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	<title>海外留学 &#8211; わたしの未来のキャリアが見つかる｜ハナジョブ for Girls</title>
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	<description>あたらしい、わたしらしい働きかたと出会う</description>
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		<title>A school of learning for life ”生きる“を学ぶ学校</title>
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		<dc:creator><![CDATA[的場陽子]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 03 Dec 2017 01:47:34 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[私が日本から離れてデンマークに行った理由]]></category>
		<category><![CDATA[デンマーク]]></category>
		<category><![CDATA[海外留学]]></category>
		<category><![CDATA[留学]]></category>
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					<description><![CDATA[大学卒業後、教育系の出版社、そして島根県海士町の公営塾で働いていた的場陽子さん。29才で憧れていた海外留学！留学先はデンマークです。海外での暮らしや学びをデンマークからお届けします！学生時代に留学するかどうか迷っていると [...]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<div class="kakomi">
<p>大学卒業後、教育系の出版社、そして島根県海士町の公営塾で働いていた的場陽子さん。29才で憧れていた海外留学！留学先はデンマークです。海外での暮らしや学びをデンマークからお届けします！学生時代に留学するかどうか迷っているというみなさん、社会人になってからの留学を選択肢に入れてみては？（過去の記事はこちら→<a href="https://hanajob.jp/yokomatoba-6/">『立ちどまれるって素晴らしい！私が日本から離れてデンマークに行った理由』</a>） </p>
</div>
<h2>持て余していた自分らしさ</h2>
<p>そのあと、しばらく私はむき出しになりすぎた心の取り扱いに少し困るくらいでした。例えば、散歩している時に、自然の美しさが眩しすぎて目がびっくりする、とか。今までも綺麗だな、と思ってはいたのですが、こんなにも木々に、草に、太陽に生命力に溢れているんだ、と今更ながらに気づきました。</p>
<p>そして、庭で遊んでいる鶏に、近所で見かける馬や牛に愛おしさがこみ上げるようにもなりました。そうすると、不思議なことに、ホイスコーレで生活を共にしている友人たち、一人ひとりがとても美しかったことに気づいたのです。</p>
<p>みんながそれぞれに魅力的であることは以前からもわかっていたつもりでした。けれども、「優しい」「顔が可愛い、かっこいい」「スタイルがいい」「かしこい」「しっかりしている」「才能がある」そんな理由があるから”美しい”のではなく、ただみんながそこに存在しているだけで美しいんだな、と感じたのです。そういう感覚が、食事を食べ終わって少し周りを見渡した時だったり、朝礼で歌を歌っている時だったり、夜団欒している時だったりに不意に湧き出てきました。</p>
<p>そうした瞬間に私は、自分の居場所があるかなんて気にすることもなく、自分の将来について思い悩むこともなく、ただその柔らかな感覚に浸っていました。ただそれだけで、とても幸せでした。そして、こういう時間を、こういう場所を日本でもつくりたい、という感情が自然と湧き上がってきて、自分の中心を温かくしてくれているのを感じ始めたのでした。</p>
<p><a href="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2017/10/IMGP3036.jpg"><img fetchpriority="high" decoding="async" class="aligncenter size-large wp-image-7328" src="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2017/10/IMGP3036-1024x682.jpg" alt="" width="702" height="468" srcset="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2017/10/IMGP3036-1024x682.jpg 1024w, https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2017/10/IMGP3036-300x200.jpg 300w, https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2017/10/IMGP3036-768x511.jpg 768w" sizes="(max-width: 702px) 100vw, 702px" /></a></p>
<p>▲思い出すことが多い食堂の風景。</p>
