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	<title>編集・記者（職種） &#8211; わたしの未来のキャリアが見つかる｜ハナジョブ for Girls</title>
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	<title>編集・記者（職種） &#8211; わたしの未来のキャリアが見つかる｜ハナジョブ for Girls</title>
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		<title>仕事・子育てに月20冊の読書まで！？「こうあるべき」に縛られず生きる、敏腕編集長！（講談社）</title>
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		<dc:creator><![CDATA[阿部 桃子]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 30 Jan 2021 01:00:16 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[先輩インタビュー]]></category>
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		<category><![CDATA[出版（業種一覧）]]></category>
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					<description><![CDATA[3人のお子さんを育てながら、講談社で編集長として働く浅野聡子さん。小さい頃から読書が大好きで、なんと、今でも月に20冊もの本を読んでいるそうです。いったい、多忙な日々のなかでどのように時間を使っているのでしょうか。「編集 [...]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<div class="kakomi">
<p><span style="font-weight: 400;">3人のお子さんを育てながら、講談社で編集長として働く浅野聡子さん。小さい頃から読書が大好きで、なんと、今でも月に20冊もの本を読んでいるそうです。いったい、多忙な日々のなかでどのように時間を使っているのでしょうか。「編集者になりたい」という夢を叶えていきいきと働くうらには、どのような思いがあるのでしょうか。浅野さんの素顔に迫ります</span>。</p>
</div>
<h2>「失敗なんて数えきれない」新人時代の過酷な経験が、今の自分の糧になっている</h2>
<h3>現在の仕事内容を教えてください。</h3>
<p>「たのしい幼稚園」という子ども向け雑誌の編集部で、編集長として働いています。雑誌の編集者はディレクターのような役割で、編集者を起点としてライター、スタイリスト、ヘアメイク、モデルなど、本の制作にかかわる人々を束ね、ページを作っていきます。その他、付録の企画なども行います。</p>
<h3>入社してからずっと子ども向け雑誌の編集をされていたんですか？</h3>
<p>入社当初は、希望が叶い、女性誌「With」のファッション班への配属でした。<br />
新人の時はいろいろなことを経験できましたが、本当に辛かったです。新人に対するあたりが強かったり、夜遅くまで仕事をしたり。それで泣いてしまうこともありましたし、失敗も、数えきれないほどしましたよ。今と違って「パワハラ」という言葉がほぼない時代でしたから、新入社員は大変でした。</p>
<h3>そうだったんですね。今、当時を振り返ってみてどう思いますか？</h3>
<p>当時の経験が、今の自分の糧になっていますね。今は働き方のバランスが重視されている時代なので少し言いづらいですが、歯を食いしばってでも、諦めずにやらないと身につかない時期ってあるんですよ。もちろん、ワークライフバランスもとても大事です。でも、それだけでは超えられない壁もある、と私は考えています。大変な日々でしたが、経験できてよかったです。</p>
<h3>「歯を食いしばってでもやる」、胸に刻んでおきます。では、大変な日々の中でも、諦めずにいられた原動力は何ですか？</h3>
<p>もともと、すっごく負けず嫌いでせっかちなタイプなんですよ。あとは、小さな頃から本当につきたい仕事につけた！という喜びが原動力でしたね。私は就職氷河期に就職活動をしていて、そんな中で一番入りたかった会社に入れたので、恩を返したいと思って一生懸命働きました。当時は若くて馬力もあったので、無茶も効きましたが、今、寝ないでやるのは絶対に無理です（笑）。</p>
<h3>会社に対して、感謝の気持ちがあるんですね。諦めずに続けた結果、どんなことが得られましたか？</h3>
<p>自分の中に知見がたまって、昔はうまく操縦できなかった自分の能力を、自由に動かせるようになりました。それがすごく気持ちいいです（笑）。経験値がたまると、「こういうパターンの時にはこうする」というのが分かるようになるんですよね。昔は「やりたい」と思っても力不足できないことが沢山ありましたが、今はやりたいことができるようになって、すごく楽しいです。</p>
<h3>では、仕事をする上で気を付けていることは何ですか？　</h3>
<p>生活している中で感じたことを仕事に活かすようにしていますね。私は子どもが3人いて、今作っている雑誌は、購入者の立場でもあるんです。なので、子育て世代の親御さんたちを裏切るようなページを作らないよう、強く意識しています。<br />
特に小さい子たちって喜び方がダイレクトなので、「本を抱っこして寝てます！」なんて聞くと、本当に嬉しくなりますね。</p>
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		<title>弁護士として、ファッション業界を働きやすい場所にしたい！元雑誌編集者が切り開く道</title>
		<link>https://hanajob.jp/workstyle147/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[佐藤翠]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 23 Jan 2021 02:00:38 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[先輩インタビュー]]></category>
		<category><![CDATA[弁護士]]></category>
		<category><![CDATA[法律事務所]]></category>
		<category><![CDATA[編集・記者（職種）]]></category>
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					<description><![CDATA[弁護士として日本の「ファッションロー」を牽引している海老澤美幸さん。実は、ファッション雑誌の編集者やスタイリストとして働いた経験が弁護士の仕事に生きているとのこと。 今まで経験してきたお仕事や、新しい分野に取り組むことの [...]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<div class="kakomi">
<p>弁護士として日本の「ファッションロー」を牽引している海老澤美幸さん。実は、ファッション雑誌の編集者やスタイリストとして働いた経験が弁護士の仕事に生きているとのこと。<br />
今まで経験してきたお仕事や、新しい分野に取り組むことの面白さなどを熱く語っていただきました。</p>
</div>
<h3>現在のお仕事内容を教えてください。</h3>
<p>弁護士として都内の法律事務所で働いています。ファッション業界に関するご依頼を受けることが非常に多く、依頼者はアパレル企業やデザイナー、PR会社、モデル事務所など幅広いです。裁判をしたり、契約書を作成するなど仕事内容は多岐に渡ります。2018年に「ファッションロー・トーキョー」というファッション関係者向けの法律相談窓口を立ち上げ、業界の方々からの法律相談にも日々対応しています。<br />
今年初めには、所属事務所内に、ファッションローに特化した専門チーム「ファッションロー・ユニット」を立ち上げました。今後、ファッションローに関するさまざまなプロジェクトを始動する予定です。</p>
<h2>わきあがる情熱に突き動かされ、官僚からファッション業界へ</h2>
<h3>今までのキャリアについての質問です。<br />
総務省（旧自治省）に入庁されたものの1年で辞め、宝島社でファッション誌の編集者になったとのことですが&#8230;。</h3>
<p>元々ファッションが大好きで、ファッション業界になんらかの形で関わりたいと強く思っていました。そのため大学時代のアルバイト先にはファッションのセレクトショップを選び、値付けの仕方など、ファッション業界の基本的な知識をいろいろ教えていただきました。非常にいい経験でしたね。ただ、ファッション業界をちょっと見ることができたことで、いったんファッション熱は落ち着いたんですよね。気づいた時には民間の就活がほぼ終わってしまっており、どうしようと思ったら、まだ公務員は間に合ったんです。公務員なら安定しているし、女性が1人でもちゃんと食べていける。大学では法律学科だったこともあって、官僚を目指し、新卒で自治省（現在の総務省）に入庁しました。</p>
<p>自治省での仕事にはやりがいを感じていたのですが、むくむくと湧き上がるファッションへの情熱に突き動かされ、1年後には自治省を辞めて宝島社に入社。「SPRiNG（スプリング）」という女性向けのファッション誌の編集者として働き始めました。スタイリストやカメラマン、モデルをブッキングして撮影する毎日は楽しかったです。一方で、実際に服を選ぶスキルを持つ、スタイリストの側面も持つ編集者になりたいと次第に思うようになりました。</p>
<h3>そこで、4年間働いた宝島社を辞めた。</h3>
<p>そうですね。そして、スタイリストとしての知見を深めるためロンドンに飛びました。ロンドンを選んだ理由は、高校時代に短期留学をしたこともあり、「長期間滞在してみたい」と前から考えていたから。在英中には、ファッションを学べる大学に入学し、授業は有意義で面白かったのですが、もともと現場の編集者として働いていたこともあり、とにかく「現場を知りたい」という思いを強く持っていました。そこで、早い段階からロンドンでアシスタント先を探し始めました。</p>
<h3>海外で職探しは非常に難しそうですが&#8230;.。</h3>
<p>当時は今のようにメールもSNSも盛んではなかったので、ロンドンの主要なスタイリストが掲載されている電話帳片手に手当たり次第履歴書を送ったり、雇ってくれそうな人を知らないか周りの友人たちに尋ね回りました。そうしたら幸運にも、友人の紹介で、デザイナーやスタイリストとして幅広く活動しているマルコ・マティシック氏のもとで働けることになり、彼のアシスタントとして撮影やデザインの仕事を手伝い始めました。</p>
<p>英語でのコミュニケーションは正直大変でした（笑）。ですが、パリコレやミラノコレクションのバックステージにも連れて行ってもらえるなど、非常に充実した1年半を過ごしました。本当にいい経験でしたね。その後帰国し、ロンドンでの経験も生かしながら、フリーランスのファッションエディターとしていろいろな雑誌やカタログで仕事をしました。</p>
<h3>なぜ弁護士に転身したのでしょうか？</h3>
<p>弁護士になろうと思ったのは、「ファッション業界の労働環境や法律問題、権利意識などをどうにか改善したい」と考えたことがきっかけです。私自身、10年以上ファッション業界に身を置く中で、法律の観点から改善できる問題に何度も直面してきました。そのうち、自分が法律学科出身だったことに気づき、「自分が弁護士になって業界をよりよくできるのでは」と思い立ったんですね。そこで仕事を辞め、ロースクールに入学。勉強には苦労しましたが、なんとか司法試験に合格し、弁護士になりました。</p>
<h3>「やりたい」と思ったらすぐに行動してきたのですね。</h3>
<p>そうですね、思うがままに進んできました。行動にうつす前に、どうなるかわからない未来を悲観的に考えることは少なかったです。とは言え、周囲を混乱させてしまったことがなかったわけではありません。官僚を辞めたと伝えた際には、親からFAXが大量に送られてきたこともあります。読むと泣いてしまうので、今でも読めていませんが（笑）。官僚を辞めるという決断は、両親には本当に衝撃的だったろうと思います。ですが渡英や弁護士への転身の際には、全面的に応援してくれました。本当にありがたいことです。</p>
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		<title>Ms. Magdalena Osumi, from Poland, currently work with Japan Times as a staff writer in Domestic News Division.</title>
		<link>https://hanajob.jp/workstyle95english/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[ハナジョブ学生記者]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 22 Feb 2015 08:48:03 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[先輩インタビュー]]></category>
		<category><![CDATA[ジャパンタイムズ]]></category>
		<category><![CDATA[編集・記者]]></category>
		<category><![CDATA[編集・記者（職種）]]></category>
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					<description><![CDATA[Together with Active Connector Already from the age of seven, Ms. Osumi became interested in Japanese language [...]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>Together with <a href="http://www.active-connector.com/" target="_blank" rel="noopener">Active Connector</a></p>
<p>Already from the age of seven, Ms. Osumi became interested in Japanese language. She earned a Master’s degree in Japanese linguistics and initially came to Japan as an exchange student in 2005. Thanks to her multilingual skills, Ms. Osumi was offered a job by Nifco, where she mainly worked on translation between English and Japanese, as well as liaised with overseas offices. Last year, Ms. Osumi joined <a href="http://www.japantimes.co.jp/" target="_blank" rel="noopener">The Japan Times</a> as a writer, which is a hectic but very fulfilling job. While translation constitutes a major part of her daily work, she also conducts interviews and writes her own articles.</p>
<p>Although experienced hurdles in communicating with co-workers in the beginning, Ms. Osumi has adapted well and is happy with her current working environment, which is international, open and working-mother friendly. She is very positive about the changes happening around her. People are more willing to embrace cultural diversities and Japanese companies are also increasingly hiring foreign workers to internationalize.</p>
<p>Through her endeavors, Mr. Osumi utilizes her expertise and has found her satisfaction in Japan. At the end, she shared with us a few tips on living and working abroad: 1) not being afraid of failure 2) keeping on interacting with people and getting inspired, and 3) not hesitating to ask for help. Thank you Ms. Osumi for your time with us.</p>
<p><img fetchpriority="high" decoding="async" class="alignnone wp-image-1068 size-full" title="Ms. Magdalena Osumi, from Poland, currently work with Japan Times as a staff writer in Domestic News Division." src="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/02/japantimes-IMG_9841.png" alt="japantimes-IMG_9841" width="702" height="400" srcset="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/02/japantimes-IMG_9841.png 702w, https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/02/japantimes-IMG_9841-300x171.png 300w" sizes="(max-width: 702px) 100vw, 702px" /></p>
