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	<title>社会起業 &#8211; わたしの未来のキャリアが見つかる｜ハナジョブ for Girls</title>
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	<description>あたらしい、わたしらしい働きかたと出会う</description>
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	<title>社会起業 &#8211; わたしの未来のキャリアが見つかる｜ハナジョブ for Girls</title>
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		<title>自分の人生を生きる、美しい母を増やしたい vol.4（マドレボニータ）</title>
		<link>https://hanajob.jp/workstyle098-4/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[ハナジョブ学生記者]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 19 Aug 2015 15:47:49 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[先輩インタビュー]]></category>
		<category><![CDATA[NPO]]></category>
		<category><![CDATA[マドレボニータ]]></category>
		<category><![CDATA[女性活躍]]></category>
		<category><![CDATA[女性活躍の取り組み]]></category>
		<category><![CDATA[産後ケア]]></category>
		<category><![CDATA[社会起業]]></category>
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					<description><![CDATA[マドレボニータの連載「母となって働く」と連動した、代表の吉岡マコさんのスペシャルインタビューです！2015年夏休み特集として、全4回でお届けします。（第1回、第2回、第3回） NPO法人マドレボニータは、出産後の女性のた [...]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>マドレボニータの連載「<a href="https://hanajob.jp/madrebonita/">母となって働く</a>」と連動した、代表の吉岡マコさんのスペシャルインタビューです！2015年夏休み特集として、全4回でお届けします。（<a href="https://hanajob.jp/2015/08/17/workstyle098-1/">第1回</a>、<a href="https://hanajob.jp/2015/08/18/workstyle098-2/">第2回</a>、<a href="https://hanajob.jp/2015/08/19/workstyle098-3/">第3回</a>）</p>
<div class="kakomi">
<p>NPO法人マドレボニータは、出産後の女性のための心と体を健康にするためのエクササイズとコミュニケーション力を取り戻すワークを全国の女性に届けています。</p>
<p>マドレボニータが提唱しているのが“Live Your Life”。いったいどんな意味が込められているのでしょうか。</p>
<p>マドレボニータを立ち上げた、代表の吉岡マコさんの「これまで」と「これから」を伺いました！（2015年7月時点の情報です）</p>
</div>
<h2>法人化して得たものと失ったもの</h2>
<p>1998年に教室を始めて8年。2006年にNPO法人マドレボニータを設立したマコさん。法人化するにあたって、インストラクターの認定制度を始めたそうですが・・・。</p>
<h3>すべての人に産後ケアを届けるために</h3>
<h4>法人にしてみて何か変化はありましたか？</h4>
<p>はじめは法人化は考えていませんでした。</p>
<p>細々とやっていって、自分と子どもが食べていけたら十分かなと思っていました。</p>
<p>でも、関わってくれる人が増えていき、逃げられなくなりました。全国各地から「私もマドレボニータをやりたい」とう声があつまっていました。</p>
<p>マドレボニータをNPO法人しようと思ったのは、「公共性」というのを意識し始めてからです。</p>
<p>産後ケアは、意識の高い、選ばれた人のためのもの？違うよね。</p>
<p>母子手帳や母親学級と同じように、すべての人に保証されるべき権利でなくちゃいけないはず。自分の産後にそう思ったことを思い出しました。</p>
<p>母子手帳にだって、いつかは産後のことを載せてもらいたい。それを働きかけるにも、個人の力だけではできない。</p>
<p><img fetchpriority="high" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-3906" src="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/08/098-maco2.jpg" alt="098-maco2" width="702" height="400" srcset="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/08/098-maco2.jpg 702w, https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/08/098-maco2-300x171.jpg 300w" sizes="(max-width: 702px) 100vw, 702px" /></p>
<h4>具体的に、どのようなことを始めたのですか？</h4>
<p>この産後プログラムを、もっとたくさんの人に、もっと他の地域の人にも受講してもらえる体制をつくる。</p>
<p>そのためには、インストラクターを養成し、そのクオリティを担保するための認定制度を整備しないといけない。</p>
<p>インストラクターの養成は法人化する前からやっていたのですが、認定試験まではやれていなかったので、この機会に実技試験と筆記試験をつくりました。</p>
<p>でも、その試験を受けて認定インストラクターになってくれたのは、いままで養成コースで教えた人の2割程度でした。</p>
<p>マコさんの考え方に合わない、自分らしくやりたい、といって去っていった人もたくさんいました。</p>
<h3>インストラクターに求めるもの</h3>
<h4>どのような人にインストラクターになってほしいですか？</h4>
<p>マドレボニータの認定インストラクターは、個人としてレッスンがやれればいい、という姿勢ではなく、レッスンが終ったあとは、マドレボニータ共通の報告書に記入して、自分の教室で得た知見を仲間とシェアするという姿勢をもっている人。</p>
<p>仲間の報告書を読み込んで、そこから出てくる知見をみんなでシェアして、月イチの報告会でディスカッションする。</p>
<p>こういった作業の積み重ねが、このプログラムをよりよくする、インストラクターひとりひとりのクオリティを向上させていける、ということを理解している人です。</p>
<p>こうやって仲間と切磋琢磨していくことに興奮する人たち、考察好きの人達。それがマドレボニータのインストラクターです。</p>
<p>参加者のみなさんにも、その部分を高く評価していただいています。</p>
<p><img decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-3922" src="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/08/098-maco1-1.jpg" alt="098-maco1-1" width="702" height="400" srcset="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/08/098-maco1-1.jpg 702w, https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/08/098-maco1-1-300x171.jpg 300w" sizes="(max-width: 702px) 100vw, 702px" /></p>
<h2>組織であるからこその世界と、その痛み</h2>
<p>法人化して去った人もいるけれども、切磋琢磨できる仲間と日々改善を繰り返す、マドレボニータ。マコさんはその中で、組織であるからこその世界を作れるのではないかと考え始めました。</p>
<h3>知見はインストラクター全員の宝</h3>
<h4>今はどんなことに一番苦労されていますか？</h4>
<p>下北沢で教えている教室を九州でも北海道でもやりたいですとういう声がでてきたときに、ノウハウを渡すだけではクオリティは担保できないということがわかりました。</p>
<p>養成されたインストラクターひとりひとりが、毎月報告書を書いて自分たちの教室を振り返り、その報告書を持ち寄って切磋琢磨する。</p>
<p>岐阜教室で起きたことが、次の月には沖縄教室で起きるかもしれない。仲間のインストラクターがシェアしてくれた知見というのは、インストラクター全員にとっての宝なのです。</p>
<p>毎週、毎月、現場でいろんなことが起きる。それをピックアップして月に１回の報告会でディスカッションする。</p>
<h4>たくさんの知見を集めて、日々改善しているんですね。</h4>
<p>いまあるガイドラインやルールは、こうやって現場の知見に基づいて皆で話し合って作ってきたものです。年に一度の合宿では全員が一同に会します。研究は終わることがないですね。</p>
<p>こうして、同じ目的とスキルをもった人が、距離を超えて、定期的に、継続して、コミュニケーションを取り続けるというのは、想像以上に難しいことです。</p>
<p>テクノロジーの発達とともに、距離の問題、時間の問題を乗り越えてきましたが、顔を直接あわせられない人たちとのコミュニケーションには工夫や配慮が必要です。</p>
<p>赤ちゃんや小さい子どもを子育て中で時間が有限であること、各地のインストラクターたちの孤独感、産後ケアの認知度の低さ、毎月新規の参加者を集客する難しさなど、まだまだ課題はたくさんあります。</p>
<p><img decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-3923" src="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/08/098-maco3.jpg" alt="098-maco3" width="702" height="400" srcset="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/08/098-maco3.jpg 702w, https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/08/098-maco3-300x171.jpg 300w" sizes="(max-width: 702px) 100vw, 702px" /></p>
<h3>ハードコアなスタッフと作る、新しい世界</h3>
<h4>これまで苦境をどう乗り越えてきたのでしょうか。</h4>
<p>「これ乗り越えられるのかな」と思うとき、たくさんあります（笑）。</p>
<p>2006年に法人化したとき、何人もの人に別れを告げられ、誰もいなくなるかもしれないとまで思いました。その時に残ってくれた人が、今はとても重要な仕事をしています。</p>
<p>私には到底できないことを考えて、実行してくれて。そこが組織でやっていく意味だと実感していて、本当に感謝しています。</p>
<p>今マドレが生き残っているのは、いろんな人の得意分野を持ち寄っているからだと思います。</p>
<p>最初は1人になってしまうかもしれないと思いましたが、そこで残ったハードコアな人たち、そして新たに加わってくれた人たちが、才能を発揮して、すごくいい仕事をしています。まだ見たことのない世界を作れるなら作りたいと思って、諦めずにがんばっています。</p>
<h2>リアルに動いている人の近くへ</h2>
<p>最後にマコさんから女子大生へのメッセージをお聞きしました。</p>
<h3>子どもは社会で育てるもの。自分には関係ないと思わないで。</h3>
<h4>まだ産後が身近でない学生に、メッセージをお願いします。</h4>
<p>時間があるから今しか経験できないことを積極的にしてほしいな、と思います。</p>
<p>学生はキャリアプランとか婚活とかで頭でっかちになりがち。そうすると失敗するのが怖くなると思うので、頭で考えすぎず、リアルに動いている人の近くに行ってほしいです。</p>
<h4>産後ケアということに対して学生が知っておくべきことはありますか？</h4>
<p>学生にとっては産後ケアどころか出産もまだだし、妊娠もまだだし、結婚まだだし、彼氏もまだだしとか、まだ自分はずっと手前にいると思うかもしれないですが、「子どもは社会で育てるもの」っていうことをわかっていてほしいですね。</p>