<p>自分の中になにかが灯った、それがいつだったのかははっきりと覚えていません。けれども、その火は自分の力でつけたものではなく、あの空間でみんながいたからこそついたものだ、と感じています。ホイスコーレ生活にはいつか終わりがきます。「終わり」があるからこそ、ホイスコーレは楽園なんだ、と卒業後に言った友達もいました。</p>
<p>ホイスコーレの卒業式は、意外にもシンプルに執り行われます。私が卒業した時はまだ３ヶ月残る生徒たちもいたので、卒業組と継続組の二手に別れました。まず、全員で一つの輪になって、手を繋ぎながら昔から受け継がれて来ている旅立ちの歌を歌いました。そして卒業生が校長のElseに呼ばれ、中心に出ていき、修了書をもらいます。</p>
<p>学校のプリンターで印刷した、簡素な紙。けれども、この５ヶ月がこの紙一枚では表しきれないような厚みに満ちていたことをその時に感じました。卒業生が外を向くと、卒業組でできた小さめの円とそれを取り囲むようにしてできた継続組の大きめの円の２重の円が向かい合うような形になりました。目の前にいる同級生、一人ひとりとそれぞれに色鮮やかな思い出があるというのはとても不思議な感覚でした。そのあと、一人ひとりと時間が許す限りハグをしていきます。</p>
<p><a href="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2017/10/DSC_7927.jpg"><img decoding="async" class="aligncenter size-large wp-image-7324" src="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2017/10/DSC_7927-1024x686.jpg" alt="" width="702" height="470" srcset="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2017/10/DSC_7927-1024x686.jpg 1024w, https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2017/10/DSC_7927-300x201.jpg 300w, https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2017/10/DSC_7927-768x514.jpg 768w, https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2017/10/DSC_7927.jpg 2048w" sizes="(max-width: 702px) 100vw, 702px" /></a></p>
<p>▲いつもBeingだったSøs。演劇の授業の１コマ（左から２番目）　（photo by Kovacs V. Sara）</p>
<p>私が尊敬していた女性の１人にSøs（スス）という先生がいました。彼女の演劇の授業を私はとっておらず、接点があったのはリビンググループだけ。けれども私が最も影響を受けたといってもいい存在だったのは、彼女から発される言葉の一つひとつに、声の最初から最後までに生命が宿っているようなそんな女性だったからです。</p>
<p>長くの間、一人演劇をしながら、色々な縁を経てホイスコーレの先生となった彼女は、何かを教えるということは毛頭ない様子で、常に私たちの前にいました。彼女はいつも自身の人生で導き出した、彼女なりの哲学を全身で私たちに伝えてくれていました。スマートフォンに人生を奪われるな、ということから、クリエイティブに生きること、人を赦すこと、についてまで。</p>
<p>そんなSøsが最後のハグの時に私に伝えてくれた言葉は、私の心が弱りそうになった時、いつも私を支えてくれています。「Yoko, You are beautiful.」彼女はただそれだけ、私に言い、包むようにハグをしてくれました。今まで誰に言われたどんな褒め言葉よりも嬉しい言葉。なぜなら、私もその時自分が“美しい”存在なのだと、生まれて初めて心から思っていたからです。</p>
<p>ホイスコーレがとても愛おしく、大切な空間でありえる理由は、学校内の人間関係や環境が、外界とは隔離された場所であるからかもしれません。そして必ず終わりがくるから、毎日毎日を丁寧に過ごそうとし、その過ぎ去ってしまった日々が切なさを伴った思い出として輝くようにも思います。</p>
<p>私がホイスコーレ時代にルームメイトの次に一緒に時間を過ごしたハンガリー人のZofia（ソフィー）は、ホイスコーレが終わってしばらく経ってから会った時、「ホイスコーレの外で生きるのは苦しいね」と言いました。みんな多かれ少なかれ、ホイスコーレの環境とこれから生きていく社会のギャップを感じていたのでした。大学進学を選択したり、就職先を探し始めたり、ファームでボランティアを始めたり。まだ自分の行き先が見つからず学校にボランティアとして残った子もいました。</p>
<p><a href="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2017/10/IMGP3070.jpg"><img decoding="async" class="aligncenter size-large wp-image-7329" src="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2017/10/IMGP3070-1024x682.jpg" alt="" width="702" height="468" srcset="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2017/10/IMGP3070-1024x682.jpg 1024w, https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2017/10/IMGP3070-300x200.jpg 300w, https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2017/10/IMGP3070-768x511.jpg 768w" sizes="(max-width: 702px) 100vw, 702px" /></a></p>