<h2>Career at The Japan Times: What it is like to work in Japan Times?</h2>
<p><strong>Thuy:</strong> How did you join The Japan Times?</p>
<p><strong>Magdalena:</strong> Well, actually before starting to work at The Japan Times, I started my career in Japan at The Japan Times’ parent company. </p>
<p><strong>Miyuki:</strong> What kind of work do you specifically do at The Japan Times?</p>
<p><strong>Magdalena:</strong> Within the first months at The Japan Times, I mainly translated news we receive from Kyodo News, a Tokyo-based Japanese news agency. After a few months I started writing my own articles, although translation remains my primary job. The articles I translate generally cover everyday news ranging from accidents and murders to political issues. In addition, I write my own stories, including those based on interviews for our community column called “Telling Lives.” This column spotlights foreign nationals involved in interesting activities in Japan and Japanese contributing to cultural relations between Japan and other countries. This is my main duty.</p>
<p><strong>Miyuki:</strong> How often do you write your own articles?</p>
<p><strong>Magdalena:</strong> I usually write for a column called “Telling Lives,” which appears once a month. There are some articles I write based on information received from Kyodo News. If there is something we can check more throughoutly, find more information regarding the issue covered in the articles we receive from the news agency or other hot topics, I make a research using all available sources or contact experts familiar with the issue by phone. If I manage to access more detailed information or find a new angle to the story I write the article under my byline. </p>
<p><strong>Thuy:</strong> Do you think that your core strengths are your language skills,: fluency in Japanese and English? Do you face any difficulty at work?</p>
<p><strong>Magdalena:</strong> Before starting work at The Japan Times, I already had an experience as a translator and interpreter, so I had enough ability to juggle Japanese and English to some extent. However, being fluent in a foreign language is not everything. When I started working at The Japan Times, I also realized that writing in Japanese significantly differs from the English style. The articles we receive from news agencies are written in Japanese, which contrary to English-language sources or publications allows a certain level of ambiguity. As an English newspaper, The Japan Times provides articles with clearer statements. We structure our articles to inform the reader “what,” “when,” and “where” happened in the first paragraph, so readers do not have to read the entire article to grasp the essentials of the topic. In addition we try to clarify terms and background related to the story, which may be necessary to understand for example political issues. This style contrasts Japanese articles.</p>
<p><strong>Miyuki:</strong> Is The Japan Times for Japanese people or foreigners?</p>
<p><strong>Magdalena:</strong> It’s for both. Foreigners make up about 70% of our readers, but there are also many Japanese people who use the paper to improve their language skills or want to get more information about a certain issue, by comparing what’s written in Japanese-language newspapers with our content.</p>
<p><strong>Miyuki:</strong> How long are you in the office each day?</p>
<p><strong>Magdalena:</strong> I usually stay from 10am to 6pm and during that time I translate or write stories, working in cooperation with news desk – editors who assign reporters and coordinate coverage of news events, as well as copy editors. I often conduct interviews by phone but articles can sometimes be submitted from outside, when reporters attend a press conference or conduct an interview outside of the office, which helps them save time in order to meet the deadline.</p>
<p><strong>Miyuki:</strong> I also noticed that there are many female workers here&#8230;</p>
<p><strong>Magdalena:</strong> Right! That’s one of the good things about this company. The Japan Times has a well designed system to support working mothers, which enables women to continue work using short working hour system after returning from a child care leave, so women can easily return to work after giving birth. Our managing editor is the first woman in Japan to hold such a top post in a Japanese newspaper. She described her struggles with juggling her job and family while she was working as a reporter and head of the domestic news division in her book. I think she has contributed to improving working environment at The Japan Times, friendly to working mothers.</p>
<p>In general I think The Japan Times is very international, comparing to traditional Japanese companies. What’s great about the company is its open-mindedness in allowing women to work and show their strength.</p>
<p><strong>Cindy:</strong> Are other newspaper companies in Japan still traditionally minded then?</p>
<p><strong>Magdalena:</strong> Yes, I think so. According to my observation and from what I’ve heard, without sufficient support to balance work and child-rearing, many women are still not able to realize their full potential. Also, many Japanese companies tend to be very hierarchical and employees are more compelled towards the goals of the group rather than their own. I believe, however, that even old school corporate culture is understandable as long as there is a room for creativite thinking and employees can feel encouraged to demonstrate their abilities.</p>
<p><strong>Thuy:</strong> What is the best thing in your current job at The Japan Times?</p>
<p><strong>Magdalena:</strong> Everyday you learn about different things. You confirm new facts related to a certain issue. That provides a good opportunity to learn new things. Also, you learn from other people. This job allows me to meet new people and encounter new information, new views and opinions by interviewing them. That is a great way to learn and broaden my knowledge.</p>
<p><img decoding="async" class="alignnone wp-image-1073 size-full" title="Ms. Magdalena Osumi, from Poland, currently work with Japan Times as a staff writer in Domestic News Division." src="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/02/japantimes-IMG_9810.png" alt="japantimes-IMG_9810" width="702" height="400" srcset="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/02/japantimes-IMG_9810.png 702w, https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/02/japantimes-IMG_9810-300x171.png 300w" sizes="(max-width: 702px) 100vw, 702px" /></p>
<h2>Why Japan? What made her stay in Japan for long?</h2>
<p><strong>Miyuki:</strong> We would like to ask more about yourself: why did you choose to learn Japanese?</p>
<p><strong>Magdalena:</strong> I wanted to learn Japanese since I was seven. Several movies such as Shogun featuring Richard Chamberlain I watched that time, left a large impression on me and inspired me to learn Japanese and I have also been interested in : Japanese history and culture. I started learning Japanese at the university, and ended up majoring in Japanese studies and linguistics.</p>
<p><strong>Miyuki:</strong> What brought you here in Japan?</p>
<p><strong>Magdalena:</strong> I think that everyone who majors in Japanese language or culture probably wants to come to study in Japan at some point. And that’s exactly what I did. My grades allowed me to come to Japan for one year. It was an exchange program. My initial plan was to stay for one year. At that time, I didn’t have concrete plans what to do afterwards but since I got a job at a Japanese company I decided to use this opportunity to broaden my experience and stay in Japan for a while.</p>
<p><strong>Miyuki:</strong> How does Polish culture differ from Japanese culture?</p>
<p><strong>Magdalena:</strong> It is a difficult question because we cannot compare and explain cultural differences in just a few words. I think that Japan is gradually becoming more and more open, so it is also becoming easier for foreigners to adapt quickly. Japanese people are very friendly and polite and willing to help out foreigners. The fact that many people helped me in the beginning when I first came to Japan, made my life much easier. In European countries, it may look like foreigners tend to be left alone to deal with everything by themselves, as in many western countries you are often taught to solve problems and handle every situation on your own, in belief it will sharpen your independence.</p>