<p>「自分はまだまだだから関係ない」って思わないでほしくて。</p>
<p>例えば先輩が妊娠出産したとき、親戚が妊娠出産したときはコミットするチャンスだから、まず産後のおうちにご飯を作りに行くとか、沐浴の手伝いをしに行ってほしいですね。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-3907" src="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/08/098-maco4.jpg" alt="098-maco4" width="702" height="400" srcset="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/08/098-maco4.jpg 702w, https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/08/098-maco4-300x171.jpg 300w" sizes="(max-width: 702px) 100vw, 702px" /></p>
<h4>どう関わればいいのか、わからなくて躊躇してしまいます。</h4>
<p>産後って、「家族水入らずで、そっとしておいたほうがいいんじゃないか」って思うかもしれない。でも産後の母親は、社会から隔絶されていて、とても孤独で寂しいんです。</p>
<p>たとえ夫がイクメンだとしても、夫と女子トークはできないですよね。まだお出かけができない産後の初期に行ってあげると、とても喜ばれます。</p>
<p>でもそのときはお客さんとして行くのではなくて、マッサージしてあげたり、お惣菜を差し入れしたり、キッチンを借りてゴハンをつくったり、洗濯物をたたんだり、などのサポートをしてあげてください。</p>
<p>産婦がゴハンたべているときに赤ちゃんを抱っこしておいてあげるだけでも大きな助けになります。もし産婦がうっかりハイテンションになってしまったら「赤ちゃん抱っこしますから、横になって過ごしてください」ってちゃんと教えてあげてくださいね。</p>
<h3>LIVE YOUR LIFE！！</h3>
<h4>最後に、マドレボニータはスペイン語で「美しい母」という意味だそうですが、吉岡さんにとって「美しい母」とはどのような女性ですか？</h4>
<p>自分の人生を生きている女性。「○○さんのお母さん」というだけではなく、1人の人間として、自分の人生を生きている人は美しいと思います。</p>
<p>そんな大人の姿を、子どもはきっと見ていると思います。</p>
<h2>インタビューを終えて</h2>
<p>AFSの経験から抱くようになった社会へ貢献する使命感、運動が嫌いになった時期、社会で育てるという子育ての経験など、インタビューを終えて今までの様々なことが現在のマドレボニータを運営する吉岡マコさんに繋がっているのだということがよく分かりました。</p>
<p>「学生は頭でっかちで頭だけで考えがちだから出来るだけリアルで動いている人の近くへ」というアドバイスがありましたが、今回の取材で生き方や考え方を直接聞くことができ、とても刺激を受けました。</p>
<p>困難を乗り越えながら、これからも夢を持って前進し続ける、とてもエネルギッシュで素敵な方でした。まさに、マドレボニータです！</p>
<p>吉岡マコさん、お忙しい中どうもありがとうございました。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-3900" src="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/08/098-IMG_3295.jpg" alt="098-IMG_3295" width="702" height="400" srcset="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/08/098-IMG_3295.jpg 702w, https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/08/098-IMG_3295-300x171.jpg 300w" sizes="(max-width: 702px) 100vw, 702px" /></p>
<div class="kakomi">
<p><strong>吉岡マコ</strong></p>
<p>NPO法人マドレボニータ代表。</p>
<p>1972年生まれ。東京大学文学部で身体論を学び、卒業後、同大学院生命環境科学科で運動生理学を学ぶ。1998年に出産。その辛さや産後女性のサポート体制がほとんどないことを知り、産後ケアのヘルスプログラムを独自に研究開発、そして教室を開講。</p>
<p>2007年にNPO法人マドレボニータを設立し、企業・行政・大学とも連携しながら、プログラムを普及させている。また、産後女性の体と心に関する調査研究事業も積極的に取り組み、「産後白書」を3まで出版している。</p>
<p>2014年6月には、マドレボニータが日本日経新聞社主催の「第2回日経ソーシャルイニシアチブ大賞」において「国内部門賞」、2015年3月にGoogleインパクトチャレンジ「Women Will賞」を受賞している。</p>
<p><strong><a href="http://www.madrebonita.com/" target="_blank" rel="noopener">NPO法人マドレボニータ</a></strong></p>
<p>マドレボニータはスペイン語で「美しい母」。母となった女性が主体的な人生を歩むことのできる社会を目指し、「産後」を起点とする社会問題に取り組んでいます。<br />
「美しい母がふえれば、世界はもっとよくなる」をキャッチフレーズに「子育ての導入期」という最も不安定な時期にある女性の心と身体の健康をサポートしています。</p>
<p>現在は、産後の心身のリハビリに特化した「産後のボディケア&amp;フィットネス教室」を運営する〈教室事業〉、教室運営を通じて産後女性に寄り添うプロフェッショナルである「産後セルフケアインストラクター」を養成する〈養成事業〉、「産後」という社会問題をより広く啓発していくことを目的とした〈研究開発事業〉の3つの軸で活動しています。</p>
<p><a href="http://www.madrebonita.com/" target="_blank" rel="noopener">http://www.madrebonita.com/</a></p>
</div>
]]></content:encoded>
					
		
		
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		<item>
		<title>自分の人生を生きる、美しい母を増やしたい vol.3（マドレボニータ）</title>
		<link>https://hanajob.jp/workstyle098-3/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[ハナジョブ学生記者]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 18 Aug 2015 15:36:07 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[先輩インタビュー]]></category>
		<category><![CDATA[NPO]]></category>
		<category><![CDATA[マドレボニータ]]></category>
		<category><![CDATA[女性活躍]]></category>
		<category><![CDATA[女性活躍の取り組み]]></category>
		<category><![CDATA[産後ケア]]></category>
		<category><![CDATA[社会起業]]></category>
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					<description><![CDATA[マドレボニータの連載「母となって働く」と連動した、代表の吉岡マコさんのスペシャルインタビューです！2015年夏休み特集として、全4回でお届けします。（第1回目、第2回目） NPO法人マドレボニータは、出産後の女性のための [...]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>マドレボニータの連載「<a href="https://hanajob.jp/madrebonita/">母となって働く</a>」と連動した、代表の吉岡マコさんのスペシャルインタビューです！2015年夏休み特集として、全4回でお届けします。（<a href="https://hanajob.jp/2015/08/17/workstyle098-1/">第1回目</a>、<a href="https://hanajob.jp/2015/08/18/workstyle098-2/">第2回目</a>）</p>
<div class="kakomi">
<p>NPO法人マドレボニータは、出産後の女性のための心と体を健康にするためのエクササイズとコミュニケーション力を取り戻すワークを全国の女性に届けています。</p>
<p>マドレボニータが提唱しているのが“Live Your Life”。いったいどんな意味が込められているのでしょうか。</p>
<p>マドレボニータを立ち上げた、代表の吉岡マコさんの「これまで」と「これから」を伺いました！（2015年7月時点の情報です）</p>
</div>
<h2>「どんな神隠しにあったのだろう。次に自分らしく生きられるのは来世かな」</h2>
<p>大学院生のときに妊娠、24歳で出産したマコさん。出産して世界ががらっと変わってしまったそうです。</p>
<h3>母親としてしか見てもらえない</h3>
<h4>マドレボニータを立ち上げたきっかけを教えてください。</h4>
<p>24歳で出産して母親になったとき、世界がガラッと変わりました。今までの自分がいなくなって、次に自分らしく生きられるのは来世だなと思ってしまうくらい。</p>
<p>母親になって赤ちゃんを連れていると、お母さんとしてしか見てもらえない。</p>
<p>乳飲み子を抱えた女性は何かを創造する存在ではなく、消費者にしかなり得ない、そんな偏見を感じました。消費を通してしか社会と繋がれないなんて、つまらないと思いました。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-3903" src="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/08/098-IMG_3250.jpg" alt="098-IMG_3250" width="702" height="400" srcset="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/08/098-IMG_3250.jpg 702w, https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/08/098-IMG_3250-300x171.jpg 300w" sizes="(max-width: 702px) 100vw, 702px" /></p>
<h4>例えば、どのようなことですか？</h4>
<p>子連れで出かけると、離乳食とかベビー服とか、子どもの話ばかり。</p>
<p>どういう小説が好きとか、どんな音楽を聴いてるとか、映画監督は誰が好きかとか、そういう話ができる雰囲気じゃなくて。</p>
<p>「どんな神隠しにあったのだ」と思ったほど。</p>
<p>これって、母親というアイデンティティを生きさせられているということ。</p>
<p>「ここでは子どもの話をしなければいけない」という思い込みで、自分の話ができない、場のプレッシャーがあると思いました。</p>
<p>でもそういうプレッシャーを取り除けば、一人の女性としても存在できるはず。そういう人に出会いたいなと思って、この教室を始めました。</p>
<h2>シングルマザー、契約社員から始まった</h2>
<p>出産して数ヶ月後、父親となる人と離別。一人親として子どもを育てていく方法を模索し始めたマコさんでしたが、食べていくことは簡単ではありませんでした。</p>
<h3>教室を始めたものの、4か月で挫折</h3>
<h4>教室を始めたのが1998年で、NPO法人化して8年経ちますが、それまでどのようなことがあったのでしょうか？</h4>
<p>教室を始めてから法人化するまでの創業期に、すごく時間をかけました。インターネットもない時代、子どもまだ0歳だったので、自分の納得いくペースでゆっくりやっていました。</p>
<p>実は、この創業期に一度挫折しているんです。</p>
<p>出産して何か月か経って、子どもの父親となる人と離別しました。その人は外国人でした。結婚してギリシャのオリンポス山というところで暮らそうと計画していたんですよ、本気で。</p>
<p>でも出産後の一番大切な時期に一緒にいられなかったことで、気持ちがどんどん離れていきました。結局、子どもが８か月になる頃、私は日本で暮らすことを決意し、自分で仕事をして、ひとり親として子どもを育てていく方法を模索し始めました。</p>