<p>▲よく散歩を一緒にしたZofia。</p>
<p>コペンハーゲンに移ってから少しして日本に一時帰国した時、自分の中の準備がまだ整っていないことを痛感した私は、またデンマークに戻りました。少し先を考えると揺らぐ日々を今も日本で送りながら、私は一体なにをこの１年に得たのだろうか、と考えています。</p>
<p>大学生時代にホイスコーレを経験した、同級生の沙織ちゃん、あすかちゃんは、それぞれ語学が上達したり、自分自身で選択する力がついたり、色々な背景の人たちとコミュニケーションせざるを得ない学校生活で成長していったように思います。二人の持つ雰囲気は、卒業後再会する度にぐっと大人っぽくなっていきました。二人のように、“目に見える”成長をしなかった私。ホイスコーレでなにか履歴書に書けるキャリアを積み重ねた訳でも、スキルを身につけた訳でもありませんでした。</p>
<p>けれども、なにかが自分の中に根付いている感覚が今もあります。それは例えるなら、自分という一本の木の根が少しずつ地中に伸び、張り巡らされていく感覚が一番近いのかもしれません。地表の上の枝葉が生い茂るわけでもなく実が成るわけでもないので、それは周囲からも、自分にすらも見えない“変化”。しかも、もどかしいぐらいゆっくりのテンポで。</p>
<p>その“変化”にまったく気づかず、ホイスコーレが終わってもデンマークで過ごした日々はなんだったのだろう、とその時間を無意味に感じたことすらありました。けれどもホイスコーレを通じて自分の感性が育ち広がった結果、その感性で捉えるごく普通の日常が少しずつ以前とは変わってきた、そんな風に思うのです。</p>
<p><a href="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2017/10/DSC02081.jpg"><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter size-large wp-image-7326" src="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2017/10/DSC02081-1024x768.jpg" alt="" width="702" height="527" srcset="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2017/10/DSC02081-1024x768.jpg 1024w, https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2017/10/DSC02081-300x225.jpg 300w, https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2017/10/DSC02081-768x576.jpg 768w" sizes="(max-width: 702px) 100vw, 702px" /></a></p>
<p>▲卒業後に帰った母校の庭で、同級生たちとボランティア。日常にある美しさ。</p>
<p>これから受けとめていく世界が少しずつ変わっていくだろうことを感じ始めた最近、この感性をどう扱っていいのか、困る時もあるぐらいです。母が練習しているピアノの音色を聴いたり、小説を読んだりしながら、不意に涙ぐみそうになったり。何気ない人とのやり取りで、いいようのない面白さや喜びに満たされるようになったり。それらは仕事で他人から評価されたり、欲しかったモノを手にしたりするのとはまったく異なった満足感や達成感でした。それらを感じる時、私は生物として生きているんだなぁ、とふと思うのです。</p>
<p>もうすぐ31歳、住所不定、無職。こんな風に人生を送るなんて、大学受験に合格した時、第一志望の会社に内定をもらった時、意を決して転職した時、夢にも思っていませんでした。しばらく仕事から、日本の文化や風習から離れた私が、これから働き生きていく場所を探すことも不安だらけです。</p>
<p>けれども、きっとこれからなにか挫けそうなことがあっても、ホイスコーレで出逢った人たちが私にくれた”生きた言葉”が私を支えてくれるのだと思います。”私”として、この感性と共に生きていくしかない。そう思った自分がこれほどまでにしぶとく、また前に進もうという気持ちになれるなんて、去年は思ってもいませんでした。</p>
<p>「人生に立ちどまれるのはデンマークだからだよね。日本ではまだまだ難しいね」とは言いたくない。だから、私は周りと違ってしまうことを怖がっても、何度でも立ちどまって、自分と相談して、これからの生き方を模索していこうと思います。そして、いつか日本のホイスコーレをつくりたい。「今、立ちどまって考えてるんだね。素敵だね！」そんな会話が普通に言える時代が来ること願って、このコラムを終えたいと思います。</p>
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		<title>楽園のあとの現実</title>
		<link>https://hanajob.jp/yokomatoba-6/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[的場陽子]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 02 Dec 2017 01:42:27 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[私が日本から離れてデンマークに行った理由]]></category>