<p><strong>Miyuki:</strong> That’s nice to hear! I thought it would be hard for foreigners to live here because of the language barrier.</p>
<p><strong>Magdalena:</strong> Well when I came here I was already in my 5th year of my studies, so I could speak the language. Otherwise it may have been more difficult for me to manage on my own in Japan that well, I suppose.</p>
<p>Some of you may be interested in knowing if Japanese fluency is essential to get a job in Japan. I would say it always works to your advantage. It’s easier if you can understand Japanese and do anything independently without relying on other people.</p>
<p><strong>Miyuki:</strong> Do you have any other plan to work internationally?</p>
<p><strong>Magdalena:</strong> I have never worked in any other countries, but at The Japan Times, I have a chance to work together with people from different parts of the world – Japan and many English-speaking countries, which makes this experience invaluable.</p>
<p><strong>Su Li:</strong> Could you share with us the top reasons you want to stay in Japan and why you would prefer working in Japan instead of other countries?</p>
<p><strong>Magdalena:</strong> For the time being I think this opportunity at The Japan Times has been of great benefit, so I would like to continue to work here for a while. Any job in which you can utilize your abilities is worthwhile. That is what I believe.</p>
<p><img decoding="async" class="alignnone wp-image-1070 size-full" title="Ms. Magdalena Osumi, from Poland, currently work with Japan Times as a staff writer in Domestic News Division." src="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/02/japantimes-IMG_9833.png" alt="japantimes-IMG_9833" width="702" height="400" srcset="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/02/japantimes-IMG_9833.png 702w, https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/02/japantimes-IMG_9833-300x171.png 300w" sizes="(max-width: 702px) 100vw, 702px" /></p>
<h2>Job hunting in Japan:</h2>
<p><strong>Su Li:</strong> After staying one year in Japan, what made you stay longer than one year?</p>
<p><strong>Magdalena:</strong> During my study abroad in Japan, I found my first job. That is the main reason I stayed here. Although it was initially a one-year contract, it was prolonged soon afterwards and since I found this experience a good opportunity to brush up my Japanese and gain other skills, I decided to stay.</p>
<p><strong>Suli:</strong> About your first job, may we know how you got the info about it?</p>
<p><strong>Magdalena:</strong> My friend told me that the company was searching for people who could speak Polish that could help with establishing a new branch in Poland . That was actually the only interview I had for my job hunting and fortunately I got accepted. I was lucky because the fact I was fluent in Polish, which is my mother tongue was my strong point but I also had experience working as a translator and an interpreter in Poland. In fact, I had not done much research before applying for the job.</p>
<p><strong>Suli:</strong> You have mentioned that Japan has become more and more open to foreigners. What is your opinoin regarding recruiting foreigners?</p>
<p><strong>Magdalena:</strong> I cannot say anything about recruiting in Japan. But I think Japanese people are becoming open to differences, and now they accept diversity more than before. When I came here almost 10 years ago, foreigners were expected only to adjust to the company’s culture. But now they are rather expected to show other skills and abilities specific to different cultures, which, I hope, may enable Japanese people to learn something from them, too.</p>
<p><strong>Suli:</strong> I have just started learning Japanese for 2 months and now interested in finding jobs in Japan. I would like to ask, for people like us, with just basic Japanese skill, do you have any suggestion where should we go and the kind of job we should try?</p>
<p><strong>Magdalena:</strong> It also depends on your expectations. Many companies try to transform and become more global. People who don&#8217;t speak Japanese could help employees improve their English skills. For example, in my case, I could speak Japanese from the beginning, so many people in the environment I used to work in believed it was not necessary to try to communicate in English with foreigners. If you are fluent in Japanese of course it will work to your advantage but many companies are changing their policies so English is the first language to communicate.</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone wp-image-1071 size-full" title="Ms. Magdalena Osumi, from Poland, currently work with Japan Times as a staff writer in Domestic News Division." src="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/02/japantimes-IMG_9821.png" alt="japantimes-IMG_9821" width="702" height="400" srcset="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/02/japantimes-IMG_9821.png 702w, https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/02/japantimes-IMG_9821-300x171.png 300w" sizes="(max-width: 702px) 100vw, 702px" /></p>
<h2>Working in Japan, as a female, and as a foreingner:</h2>
<p><strong>Thuy:</strong> What would be the strength and weakness of a female foreinger in Japan?</p>
<p><strong>Magdalena:</strong> When I first came here, I heard that being a foreigner and a woman makes it a “double punch.” When I started working in Japan, I definitely experienced this kind of ‘double punch’: I joined the team together with another Pole &#8211; a male &#8211; and our colleagues would give us instructions or ask questions, including those addressed to me, only through my friend. It was because Japanese co-workers did not know how to talk to me, since I am a foreigner plus a woman. But it was just in the beginning, as they soon realized that I can communicate in Japanese. Now I know, that they simply needed some time to get used to the idea of working with a foreign woman. Nowadays, since there are more and more foreigners coming to Japan, I think the same kind of problems do not occur anymore.</p>
<p><strong>Miyuki:</strong> How can you balance between work and life?</p>
<p><strong>Magdalena:</strong> The truth is if you work in Japan you spend more time in the office or working overtime than in some western countries. I am trying, however, to find some time to engage in some enrichment actitvities at the moment.</p>
<p><strong>Suli:</strong> Speaking from your personal experience, is there any discrimination against female or foreigner here in Japan?</p>
<p><strong>Magdalena:</strong> I was once told by a person who supposedly was not used to communicating with foreigners, that a conversation with me was meaningless because I am a foreigner whose Japanese skills are for sure insufficient to get the message across. I think people who have never lived abroad or never talked to foreigners, might be surprised that foreigners can speak Japanese and are able to understand Japanese people. However, now as things have changed, people are more aware that communcating with foreigners does not differ much from communicating with people of the same nation.</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone wp-image-1072 size-full" title="Ms. Magdalena Osumi, from Poland, currently work with Japan Times as a staff writer in Domestic News Division." src="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/02/japantimes-IMG_9830.png" alt="japantimes-IMG_9830" width="702" height="400" srcset="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/02/japantimes-IMG_9830.png 702w, https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/02/japantimes-IMG_9830-300x171.png 300w" sizes="(max-width: 702px) 100vw, 702px" /></p>
<h2>Message to student like us:</h2>