<p>決断するまでは、何度も、何度も葛藤しましたし、決断してからもいろいろタイヘンでしたが、それはまた別の話…ということで。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-3904" src="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/08/098-IMG_3274.jpg" alt="098-IMG_3274" width="702" height="400" srcset="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/08/098-IMG_3274.jpg 702w, https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/08/098-IMG_3274-300x171.jpg 300w" sizes="(max-width: 702px) 100vw, 702px" /></p>
<h4>最初からシングルマザーとしてお子さんを育てられたんですね。挫折とおっしゃいましたが、どんな挫折があったのでしょうか？</h4>
<p>4か月間教室を続けたけれど、これでは食べていけない、と断念しました。</p>
<p>親の紹介で、ある出版社の契約社員になりました。働いたのは1月から6月までの半年間。時給で稼ぐお金は月に15～16万円。</p>
<p>有給休暇などはなく、保育園から呼び出しが来るとさらに減りました。都からひとり親の手当が月4万円、収入が最下層だったので保育園代は0円。それでなんとかしのいでいました。1999年頃のことです。</p>
<h3>時間に制約があるから、正社員にはなれなかった</h3>
<h4>正社員でないと、収入面でとても厳しいんですね。</h4>
<p>月曜日から金曜日、9時半から17時半まで働き、土日は疲れてぐったり。また、定時の17時30分にあがっても、保育園に到着するのは18時15分。</p>
<p>冬の18時は真っ暗。子どもが1人だけ残っているところに迎えに行くのが、すごくつらかった。園庭に子どもたちがいっぱいいる、そういう時間に迎えに行きたかった。</p>
<p>でもそこで働いている限り、保育が終わる閉園ギリギリの18時15分にしか迎えに行けない。</p>
<p>試用期間が終っても契約社員ということがわかって、正社員として就職できるところを探し始めました。でも全然ない。</p>
<h4>子どもを育てながら正社員の仕事を探すのは、本当に大変なんですね。</h4>
<p>実家の近くに引っ越して、夜遅くまで働けるようにしようかと考えたり、かなり現実的なところまで考えていました。</p>
<p>でも、正社員になることが目的なんだろうか？と立ち止まると、そうじゃないなと気付きました。</p>
<p>教室をやめている間に、やっていた頃の新聞記事を見てくれた人がいて、常に問い合わせは来ていました。ニーズはあるし、応えたい。でも、需要と供給がマッチしないんだよなあ、と苦い気もちで逡巡していました。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-3918" src="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/08/098-IMG_3227.jpg" alt="098-IMG_3227" width="702" height="400" srcset="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/08/098-IMG_3227.jpg 702w, https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/08/098-IMG_3227-300x171.jpg 300w" sizes="(max-width: 702px) 100vw, 702px" /></p>
<h2>閉園ギリギリにしか迎えに行けない契約社員より、時間を自由に使えるアルバイトを選んで教室を再開</h2>
<p>正社員を探すのをやめて、子どもを早く迎えに行けて教室を再開できる働き方を選んだマコさん。働き方を変えて、どんな変化があったのでしょうか。</p>
<h3>17時という明るい時間に子どもを迎えに行ける生活へ</h3>
<h4>正社員になることが目的ではないと気づいた後、どんな選択をされたのでしょうか？</h4>
<p>はい。あくまでも1999年の頃の話ですよ。正社員の募集記事を読むのをやめて、アルバイトを探しました。フィットネスクラブでアルバイトが決まり、会社を半年で辞めた次の日から、そこで働き始め、3年間勤めました。週一回だけ教室を開いて、残りの日はアルバイト。時給750円スタート、辞めたときで840円でした。今の東京都の最低賃金より低いですね。</p>
<p>シフトは休憩なしの9時～15時、月曜から土曜日までの勤務。お休みは水曜と日曜。その水曜日に教室を開きました。アルバイトで8万円、教室は受講料1万円だったから10人で10万円、場所代が2万円、残るお金は8万、足して16万。</p>
<p>計算してみたら、会社勤めしていた時と収入はあまり変わらない。でも、自分の使える時間がまったく違う。15時でシフトが終わったあと、ジムでトレーニングしたりレッスンに出たりして自分の勉強のために時間をつかい、それでも17時という明るい時間に子どもを迎えに行けました。</p>
<h3>会社に合わせるのではなく、自分のライフスタイルに合わせて仕事をしたい</h3>
<h4>アルバイトは時給が低くても、時間の融通がきくというメリットがあるんですね。</h4>
<p>1時間違うだけで、保育園の環境が違うんです。私の心にも子どもの心にも、大きな変化がありました。</p>
<p>私にとっての、保育園にお迎えにいく時間が18時から17時になるというその１時間の差は、雇い主にとっての、従業員の勤務時間1時間と、まったく意味の異なるものだったのです。当時の私には、その1時間は譲れない1時間でした。</p>
<h4>収入が変わらないのに自由な時間が増えるなら、こっちの働き方の方がずっといいですね。むしろ、正社員になっていたら、今のマドレボニータはなかったかもしれないんですね。</h4>
<p>もっと頑張れば正社員になれたかもしれないし、その選択肢もあったかもしれないと思うときもあります。</p>
<p>でも、その道をあきらめて、本当にやりたいことをやるからには、会社に合わせて自分のライフスタイルを妥協するのではなくて、お迎えに行きたい時間に合わせて仕事をする、そういうやり方でスケジュールをデザインしました。</p>
<p>教室がある日は10時から12時まで教室、そのあとの時間でプログラムの研究をしたり文章を書いたり、教室の振り返りをしたりして、プログラムを改良することに専念できました。</p>
<p>教室に参加したいという人も増えていったので、教室のコマ数を増やして、アルバイトを週5から週4に減らしていきました。起業という感じではなくて、アルバイトをしながら教室を細々とやっていた感じです。ほんとに起業したといえるのは2006年、法人をつくったときですね。</p>
<p>つづく</p>
<p>（<a href="https://hanajob.jp/2015/08/20/workstyle098-4/">第4回はこちら</a>）</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-3742" src="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/08/098-IMG_3298.jpg" alt="098-IMG_3298" width="702" height="400" srcset="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/08/098-IMG_3298.jpg 702w, https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/08/098-IMG_3298-300x171.jpg 300w" sizes="(max-width: 702px) 100vw, 702px" /></p>
<div class="kakomi">
<p><strong>吉岡マコ</strong></p>
<p>NPO法人マドレボニータ代表。</p>
<p>1972年生まれ。東京大学文学部で身体論を学び、卒業後、同大学院生命環境科学科で運動生理学を学ぶ。1998年に出産。その辛さや産後女性のサポート体制がほとんどないことを知り、産後ケアのヘルスプログラムを独自に研究開発、そして教室を開講。</p>
<p>2007年にNPO法人マドレボニータを設立し、企業・行政・大学とも連携しながら、プログラムを普及させている。また、産後女性の体と心に関する調査研究事業も積極的に取り組み、「産後白書」を3まで出版している。</p>
<p>2014年6月には、マドレボニータが日本日経新聞社主催の「第2回日経ソーシャルイニシアチブ大賞」において「国内部門賞」、2015年3月にGoogleインパクトチャレンジ「Women Will賞」を受賞している。</p>
<p><strong><a href="http://www.madrebonita.com/" target="_blank" rel="noopener">NPO法人マドレボニータ</a></strong></p>
<p>マドレボニータはスペイン語で「美しい母」。母となった女性が主体的な人生を歩むことのできる社会を目指し、「産後」を起点とする社会問題に取り組んでいます。<br /> 「美しい母がふえれば、世界はもっとよくなる」をキャッチフレーズに「子育ての導入期」という最も不安定な時期にある女性の心と身体の健康をサポートしています。</p>
<p>現在は、産後の心身のリハビリに特化した「産後のボディケア&amp;フィットネス教室」を運営する〈教室事業〉、教室運営を通じて産後女性に寄り添うプロフェッショナルである「産後セルフケアインストラクター」を養成する〈養成事業〉、「産後」という社会問題をより広く啓発していくことを目的とした〈研究開発事業〉の3つの軸で活動しています。</p>
<p><a href="http://www.madrebonita.com/" target="_blank" rel="noopener">http://www.madrebonita.com/</a></p>
</div>
]]></content:encoded>
					
		
		
		<post-id xmlns="com-wordpress:feed-additions:1">3627</post-id>	</item>
		<item>
		<title>自分の人生を生きる、美しい母を増やしたい vol.2（マドレボニータ）</title>
		<link>https://hanajob.jp/workstyle098-2/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[ハナジョブ学生記者]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 17 Aug 2015 15:32:09 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[先輩インタビュー]]></category>
		<category><![CDATA[NPO]]></category>
		<category><![CDATA[マドレボニータ]]></category>
		<category><![CDATA[女性活躍]]></category>
		<category><![CDATA[女性活躍の取り組み]]></category>
		<category><![CDATA[産後ケア]]></category>
		<category><![CDATA[社会起業]]></category>
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					<description><![CDATA[マドレボニータの連載「母となって働く」と連動した、代表の吉岡マコさんのスペシャルインタビューです！2015年夏休み特集として、全4回でお届けします。（第1回目はこちら） NPO法人マドレボニータは、出産後の女性のための心 [...]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>マドレボニータの連載「<a href="https://hanajob.jp/madrebonita/">母となって働く</a>」と連動した、代表の吉岡マコさんのスペシャルインタビューです！2015年夏休み特集として、全4回でお届けします。（<a href="https://hanajob.jp/2015/08/17/workstyle098-1/" target="_blank" rel="noopener">第1回目はこちら</a>）</p>
<div class="kakomi">
<p>NPO法人マドレボニータは、出産後の女性のための心と体を健康にするためのエクササイズとコミュニケーション力を取り戻すワークを全国の女性に届けています。</p>
<p>マドレボニータが提唱しているのが“Live Your Life”。いったいどんな意味が込められているのでしょうか。</p>
<p>マドレボニータを立ち上げた、代表の吉岡マコさんの「これまで」と「これから」を伺いました！（2015年7月時点の情報です）</p>
</div>
<h2>高校時代に留学、オーストラリアへ</h2>
<p><a href="https://hanajob.jp/2015/08/16/workstyle098-1/">Vol.1は大学〜大学院時代</a>についてのお話でした。Vol.2では、高校時代にさかのぼります。高校時代に1年間、オーストラリアに留学。留学で何を学び、何を感じてきたのでしょうか。</p>