		<category><![CDATA[デンマーク]]></category>
		<category><![CDATA[海外留学]]></category>
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					<description><![CDATA[大学卒業後、教育系の出版社、そして島根県海士町の公営塾で働いていた的場陽子さん。29才で憧れていた海外留学！留学先はデンマークです。海外での暮らしや学びをデンマークからお届けします！学生時代に留学するかどうか迷っていると [...]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<div class="kakomi">
<p>大学卒業後、教育系の出版社、そして島根県海士町の公営塾で働いていた的場陽子さん。29才で憧れていた海外留学！留学先はデンマークです。海外での暮らしや学びをデンマークからお届けします！学生時代に留学するかどうか迷っているというみなさん、社会人になってからの留学を選択肢に入れてみては？（過去の記事はこちら→<a href="https://hanajob.jp/yokomatoba-5/">『立ちどまれるって素晴らしい！私が日本から離れてデンマークに行った理由』</a>）</p>
</div>
<h2>コペンハーゲンでの日々</h2>
<p>ホイスコーレを卒業した後、コペンハーゲンに拠点を移し、私のデンマーク生活は合計約1年に及びました。そして今、日本でこの原稿を仕上げています。この期間で私が得たものはなんだったのか。それらを言葉にする前に、ホイスコーレ卒業後の私の状況を少し書きたいと思います。</p>
<p>2016年2月末に約5ヶ月間の学校生活を終えた私は、そのままデンマークに残ることにしました。ひとまずコペンハーゲンにて無料で通える語学学校に通うことにしたのです。取得していたのがワーキングホリデービザだったのでビザを切り替える必要もなく、友人づてで生活できる場所も見つかり、ほどなくして新たな場所での生活が始まりました。</p>
<p>しかし、コペンハーゲンでの生活は思っていた以上に苦しいものになった、というのが率直な感想です。歴史を感じる街並を眺めながら朝早くに徒歩で語学学校にいくことすら楽しかった最初の日々。人生で“やり残したくない！”と思っていたことを今実現している。そんな達成感もありました。このままデンマーク語がゆっくりでも上達していったら、そのうちデンマークでも仕事が見つかるかもしれない。そうなったら、もう少しデンマークでの自分に自信がつくかもしれない。そんな期待もありました。</p>
<p>けれども、自分が期待していたより上達しない語学。次第に私が感じ始めたのは、自分のペースが徐々にわからなくなっていく、そんな感覚だったのです。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-large wp-image-7323" src="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2017/10/copenhagen-1024x768.jpg" alt="" width="702" height="527" srcset="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2017/10/copenhagen-1024x768.jpg 1024w, https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2017/10/copenhagen-300x225.jpg 300w, https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2017/10/copenhagen-768x576.jpg 768w" sizes="(max-width: 702px) 100vw, 702px" /><br />
  ▲コペンハーゲンの家の近くの風景。運河に浮かんでいる船には人が住んでいます。</p>
<h2>自分のペース</h2>
<p>ペースが狂う、そんな感覚を持ったたことは以前にもありました。海士町に住んで２年ほどが経ち、友人の結婚式で東京に上京した時のことでした。限られた滞在期間中に多くの人と会いたいと思っていた私は、複数の予定を1日に入れてしまっていました。予定と予定の間の移動をしながら、突如として身体と頭がこの場所のペースに追いついていないな、と感じたのです。</p>
<p>ホームを移動しながら、自分以外の周りがスーっとスローモーションで流れていくような感覚を味わいました。実際に立ち止まっていたわけでもないのに、私を包んだその感覚は、私はこの東京という場所でもうスピードが異なってしまったんだな、という疎外感も含んだものでした。</p>
<p>自分のペースが速い方ではない、ということは、幼いころからどこかあったように思います。運動が苦手な私は、家で本を読んでいる方が好きな子どもでした。またなにかを決めるまでも非常に遅く、現状に不満を持っていてもそれを改善するために動いたり、環境を変えたりすることはとても苦手でした。</p>
<p>特に高校時代は進路に関して母親と大きく対立し、高校でも思うように振る舞えない閉塞感を抱えていた私は、とにかく毎日が自己嫌悪と母親に対する愚痴でドロドロ。大学生以降の私を知っている人は、もしその中学高校の6年間を知ったら別人のような印象を持つかもしれません。</p>
<p>高校時代までの苦い経験をもう味わいたくないと思っていた私は、その反動からか大学時代は積極的に外に出て多くの人と出逢い、自ら企画をして楽しいことを実行し、合わないと思ったことには見切りをつけ、愚痴になる前に新しい環境に移るようにしてきたのです。</p>