<p><strong>Magdalena:</strong> The most important thing is not to be afraid of failure. If you accept the fact that you might be wrong, you can ask someone for help, you can learn from others, you can compare different ways of thinking and overcome hurdles because you can understand things from different angles. Taking up new challenges is always beneficial. If you are not afraid of a challenge , you can move mountains and overcome any hurdle.</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone wp-image-1074 size-full" title="Ms. Magdalena Osumi, from Poland, currently work with Japan Times as a staff writer in Domestic News Division." src="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/02/japantimes-IMG_9847.png" alt="japantimes-IMG_9847" width="702" height="400" srcset="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/02/japantimes-IMG_9847.png 702w, https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/02/japantimes-IMG_9847-300x171.png 300w" sizes="(max-width: 702px) 100vw, 702px" /></p>
<p><a title="異国の地、日本ではたらく。（ジャパンタイムズ）" href="https://hanajob.jp/2015/02/21/workstyle95/">Japanese ver.</a></p>
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		<title>異国の地、日本ではたらく。（ジャパンタイムズ）</title>
		<link>https://hanajob.jp/workstyle095/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[ハナジョブ学生記者]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 20 Feb 2015 15:40:42 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[先輩インタビュー]]></category>
		<category><![CDATA[ジャパンタイムズ]]></category>
		<category><![CDATA[マスコミ・メディア（業種）]]></category>
		<category><![CDATA[出版]]></category>
		<category><![CDATA[情報・通信]]></category>
		<category><![CDATA[新聞]]></category>
		<category><![CDATA[新聞（業種一覧）]]></category>
		<category><![CDATA[編集・記者]]></category>
		<category><![CDATA[編集・記者（職種）]]></category>
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					<description><![CDATA[株式会社ジャパンタイムズで記者として働いていて、翻訳業務も担当している、ポーランド出身の大住マグダレナさんに日本でのお仕事や生活などについてお話を伺ってきました。今回はハナジョブ初めての試みとして、海外からの留学生と共に [...]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<div class="kakomi">
<p>株式会社ジャパンタイムズで記者として働いていて、翻訳業務も担当している、ポーランド出身の大住マグダレナさんに日本でのお仕事や生活などについてお話を伺ってきました。今回はハナジョブ初めての試みとして、海外からの留学生と共にインタビュー！ポーランド語、日本語、そして英語のマルチリンガルの大住さん。とてもチャーミングなお人柄で私たちの質問にひとつひとつ丁寧に答えていただきました。（2015年2月時点の情報です）</p>
</div>
<h2>ストーリーを知る　書く　そして伝える。</h2>
<h3>大住さんの現在の仕事内容を教えてください。</h3>
<p>政治経済や犯罪など多岐にわたるニュースの翻訳を中心に、自分で記事を書くこともあります。記事は共同通信からの記事を訳すことが多く、内容によっては翻訳だけでなく、電話などで専門家に取材をすることもあります。また、外国人コミュニティを特集するコラムを担当しているのですが、ここでは外国人の暮らし方や面白いプロジェクトに参加している人を取材して、月１回程度、記事を書いています。</p>
<p>「The Japan Times」の読者の７割は外国人の方々ですが、英語を学ぶために読んでくださる日本人読者もたくさんいらっしゃいます。中には日本語と英語の新聞を読み比べる人もいるようです。</p>
<h3>１日の仕事のタイムテーブルはどのようになっているのでしょうか。</h3>
<p>「The Japan Times」は文字通り日本に焦点を当てている新聞なので、まず午前中に現在どのようなことが日本で起きているのかを確認します。記事を書き上げたら、デスク（記者が書いた記事を編集する担当者）が内容をチェックし、より良質な記事になるよう編集していきます。締切直前は本当に慌ただしいんです。（ちょうど大住さんへのインタビュー時間と重なり、取材ルームの隣にあるオフィスではとても慌ただしい様子、私たちまでハラハラと緊張感が伝わってきました・・・！）</p>
<p>ほかの新聞社に比べると、ジャパンタイムズにはそれほど多くのスタッフはいません。ときには取材のために外出することもありますし、電話でインタビューを行う場合もあります。取材などのアポイントがなければ通常１０：００から夜の１８：００までオフィスにいます。記者は柔軟な働き方が認められているので、外出先や自宅から記事を書き上げて送る時もありますね。</p>
<h3>オフィスをざっと見渡した様子だと女性が多いですね。</h3>
<p>そうなんですよ、ほかの新聞社と比較すると女性が多いですね。ジャパンタイムズの特徴の一つだと思います。弊社は産休・育休制度や時短勤務などの制度が取得しやすい環境なので、子育てをしている女性スタッフもたくさんいます。育児休業を終えて職場に復帰するスタッフが大半です。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone wp-image-1068 size-full" title="異国の地、日本ではたらく。（ジャパンタイムズ）" src="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/02/japantimes-IMG_9841.png" alt="japantimes-IMG_9841" width="702" height="400" srcset="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/02/japantimes-IMG_9841.png 702w, https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/02/japantimes-IMG_9841-300x171.png 300w" sizes="(max-width: 702px) 100vw, 702px" /></p>
<h2>「将軍」というドラマに感銘を受けた。</h2>
<h3>大住さんが日本語を学び始めたきっかけがとても気になります。</h3>
<p>日本語を学びたいと思い始めたのは７歳の頃、テレビ放送されていた「将軍」という日本の歴史ドラマシリーズを観たことがきっかけでした。幼いながら心に強い印象を焼き付けられました。今となってはヨーロッパでも日本文化はとても人気がありますが、私が日本について学びたいと思い始めた頃とは状況は少し違うと思います。その当時もマンガの人気はありましたが、情報自体はとても少なくて日本について知る機会はかなり限られていたと思います。</p>
<p>私は「日本語」という言語自体をとても気に入って、そこから人々がどんな会話をしているのかが知りたくなって、日本の文化や歴史についても興味を持つようになりました。ポーランドの大学へ入学して日本語学を専攻し、そこから本格的に日本語の勉強を始めました。大学では主に文化と語学を学んでいたので、ずっと日本現地の文化に触れたいという気持ちを心に抱いていました。</p>
<h3>そのような背景があって日本の大学へ進学されることに決めたのですね。</h3>
<p>はい、そうです。私のような日本語学専攻の学生は皆、少なくとも１年は日本へ行って勉強がしたいと願っていたのではないかと思います。私の場合は交換留学制度を利用することができたので、学習院女子大学で約１年間学ぶ機会に恵まれました。ただ、日本で暮らすのは当初この1年間の予定だったので、１０年経った今もこうして日本で働いているとは思ってもいませんでした。</p>
<h3>どうして当初の予定を変更して日本に留まることを決めたのですか。</h3>
<p>学習院女子大学へ交換留学をしている時に、縁があり、日本で就職先を見つけました。そのため、日本留学を経て、大学を卒業するために一度ポーランドに戻りましたが、卒業後に再度来日し、日本の企業で主に翻訳と通訳の仕事をするようになりました。今はこうして日本で働く機会をいただいてとても光栄に思っています。自分の能力がこうして活かせる限り、すべて良い経験だと思っていますから。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone wp-image-1073 size-full" title="異国の地、日本ではたらく。（ジャパンタイムズ）" src="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/02/japantimes-IMG_9810.png" alt="japantimes-IMG_9810" width="702" height="400" srcset="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/02/japantimes-IMG_9810.png 702w, https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/02/japantimes-IMG_9810-300x171.png 300w" sizes="(max-width: 702px) 100vw, 702px" /></p>
<h2>語学力が日本で働くチャンスをつくった</h2>
<h3>どのようにして日本で働き口を見つけたのでしょうか。</h3>
<p>実は求人情報の雑誌やサイトをマメにチェックしていたわけではなく、たまたま友人がポーランド語を話せる人材を探している企業があると教えてくれました。幸いにも母国にいた頃、仕事として翻訳の経験もあったので、ぴったりな条件だったと思います。</p>
<h3>日本以外の国で働くことをお考えになったことはありますか。</h3>
<p>私の場合、日本以外で働いたことはないので日本での仕事が私のキャリアのすべてです。ただ、以前働いていた企業などの経験を踏まえると、ジャパンタイムズには日本人以外のスタッフもたくさんいるので、ほかの会社の職場環境と比べると少し特殊かもしれませんね。とてもインターナショナルな企業だと思っています。報道部の記者の多くは日本人ですが、運動部やエンタメ関連記事を書く生活文化部などでは外国人記者も活躍していて、お互いを高め合える環境だと思います。記事の最終チェックは、いつもネイティブのスピーカーが担当していますよ。</p>
<h2>新たにストーリーを再構築する。</h2>
<h3>翻訳というお仕事の難しさはどういったところでしょうか。</h3>
<p>語学自体の知識だけでは十分ではないところです。その国の文化や時代背景などを前提として文章が成り立っているので、翻訳する際に頭を抱えてしまうときもあります。加えて、日本語は文語と口語で文章の構成が大きく変わってきます。日本へ来たばかりの頃は、書き言葉と話し言葉でこんなにも言い回しが変わってしまうことに、正直とても困惑しました。翻訳の仕事とは、取材内容をただ直訳するのではなくてストーリーを「再構築」することだと思っています。</p>
<h3>現在のお仕事のどのような部分に魅力を感じますか。</h3>
<p>毎日何か新たなことを学べるところですね。仕事柄たくさんの情報に触れるので、自分の知識量も増えていきます。もちろん職場の人々から学ぶこともたくさんありますし、取材でのインタビューを通してたくさんの人に出会える環境はとても良い経験になっています。もっと多くの記事を書いてみたいですね。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone wp-image-1070 size-full" title="異国の地、日本ではたらく。（ジャパンタイムズ）" src="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/02/japantimes-IMG_9833.png" alt="japantimes-IMG_9833" width="702" height="400" srcset="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/02/japantimes-IMG_9833.png 702w, https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/02/japantimes-IMG_9833-300x171.png 300w" sizes="(max-width: 702px) 100vw, 702px" /></p>
<h3>外国人でさらに女性という立場は、日本で働く上でどのような難しさがありますか。</h3>
<p>私が入社した頃（２００６年）は「外国人」＋「女性」というバックグラウンドはいわゆるダブルパンチでした（笑）。ジャパンタイムズに勤める前の会社での面白い話があります。外国人男性と同時期に入社して同じ業務を行っていたのですが、日本人の同僚とのコミュニケーションはすべてその男性を通して行われていたのです。女性で、かつ外国人ということでどうやって話しかければよいのかわからなかったのだと思います。おそらくさまざまな先入観があって、外国人である私が職場にいるということに違和感を感じたのでしょうね。もちろんこれは最初の頃だけで、すぐに普通に話しかけてくれるようになりました。</p>
<p>また以前、日本人の方に、私が外国人という理由で「日本語できちんとコミュニケーションは取れない」と言われたことがありました。これまで外国に滞在したことがなく、外国人と話す機会がなかった人々にとっては、私のような外国人が流暢に日本語を話すことは驚くべきことなのかもしれませんね。ただ、今では多くの日本企業がグローバルな企業に生まれ変わろうと、以前より多くの外国人労働者を受け入れるようになっていますし、中には社内公用語を英語にする企業などもあるようですね。</p>
<h3>仕事と家庭の両立はどのようになさっているのでしょうか。</h3>
<p>家事などは一人で抱え込まずに分担する、など基本的なことですが、忙しく仕事をしながらもプライベートな時間を大切にできるよう努力しています。日本は外国に比べると、職場で過ごす時間が長いと思います。共働きだからこそ少しでも家で過ごす時間を充実したものにできるよう、常に心がけています。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone wp-image-1071 size-full" title="異国の地、日本ではたらく。（ジャパンタイムズ）" src="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/02/japantimes-IMG_9821.png" alt="japantimes-IMG_9821" width="702" height="400" srcset="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/02/japantimes-IMG_9821.png 702w, https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/02/japantimes-IMG_9821-300x171.png 300w" sizes="(max-width: 702px) 100vw, 702px" /></p>
<h2>はじめはすべてを自ら進んで学ばなくてはいけない。</h2>
<h3>日本へ来る前と後で、ご自身に何か変化したことはありますか。</h3>
<p>おそらく外国へ留学した方々は同じような経験をお持ちかもしれませんが、些細なことも含めると毎日のように壁にぶつかっていました。だから、困難を自分の力で乗り越えていかなければいけないという強い気持ちが自分の中に芽生えました。何かにぶつかってもめげずに立ち上がって、そうやって繰り返していくうちに、自然と自分に対して自信を持てるようになりました。また、ポーランドを飛び出さなければ知ることのできなかった、多くのことを体験できたのはとても価値あることだと思っています。</p>
<h3>自分の中に自立心が生まれるということでしょうか。</h3>
<p>そうですね。私の場合、日本へ初めて来たときには、既にポーランドの大学で５年目にあたる年だったので日本語をある程度話すことができました。この語学力は実際かなり役に立ったと思います。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone wp-image-1072 size-full" title="異国の地、日本ではたらく。（ジャパンタイムズ）" src="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/02/japantimes-IMG_9830.png" alt="japantimes-IMG_9830" width="702" height="400" srcset="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/02/japantimes-IMG_9830.png 702w, https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/02/japantimes-IMG_9830-300x171.png 300w" sizes="(max-width: 702px) 100vw, 702px" /></p>
