での対応…またしても壁にぶつかります。
直接のお客様は日本人なので、日本のクオリティを求める。一方で海外では、細やかな対応よりも効率性を求める。
海外では日本のように夜遅くまで残業しないこともあり、連日連夜電話をかけてくる私に対して、現地の社員から「こんな案件を持ってくるな、迷惑だ」と怒られる始末。当時は机の上で泣きながら仕事をしていました(苦笑)。
海外旅行にはよく行っていたので、文化の違いがあることは当たり前のようにわかっていたつもりでした。しかし、改めて「ビジネスとして英語でコミュニケーションすることの難しさ、コミュニケーションの取り方」の理解が足りなかったことを痛感した案件でした。
そんな中舞い込んできた、海外赴任のチャンス
時を同じくして、会社で1年間現地法人に赴任ができる「海外トレーニー」を募集していました。海外の現地法人で働きながら研修するというものです。
また偶然にも、これまでは5年目社員からしか応募資格がなかったところに、3年目社員から応募ができるとの条件が追加されたばかりでした。
海外の案件をやる中で、実際に現地で働きたい!という意欲が再度湧き、これは行くしかない!と思い、迷わず海外トレーニーに応募しました。
学生時代に奨学金をもらったときのように、またしても何とかヘロヘロの英語で切り抜き、見事海外トレーニーとして赴任することとなりました。
少しの行動が「偶然と縁」を呼ぶ?
配属当初は国内営業の仕事でしたが、こうして海外の仕事ができるようになった理由があると思っています。
入社当初から「今の部署で海外に繋がる仕事」を一生懸命探しましたし、周囲の人にもそういった仕事をしたいとよく話をしていました。
結果、半分運、もしくは縁のようなかたちで、海外トレーニーの赴任をGETしました。
もし海外の案件をやってなかったら、トレーニーに応募する自信がなかったと思います。
そもそも、私が応募した年から参加資格が入社3年目に引き下げられたことも、ちょっとした偶然と奇跡でした。
英語面接でもうまく話すことができなかった私ですが、面接を担当してくれた当時の上司に「君より英語ができる子は面接ではたくさんいたが、ガッツありそうだし、面白そうだから採用しました」と何とも言えない、私にとってはお褒め(?)の言葉をいただきました。
また、「できれば発展途上の国でインフラの立ち上げから一緒に関わりたい」と思い、ミャンマー・タイを希望しましたが、結果はなぜか、イギリス・ロンドン。
希望した国とはある意味「真逆」の国に赴任することになりましたが、この結果が今後私の運命を変えるきっかけとなりました。この話はまた後日お話ししますね。
運や縁も味方につけて!
きっと就職活動、恋愛、人生のターニングポイントにおいても、自分のやりたいこと、好きなものをかなえるために、皆がむしゃらにがんばると思います。
難しいのはがんばっただけでは、「必ずしも結果が出ないこともある」ということではないでしょうか。
海外トレーニー応募までの一連の行動を振り返り、やりたいことへの行動の積み重ねと、少しの運、そして最後は導かれるように縁でつながったのかなと思います。
そんな考え方のきっかけになったのが、ハナジョブでの学生記者の経験でした。
(パート2へ続く)