<h3>閉鎖感と腹の探り合い</h3>
<h4>さかのぼりますが、高校時代にオーストラリア留学されていますよね。</h4>
<p>明確な目的があったわけではなく、外の世界を見てみたいなと思ったのと、日本の高校に閉塞感を感じていて、そこから解放されたかったというのが最初の動機でした。</p>
<p>川越女子という、わりとしっかりした女子が集まっている高校でした。文化祭の実行委員やったり、音楽部で合唱とかミュージカルやったりして、全然勉強しなかった。</p>
<p>それで母にすごく怒られて。でも、みんなは「していない」っていいながら勉強してる。そんな腹の探り合いがイヤでしたね。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-3836" src="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/08/098-IMG_3231.jpg" alt="098-IMG_3231" width="702" height="400" srcset="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/08/098-IMG_3231.jpg 702w, https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/08/098-IMG_3231-300x171.jpg 300w" sizes="(max-width: 702px) 100vw, 702px" /></p>
<h3>語学ではなく、リーダーシップを学ぶ留学</h3>
<h4>どのような形で留学したのでしょうか？</h4>
<p>AFSという機関を通して、高校生2年のときに留学しました。</p>
<p>AFSは、世界大戦中に傷病兵の救護輸送に携わったアメリカのボランティア組織American Field Service（アメリカ野戦奉仕団）の活動を起源に始まったものです。</p>
<p>やってもやっても、けが人がでてくる。病人を自分たちが運んでも何も解決しない。そもそも戦争をなくさないと自分たちはやっている意味がない。</p>
<p>その戦争の根っこを断つには何が必要かと考えたときに、若い世代が別の国の価値観を体験することが必要だと。その体験を個人の人生に活かすだけではなく、リーダーシップを発揮して影響力のある人間になってほしいという、リーダーシップを学ぶための留学だったんです。</p>
<p>日本もわりと早く加盟して、最初のころは船で海を渡っていたそうです。私は37期生として、オーストラリアに行きました。17歳で、そこまで深くは理解できていなかったものの、「自分も世界平和に貢献できるんだ」と、すごく感化されました。</p>
<h4>普通の留学ではないのですね。</h4>
<p>語学を学ぶために留学するのではない、と最初から言われます。</p>
<p>AFSはオリエンテーションに力をいれていて、1次試験は筆記、2次試験は2泊3日の合宿でワークショップ。大学生のボランティアがグループリーダーをしてくれて、異なった人たちが集まったときにどういう判断をするかといったゲームをしたり、ディベートをしたり、面接を受けたりしました。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-3837" src="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/08/098-IMG_3186.jpg" alt="098-IMG_3186" width="702" height="400" srcset="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/08/098-IMG_3186.jpg 702w, https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/08/098-IMG_3186-300x171.jpg 300w" sizes="(max-width: 702px) 100vw, 702px" /></p>
<h4>合宿で試験！大変ですね。</h4>
<p>留学することが決まってから、出発前にも、2泊3日の合宿があるんです。その時にとても印象的な出来事が一つあって。</p>
<p>合宿で使ったテキストの中に、「あなたは高校生が草の根で交流するくらいで世界の平和が達成されるなんて、そんなこと本気で思っていませんよね？」というような文章が書いてあったんです。</p>
<p>私は驚いて「え…でも草の根の交流って大事だよね」って思いました。</p>
<h4>はい、そう思います。</h4>
<p>でも実際、草の根の交流が世界平和に繋がるなんて、全然そんなことないわけですよ。だって、高校生の中で留学できるなんて私の学年でも500人の中で2人だけで。</p>
<p>その教科書が言いたかったことは、「もちろん草の根の交流も大事だけれども、そこで得たあなたの体験を将来社会に還元してください」「世界平和に貢献するような人材になってください」ということだったんだと思います。</p>
<p>そのことに、あとから気が付きました。</p>
<h2>辛かった留学。でも最後には見出せた、自分が行った意味</h2>
<p>留学先では人種差別を受けたというマコさん。その状況で自分が留学した意味を考え続けたと言います。</p>
<h3>人種差別を受ける</h3>
<h4>オーストラリアではどのように過ごしていましたか</h4>
<p>留学は楽しい思い出よりも、辛い思い出の方が多いくらいです。</p>
<p>すごい人種差別を受けました。オーストラリアはアジア系の移民が多く、白人が一番偉いみたいな世界でした。同じ英語圏でも、アメリカとオーストラリアでは全然違うと思います。</p>
<p>自分が日本人であるというアイデンティティを確認もされないまま、人種差別をされました。自由な空気はよかったですが、学校にいても人種ごとにグループができていました。</p>
<h4>人種差別ですか。意外です。</h4>
<p>留学中、自分がわざわざ行った意味をすごく考えましたね。</p>
<p>英語を話せるようになるのが目的なら、語学学校に行けばいいですよね。</p>
<p>AFSという機関で留学して、世界平和がミッションなんだという自負がありました。また大学生、ホストファミリー、カウンセラー、いろんな人がボランティアでついて支えてくれました。</p>
<p>支えてくれる人、期待してくれる人がいる以上、自分が行ってただ楽しかっただけで帰ってくるのは嫌だなと思いました。しかも楽しくないし（笑）。</p>
<p>でも最後に、自分が行った意味を見出すことができました。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-3839" src="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/08/098-IMG_3232.jpg" alt="098-IMG_3232" width="702" height="400" srcset="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/08/098-IMG_3232.jpg 702w, https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/08/098-IMG_3232-300x171.jpg 300w" sizes="(max-width: 702px) 100vw, 702px" /></p>
<h4>どんなことがあったんでしょうか？</h4>
<p>私がはじめて学校に行ったときは、人種ごとにグループができていました。</p>
<p>でも、私は日本人1人だったので、あえてどこのグループにも属さずに、いろんな人と話をするようにしていました。</p>
<p>そうしていると、アジア系の子に話しかけられていても無視をしていた留学生のドイツ人の子が、私と仲の良い韓国人の子と話すようになったりして。</p>
<p>私を触媒として、いろんな人種の人が少し歩み寄れたというか仲良くなれて、私が帰国する直前には、すごくミックスされた空気になった気がしました。</p>
<p>そしてやっと、「もう帰国してもよいかな」という気持ちになれました。</p>
<h2>今に繋がる、草の根の活動</h2>
<p>高校生の代表として留学し、リーダーシップを学んだことは、今にどんな影響を与えているのでしょうか。</p>
<h3>自分だけでなく社会に影響を与える活動へ</h3>
<h4>AFSでの留学は、今の吉岡さんにどのような影響を与えていますか</h4>
<p>NPO法人を作るときに「草の根の交流も大事だけれども、そこで得たあなたの体験を将来社会に還元してください」「世界平和に貢献するような人材になってください」というAFSの理念をすごく思い出しました。</p>
<p>そういうことがなければ、自分の身の周りだけ満たされていればそれでいいかなと思っていたかもしれません。だけどやっぱり「社会に対して、何か影響力を与えるような活動をしてください」って意味だったんだと思うと、マドレボニータの産後ケアのプログラムも、私個人のものにするのではなくて、公のものにしていきたいと思いました。</p>
<p>すべての人に産後ケアが行きわたる世界を目指して受益者を増やしていけば、結果的に社会が変わっていくということに貢献できるのではないかと思ったんです。</p>
<p>つづく</p>
<p>（<a href="https://hanajob.jp/2015/08/19/workstyle098-3/">第3回はこちら</a>）</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-3742" src="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/08/098-IMG_3298.jpg" alt="098-IMG_3298" width="702" height="400" srcset="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/08/098-IMG_3298.jpg 702w, https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/08/098-IMG_3298-300x171.jpg 300w" sizes="(max-width: 702px) 100vw, 702px" /></p>
<div class="kakomi">
<p><strong>吉岡マコ</strong></p>
<p>NPO法人マドレボニータ代表。</p>
<p>1972年生まれ。東京大学文学部で身体論を学び、卒業後、同大学院生命環境科学科で運動生理学を学ぶ。1998年に出産。その辛さや産後女性のサポート体制がほとんどないことを知り、産後ケアのヘルスプログラムを独自に研究開発、そして教室を開講。</p>
<p>2007年にNPO法人マドレボニータを設立し、企業・行政・大学とも連携しながら、プログラムを普及させている。また、産後女性の体と心に関する調査研究事業も積極的に取り組み、「産後白書」を3まで出版している。</p>
<p>2014年6月には、マドレボニータが日本日経新聞社主催の「第2回日経ソーシャルイニシアチブ大賞」において「国内部門賞」、2015年3月にGoogleインパクトチャレンジ「Women Will賞」を受賞している。</p>
<p><strong><a href="http://www.madrebonita.com/" target="_blank" rel="noopener">NPO法人マドレボニータ</a></strong></p>
<p>マドレボニータはスペイン語で「美しい母」。母となった女性が主体的な人生を歩むことのできる社会を目指し、「産後」を起点とする社会問題に取り組んでいます。<br /> 「美しい母がふえれば、世界はもっとよくなる」をキャッチフレーズに「子育ての導入期」という最も不安定な時期にある女性の心と身体の健康をサポートしています。</p>
<p>現在は、産後の心身のリハビリに特化した「産後のボディケア&amp;フィットネス教室」を運営する〈教室事業〉、教室運営を通じて産後女性に寄り添うプロフェッショナルである「産後セルフケアインストラクター」を養成する〈養成事業〉、「産後」という社会問題をより広く啓発していくことを目的とした〈研究開発事業〉の3つの軸で活動しています。</p>
<p><a href="http://www.madrebonita.com/" target="_blank" rel="noopener">http://www.madrebonita.com/</a></p>
</div>
]]></content:encoded>
					
		
		
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		<item>
		<title>自分の人生を生きる、美しい母を増やしたい vol.1（マドレボニータ）</title>
		<link>https://hanajob.jp/workstyle098-1/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[ハナジョブ学生記者]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 16 Aug 2015 15:30:09 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[先輩インタビュー]]></category>