<h3>（留学生からの質問）私の友人は日本語があまり堪能ではなくてとても苦労していました。まず対人コミュニケーションを取るのが困難ですし、日本独自のマナーや習慣といった「異国文化」に慣れるのもとても大変でした。今は文化についてより多くのことを学んでいて、以前よりも日本での生活に足が地に着いたような気がします。</h3>
<p>そうですね、語学力があれば少なからず強みになると思います。ビジネスの現場においてだけでなく、言葉を知っていればそれだけ相手との相互理解がより深まります。たとえほかの人が説明できない事柄があったとしても、自分の中で考えて、それを相手に説明できるチャンスもあるわけです。どのコミュニケーション手段を使うにせよ、役に立つはずですよ。</p>
<h3>日本とポーランドの大きな違いはどういったところに感じますか。</h3>
<p>言語と文化は全く違いますが・・・とても難しい質問ですね（笑）ただ、日本は以前よりもオープンになっていると感じます。日本人は一般的にフレンドリーで礼儀正しい人々だと言われていますよね。実際私が日本へ来た初めの頃も、たくさんの方々が親切に手を差し伸べてくださりました。そういうことを踏まえると、多くの人が抱いている日本人のイメージに対してなるほどなぁと頷くことができました。私の生まれ育った西洋では、幼い頃から自分の身の回りのことは自分でできるように教育され、日本より自立性が重んじられていると思うので、そういう部分は大きな違いかもしれません。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone wp-image-1069 size-full" title="異国の地、日本ではたらく。（ジャパンタイムズ）" src="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/02/japantimes-IMG_9794.png" alt="japantimes-IMG_9794" width="702" height="400" srcset="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/02/japantimes-IMG_9794.png 702w, https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/02/japantimes-IMG_9794-300x171.png 300w" sizes="(max-width: 702px) 100vw, 702px" /></p>
<h2>お互いを認め合う社会へ</h2>
<h3>日本が以前よりもオープンになっているというのはどういうことでしょうか。</h3>
<p>外国人に対してだけではなくて、日本企業や日本人そのものがお互いの「異なる」部分について認め合うような考え、そして環境へと移行しているように思います。ダイバーシティについて寛容になりつつありますし、これからの日本ではこうした動きがさらに必要になってくるのではないでしょうか。事実、私が日本へ来た１０年前は語学力やすぐに働けるか否かを問われ、一人の労働者としてではなく、外国人というフレームでざっくりと判断されていたのです。しかし、今では多くの日本企業が外国人に対しても、どのように会社へ貢献することができるのか、また、日本人の同僚に対してどのような見本となってくれるのか、そういったことを求めるようになりました。</p>
<h3>ありがとうございました。最後に、学生にメッセージをお願いします。</h3>
<p>多くの人が言っていると思いますが、失敗を恐れずに何事にもチャレンジしてもらいたいです。もし何か途中で躓いたり、自分の方向性に不安を感じたりしたら他人に助けを求めていいですし、そこで様々な異なる考え方に出会うこともあります。ぜひ色んなアプローチやアングルで物事を捉えてみてほしいです。そうすればいくら失敗しても再び立ち上がることができると思うし、そうしてまた「新たな挑戦」へと一歩踏み出してみてください。</p>
<h3>インタビューを終えて（ハナジョブ学生記者）</h3>
<p>今回ポーランド、アメリカ、中国、ベトナム、そして日本というバラバラな国の人たちが「英語」を介して交流しました。１年前の自分には到底できなかったであろうことに、純粋に英語を勉強していて良かったと思い、もっと自分の言葉で喋れるようになりたい気持ちが高まりました。これはとても単純で、理解が深まれば楽しさが倍増すると思うからです。もっともっと頑張りたいと思います。</p>
<p>また、大住さんが今もこうして日本で働いているのは決して偶然ではないのだろうと感じました。日本で働くことに全く無関心でいたならば、そのような求人情報すら入ってこないと思ったからです。日本のドラマから興味が始まり、そこからどんどん好奇心に忠実となって突き進んでいるような印象を受けました。好奇心の塊となってアンテナを張りつつ、今までやったことのない挑戦をし続ければ、「幸運」が近くにきてくれたときにそれを活かすことができるのかもしれないと思いました。そして、そのタイミングをものにするには努力を怠ってはいけないと思うし、そういうことを深く考えたくなるインタビューでした。</p>
<p>異国の地で暮らす、ましてや働くことはきっと私の想像以上に過酷だと思うし、たとえ言葉を知っていたとしても、文化の壁によって孤独感を覚えることもあると思います。誰でも初心者から始まるし、肩身の狭い思いをすることがあっても、自分の限界に挑戦しつつ常にアンテナを張り巡らせる人間でありたいなと思いました。大住さん、今回は本当にありがとうございました。</p>
<p><a title="Ms. Magdalena Osumi, from Poland, currently work with Japan Times as a staff writer in Domestic News Division." href="https://hanajob.jp/2015/02/22/workstyle95english/">英語バージョンはこちら</a></p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone wp-image-1074 size-full" title="異国の地、日本ではたらく。（ジャパンタイムズ）" src="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/02/japantimes-IMG_9847.png" alt="japantimes-IMG_9847" width="702" height="400" srcset="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/02/japantimes-IMG_9847.png 702w, https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/02/japantimes-IMG_9847-300x171.png 300w" sizes="(max-width: 702px) 100vw, 702px" /></p>
<div class="kakomi">
<p><strong>記者という仕事</strong></p>
<p>テレビ局や新聞社など報道機関に所属して、記事を書くのが記者という仕事。</p>
<p>「夜討ち朝駆け」なんて言われることもありますが、スクープのためには深夜でも早朝でも現場に駆けつけて取材をする、というなかなかにハードな仕事！</p>
<p>最初は体力的にハードな部署で記者としての基本を鍛えられ、その後専門的な部署に配属される、というのが多いパターンです。</p>
<p>あこがれる人は多いけれど、全力で取り組む事ができなければ難しい仕事でもあります。 仕事は完全に体育会系！　それに負けない精神でがんばらなければいけません。</p>
<p><strong>株式会社ジヤパンタイムズ</strong></p>
<p>「The Japan Times」は国内で最大の販売部数を誇る英字新聞であり、多様で独自性のある日本関連の英文ニュースを提供しています。1897 年の創刊以来、政治、経済、文化、社会およびスポーツ報道を通じ、日本を世界に発信する役割を果たしてきました。2013年10月からは「The Japan Times / International New York Times」の名称で、世界のクオリティーペーパーとして名高いニューヨーク・タイムズ紙国際版とセットで発行しています。</p>
</div>
]]></content:encoded>
					
		
		
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		<item>
		<title>人と違う道だからこと、その道を歩いてみたい（アルク）</title>
		<link>https://hanajob.jp/workstyle089/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[ハナジョブ学生記者]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 16 Jun 2012 06:20:32 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[先輩インタビュー]]></category>
		<category><![CDATA[アルク]]></category>
		<category><![CDATA[サービス（業種）]]></category>
		<category><![CDATA[人材・教育（業種一覧）]]></category>
		<category><![CDATA[編集・記者]]></category>
		<category><![CDATA[編集・記者（職種）]]></category>
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					<description><![CDATA[高校を卒業し、アメリカの大学へ進学するなど、未知の世界へ飛び込むことを恐れない北折さん。楽しみながら、学びながら仕事を続ける。そんな北折さんの充実した毎日の仕事、子育てについてお話を伺いました。（2012年6月時点の情報 [...]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<div class="kakomi">
<p>高校を卒業し、アメリカの大学へ進学するなど、未知の世界へ飛び込むことを恐れない北折さん。楽しみながら、学びながら仕事を続ける。そんな北折さんの充実した毎日の仕事、子育てについてお話を伺いました。（2012年6月時点の情報です）</p>
</div>
<h2>知らないから面白い－北折さんのワークスタイルとは？</h2>
<h3>現在のお仕事内容を教えてください。</h3>
<p>『日本語教育ジャーナル』という日本語教師を目指す方に向けた雑誌の編集に1年半ほど前から携わっています。編集という仕事は多くの人のアイデアを本の形にまとめる作業です。毎月編集会議を開き、皆で意見を出し合ってテーマに合ったインタビュイーを決めていきます。枠にとらわれず自分の気になったフィールドに飛び込んで取材をし、記事にしていきます。</p>
<h3>『日本語教育ジャーナル』を作っていて一番のやりがいはなんでしょうか？</h3>
<p>雑誌編集の一番楽しいところは、取材を通じて一流の人、旬の人に会えることですね。有名・無名に関わらず、お話を伺いたいと思う方には志のある方が多く、そうした考え方に触れると刺激になりますし、自分の糧にもなります。また、読者から「この特集が役に立った」、「自分の人生を変えた」といった生の声がハガキで届くとすごく嬉しいし、頑張って良かったなと思います。</p>
<h3>それが面白さにつながっているんですね。逆に苦労されたことはありますか？</h3>
<p>入社してからずっと、日本人向けの英語テキストの制作に携わってきたので、外国人学習者が対象の日本語教育とはアプローチが違い、最初はとまどいました。同じ語学教育でも、日本語学習者は出身国がまちまちで、母語もバックグラウンドも違う。彼らに日本語を教えるときは、英語を教えるときと違う視点が必要です。</p>
<p>これまで身に染みていた英語教育の常識から離れ、新しい視点を身につけるのはひと苦労でしたが、１年くらいすると、英語教育と日本語教育の共通項も見えてきて、広い視野で言語教育を捉えられるようになりました。そういう意味では、ひとまわり成長できたと思います。</p>
<h3>どのようなきっかけでアメリカの大学に進まれたのでしょうか？</h3>
<p>もともと英語が好きでしたし、家族がアメリカに転居することもあって、アメリカの大学に進学しようと決めました。周囲には猛反対されましたが、それでも尊敬している英語の先生に背中を押されて、せっかくの機会なので周りの人と違う道へ進もうと思いました。</p>
<h3>恐れず知らない世界に飛び込まれてすごいです。アメリカで学生時代を過ごされていかがでしたか？</h3>
<p>一番の思い出は、勉強と議論ですね。図書館にカンヅメで朝から晩まで勉強しても、授業に追いつくのがやっとで。努力しても叶わないことがあるという経験は悔しかったです。でも、そういうこともあるのだと気付けたのは、私の財産だと思っています。</p>
<p>そして、寮に帰ると、「真珠湾攻撃」の是非について議論をふっかけられる（笑）。アメリカの大学にはさまざまな人種や各国からの留学生がいて、自分の意見をきちんと持っています。そういった環境で、物事を深く考え、自分の言葉で意見を述べる訓練ができたのは、よかったと思います。</p>
<h3>ご卒業後はどうされましたか？</h3>
<p>7月に日本に帰ってきましたが、新卒の募集はすでに終わっていました。とりあえず、英会話学校で講師をすることにしたのですが、3年目に入り、「私はずっとこのままでいいのか」と思い、再び求人欄を見始めました。</p>
<p>もともとモノ作りに興味があり、さらに英語を生かした職業を探していたところ、アルクの求人が目につきました。高校時代、アルクが出版していた『留学辞典』をむさぼるように読んだのを思い出しました。私が学生時代に取り組んだことや留学経験を形にできるこういう道もあるのだと気づき、出版業界への転職を決めました。</p>
<h3>それではアルクに入社してからのお仕事をお聞かせください</h3>
<p>まず英語教材編集部で、TOEICや英検対策などの通信講座を４年ほど制作しました。その後、配属されたのが月刊の英語学習誌でした。月刊誌は通信教材のノウハウとは別のめまぐるしいサイクルで、常に3ヶ月先の企画を考えながら、CDの収録や取材をこなしていきます。2年続けた後に結婚し、受講生向けの会報誌の編集部に異動しました。この仕事を1年ほど続けてから出産し、1年の育休を経て職場復帰しました。その後、子どもが大きくなってきたので、再び英語教材の仕事を経て、現在の仕事をしています。</p>
<h3>子育てとお仕事の両立は大変だと思いますが、どのように両立されていらっしゃいますか？</h3>
<p>仕事と子育ては、大変さのポイントが違うので、両立は実はよい気分転換になるんです。仕事で失敗して落ち込んでも、家で子どもの笑顔を見ると嫌なことを忘れてしまうし、一日中パソコンに向かったあとの家事は、気持ちが切り替わります。家事に協力的な夫の存在も欠かせません。</p>
<p>編集職は時間が不規則で突発的な業務も多いことから、育休明けも同じポジションに戻れるか不安でした。しかし、当時の女性上司がとても理解のある方で、その期待に応えたい、これからも本を作り続けたいという思いで、復帰しました。職場も夫も支えてくれるのに、自分がいきなりやめるという選択肢はありませんでしたね。</p>
<p>仕事が苦しい時には保育園のお母さんたちと励まし合いました。業種は違っても、働くお母さんという点で連帯感が生まれます。悩みはお互いに相談しあいながら乗り切りました。</p>
<h2>作っているのは人、だからこそつながりを大事にした仕事を</h2>
<h3>仕事で心がけていること、仕事への思いを教えてください。</h3>
<p>一冊の本が出来上がるまでには、著者、デザイナー、イラストレーター、カメラマン、DTPオペレーターほか、たくさんの人たちが関わっています。そうした方々のプロ意識に対するリスペクトを忘れないよう心掛けています。</p>
<p>また、最近ではメールですべてのやりとりを済ましてしまい、一度も会わないことも多いと思いますが、私はなるべく会ったり電話をしたりするようにしています。一度も会わないと、ハプニングがあった時に関係がこじれてしまうことがあるので。作るのは「モノ」ですが、それを作っているのは「人」だということを常に忘れないようにしています。</p>
<h3>北折さんにとっての仕事とは何でしょうか？</h3>
<p>社会と繋がる場所ですね。育休中に仕事を1年休んで、子どもと一緒に過ごした日々は、もちろん幸せでした。でも、「私」ではなく、子どもの母親としてしか見られていないと感じることもあり、違和感がありました。私はお母さんである自分も大事にしたいけれど、今まで大学などで勉強してきたことを社会に生かし、一人の人間として、女性として、社会に貢献できることもあると考えています。仕事をしていると違う発想や考え方に触れることができ、自身が成長できます。行動範囲が広がるので、様々な人と会って自分の世界を広げることも可能です。</p>
<h3>将来の夢を教えてください</h3>
<p>これからの日本は、外国籍の人がたくさん入って来たり、日本人が外国へ行ったりとグローバル化がますます進んでいきます。複数の言葉を使えることで自分の世界・価値観・チャンスが広がることがあるので、そういったことを実感できるような新しい形の言語教育を提案していきたいです。</p>
<h3>同じ仕事を志している人にメッセージをお願いします</h3>
<p>編集職は、常に情報のアンテナを張り巡らせておくことが大切です。大学時代から多くの人と出会い、繋がっておくと良いと思います。少しでも興味のあることなら、臆せず出かけ、体験してみてください。その時の経験やつてが、何年後かに企画を生み出すことや、人脈につながることだってありますよ。</p>
<h3>インタビューを終えて（ハナジョブ学生記者）</h3>
<p>仕事を常に楽しみながら、学ぶ姿勢を持って取り組む北折さん。誰もやっていないことだから自分がやるという前向きな姿勢で生き生きと輝いていらっしゃいました。私も知らないから、わからないからと恐れずに、チャンスに変えてやっていこうと思いました。ありがとうございました。</p>
<div class="kakomi">
<p><a href="http://www.alc.co.jp/" target="_blank" rel="noopener">アルク</a></p>
<p>1969年4月の創業以来、企業理念として「地球人ネットワークを創る」を掲げ、実践的な語学力を身につける教材の開発をすすめてきた出版社です。書籍、通信講座、Webサイト、デジタルコンテンツの提供など、語学分野における学習者向けの様々な支援を行っております。</p>
</div>
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		<title>人と会うと、必ず一つは新しい発見がある（毎日新聞社）</title>
		<link>https://hanajob.jp/workstyle045/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[ハナジョブ学生記者]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 15 Sep 2010 15:45:24 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[先輩インタビュー]]></category>
		<category><![CDATA[マスコミ・メディア（業種）]]></category>
		<category><![CDATA[新聞]]></category>
		<category><![CDATA[新聞（業種一覧）]]></category>
		<category><![CDATA[毎日新聞社]]></category>
		<category><![CDATA[編集・記者]]></category>
		<category><![CDATA[編集・記者（職種）]]></category>
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					<description><![CDATA[大学で専攻していた法学の分野から一転、記者一筋の道を歩まれている永山さん。世の中に知られていない問題を発見して、掘り下げることの大切さをお話してくださいました。実は人見知りという一面も！記者にとって必要なことは何かを考え [...]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<div class="kakomi">
<p>大学で専攻していた法学の分野から一転、記者一筋の道を歩まれている永山さん。世の中に知られていない問題を発見して、掘り下げることの大切さをお話してくださいました。実は人見知りという一面も！記者にとって必要なことは何かを考えさせられる取材となりました。（2010年9月時点の情報です）</p>
</div>
<h2>人見知りを上回る探究心！</h2>
<h3>現在の仕事内容を教えてください。</h3>
<p>新聞社には現場の最前線で取材をする記者と、その記者が書いた原稿をチェックして、記事を作り直し、より面白くする編集の仕事をするデスクがいます。私自身は取材に行きながら、それに加えて記者全体を総括する仕事もしています。</p>
<p>私のいる科学環境部では、サイエンス、医療、環境問題、エネルギー問題、自然災害など、多岐にわたる分野にフォーカスをあて報道しています。最近は、高額医療費問題を連載で取り上げたところ、読者から非常に反響がありました。昨年は、まだ社会が注目していない問題として獣医師の人材不足の問題を取り上げました。新聞社の大切な仕事の一つに、世の中でまだ知られておらず、考えてもらうべき問題を掘り下げることがあると思います。</p>
<p>そのためには、常にアンテナを張り、会社の机に座っているだけではなく、日常生活の中で色々な人と会ってお話することが必要です。その人たちがなんとなく問題だと思っていることが、実は世の中でも大きな問題になっていることがありますから。</p>
<p>記者の仕事は書く仕事だと思っていたのですが、実際に人に会って話を聞くことが大事なんですね。</p>
<p>極論に言うと、記事を書くよりも情報の方が大切です。大事なのは情報であり、いかに現場に行って情報を拾い、事実をつかめるかなんですよね。</p>
<p>実は私、とても人見知りなんです。今日も電車が止まって取材が延期になればいいと思ったくらい（笑）。でも実際に取材で人に会うと、必ず一つは新しい発見があって、それが記事に繋がるんですよね。そういう経験を繰り返して、とにかく人に会って話を聞かなければ！と思うようになりました。</p>
<h3>現在の仕事に就くまで、どのようなお仕事をされてきたのでしょうか？</h3>
<p>東京本社に異動になるまでは、大阪本社で2年、和歌山支局で3年、前橋支局で4年間働きました。大阪本社では整理部という部署に所属し、紙面をどういったレイアウトにするか考える編集の仕事をしていました。和歌山支局では警察担当に就き、地域で起こった事件・事故や、街の話題について取材をし、記者としての訓練を積みました。前橋支局では、主に行政や政治・選挙の取材をしました。</p>
<p>そして2000年から東京本社に来て、再び編集の仕事に就きました。東京が一番多くの情報発信地ですので、自分の紙面づくりによって日本全国の毎日新聞の記事の扱いが決まることもあり、そういった意味ではとてもダイナミックで面白い部署でした。<br />
2002年から科学環境部に移り、今に至ります。</p>
<h3>最初から新聞記者を目指していたのですか？</h3>
<p>大学入学当初は、司法試験を目指していました。「女性も社会で活躍するべきだ」という両親の教育の影響もありましたね。でも、司法試験は一回受けてみたものの、まったく歯が立ちませんでした（笑）。</p>
<p>これは合格するのがなかなか難しい世界だな、というのが見えてきた頃、ちょうど天安門事件やベルリンの壁の崩壊など、新しい時代の幕開けといわんばかりの目まぐるしいでき事が世界中で起きました。それをきっかけにマスコミに興味を持ち始めました。</p>
<p>過去のことを振り返り、それを現代社会の秩序作りに反映させる法律の勉強より、物事の最前線をこの目で見たい、新しいことを世の中に伝える、という報道の仕事への関心が強まりましたね。就職活動も、マスコミ中心に受験しました。私の世代はバブル時代まっただ中でしたので、比較的に気軽にチャレンジできたと思います。</p>
<h3>仕事の楽しさと苦労を教えてください。</h3>
<p>人との出会い、そして会話の中で新しい発見が常にあることが楽しさですね。必ず一つ以上は、驚いたり感心する事実や発見があります。先日、地球に帰還したはやぶさ探査機の取材で、オーストラリアまで行ってきたのですが、はやぶさが返ってくる瞬間に、自ら立ち合えることができたのは感慨深いものでした。現場でなければ体験できないことを自ら体験できるというのは何にも代えがたい、この仕事の面白さだと思います。</p>
<p>一方で、日々苦労の連続です。常に新しい原稿を途切れなく書かなければいけないという使命感、義務感もありますし、競争の激しい報道の世界ですからもちろんプレッシャーもあります。</p>
<p>実は、紙面に載せられる記事の数は限られています。たとえば新聞の１面ですと、3、4本が相場です。社会面も、見開きで大きな記事は5本載れば多いほうです。ですから、いかに自分の記事を載せてもらうか努力し、工夫を凝らし、凌ぎを削るというわけです。</p>
<h2>書く記事の影響力を忘れないように</h2>
<h3>仕事で心がけていること、大事にしている想いを教えてください。</h3>
<p>20年近くも仕事を続けていると、毎日の仕事がルーティーンになりがちです。しかし、わたしたちの書く記事の影響力は忘れてはいけない、と肝に銘じています。私たちが何気なく書いた言葉づかい一つをとっても、人それぞれ受け止め方や与えるイメージは異なってきます。取材の仕方にしても、事件の取材や不利益を被っていらっしゃる方へ取材では、傷つけてしまう恐れもあります。なるべく取材する方の気持ちに寄り添い、配慮するように気を配っています。</p>
<h3>永山さんにとって仕事とは何ですか？</h3>
<p>幸いなことに、私にとって仕事は義務的なものではありません。私は自分自身を「給料泥棒」だと思っているんですね。仕事をしながら毎日勉強ができるし、世界の一線の方と話ができ、その時間は相手を独り占めできるのですから。普通望んでも会えないような人への取材が、「毎日新聞」という名刺を使って実現できるのは、この仕事の醍醐味だと思います。</p>
<h3>どのように家庭と仕事を両立させていますか？</h3>
<p>大変恵まれていることに私の夫は料理が大好きなので、炊事の部分に関してはほぼお任せしてしまっています。他の家事については、協力し合って一緒にするようにしています。</p>
<h3>これからどんなことをしたいと考えていますか？</h3>
<p>新しい分野にも怖がらず、自分の人見知りを抑えて、挑戦を続けたいですね。科学環境部も社内ではまだ小さな勢力なので、影響力のある部署にしていきたいです。一目置かれるような存在になるためには自分も影響力ある、インパクトの大きい記事を書いていきたい、と思っています。</p>
<h3>これから同じ職種に就きたいと思っている人にアドバイスをお願いします。</h3>
<p>記者になるには、高い作文能力や体力、豊富な知識などの特殊技能は必要ありません。私も人見知りで、文章も月並みだし、体力に自信がある訳ではありませんでした。でも、記者の仕事はできています。つまり、誰でもなれる職種なんです。</p>
<p>逆に一分野しかダメ、という人が来ると困ってしまいます。というのも、私たちは世の中すべて、全世界、場合によっては宇宙まで、という非常に幅広いものを対象に記事を書いているわけですから、どんな分野でもより好みせず、興味を持てる人材が、良い新聞を作るためには組織として必要なのです。メディアの中での新聞の位置づけがどうなるかは、不透明なところもありますが、様々な発想、アイデア、感性を生かして、ぜひ挑戦していただきたいと思います。</p>
<h3>学生へのメッセージをお願いします。</h3>
<p>社会に出るということは、なんらかの制約を課せられるということです。時間にせよ、興味を持つ方向性にせよ、その制約が全くないというのは学生のうちだけです。なんでも、興味のもったことをシャワーのように浴びることができるのは学生のうちです。社会に対して自分が何をできるのか考えたり、今まで関心のなかった方向も向いてみたりすることで新しい発見があると思います。広い視野を持って過ごして欲しいですね。</p>
<h3>インタビューを終えて（ ハナジョブ学生記者）</h3>
<p>取材をして、記者に必要な素質というのは、何も文才や知識だけではないのだということが分かりました。物怖じせずにドアを叩き、話を聞きに行く積極性。永山さんは自らを人見知りする性格だとおっしゃっていましたが、それを克服し、今記者として一線でご活躍する背景には永山さんのハングリー精神、探究精神があるのだと感じました。</p>
<div class="kakomi">
<p><strong>記者という仕事</strong></p>
<p>テレビ局や新聞社など報道機関に所属して、記事を書くのが記者という仕事。</p>
<p>「夜討ち朝駆け」なんて言われることもありますが、スクープのためには深夜でも早朝でも現場に駆けつけて取材をする、というなかなかにハードな仕事！</p>
<p>最初は体力的にハードな部署で記者としての基本を鍛えられ、その後専門的な部署に配属される、というのが多いパターンです。</p>
<p>あこがれる人は多いけれど、全力で取り組む事ができなければ難しい仕事でもあります。仕事は完全に体育会系！それに負けない精神でがんばらなければいけません。</p>
</div>
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		<item>
		<title>自分の興味の赴くままに様々なことに飛び込める！（読売新聞社）</title>
		<link>https://hanajob.jp/workstyle042/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[ハナジョブ学生記者]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 15 Jul 2010 17:09:53 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[先輩インタビュー]]></category>
		<category><![CDATA[マスコミ・メディア（業種）]]></category>
		<category><![CDATA[新聞]]></category>
		<category><![CDATA[新聞（業種一覧）]]></category>
		<category><![CDATA[編集・記者]]></category>
		<category><![CDATA[編集・記者（職種）]]></category>
		<category><![CDATA[読売新聞社]]></category>
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					<description><![CDATA[司法試験の勉強から一転、新聞社に入り記者の仕事に就くことになった山田さん。地方での取材や政治部での総理番などを経験したなかで、いろいろなやりがいや楽しさ、そして苦労があったようです。今は文化部で記者をしている山田さんに、 [...]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<div class="kakomi">
<p>司法試験の勉強から一転、新聞社に入り記者の仕事に就くことになった山田さん。地方での取材や政治部での総理番などを経験したなかで、いろいろなやりがいや楽しさ、そして苦労があったようです。今は文化部で記者をしている山田さんに、記者の仕事、そして子育てとの両立について伺いました。</p>
</div>
<h2>他では得られない、やりがい！～山田さんのワークスタイルとは～</h2>
<h3>現在のお仕事の内容を教えてください。</h3>
<p>文化部で、毎週日曜朝刊にある「本よみうり堂」という読書面を担当しています。読書委員の作家、大学教授などに書評を書いていただいて、それをまとめるという編集者の仕事と、著者にインタビューして記事を書くという記者の仕事をしています。</p>
<p>また、文化面の論壇のページを担当していて、学者や評論家の方々に、政治経済問題や社会問題について寄稿していただいたり、インタビューをして原稿を書いたりという仕事をしています。</p>
<h3>現在の仕事につくまで、どのようなお仕事を経験されましたか？</h3>
<p>2000年に入社をして、まず新潟支局に配属されて６年ほど過ごしました。そのうちの約3年は長岡支局です。東京に戻ってからは、世論調査部に１年間。その後、政治部に異動しました。ちょうど安倍さんが首相だったときで、総理番をやっていました。長岡支局で選挙や田中真紀子さんの取材をしているうちに、政治に対して興味を持つようになって、政治部で仕事をしたいと思ったんです。</p>
<p>このまま政治部にずっといるのだろうなと思っていたのですが、期せずして妊娠！2008年に育休に入り2009年4月に復職しました。その後政治部で選挙関係の内勤が中心の仕事を半年ほどしました。でも、政治はリアルタイムでニュースに対応する必要があるんですよね。子どもがいるとリアルタイムで対応するのは難しい。だから、ある程度自分で時間をコントロールできる、文化部を希望して異動しました。</p>
<h3>山田さんの学生時代と、読売新聞社に入社を決めたきっかけを教えてください。</h3>
<p>法律学科に入学したとき、教授が「弁護士の仕事は、結婚して子どもを産む女性にこそなって欲しい仕事だ」と講義でおっしゃっていたのを聞いて、司法試験の勉強を３年生の頃から始めました。卒業してからも２年間は就職せずに勉強をしていましたが、全く受かる気配がなくて（笑）。それで就職活動に切り替えました。</p>
<p>ずっと新聞記者を目指していたわけではないのですが、新聞社は採用の年齢制限が緩く、既卒者も試験を受けることができたんですよ。もちろんそれだけではなくて（笑）、昔から文章を書いたり、裁判や事件のノンフィクションを読んだりということが好きだったんです。将来を考えたときにそういうことが無意識にあって、新聞社を選んだのかもしれませんね。</p>
<h2>『いろいろな分野に興味を持って欲しい』そう語る山田さんの仕事観とは？</h2>
<h3>仕事の楽しさと苦労を教えてください。</h3>
<p>楽しさは何よりも、自分の書いた記事が紙面に出ることですね。入社して初めて書いた記事は、郵便局で開催された写真展についての小さな記事でしたけど、今でも忘れられないですね。自分が書いたものが記事に載るというだけでも大きな喜びですが、取材を受けて頂いた方や読者の方から、｢良かったよ｣と反応をいただけるのが、一番嬉しいことです。</p>
<p>苦労はそれと背中合わせです。取材記者の仕事は、向こうがいつもウェルカムで応えてくれるばかりではありません。特に事件・事故でご家族を亡くした方や、話したくない方に対しても取材をしなければならないんですよね。非常に気を遣いますし、悩みます。どうやったら心を開いてもらえるかは難しいところで、喜びと苦労がない交ぜになりますね。</p>
<p>苦労ばかり続いて、私はもう向いてないのかなと思うと、たまに良いことがあったりして、それで何となく10年間続けてきましたね（笑）。</p>
<h3>仕事で心がけていることはありますか。</h3>
<p>取材をする相手の方に時間を取って頂いて、じっくり腹を割って話すという仕事がメインです。だから、相手の方の伝えたい思いや雰囲気を、間違えずに読者の方にわかってもらえるようにするということが、一番気をつけているところです。</p>
<h3>山田さんにとって、仕事とは何ですか？</h3>
<p>政治部は、国会や総理に密着して、ある意味歴史的な現場に立ち会える仕事でした。文化部なら、素敵な本の著者など、有名な方にお会いできます。苦しく大変なこともある半面、自分の興味の赴くままに様々なことに飛び込んでいけるという面では、喜びや楽しみが多いですね。いろいろな人と知り合いになれて、毎日初めての人に会え、いろいろな刺激を受けます。それは全部自分の糧になり、励みにもなる。仕事をしていないとなかなか得難いものだと思います。</p>
<h3>記者職を選んで良かったと思うことは何ですか？</h3>
<p>新聞記者の場合、取材対象が著名な方から無名の方に至るまで、さまざまです。<br />
ふつうの人たちの思いを紙面に載せることも、新聞の役割として非常に大切だと思っています。いろいろな価値観を持った人たちの中に立ち混じって自分もそこで失敗したり成長したりしながら、記事も書けてしまうというところが記者職のやりがいですね。</p>
<h3>どのようにして仕事と家庭を両立させているのですか？</h3>
<p>最初は頑張って全部完璧にやらなきゃと思っていたのですが、今では夫や祖父母などいろいろな人に助けてもらいながらやっています。家事や子育ては頑張りすぎないでやっていこうと思います。</p>
<p>これからは、奥さんが専業主婦で旦那さんが稼いでという時代ではなく、２人で働いて子育ても２人で分担してという時代になっていくと思います。私の主人も最初は保守的な考えでしたが、今では協力してもらっています。子どもを産むと記者職を続けられないということはなく、自分のできるスタイルで続けていくということは十分できると思います。</p>