		<category><![CDATA[NPO]]></category>
		<category><![CDATA[マドレボニータ]]></category>
		<category><![CDATA[女性活躍]]></category>
		<category><![CDATA[女性活躍の取り組み]]></category>
		<category><![CDATA[社会起業]]></category>
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					<description><![CDATA[マドレボニータの連載「母となって働く」と連動した、代表の吉岡マコさんのスペシャルインタビューです！2015年夏休み特集として、全4回でお届けします。 NPO法人マドレボニータは、出産後の女性のための心と体を健康にするため [...]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>マドレボニータの連載「<a href="https://hanajob.jp/madrebonita/">母となって働く</a>」と連動した、代表の吉岡マコさんのスペシャルインタビューです！2015年夏休み特集として、全4回でお届けします。</p>
<div class="kakomi">
<p>NPO法人マドレボニータは、出産後の女性のための心と体を健康にするためのエクササイズとコミュニケーション力を取り戻すワークを全国の女性に届けています。</p>
<p>マドレボニータが提唱しているのが“Live Your Life”。いったいどんな意味が込められているのでしょうか。</p>
<p>マドレボニータを立ち上げた、代表の吉岡マコさんの「これまで」と「これから」を伺いました！（2015年7月時点の情報です）</p>
</div>
<h2>「体育が嫌で、保健室で村上春樹を読んでいたこともありました」</h2>
<p>マドレボニータでは出産後の女性にエクササイズを教えていますが、吉岡マコさんは昔から身体を動かすことが好きだったわけではないようです。</p>
<h3>自分の体を好きになれなかった、暗黒時代</h3>
<h4>小さい頃から運動や身体に興味があったのでしょうか？</h4>
<p>いいえ。高3の時は体育をやりたくなくて、できるだけ保健室で過ごして、村上春樹の本を読んだりしていました（笑）。</p>
<p>小さいときは走るのも速かったんだけど、だんだん成長で体が変化するとともに重くなって、体を動かすことを全然楽しめなくなったんですよね。</p>
<p>小学5年生で、身長164㎝あって。みんなより頭一つ分大きかったので、猫背で過ごしていましたね。天真爛漫だった頃の体が好きで、自分の体の変化を受け入れるのがすごく嫌でした。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-3674" src="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/08/098-IMG_3272.jpg" alt="098-IMG_3272" width="702" height="400" srcset="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/08/098-IMG_3272.jpg 702w, https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/08/098-IMG_3272-300x171.jpg 300w" sizes="(max-width: 702px) 100vw, 702px" /></p>
<p>でも、そういう気持ちがあったからこそ、体を快適に動かすことや、体が快適になることで気持ちも前向きになれることを実感しています。</p>
<p>体に対する貪欲さを、もっと持ってもいいのではないかと。その暗黒の、自分の体を好きになれなかった自分、思うように動かなかった時代、それをリベンジしたいという気持ちがあります。</p>
<h4>変わったきっかけは何ですか？</h4>
<p>大学生時代、映画や演劇や舞台、芸術に興味がありました。最初は見に行く側だったんだけど、何を思ったのか自分も体動かしてみたいなと思うようになって。</p>
<p>そしてダンスをはじめたりしました。ジャズダンスとか、ワハハ本舗のバックダンサーもやったりして。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-3683" src="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/08/098-IMG_3205.jpg" alt="098-IMG_3205" width="702" height="400" srcset="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/08/098-IMG_3205.jpg 702w, https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/08/098-IMG_3205-300x171.jpg 300w" sizes="(max-width: 702px) 100vw, 702px" /></p>
<h2>自分を変えた、1週間の合宿</h2>
<p>大学生時代に、映画、演劇、舞台の芸術に興味を持ち、ダンスを始めたマコさん。その後、人生を変える大きな出会いがありました。 </p>
<h3>体を酷使したあとに待っていた爽快感</h3>
<h4>体を動かすことに対する気持ちの変化は、大学時代にあったのですね。</h4>
<p>大駱駝艦（だいらくだかん）という麿赤児さんが率いる舞踏集団があるのですが知っていますか？毎年夏休みに合宿をやっていて、大学2年生のときにその合宿に1週間参加したんです。</p>
<p>合宿には大駱駝艦の人たちだけではなく、学生さんや役者さんが20人くらい集まりました。</p>
<p>朝6時に起きて、海に走りに行って、砂浜で稽古して、帰ってきてお昼ご飯作り、食べてまた稽古して、また夜も稽古して。</p>
<p>1日目から筋肉痛になり、「明日帰りたい」と思いました。2日目に「もう本気で荷物まとめて帰りたい」と思って、3日目に「今日こそもう帰ろう」と思いました（笑）。でも、なんだかんだ楽しくて。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-3690" src="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/08/098-IMG_3212.jpg" alt="098-IMG_3212" width="702" height="400" srcset="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/08/098-IMG_3212.jpg 702w, https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/08/098-IMG_3212-300x171.jpg 300w" sizes="(max-width: 702px) 100vw, 702px" /></p>
<h4>すごくハードですね！</h4>
<p>あの人たちはとても体を使うのですが、たくさんお酒も飲んで夜に大騒ぎするんですよ。でも翌日6時にはしっかり起きて、雑巾がけや走り込みをしていて。</p>
<p>健全なのか不健全なのかよくわからないのですが、そういう空気がなんだか面白くて。とてもハードだったのですが、結局最後まで頑張りました。</p>
<p>そして、合宿から帰ったとき、とても爽快な気分になりました。</p>
<p>合宿後も体にエネルギーが漲りすぎて、その漲るエネルギーを解放するために朝6時に起きて走りに行ったりしていましたね。</p>
<h3>体と心のつながりを研究したい</h3>
<h4>大学ではどのように過ごしていましたか？</h4>
<p>わりと真面目に授業に出席していて、特にアメリカ文学と科学史の先生には影響を受けました。</p>
<p>アメリカ文学の先生は翻訳家としても活躍されていて、毎回宿題が出るんだけど、ちゃんとやっていくとしっかり読み込んで赤で感想を書いてくれて。未だにその宿題を取ってあります。</p>
<p>科学史では、サイエンスという学問のあり方、科学がどう世界に影響を与えるのかという話を聞いて、理系の院に進むきっかけになりました。</p>
<p>ほかには、興味があった、映画、演劇、アメリカ文学の授業を受けていましたね。</p>
<p>授業で影響を受けて、映画や舞台をかなり観に行っていました。先生が、フランスのエリック・ロメールの映画を紹介してくれたりして。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-3680" src="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/08/098-IMG_3204.jpg" alt="098-IMG_3204" width="702" height="400" srcset="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/08/098-IMG_3204.jpg 702w, https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/08/098-IMG_3204-300x171.jpg 300w" sizes="(max-width: 702px) 100vw, 702px" /></p>
<h4>専攻では、どのようなことを学んでいたのでしょうか？</h4>
<p>専攻は美学芸術学、身体論で卒論を書きました。</p>
<p>17世紀くらいからのヨーロッパの身体論というのは医学が発達し始めた時期で、人間の体を機械としてとらえる、感情と体は関係ないという考え方が主流。</p>
<p>アメリカの60年代に、これとは違う潮流がでてきて、感情が臓器に影響を与えるという考え方。</p>
<p>今ではこちらのほうが常識になってきているけど、17世紀はそういう考え方が全然なくて、体は機械みたいに思われていたの。体と心が分離されて扱われていて、たとえば五輪も記録主義になっていったのはそういう背景があるから。</p>
<h4>大学では美学芸術学という視点で、体を研究していたんですね。</h4>
<p>論文を書き終わったころ、身体論は哲学であるけれど哲学に過ぎないなと思ったんですよね。実際に私が体験した、あの合宿から帰ってきたあとの、あの爽快感はなんだったのだろう、と。そういう体と心のつながりというものを研究したいなぁと思って、大学院に進みました。</p>
<h4>大学ではキャリアプランを考えなさいと言われます。吉岡さんは学生のとき、キャリアについて考えていましたか？</h4>
<p>実は大学卒業するときには、ちゃんとキャリアプランを考えていたんですよ。研究者になって、何年に修士号、博士号とって助手として活躍して、30何歳で教授職になってとか、そういうことまで。</p>
<p>頭で考えていたキャリアプランとは全然違う道に行ってしまったけど、研究者としてのマインドは今でもすごく役に立っていると思います。プログラムを研究するとか、成果をちゃんと測定するとか。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-3676" src="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/08/098-IMG_3188.jpg" alt="098-IMG_3188" width="702" height="400" srcset="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/08/098-IMG_3188.jpg 702w, https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/08/098-IMG_3188-300x171.jpg 300w" sizes="(max-width: 702px) 100vw, 702px" /></p>
<h2>手ごたえを感じず虚しさを感じた、大学院での研究</h2>
<p>身体論と演劇の合宿で感じた爽快感に違いを感じ、その疑問を研究するために大学院に進んだマコさん。大学院ではどんなふうに過ごしていたのでしょうか。</p>
<h3>研究室で感じた限界</h3>
<h4>大学院時代はどのように過ごしていましたか？</h4>
<p>修士1年はひたすら実験の手伝いをしていました。</p>
<p>五輪の強化選手が研究室に最大酸素摂取量とかを計測に来たり、水中体重を測ったりするので、そのお手伝いですね。</p>
<p>その頃は、自分の中で、研究室のなかでの「研究の限界」というものを強く感じていて、煮詰まっていました。体と心のつながりについて論文を書こうと思っていましたが、出口が見えなくなっていました。</p>
<h4>ギリシャに行かれたのは大学院時代ですよね</h4>
<p>指導教官の先生が、私がくすぶっているのを見て、「ギリシャでオリンピックスタディという、全世界の大学院生が集まって研修会みたいなものを3か月やるから参加してみないか」と誘ってくれて。</p>