<h3>これからどんなことをしたいと考えていますか？</h3>
<p>今までは割と突撃取材が多くて、頭より体力・気力を使う仕事をやってきたのですが（笑）、文化部では、膨大な専門知識が必要になります。先輩記者には取材相手から一目置かれるという人もいるんですね。私も「これが私の専門です」と胸を張って言えるようになりたいと思っています。</p>
<h3>これから社会に出る学生へのメッセージをお願いします。</h3>
<p>文化部にいると、自分には教養がないなと思うことが多々あります。<br />
教養は、様々な面で土台になり、人間関係を築いたり仕事をしたりする時の助けになってくれます。大学時代は様々な分野の第一線で活躍されている先生が身近にいて、講義を聞けて、ゼミに入れば議論もできるという、本当に貴重な時間だったと今になって思います。貴重な機会を生かし、いろいろな分野に興味を持って教養を蓄積してください。</p>
<h3>インタビューを終えて（ ハナジョブ学生記者）</h3>
<p>記者の仕事も子育てもイキイキとこなしている山田さん。インタビューに答える側になるのは初めてとのことでしたが、笑顔で丁寧に答えてくださいました。周りのことを考え、常に問題意識と向上心を持って仕事に取り組まれている姿はとても魅力的に思います。山田さん、ご協力ありがとうございました。</p>
<div class="kakomi">
<p><strong>記者という仕事</strong></p>
<p>テレビ局や新聞社など報道機関に所属して、記事を書くのが記者という仕事。</p>
<p>「夜討ち朝駆け」なんて言われることもありますが、スクープのためには深夜でも早朝でも現場に駆けつけて取材をする、というなかなかにハードな仕事！</p>
<p>最初は体力的にハードな部署で記者としての基本を鍛えられ、その後専門的な部署に配属される、というのが多いパターンです。</p>
<p>あこがれる人は多いけれど、全力で取り組む事ができなければ難しい仕事でもあります。 仕事は完全に体育会系！　それに負けない精神でがんばらなければいけません。</p>
</div>
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		<item>
		<title>面白くて、考えさせられる記事を書きたい。（朝日新聞社）</title>
		<link>https://hanajob.jp/workstyle008/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[ハナジョブ学生記者]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 16 May 2009 06:16:25 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[先輩インタビュー]]></category>
		<category><![CDATA[マスコミ・メディア（業種）]]></category>
		<category><![CDATA[新聞]]></category>
		<category><![CDATA[新聞（業種一覧）]]></category>
		<category><![CDATA[朝日新聞社]]></category>
		<category><![CDATA[編集・記者]]></category>
		<category><![CDATA[編集・記者（職種）]]></category>
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					<description><![CDATA[高校時代の経験がきっかけで、教育問題に携わりたいと思いを持った葉山さん。念願かなって現在は教育グループの記者として、日々教育に関わる問題を追いかけています。 自分のやりたいことを実現し、順風満帆に見える葉山さんですが、そ [...]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<div class="kakomi">
<p>高校時代の経験がきっかけで、教育問題に携わりたいと思いを持った葉山さん。念願かなって現在は教育グループの記者として、日々教育に関わる問題を追いかけています。<br />
自分のやりたいことを実現し、順風満帆に見える葉山さんですが、その裏側には様々な苦労や努力があったようです。苦しいことにもめげず、自分の目標に一直線に進む葉山さんの、仕事にかける思いとは？（2009年5月時点の情報です）</p>
</div>
<h2>「教育問題に関わりたい」その熱い思いを胸に秘めて･･･</h2>
<h3>これまでに経験してきたお仕事の内容を教えてください</h3>
<p>最初は札幌にある北海道報道部で２年間、事件事故担当の記者として警察取材をしていました。<br />
その後異動して、次は新潟に３年間在籍しました。ここでは県庁の取材や新潟県内の教育を担当。それから東京本社へ異動となり、最初の半年間は整理部の所属でした。記事のレイアウトや見出しをつける担当の部署です。その後は文化グループに異動し、ファッション関係やテレビ欄の記事を２年担当しました。<br />
現在の教育グループに配属となったのは３年前です。主に学校など教育の現場に行って話を聞き、それを記事にします。最近では、全国学力調査の記事を担当しました。</p>
<h3>記者を目指したきっかけは何だったのですか？</h3>
<p>私の高校は校則がとても厳しかったんですよ。女子は三つあみ、男子は学生帽。体操服は風呂敷に包むなど、意義のわからない校則もありました。勉強も大変で、授業は７時半から始まるので朝暗いうちから家を出なくてはならず、遅刻をすれば先生から体罰を受けることもありました。大学進学についても、自分の学力に合った大学を先生が選び、その中の学校を受験するという形です。そのような高校生活を経て、なぜこんな教育内容だったのだろうと疑問をもちました。そこで、教育学について学びたいと思い、教育学部に進学したんです。</p>
<p>最初は教育学者になりたいと思っていたのですが、大学２年のときに、私の出身高校での体罰が地元の新聞に取り上げられました。それがきっかけで学校が少しよくなったということを聞き、教育問題を解決するためには記事を書くという選択肢もあるんだと気づいたんです。それが記者に興味をもったきっかけでした。</p>
<h3>では、今の教育グループに配属されたのは、葉山さんの願いが通じたといったところでしょうか？</h3>
<p>そうですね。私は採用面接の時からずっと教育関係をやりたいですと言い続けていました。毎回異動の時期には、教育の担当になりたいと希望を出し続けていたんです。ちょうど会社の組織を再編するときに、教育グループが独立して新たに作られ、各部から人を集めるということになったんです。その時に、上司が「そういえば教育をやりたいと言っていたな」と私のことを思い出してくださって、教育グループに行くことができました。</p>
<h3>学生時代はどのように過ごしていたのですか？</h3>
<p>私は、大学には真面目に通い、ゼミもいくつか受けていたのですが、キャリアに直接結びつくような活動、例えばボランティア活動などはしていなかったですね。先日私は採用試験の面接官をしたのですが、今の学生さんは色々な活動をされていてびっくりしました。それくらい、自分は何もしていなかったなあと思いました。</p>
<h2>「お金をもらって修行しているようなもの」－‘記者’という仕事への思い</h2>
<h3>記者としての仕事の楽しさとは何ですか？</h3>
<p class="img_right_p">私の場合、自分で調べたことが記事になり、それが読者に読まれることが「仕事」なので、「仕事をしている」という感覚がないんですよ。お金をもらって記事を書く修行をしているようなものです。それから、今関わっている教育面の記事は、読者からの反響がとても大きいんです。それが変化に繋がっていくというのは歓びですね。自分が書いた記事が電車の中吊り広告に使われたこともあって、友人から「見たよ」と言われたことも嬉しかったです。新潟にいたころには、自分達の書いた連載記事が本になったこともありました。</p>
<h3>では、仕事をやめたいと思ったことや苦労したことはありますか？</h3>
<p>札幌での最初の三ヶ月は辛かったです。札幌という土地は初めてで、知り合いもいなかったので、毎日家族や友達に電話していましたね。自分が興味のある教育について書くこともできませんでしたし、スクープを取るためにフットワーク軽く動くような仕事も苦手だったんです。「記者に向いてないのかな…」と思いながらも、自分がやりたいことができるまではやめられないという思いで、仕事を続けていました。</p>
<h3>仕事で辛いことがあったときはどのように気分転換しているのですか？</h3>
<p>私の場合は、「寝て忘れる」ことですね（笑）。先程も言ったように私は興味のある分野を取材することが多いので、仕事とプライベートに垣根はありません。休みの日に友達と遊んだり、デートしたりと人に会って気分転換をすることもありますね。</p>
<h3>葉山さんが仕事で心がけていることや大事にしている思いを教えてください。</h3>
<p>新潟にいた頃、当時の総局長が「面白くて考えさせられる記事を書こう」とおっしゃっていて、その言葉を今も大事にしています。その頃から、事件を追ってスクープを狙うのではなく、事件に「味付け」をするように切り口を変えて書くことを心がけていますね。読者はどんなことに興味を持つかな、どんなことを知りたいかな、ということを常に意識しています。<br />
また、事件事故について被害者に取材をする時には、無理矢理聞き出すことはしないようにしています。どうしても聞かなければならないときには、後から手紙を出すなどの方法を考えます。私の周りにいる記者も、同じようなことを心がけているようです。</p>
<h2>「等身大の体験を記事にしたい」－将来の夢、学生に向けたメッセージ</h2>
<h3>葉山さんの将来の夢を教えてください。</h3>
<p>会社のシステムとして他部署への異動は必ずあるんですが、また教育グループに戻って来たいです。そのためにも、教育といえばあいつだ、と思われるような実績を残したいと考えています。<br />
それと、結婚して、子供を育ててみたいです。子育てをすることで、記者としても今起きていることを肌で感じて、等身大の体験を記事に生かすことができると思うんですよ。その経験を通して、地に足のついた記事を書くことができればいいと考えています。</p>
<h3>「教育」について、今後どのような記事を書いていきたいですか？</h3>
<p>自分の中ではっきりした教育像みたいなものがあるわけではないんですが、子供たちが今より良い教育を受けられるようになってほしいと思います。自分自身、高校生活に苦い思い出があるので、自分のような思いをする子が増えてほしくはないんです。何か問題のある部分があるなら、それを伝えていきたいと思っています。</p>
<h3>これから同じ職業に就きたいと思っている人に何かアドバイスはありますか？</h3>
<p>頭で考えるだけでなく、実際に行動してみることが大切です。自分の興味のある分野について調べて、それを実際に記事の形にしてみるというのは記者という職業を考える上でいいと思います。そうやって実際に体験してみることで「なぜ新聞記者なのか」ということを考えることができると思います。</p>
<h3>では、大学生に何か伝えたいことはありますか？</h3>
<p>色んな場所に旅行をしてみるといいと思います。私も学生時代に、ドイツに１ヶ月短期留学をしたり、年に１～２回は旅行に行ってましたね。社会人になったら、時間がなくてなかなか行くことができないと思いますし、学生のうちに色々経験することは社会人になっていく上で重要なことだと思います。</p>
<h3>インタビューを終えて（ ハナジョブ学生記者）</h3>
<p>「教育問題をやりたい！」その思いで真っ直ぐに突き進み、見事念願の教育記者になった葉山さん。強い目標意識を持ち続け、それに向かって日々努力することが、夢を叶える方法なのだと、今回のインタビューを通して感じました。熱い思いをもって努力している姿はきっと誰かが見ていて、その姿に周りは勇気付けられたり、後押ししたくなるのだと思います。いつまでも夢を持ち続け、キラキラ輝く女性になっていたいですね！葉山さん、ご協力ありがとうございました。</p>
<div class="kakomi">
<p><strong>記者という仕事</strong></p>
<p>テレビ局や新聞社など報道機関に所属して、記事を書くのが記者という仕事。</p>
<p>「夜討ち朝駆け」なんて言われることもありますが、スクープのためには深夜でも早朝でも現場に駆けつけて取材をする、というなかなかにハードな仕事！</p>
<p>最初は体力的にハードな部署で記者としての基本を鍛えられ、その後専門的な部署に配属される、というのが多いパターンです。</p>
<p>あこがれる人は多いけれど、全力で取り組む事ができなければ難しい仕事でもあります。 仕事は完全に体育会系！　それに負けない精神でがんばらなければいけません。</p>
</div>
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		<item>
		<title>「やりたいことは何か」を掴むことが一番大事ですよね。私はそこに尽きるような気がする。（編集者）</title>
		<link>https://hanajob.jp/workstyle001/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[ハナジョブ学生記者]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 09 Aug 2008 13:36:14 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[先輩インタビュー]]></category>
		<category><![CDATA[その他（業種）]]></category>
		<category><![CDATA[編集・記者]]></category>
		<category><![CDATA[編集・記者（職種）]]></category>
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					<description><![CDATA[40年以上も現役で編集者を続けている、松井晴子さん。若いころから日本を代表する建築家と交流があり、建築家からの信頼も厚い。ベテランではあるけれども気さくで、とにかく仕事を楽しんでいるというのが印象的だ。いかにして編集の仕 [...]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<blockquote>
<p>40年以上も現役で編集者を続けている、松井晴子さん。若いころから日本を代表する建築家と交流があり、建築家からの信頼も厚い。ベテランではあるけれども気さくで、とにかく仕事を楽しんでいるというのが印象的だ。いかにして編集の仕事に就いたのか、仕事を続ける原動力は何か、子育てとの両立はいかにして克服したのか・・・、働く女性の大先輩に、いざインタビュー！（2008年8月時点の情報です）</p>
</blockquote>
<div class="redB">
<h2>コンプレックスから導きだした、編集の仕事</h2>
</div>
<div class="box">
<h3 class="red">現在の仕事に就いた経緯を教えていただけますか？</h3>
<p>高校を卒業して入ったのが、桑沢デザイン研究所のリビングデザイン科（当時）、といって、バウハウスの系譜を真っ当に受け継いできているような学校だったんです。服飾以外のデザインはなんでも・・・彫刻、写真、デッサン、色彩構成理論・・・すべてやらされるんですね。桑沢は3年間あるんですが、最初180人いたのが、2年で60人落とされて120人になり、3年目の研究科には60人しか残れないんですね（当時）。私は2年から住宅インテリアのコースに入るんだけど、1週間のうち3日は徹夜しないと課題が追い付かない。なんとかついていって3年間残りました。</p>
<p>研究科まで残った同級生は12人。私を除いて全員、デザイン事務所か建築設計事務所に就職したんです。みんな、デザインすることを職業に選んでいるんですよ。ところが、<strong>私は3年の終わり頃になって、自分にはデザインが向いてないと思って、すごく悩んだんです。というのはね、コンプレックスがあったんですよ。</strong>どんな課題でも人よりうまくいかない。一体全体、なんで私はこんな学校に入っちゃったんだろうって。</p>
<p>それで、原点に戻ってみると、子供のころから住宅が好きだったんですよね。誰かの家に行ってはその家の図面を描いてみたり、奈良京都に行けば建築を見て歩いたり。それに加えて、本も読むことが好き。それなら、<strong>出版社で建築関係の本を編集するのが向いてるんじゃないかなあと思ったんです。</strong></p>
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<h2>必死になって学んだ、専門誌時代</h2>
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<h3 class="red">なるほど、それで編集の仕事を選んだんですね。仕事はどのようにして見つけたんですか？</h3>
<p>学生時代に婦人画報社（現・アシェット婦人画報社）の「モダンリビング」という雑誌で、住宅の図面を描くアルバイトをしていたんです。それで、編集部の人に編集の仕事がしたいという話をしたら、うちの編集部に来ない？って言ってくれたんですね。じゃあ、まあちょっと半年くらい行ってみるかなと思って、「モダンリビング」の編集部に入れてもらったんです。そこで宮脇檀さん（日本を代表する建築家）に出会ったりするんだけど、その当時は生意気でね、仕事に物足りなさを感じて、もっと勉強したいなって思い始めたんですよ。</p>
<p>そんなとき、建築専門誌の編集部に入ってみたら？って言ってくれた人がいてね。貧乏な出版社だったんだけど、<strong>ものすごく忙しくて、1か月のうち1週間は徹夜してましたね。</strong>家に帰らず。金魚のフンみたいに先輩の編集者にくっついて建築家に会ったり、こんな本読みなさいって言われたら、はいって言って一生懸命読んでね、翻訳本をやりなさいって言われたら英語もやったりしてね。そういうことを教えてくれた編集者が、実は私の夫になる人なんです（編集者・評論家の植田実氏）。</p>
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<h2>子育てを通して、自分のやりたいことが見えてきた</h2>
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<p>1968年に結婚することになったんですが、ちょうど夫が「都市住宅」という新しい雑誌の編集長として呼ばれたんですよ。私もそれを機に出版社を辞めて、フリーの立場で創刊から夫の仕事を手伝いました。その後、人からの紹介で、建築ジャーナリズムを中心にした編集事務所に就職したんです。そこに2年ほどいて建築年鑑や単行本の編集をしていたんだけど、経営が厳しくなって、だめになっちゃって。</p>
<p>期せずしてちょうど妊娠がわかったんです。それで、子供が生まれたころから、フリーで本をまとめる仕事を始めました。そんなにハードなこともできないですからね。</p>
<h3 class="red">子供が生まれて、どんな変化がありましたか？</h3>
<p>子供を保育園に預けると地域のお母さんとの繋がりが出てくるんですよ。それまでは、デザインとか建築の抽象的な話をしたり、前衛的なところに引っ張られていて、地に足がついてないわけ。それでも超一流の人たちと付き合うわけですから、思いっきり背伸びしていたんですよ。でも、<strong>子供を産んでどんどんどんどん足が下に沈んでくるんです。目線がだんだん低くなっていくわけ。</strong>そうすると、ああ、こういう議論ってリアリティないんだ、お母さんたちに建築論うんぬんて言ったって意味がないんだ。そういうことを自分で感じちゃうわけですね。</p>
<h3 class="red">そうですね、わかります。</h3>
<p>それで、もうちょっと自分の目線に合っていること、つまり、衣食住で言ったら私は住に興味があるわけだから、住がらみで編集の仕事をしていくのが自然かなって。子供を育てるって具体的だから、生活と仕事は切り離せないんですよ。だから専門家向けの仕事をするよりは、一般の人向けに建築の面白さとか、暮らしと住宅がどう関わっているのかとか、住宅から連なる「街と建物」がどう関連を持つのかとか、つまり、<strong>建築を一般の人に近づける、橋渡しの仕事が自分には向いてると思ったんです。</strong></p>
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<h2>「身につけた学問を必ず社会に生かしなさい」</h2>
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<h3 class="red">専業主婦が多い時代ですよね？　女性が働くことに対してどう考えていましたか？</h3>
<p>進学率の高い高校だったから、同級生のほとんどが4年制の大学に進学していて、キャリアとしての職業を持った人が半分くらいはいました。男女共学で、高校時代から男女対等な感じでやってきたから、職業を持つというのは、みんな普通に考えてましたね。で、私が進んだ学校、桑沢っていうのは一種の職業学校ですからね、出るとやっぱり仕事に就くっていうのが当たり前だったから。研究科まで残った12人のうち、女性が5人男性が7人だったかな。</p>
<h3 class="red">じゃあ、常に男女が対等という環境にいたわけですね。</h3>
<p>そうそう、だからよく聞かれるんだけどね、<strong>女性蔑視とか、「女だから」って言われたことないんですよ。</strong>鈍感だから感じてないだけかもしれないけど（笑）、不思議なことに男女差別を受けたという記憶がないんですよね。女だからうんぬんって言われたことないんです。比較的女性が多い分野でもありましたから。今でも、関わっている編集者は女性が多いですよね。そういう分野だったから、あまり感じなかったと思うんですよね。</p>
<h3 class="red">男の人に負けないようにがんばろうって思っていたわけでもなく？</h3>
<p>全然、全然！それこそ、子供産んだとたんに地べたに足がついちゃったわけだから、自分のペースで自分の感覚を信じようかなって。背伸びしたくないと。生活感のないこと、頭でっかちのことばっかり言っている建築界に距離を感じちゃったわけだから。抽象的なものを議論していくっていうのに向いてなかったんだと思うんですよね。実感的なことしか喋れなかったと思うのね。建築家の書く文章ってすごく難しいのよ（笑）。</p>
<h3 class="red">専門家はいいんだろうけど、一般の人は困りますよね。特に家建てるとなると女性が中心になることが多いでしょう？</h3>
<p>いや、いまは半々ですよ。男の人が中心になってつくる家っていうのも増えてきてる。建築家を決めるのも旦那っていうね。だいぶそれは変わってきてる。昔と比べると。だからなんていうか<strong>、男女の役割って変わってきてますね。家のことをやる男性も増えてきて、特殊じゃなくなってきてるんですよ。</strong></p>
<p class="red">いろんな生き方があるって知らない学生さんも多いんですよね。どうしても母親の生き方がモデルになってしまうから。母親が専業主婦だと、将来は自分も専業主婦、というような。</p>
<p>そういうことでいうとね、うちは父が科学者だったんですよ。それで戦後、自分で研究所を設立するんだけど、事業家じゃないもんだから失敗してすごい借金を背負っちゃうわけですよ。それで家族五人がどん底につきおとされるんです。さらに父が結核を病んじゃったんですよ。しかも、祖母まで母にくっついて離れない。だから家族6人の生活が母の肩にのしかかってきたわけ。家族6人住み込みで、母が懸命に働いて。でもね、貧しいけれども、<strong>「勉強にはお金は出します。がんばって大学までは行きなさい。大学でたら学んだことを社会で生かしなさい。自立しなさい」って母は言うんですよ。</strong></p>
<p>つまり母は、自分は大学まで行ってないから仕事を選べなかった。もし、大学まで行ってたら、もっと別の仕事があった。これからの女性はとにかく学問をちゃんと身につけ、身につけた学問を必ず社会に生かしなさい、というのが、母の教えだったんですよ。そう考えると、貧しさが働き続けることの原動力になっていたかもしれない。</p>
<p>親の背中を見て育つっていう点では、私は両親に感謝してますよね。両親がそういう生き方だったから、子供には教育を受けさせて、経済力も含めて自立できるようにしておいた方がいいと。夫が働けなくなったら、妻がバトンタッチして働きなさいってことね（笑）。そういう親を見てたから、それが普通だと思ってたから。大きいですよね、親の影響って。</p>
<p>もう一つ言われたのが、結婚しなさい、子供産みなさいって。そこまでは守りますってことで、三姉妹、そこまでは守ったんですよ（笑）。一応、言われたから仕方ないねって。ごく当り前にしなくちゃいけないことだと思ってたから、気負いもなく。</p>
<blockquote>
<p>育児をしながら、仲間の編集者3人と「有限会社無限」を設立。3～4年は創設メンバーの男性2人と同じペースでやっていたが、当時、お子さんは小学生。シッターさんに来てもらっていたものの、毎日終電というわけにもいかない。そこで、ペースを落としながら、仕事を続けることに。その後、インテリア雑誌の編集長の仕事を引き受けたが、会社の事情に振り回され、殆どタクシーで帰る毎日。娘は高校生になっていたものの、さすがによくないと思い、1年で断念。</p>
<p>その後、「有限会社無限」を抜けて、「有限会社松井編集室」を設立した。人を雇う以上、給料はちゃんとしようと、スタッフの年収もある程度の水準を維持。しかも、「仕事だけが人生じゃない。われわれの場合、見ることも仕事のうち」と、年に1回は海外旅行に行かせていたという。しかし、バブル崩壊後は、その水準を維持するのが厳しくなってしまった。そのため、スタッフに独立してもらい、一人で会社を続けた。そして、2007年に個人に戻り、現在はフリーランスで編集の仕事を続けている。</p>
</blockquote>
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<h2>改めて自分のテーマが見えてきた</h2>
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<h3 class="red">現在はどんなお仕事をされているんですか？</h3>
<p>例えば、40年来親しく付き合っている女性建築家（象設計集団・富田玲子さん）がいるんですけど、彼女の考えに共感するものがずっとあって、いつか彼女の話を本にできないかと思ってたのね。それで、2年近く毎月1回、２～３時間、テーマを決めて話を聞いて、まとめていった。その後、ある人の紹介でみすず書房に持って行ったら、本にするってOKが出たんですよ。</p>
<p>つまり、私の仕事っていうのは、<strong>題材を見つけて、企画を立てて、聞き書きして自分で文章作って、それをどこかの出版社に売り込む</strong>というところまでやるんですよ。それで本にしていくという。人に書いてもらうこともむろんあります。編集といってもフリーの場合は、そこまでやらないと成果物まで上がってこないんですね。</p>
<p>何かやりたいことがあったら、出版社で仕事を重ねていった方がいいと思う。私の場合、自分の実現したいことを回り道しながらやってるところもあるんですよ。だから、フリーの編集者はおススメではないんです（笑）、私の中では。やりたいことをやるのに、社員編集者の何倍ものエネルギーがいるんですよ。</p>
<h3 class="red">最初から好きなこと（建築と本）を仕事にできたというのは、うらやましいですね。</h3>
<p><strong>要は消去法だったんですよ、ほかに能力がなかったからで。結局、本が好き、建築が好きって言うと、もうこれしか選べることがなかったのね。</strong>ところが今、ちょっと変わってきたんですよ。ある雑誌から、「20年30年経った、建築家の設計した家がどう住み継がれているか」ということをテーマにやってみませんかと声かけていただいて、これぞ私のテーマって思ったの。</p>
<p><strong>結局、私がこの道をずーっとやってきて、欠かさず関心を持っていたのが住宅なんですよね</strong>。これは嬉しいと思って。それこそ、若い頃出会った建築家に「昔の松井でございますが、あのときのあの住宅は今どうなっていますでしょうか？」って話ができるわけじゃない（笑）？</p>
<h3 class="red">そうですね、長く続けている松井さんだからこそできることですよね。</h3>
<p>その企画では、2年間で24人の建築家に会って24件の住宅を取材しました。雑誌に連載したあと、本にまとめて出版したんですね。「建築家が建てた幸福な家」というタイトルで。売れるはずないと思っていたのに、3か月で初版が売り切れて、瞬く間に3刷りまで行ったんですよ。でね、世の中の人がこんなことにこんなに関心があったのかと、実は私もびっくりしたんです。</p>
<blockquote>
<p>その後、「建築知識」という月刊誌で続編の連載を開始した。専門家向けの雑誌ということもあり、その当時の実験住宅的なもので、今でも活躍している建築家24名を人選。2007年に単行本として出版された。</p>
<p>同時に「心地よく、これから何年も住める住宅」をテーマに「住宅の手触り」という企画を立て、「新しい住まいの設計」で連載。「手触りのいい家だから、永く住み続けられる」という論理に繋がっている。中村好文さん、永田昌民さんなどを含めて12人を取りあげ、それぞれ2件ずつを取材。2007年に「住宅の手触り-12人の建築家による、24軒の手触りのいい家」というタイトルで出版された。</p>
</blockquote>
<h3 class="red">時代に求められているものだったんですね。とても興味深いです。</h3>
<p>現在は、戦前から残っている建物の保存にかかわる人々をテーマに連載をやっています。東京って、ものすごい勢いで建て替わって行くんですよね。全部が全部新しくなるっていうのは異常なことでね。やっぱりいいものは残していきたいなっていう。年々そういう想いが強くなってきているんです。</p>
<p><strong>自分が今までやってきたことや関わってきた人たちを記録にとどめておく、そういう時期に来てるんだと思います。</strong></p>
<h3 class="red">積み重なって、積み重なって今があるという感じですね。</h3>
<p>いや、こうやって話すとそうなんだけど、フリーランスって大変なんですよ。仕事がない時もあるんです。もうね、本当に辞めようかなと思ったこともあります。でも、<strong>主婦というのが全然ピンとこなかったの。家のことだけするっていうのが自分の中でイメージがわかなかったんですね。</strong>子供は保育園に行ってたし、学校に行けば学校の生活があるし、中学に行けば親より友達だし、うちの旦那ってのは手がかからなくて自分で完璧に何でもできる人だから。そうなると、私は一体じゃあなにすればいいの？って感じで。で、遊びまくるかっていうと、遊びまくるほど遊び人じゃないんですよね、これが（笑）変に真面目なところがあったりして。</p>
<h3 class="red">ははは！</h3>
<p>そうするとやっぱり仕事がない時でも、しょうがないか本でも読むかって、本読んでたりしてね。ずるずるやってきたとう感じで、決していつもいい状態を保っていたわけじゃないんですよ。<strong>ホントに、ちょっと繋がってるものを捨てなかったっていうだけですよね。</strong></p>
<div class="redB">
<h2>人との出会いが自分を育てる</h2>
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<h3 class="red">どう自分の可能性を広げていけばいいのか、悩んでいる学生さんも多いと思うのですが。</h3>
<p>うんうん、そうね。自分の若い頃を考えても、本当にわからなかったもの。学校出たての頃って、世の中どういう仕組みになっているのかとか、本当に何も分からないんですよね。何をやったらいいのかわからない、という感じですもんね。</p>
<p>でもね、<strong>結局はね、どういう人に出会うかっていうのかが大きくて・・・</strong>恥ずかしいんだけど、ここまでやって来られたっていうのは、先輩に、今の亭主がいたからなんですよ。いろんな世界を開いてくれたんですよ。こういう本を読んだ方がいいんだよとか、こういうふうにものを見た方がいいんだよとか、命令口調で言う人ではないんですよ。どこかに連れて行って、ここいいよね？とか言ってくれるんで、そっかそっかみたいな感じで。</p>
<p>人との出会いが大きかったと思いますね。亭主だけじゃなくて、ほかにもいろんな人に会っていくわけじゃない？さっき言った建築家の人とか、彼女の作ったものを見たりしてだんだんわかってきたりね。いい人に出会うことで、自分の世界が徐々に構築されていく。人からの刺激って、私は本当に大きかった。</p>
<p>自分なんてほんとちっぽけなものでね。誰かが自分の中の「かけら」みたいなものを引き出してくれると、自分で努力して大きくしていくことができる。だから、<strong>スキルも大事かもしれないけど、むしろ、いい人に出会える場を自分で切り開いていく力の方が大事だと思いますよね。</strong></p>
</div>
<div class="redB">
<h2>好きなことを仕事にする</h2>
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<div class="box">
<p>今は高学歴になっているから、皆さん知識もあるし、スキルもあるし、語学もできるけど、<strong>「やりたいことは何か」を掴むことが一番大事ですよね。私はそこに尽きるような気がする。</strong>自分でやりたいと思っていることなら、大変なときでも、好きなんだからもうちょっと我慢しようかなって、我慢が出来るんですよ。</p>
<h3 class="red">好きなことを見つけるのに苦労してる学生さんも多いと思うのですが。</h3>
<p>身近に何かあると思うんだけどね。ちょっと考えてみると。私は本当に子供時代から住宅が好きだったんですよね。それで飽きずに、好きをそのまま仕事にしちゃったんですけどね。</p>
<p>建築以外にもね、旅が好きだったのね。それで、松井編集室で一人になったときに、企画を出して通ったのが、「世界の建築と街並み」という本なの。ヨーロッパとアメリカ編で６巻。元々、世界の街並みや建築を見るのが好きで、年に2回くらいは海外に行ってたんですよね。写真も好きで撮りためてて。これを活用できないかなって企画を作ったんですよ。大変だったけど、好きなことが仕事に繋がって、今まで投資した分も少しは回収できたかなっていう（笑）</p>
<h3 class="red">お仕事、ほんとに楽しそうですよね（笑）</h3>
<p>人生楽しくなきゃ、何の意味があるのよってことでしょ？（笑）もちろん、楽しくないことはありますよ。「いいですね、楽しそうですね、いいことばっかりやって」なんて言われるけど、仕事はものすごく大変ですよ。苦労はたくさんあります。人には言えないこともね。だけどね、いやな分野でいやいや本を作ってるわけじゃなくて、<strong>好きな分野で、自分が心躍るから、こういう本にしたいって思ってやっているわけだから。</strong></p>
<h3 class="red">好きなことなら、ちょっとくらいの苦労は苦労だって思わないですよね？</h3>
<p>そうそう、思わない、思わない！仕事というのは、いい会社に入ることでもないし・・・よくいるじゃない？「どこどこ会社入ったんですよ、うちの娘は」って。「あら、よかったですね」なんて言うけど、半分は「どこの会社に入るより何をするかなんだけどな」って思うんですよ。自分なりに、どんなことをそこで生かせるかっていうね。</p>
<p>だからブランドで仕事を決めるんじゃなくて、<strong>どんな小さくて名の知れない会社でも、自分が好きなことで、将来ずっと続けられるってことを見つけられるんだったら、それをやるのが一番幸せだと思うんですよ。</strong>何やっても、どんな職業選んでもそうだと思うんですよね。それと、仕事が面白いって思えるなら、子育てで大変な時期があっても、なんとか持続して先に繋げていくことが大事だと思います。</p>
<p class="red">本当ですね。継続は力なりです。私も日々実感しています。今日はお忙しい中、たくさんのお話を聞かせていただいてありがとうございました！学生さんにも、仕事って楽しいんだ、続けることでこんなに世界が広がるんだってことをわかってもらえたのではないかと思います。</p>
<h3 class="redB">インタビューを終えて（ ハナジョブスタッフ）</h3>
<p>娘さんは子育てをしながら広告代理店で働いているそうです。「自分のやりたいことを仕事にし、楽しみながら持続していく」という松井さんの生き方は、間違いなく娘さんに伝わっているのでしょう。一つの仕事をやり続けること、人を雇って会社を経営して行くこと、そして家庭生活を送って行くこと。その渦中にいるときは、本当に苦労があったと思います。でも、やり続けることで、仕事は広がり深くなり、そしてさらに面白くなる。そんなことを、松井さんから教わりました。</p>
<p>学生の皆さんが、すぐにやりたいことを見つけるのは難しいかもしれません。アンテナを広げて、いろいろな人の話を聞いてみましょう。面白そうだな、やってみたいな！という仕事が必ずあるはずです。それをきっかけに、自分の可能性を広げて行ってください。</p>
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