<p>17世紀の身体観と現代オリンピックとの繋がりをちょうど卒業論文でも書いていて、この卒論をそのまま英語に直したものを持って、ギリシャに行きました。</p>
<p>先生もそれがブレイクスルーになると思ってくれていたと思うのですが、恋人を見つけて妊娠して帰ってくるということになってしまいました。</p>
<h2>24歳、出産</h2>
<p>大学院での研究に行き詰まり、ギリシャに行ったマコさん。なんと、ギリシャで妊娠。24歳で出産を決意します。</p>
<h3>修士号よりも大切なこと</h3>
<h4>出産に迷いはありませんでしたか？</h4>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class=" size-full wp-image-3739 alignright" src="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/08/098-maco-5.jpg" alt="098-maco-5" width="300" height="163" />本当に結婚してギリシャに住もうと思っていたので、迷いはなかったです。</p>
<p>大学院での研究に行き詰まっていたので、それなら、子どもを産むとか、自分の体を使って何かやることのほうが、体に関心のあった自分としては、手ごたえのあることのように感じたのでした。</p>
<p>修士号をとることよりも、家族を作ることのほうがとても尊いことのように思えて。</p>
<h4>大学院での研究より出産を選んだのですね。</h4>
<p>結局、大学院は中退。</p>
<p>日本で出産して、出産後のいちばん大事な時期をギリシャ人のパートナーと過ごせなかったことが原因で、彼とは別れてしまって家庭は作れなかったのですが。私も甘かったですね。</p>
<p>でも、もし私がギリシャに行っていたら、マドレボニータもなかったと思えば、これも意味のあることだったと前向きに捉えたい。</p>
<h3>みんなで手伝い、みんなで見守る</h3>
<h4>大学院を辞めて出産することに不安はありませんでしたか？</h4>
<p>今の風潮って、ある程度ちゃんと就職して、キャリアを積んで、パートナーもイクメンで、年収何百万以上で、とかじゃないと子どもなんて産めないっていう感じあるでしょ？そんなこと言ってたら、子どもなんて産めない。</p>
<p>私が25歳で出産したときに、同世代の友人は仕事に邁進していて、子どものいる生活は縁遠い、というかんじでした。</p>
<p>その一方で、ダンスをとおして出会った友だちに、面白い子が何人もいて。若くして子どもを産んで、貧乏だけどみんなでご飯作って食べて、みんなで子どもの成長を見守る。みんなで代わる代わる手伝いに行って。</p>
<p>なんだか豊かな世界だなと思いました。そんな環境にいるうちに私も早く子どもを産みたいって思っちゃった。私の産後を助けてくれたのも、このコミュニティの人たちでした。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-3743" src="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/08/098-IMG_3282.jpg" alt="098-IMG_3282" width="702" height="400" srcset="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/08/098-IMG_3282.jpg 702w, https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/08/098-IMG_3282-300x171.jpg 300w" sizes="(max-width: 702px) 100vw, 702px" /></p>
<h4>今、マドレボニータで推奨している「産褥ヘルプ」は、吉岡さんが学生のときに体験していたことだったんですね。出産後はどのように過ごしていましたか？</h4>
<p>友だちが出産に立ち会ってくれたり、産後動けないときに家に来てくれたり、みんなにたくさん助けてもらいました。</p>
<p>今から行くからって、食材を持って来てくれて、寸胴鍋に大量にトン汁とか作ってくれて、沐浴も手伝ってくれました。</p>
<p>その子たちのおかげでなんとか過ごせました。</p>
<p>血の繋がらない人たちがみんなで子育てするという環境に普通に触れていたから、私も、キャリアとかライフプランとか深く考えずに、なんとか育てていけると思っていました。</p>
<h4>お友だちが助けてくれたんですね。</h4>
<p>でも、産んでみると世間は冷たくて、社会は厳しかった。</p>
<p>私が見てきた人たちは、独自のやり方で生きてきた人たちだったんですよね。自分は考えが甘かったな、と痛感したけれど、甘いと思わざるを得ない社会というのも世知辛いなとも思います。</p>
<p>もっともっといろんなセイフティネットがあってもいいと、今でも思っています。</p>
<p>つづく</p>
<p>（<a href="https://hanajob.jp/2015/08/18/workstyle098-2/">第2回はこちら</a>）</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-3742" src="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/08/098-IMG_3298.jpg" alt="098-IMG_3298" width="702" height="400" srcset="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/08/098-IMG_3298.jpg 702w, https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/08/098-IMG_3298-300x171.jpg 300w" sizes="(max-width: 702px) 100vw, 702px" /></p>
<div class="kakomi">
<p><strong>吉岡マコ</strong></p>
<p>NPO法人マドレボニータ代表。</p>
<p>1972年生まれ。東京大学文学部で身体論を学び、卒業後、同大学院生命環境科学科で運動生理学を学ぶ。1998年に出産。その辛さや産後女性のサポート体制がほとんどないことを知り、産後ケアのヘルスプログラムを独自に研究開発、そして教室を開講。</p>
<p>2007年にNPO法人マドレボニータを設立し、企業・行政・大学とも連携しながら、プログラムを普及させている。また、産後女性の体と心に関する調査研究事業も積極的に取り組み、「産後白書」を3まで出版している。</p>
<p>2014年6月には、マドレボニータが日本日経新聞社主催の「第2回日経ソーシャルイニシアチブ大賞」において「国内部門賞」、2015年3月にGoogleインパクトチャレンジ「Women Will賞」を受賞している。</p>
<p><strong><a href="http://www.madrebonita.com/" target="_blank" rel="noopener">NPO法人マドレボニータ</a></strong></p>
<p>マドレボニータはスペイン語で「美しい母」。母となった女性が主体的な人生を歩むことのできる社会を目指し、「産後」を起点とする社会問題に取り組んでいます。<br /> 「美しい母がふえれば、世界はもっとよくなる」をキャッチフレーズに「子育ての導入期」という最も不安定な時期にある女性の心と身体の健康をサポートしています。</p>
<p>現在は、産後の心身のリハビリに特化した「産後のボディケア&amp;フィットネス教室」を運営する〈教室事業〉、教室運営を通じて産後女性に寄り添うプロフェッショナルである「産後セルフケアインストラクター」を養成する〈養成事業〉、「産後」という社会問題をより広く啓発していくことを目的とした〈研究開発事業〉の3つの軸で活動しています。</p>
<p><a href="http://www.madrebonita.com/" target="_blank" rel="noopener">http://www.madrebonita.com/</a></p>
</div>
]]></content:encoded>
					
		
		
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		<item>
		<title>日本の「良いもの」を日常へ届けたい（KARAFURU）</title>
		<link>https://hanajob.jp/workstyle096/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[ハナジョブ学生記者]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 17 May 2015 11:34:44 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[先輩インタビュー]]></category>
		<category><![CDATA[KARAFURU]]></category>
		<category><![CDATA[伝統工芸]]></category>
		<category><![CDATA[海外勤務]]></category>
		<category><![CDATA[社会起業]]></category>
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					<description><![CDATA[伝統工芸を活かしたアクセサリーの制作・販売を行う「KARAFURU」の代表、黒田幸さん。蒔絵を施したパールのネックレスなど、作り手の想いが伝わるさまざまな作品は20代から70代まで幅広い年齢の方に愛されています。そんな黒 [...]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<div class="kakomi">
<p>伝統工芸を活かしたアクセサリーの制作・販売を行う「KARAFURU」の代表、黒田幸さん。蒔絵を施したパールのネックレスなど、作り手の想いが伝わるさまざまな作品は20代から70代まで幅広い年齢の方に愛されています。そんな黒田さんは、ユニークな経歴の持ち主。学生時代から今の仕事に至るまでを詳しく伺いました。（2015年5月時点の情報です）</p>
</div>
<h2>「ここじゃない」と悩んだ大学生活</h2>
<h3>どのような学生生活でしたか？</h3>
<p>私が高校生だったのは今から20年ほど前。日本がゴラン高原のPKOに参加し国内で議論が起こっている時代でした。社会問題としてニュースでも良く取りあげられており、国際協力に強く興味を持って防衛大学に進学しました。座学に加え、訓練もある全寮制の学校です。</p>
<p>ところが、いざ入学してみると思い描いていた学生生活とは大きく異なりました。今まで自分が生きてきたところとは、まったく違う世界だったのです。下調べをせずに進んだ私が大ばか野郎だったのだけれど（笑）。</p>
<p><a href="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/05/workstyle96-IMG_1741.jpg"><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-2231" src="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/05/workstyle96-IMG_1741.jpg" alt="workstyle96-IMG_1741" width="702" height="400" srcset="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/05/workstyle96-IMG_1741.jpg 702w, https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/05/workstyle96-IMG_1741-300x171.jpg 300w" sizes="(max-width: 702px) 100vw, 702px" /></a></p>
<h3>どのような点が思い描いていたものと違ったのですか？</h3>
<p>まず圧倒的に男性が多い。女性であることがどうしてもハードルになってしまう世界で、それを乗り越えないと同じ土俵に上がれません。途中で辞めてしまう女子学生も多く、入学時は40人ほどいた女子が卒業時には20人ほどまで減っていました。</p>
<p>私は最後までやってみないとわからないこともあると思っていたので辞めませんでしたが、それでも集団生活や隊員さんとの交流の仕方に悩むことも多く、「ここじゃないのかも」という思いを最後の1年間持ち続けていました。仕事そのものはとてもやりがいがあり魅力的だったのですが、結局自衛官の道は選びませんでした。</p>
<h2>卒業後は一転、雑誌編集の世界へ</h2>
<h3>大学卒業後、どういった仕事に就いたのですか？</h3>
<p>在学中は厳格な寮生活で平日は外出できないので、就職活動はできません。卒業後に新聞の求人広告を見て仕事を探し、5月に出版社で雑誌の編集者として働くことが決まりました。社長が私の経歴を見て、面白そうだなと拾ってくれたのだと思います。</p>
<p>編集は、自分が興味のあることを見つけてきて、それをページに落とし込むという仕事。やること自体はシンプルなので、初めての仕事でしたが「できない」と悩むことはありませんでした。周りの編集者がとにかく面白い人たちばかりで、とても楽しい職場でした。</p>
<p>私は家族経営でやっているような海外のものづくりに興味があり、そういった場所へ取材によく行きましたね。出版社で4年ほど働いて、その後イタリアに留学しました。</p>
<h2>言葉もわからず飛び込んだイタリア</h2>
<h3>留学を決めたきっかけは何でしたか？</h3>
<p>取材をして紹介するだけでなく、もっとものづくりに関わりたいと思うようになっていました。また、学生時代に狭い世界にいたので、周りの編集者に比べて「発想の自由さに欠ける」と感じることが多かったのです。みんな会社には来ないし、本当に自由なんですよ（笑）。</p>
<p>それで、会社を辞めて別の世界を見ようと。子供の頃から、怒られるくらい遠くに遊びに行くことが大好きで、日本を離れることにもまったく抵抗がなかったですね。</p>
<h3>なぜ行き先はイタリアだったのでしょうか？</h3>
<p>イタリアは世界一社長が多い国だと言われています。家族経営など小規模でものづくりをして、それを世界に発信していくのがとても上手なんです。そんなものづくりの現場を見てみたくて、行き先はイタリアに決めました。</p>
<p>イタリア語はまったくわからなかったので、まずはイタリア国立の外国人大学に入って語学と文化を勉強しました。半年で日常会話程度は話せるようになり、その後はフリーの編集者として日本の雑誌社から仕事をもらいながら、学校に通いました。</p>
<h3>現地のコミュニティにはすぐに馴染めましたか？</h3>
<p>実は、大学の近くで住む部屋を探していて紹介されたのが、シエナ大学の新入生ばかりが住んでいるシェアハウスだったのです。私は当時26歳で、ルームメイトとはかなり歳は離れていたのですが、すぐに仲良くなりました。最初から年下の仲間がたくさんいる感じでしたね。</p>
<p>イタリア人はホスピタリティ精神にあふれていて、面白い出来事がたくさんありました。イタリアに着いた初日に「電話をかけられるところに連れていって」とお願いしたら、なぜか全然知らない男の子の部屋に連れていかれて（笑）。後からわかったことですが、シエナ大学のイケメンと呼ばれる男の子たちを紹介しようと連れて行ってくれたらしいです。 ルームメイトと関わる機会が多かったので、「日常会話だけはよく覚えているね」と先生に言われていました。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-2232" src="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/05/workstyle096-IMG_1739.jpg" alt="workstyle096-IMG_1739" width="702" height="400" srcset="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/05/workstyle096-IMG_1739.jpg 702w, https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/05/workstyle096-IMG_1739-300x171.jpg 300w" sizes="(max-width: 702px) 100vw, 702px" /></p>
<h2>日本の伝統芸能、職人さんとの出会い</h2>
<h3>留学を終えて、選んだ次の道は何だったのでしょうか？</h3>
<p>イタリアでは結局２年と少し暮らしました。「帰国後は日本の文化に関わる仕事がしたい」「編集とは違う仕事もしたい」と周りの人に話していたら、歌舞伎関連の新規事業立ち上げに関わる仕事とめぐり会うことができました。</p>
<p>新規事業の一つにウェブサイトやフリーペーパー等のメディア開発があったので、編集のスキルがあり、かつそれ以外のこともやりたいと思っている人をちょうど探していたそうです。</p>
<h3>そこでの経験が、起業へとつながったそうですね。</h3>
<p>事業の一つに、歌舞伎の舞台衣装や小道具の職人さんたちと一緒にものづくりをするという企画があり、これが起業のきっかけとなりました。ビジネスとしても大きな可能性があるなと感じていたのですが、規模やスピード感の問題で社内では事業化できなかったのです。</p>
<p>でもどうしてもやりたくて、会社の中でできないのなら自分でやるしかない、と思い起業することにしました。だから、もともと起業すると決めていたわけでも、起業家になりたいと思っていたわけでもないんですよ。</p>
<h2>日本の「良いもの」を日常へ届ける</h2>
<h3>なぜ、アクセサリーという形で販売することにしたのですか？</h3>
<p>起業した当初は、伝統工芸の技術を使って何かを作りたい、ということだけが頭にありました。最初は染物や織物の技術を使ってアパレルの事業をしたいと思っていたのですが、アパレルだと小ロットでは採算が合わず、職人さんに払うフィーとのバランスが全く取れなかったのです。</p>
<p>小ロットで作れて、海外にも持っていけて、日常生活の中で年代関係なく使えて、と試行錯誤した結果、アクセサリーに辿りつきました。</p>
<h3>一番印象に残っている商品はどのようなものですか？</h3>
<p>思い入れがあるのは、パールに蒔絵を施したアクセサリー。一番初めに作った商品です。知り合いの漆職人さんからは技術的に難しいと言われ、できる人をインターネットで探しました。</p>
<p>電話をした翌日に京都で打ち合わせをしたのですが、その日に偶然開催されていた漆の展示会に連れていってくださり、職人さんをたくさん紹介してくれたのです。トントン拍子に話が進んで、職人さんもやる気になってくれて、商品もすぐに売れ始めました。 伝統工芸なんて知らないような若い女の子が、「蒔絵がかわいい～！」と言って買ってくれているのを見ると、嬉しいですね。</p>
<h2>起業という働き方が向いていた　</h2>
<h3>お話を伺って、黒田さんはチャンスを掴むのが上手だという印象を受けました。その裏にはたくさんの努力があるように思うのですが。</h3>
<p>こう言ってしまうと良くないかもしれませんが、私は努力することは苦手で、おそらく「がんばりやさん」ではないのです。苦手なことに対しても懸命に取り組む大学の同期の姿を見て、私には努力する才能はないのだなあと感じましたし、今も思っています（笑）。好きなことや得意なことは努力できるのですけどね。</p>
<h3>ちなみに、得意なこと・不得意なことは何ですか？</h3>
<p>新しいことを考えることや、どうやったらできるかやってみることが得意ですね。苦手なことは、決まっていることをやること。</p>
<p>みんなも本当はコツコツ決められたことをやるのは苦手だけど努力しているのだろう、と思っていたのですが、昔の仕事仲間が「新しいことを自分で考えるのがとてもつらい。言われたことをきちんとやっていきたい」と悩んでいて。「こんな人もいるんだ！」と目からウロコが落ちました。</p>
<p>起業してからは、得意なことは自分で努力し、苦手なことは人に任せられるので、起業という働き方が向いているのだと思います。</p>
<h2>好きだからという理由でやったことは後悔しない</h2>
<h3>これからの夢を教えてください！</h3>
<p>今は事業を始めて４年目です。今後、ブランドの世界観を表現できる店舗も構えたいと思っているのですが、プライベートでは夏に出産を控えています。</p>
<p>起業した頃に結婚したのですが、仕事が少し落ち着いて環境を整えてから子どもを産もうと思っていました。今は、出産後のための準備をしているところです。どうやって働いていくのかは、これから手さぐりですね。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-2230" src="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/05/workstyle096-IMG_1762.jpg" alt="workstyle096-IMG_1762" width="702" height="400" srcset="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/05/workstyle096-IMG_1762.jpg 702w, https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/05/workstyle096-IMG_1762-300x171.jpg 300w" sizes="(max-width: 702px) 100vw, 702px" /></p>
<h3>最後に、学生へのメッセージをお願いします。</h3>
<p>世の中はすごく変わっていくなあ、と大学を卒業して何年も経ってから感じています。これからも世の中は変化していくだろうし、何が正しいかなんてわからないですよね。</p>
<p>きっと、「これが正しい」と思ってやったことが間違っていたら後悔すると思うのですが、「これが好きだから」という理由でやったことは後悔しないと思うんです。だから、好きなことを思い切ってやれるような環境を作っていくと、良い人生になるのではないかと思います。</p>
<h3>取材を終えて</h3>
<p>黒田さんのこれまでのさまざまな経験を伺って、一度決めた進路に必ずしも固執する必要はなく、「やってみたい！」「これが好き！」という気持ちを大切にしていきたいと思えました。 黒田さん、お忙しい中取材にご協力いただきありがとうございました。私もお金を貯めて、いつかKARAFURUのアクセサリーを買いたいです！</p>
<div class="kakomi">
<p><strong>プロフィール</strong></p>
<p>黒田幸（くろだゆき）<br /> 株式会社KARAFURU代表 熊本県生まれ。国際平和維持活動に憧れ、防衛大に進学。しかし、卒業後は雑誌編集者の道へ。イタリアでの生活、メディア制作の仕事を経てKARAFURUを設立。日本の伝統工芸継承を目指しそれらの技や素材を活かしたジュエリー、雑貨の企画・制作・プロデュースを展開している。</p>
<p><a href="http://www.karafuru.jp/" target="_blank" rel="noopener">KARAFURUのサイトはこちら！</a></p>
</div>
]]></content:encoded>
					
		
		
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		<item>
		<title>映像の可能性ってなんだろうか（CMディレクター）</title>
		<link>https://hanajob.jp/workstyle094/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[ハナジョブ学生記者]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 08 Mar 2014 06:44:36 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[先輩インタビュー]]></category>
		<category><![CDATA[CMディレクター]]></category>
		<category><![CDATA[その他（業種）]]></category>
		<category><![CDATA[クリエイティブ]]></category>
		<category><![CDATA[クリエイティブ（職種）]]></category>
		<category><![CDATA[社会起業]]></category>
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					<description><![CDATA[クリエイティブで華やかなイメージがあるCM業界。 しかしそこにある種の違和感を抱き、ソーシャルな映像活動を始め、現在はCMディレクター、Interviewers、PVプロボノと複数のフィールドを往来している新井博子さんに [...]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<div class="kakomi">
<p>クリエイティブで華やかなイメージがあるCM業界。 しかしそこにある種の違和感を抱き、ソーシャルな映像活動を始め、現在はCMディレクター、<a href="http://interviewers.jp/" target="_blank" rel="noopener">Interviewers</a>、<a href="http://pvprobono.com/" target="_blank" rel="noopener">PVプロボノ</a>と複数のフィールドを往来している新井博子さんにインタビューをしてきました。（2014年3月時点の情報です）</p>
</div>
<h3>CMディレクターになった経緯を教えてください。</h3>
<p>女子美術大学を出て、株式会社パラゴンというCMプロダクションに入社しました。私がＣＭプロダクションに興味を持ったきっかけは、大学の１つ上の代にCMプロダクションばかりを受けている先輩がいたからです。その先輩はCMがいかに楽しいものかを、なぜか私にひたすら説いてくれました（笑）。それで、いざ自分が就職することを考えた時にCM業界を受けてみようと思いました。</p>
<p>入社して初めはプロダクションマネージャーという、そのまま続けていくとプロデューサー（制作全体を統括する人。予算調整や管理、スタッフの人事など。）になれる職に就いたのですが、どうしてもディレクター（制作物の作品としての責任を持つ人。企画から制作に関与して業務全般を司る。）がやりたくて、4年後に企画演出部という部署に移りました。そうしてCMディレクターを始めてから160本くらいの作品をつくっています。その10年後には会社を辞めて、フリーランスになりました。もちろん不安な気持ちも少しありましたが、この業界ではある程度の経験を積むと会社を辞めて独立するという流れがあったので、私にとってフリーになることはとても自然な流れでした。</p>
<h2>とにかく絵が描きたいから、油絵科へ</h2>
<h3>小さい頃から映像に興味があったのでしょうか。</h3>
<p>小さい頃は絵ばかり描いている子どもでした。とにかく絵が大好きで、ひたすら描いていましたね。だから絵だけは勉強しなくてもできました（笑）。女子美術大学の付属校へ進学して、放課後はアトリエに通ってずっと絵を描いていました。大学の進路についても、就職のことを考える人はデザイン科を選ぶ傾向があるのですが、私はとにかく絵を描きたかったので油絵科へと進みました。</p>
<p>ただ絵の道で食べていこうとは全く考えていなくて、就職活動の時に絵のことはスパッと捨ててしまいました。絵を描くことが大好きでずっとここまできたのに、なんだか不思議ですね。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-9148" src="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2014/03/arai_02.jpg" alt="" width="640" height="400" srcset="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2014/03/arai_02.jpg 640w, https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2014/03/arai_02-300x188.jpg 300w" sizes="(max-width: 640px) 100vw, 640px" /></p>
<h2>広告業界の商業映像が私のすべてでした</h2>
<h3>ソーシャルな映像活動を始めるきっかけは何だったのでしょうか。</h3>
<p>3.11の東日本大震災をきっかけに私自身マインドシフトしていきました。テレビのオンエアで、全ての CMがストップしたことが大きなきっかけですね。ACの広告が繰り返し流れていたのをみなさん覚えていると思います。それまでは広告の商業映像が私の世界のすべてで、そこにやりがいもあって、満足感もありました。しかし震災を機に、これだけじゃいけないという強い思いが湧いてきました。なぜなら今まで自分がやってきたことが、この状況下ではまるで役に立たないと思ったからです。だから自主的に、主体的に、何か新しいことを始めなくてはいけないと考えました。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-9149" src="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2014/03/arai_03.jpg" alt="" width="640" height="400" srcset="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2014/03/arai_03.jpg 640w, https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2014/03/arai_03-300x188.jpg 300w" sizes="(max-width: 640px) 100vw, 640px" /></p>
<h2>誰も待っていない活動を勝手にやっている</h2>
<p><a href="http://interviewers.jp/" target="_blank" rel="noopener">Interviewers</a>の<a href="https://www.facebook.com/interviewers" target="_blank" rel="noopener">Facebookページ</a>を立ち上げたとき、アクセス数が30人くらいだったんですよ。誰も見てない・・・みたいな(笑)。だけどそれが逆に面白いなと思いました。私が今までやってきたCM制作はクライアントからこの人に依頼すれば大丈夫という信頼と期待があって成り立っていたので、誰にも期待されてない活動をやっている自分というのがとても面白いと感じました。それからは他人からどう思われるとか、そういう評価が恐くなくなりました。誰も待ってない活動を勝手にやっているので、精神的にも強くなれたのかもしれないですね。ただ<a href="http://interviewers.jp/" target="_blank" rel="noopener">Interviewers</a>を始めた時から、これは世の中のニーズが確実にあると思いましたし、なによりも私自身が「これは面白い！」と思ってやっていた活動だったので、そういう根拠のない確信が故に、それを信じてやっていました。</p>
<h3>ソーシャルな活動の面白さはどういったところでしょうか。</h3>
<p>震災のあと、映像で何かできることはないか自分でいろいろと調べていました。その中でボランティアとして東北の復興支援のプロモーションビデオを制作することになりました。そこで映像の新たな可能性に気づき、人と人とをつなげる映像活動をやってみたら面白いのではないかと思い付きました。そうして小さなカメラを購入し、インタビューを撮ったのが<a href="http://interviewers.jp/" target="_blank" rel="noopener">Interviewers</a>の始まりです。</p>
<p>私がビジネスとしてやっている商業映像（CM）も誰かに影響を与えるとか、気持ちを変えている可能性はあるけど、その規模が大きすぎて人々の気持ちの変化がダイレクトで伝わってきませんでした。一方で、ソーシャルな映像の場合はその変化というのが完璧に私へと伝わってきました。</p>
<p>例えばFacebookにインタビュー映像を載せたときに、インタビューの相手から「新井さん、素敵な映像をありがとう！」と言われたり、投稿に「いいね！」がついたり、誰かがその投稿をシェアして他の誰かのコメントがついていたりする。そうやって映像をみた人の気持ちの変化が見えるようになりました。そういうところに生きがいというか、やりがいを強く感じています。そういった意味ではソーシャルな映像を作ることは自分の喜びのためでもありますし、インタビューした人に感謝されることとか、1万人、1千人という規模ではなく、1人でも2人でも喜んでくれたらと思っています。1人の人の気持ちを変えることができるっていう面白さが、ソーシャル映像の場合はあるのかなと。</p>
<p>なにより、私自身がさまざまな活動をされている人たちと知り合えるのもすごく楽しいですね。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-9150" src="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2014/03/arai_04.jpg" alt="" width="640" height="400" srcset="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2014/03/arai_04.jpg 640w, https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2014/03/arai_04-300x188.jpg 300w" sizes="(max-width: 640px) 100vw, 640px" /></p>
<h2>複数のフィールドを行ったり来たりしている</h2>
<h3>多くの社会人の方は1つの仕事だけをするイメージがあるのですが、新井さんの場合は複数の活動を同時進行で行っているような印象を持ちました。</h3>
<p>インタビューで得たことをCMにフィードバックして、逆にCMで感じたことをインタビューにフィードバックする。そうやってお互いの活動にプラスなことを還元し合っています。そういうバランスを保つことで2つが成立していますし、もちろんその時によって時間を使う割合の大小関係はありますが、基本的にはどっちかがメインという意識はなくて、私にとっては2つともメインですね。</p>
<h2>映像をソーシャル化するという使命</h2>
<h3>最近動画アプリなども増えて、気軽に映像撮る人が増えたように感じます。</h3>
<p>そうですよね。例えば私が80、90歳のおばあちゃんになっても難なく映像を作れるとか、より多くの人がクリエーターになる時代がやってくるのではないかと思います。最近さまざまな映像活動を行っていく中で、映像をもっとソーシャル化するという私の目指す場所がようやく見えてきました。映像がソーシャル化するというのは、要するに今まで映像製作をしたことがない人たちも映像を作るようになっていって、そういった文化が多くの人に広まっていく。そうして裾野が広がっていくと、その上にある商業映像のクオリティーも引き上げられて、全体的にものすごく活性化すると考えています。これからは写真やテキストだけではなくて、映像によるコミュニケーションもどんどん増えていくと思いますし、そうしたニーズにはできる限り応えていきたいと思っています。</p>
<h3>新井さん、ありがとうございました。最後に、ご自身の未来予想はどのように描かれていますか。</h3>
<p>漠然に言うと、すごく豊かな人脈に囲まれて、わいわいと楽しくおばあちゃん生活を過ごしていけたらいいなと思っています。映像を撮る若い世代の人たちをサポートしていくのか、おばあちゃんになっても自分で撮るのかわからないですが、そういった未来も描いています。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-9151" src="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2014/03/arai_05.jpg" alt="" width="640" height="400" srcset="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2014/03/arai_05.jpg 640w, https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2014/03/arai_05-300x188.jpg 300w" sizes="(max-width: 640px) 100vw, 640px" /></p>
<h3>インタビューを終えて（ハナジョブ学生記者）</h3>
<p>好きなことに忠実、かつ新しいことにも敏感で、興味を持ったら即行動というスタンスがとても印象的でした。私は数年後どんな職に就いているのかわかりませんが、1つに職に囚われることなく、柔軟に動けるような社会人になりたいとインタビューを通して改めて思いました。 また、新井さんの気さくでいて決して飾ることのない人柄に触れて、心温かな気持ちになりました。私もハングリー精神を忘れずに頑張ろうと思います。新井さん、そして運営メンバーの皆さん、本当にありがとうございました！</p>
<div class="kakomi">
<p>新井博子（あらいひろこ）</p>
<p><strong>1970年</strong> ：東京都生まれ<br />
<strong>1993年</strong> ：女子美術大学芸術学部卒業 同年、CM 制作会社(株)パラゴン入社</p>
<p><strong>2008年3月</strong> ：フリーランスのCM ・広告映像のディレクターとし独立。日立／キユーピー／ヤマザキナビスコ／明治乳業／ユニチャーム／他多数 などのCMを手がける。現在もCMディレクターとして活躍する傍ら、映像を用いたソーシャルな活動を行なう。</p>
<p><strong>2011年7月〜8月</strong>：東北の復興イベント<a href="http://www.youtube.com/watch?v=Uj0OLV74Jts" target="_blank" rel="noopener">『ONE BALL PROJECT』PVのボランティア制作</a></p>
<p><strong>2011年10月</strong>：人と人とを映像でつなげる活動『interviewers』を始める。 様々なフィールドで活動する人たちのインタビュークリップを作成し、掲載。→<a href="http://interviewers.jp/" target="_blank" rel="noopener">interviewers</a></p>
<p><strong>2013年4月</strong>：PVプロボノを立ち上げる。映像制作のスキルで社会課題を解決する非営利活動。→<a href="http://pvprobono.com/project" target="_blank" rel="noopener">PVプロボノ </a></p>
</div>
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