<p>その大学生以降に掴んだフットワークとペースは、幸いにもその後選んでいった場所では大方功を奏していた（ように自分では感じていました）。じっくりなにか一つのことに取り組むということはできなくなっていたのですが、いくつかの業務を並行して進めるということはそれほど苦ではなかったのです。</p>
<h2>私の性質</h2>
<p>しかしホイスコーレでの生活で、自分の本来持っている性質が徐々に染み出てくるのを私は感じていました。例えば、時間があれば部屋で自分ひとりの時間を確保して、日記のようなものを書いたり、編み物をしたり、学校の周りを散歩したり、時折無性に本が読みたくなって前の生徒が置いていった日本語の本を貪るように読んだり。ポジションも業務もない自分はこういうことに時間を使うのか、と気づきました。</p>
<p>選択していた絵画の時間で簡単なセルフポートレートの書き方を習ったあと、私はもっと時間をかけてセルフポートレートを描きたいと思うようになりました。じっくりと時間を使って自分の顔を描きたい。シンプルなその欲求に突き動かされ、最後の2ヶ月のほどはほぼ毎週末を使って1枚の絵を描き上げました。</p>
<p>セルフポートレートという、嫌でも自分の顔を常に見つめ続ける作業を通じて、私はもうこの顔と身体でこれからも生きていくしかないんだな、というある意味諦めに近い感情を持ったのです。それは、前回の最後に書いた、自分を愛おしく思う感覚でもありました。</p>
<p><a href="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2017/10/IMG_0977.jpg"><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter size-main-full wp-image-7327" src="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2017/10/IMG_0977-864x516.jpg" alt="" width="702" height="419" /></a></p>
<p>▲一番時間を過ごしたアトリエの一角</p>
<h2>作品を通じて染み出てくるもの</h2>
<p>私のホイスコーレは芸術系の科目（音楽、ダンス、演劇、絵画、陶芸など）が多かったので、Café nightと呼ばれる、生徒が自分で作曲した曲や振り付けしたダンスや寸劇を発表する場が隔週でありました。また、オープンハウスと呼ばれる授業参観も半年に1回あり、生徒の保護者やそのホイスコーレの入学希望者に対して、生徒たちが作品や授業内容を発表することも。</p>
<p>私はそういった発表の場を通じて、友達がどういう人でどういう感性を持っているのか、を自然と知っていきました。そして同時に、友達そのものが染み出た作品に接した時、私自身がどのように反応するか、を楽しんでいました。それはとても楽しく、満たされたひと時でした。</p>
<p>同じく留学生グループにいた一人、ハンガリー出身のTamas（タマシュ）は私に大事なものを思い出させてくれました。彼は、幼少期からピアノ、その後お父さんから教わり始めてギター、義理のお兄さんとバンドを組み始めてドラム、といくつかの楽器を弾きこなす、音楽の才能に恵まれているというのはこのことなのか、と思わずにはいられないような男の子でした。彼は音楽の授業を主教科にしており、私とは絵画や陶芸の授業が重なっていました。高校を卒業したばかりで積極的そうな見かけに反してとてもシャイな彼は、初めての留学生活に最初慣れるまで時間がかかっていたようです。</p>
<p>私たちのホイスコーレ生活も終わりに近づき始めたあるCafé Nightの夜、彼のギターが始まって、時が止まるような感覚が私を包み込みました。音が空気にゆっくりと染み込んでいく。そんな彼のギターに私は久しぶりに、頭で「すごい」と考えるよりも先に、身体が「美しい」と感じていたのです。その時期の私は、心につっかえていたものが徐々に溶け始めていました。つっかえていたものは膜のように皮膚のすぐ上のところに張り付いていた、とでもいうのでしょうか。その膜が剥けて、むき出しの皮膚の上を彼のそよ風のようなギターが撫でていく、そんな心地よさに私は感動していました。</p>
<p><a href="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2017/10/DSC_8103.jpg"><img loading="lazy" decoding="async" class="aligncenter size-large wp-image-7325" src="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2017/10/DSC_8103-1024x686.jpg" alt="" width="702" height="470" srcset="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2017/10/DSC_8103-1024x686.jpg 1024w, https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2017/10/DSC_8103-300x201.jpg 300w, https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2017/10/DSC_8103-768x514.jpg 768w, https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2017/10/DSC_8103.jpg 2048w" sizes="(max-width: 702px) 100vw, 702px" /></a></p>
<p>▲音楽専攻の生徒たちの発表会。ギターを弾いているのがTamas（中央右）　（photo by Kovacs V. Sara）</p>
<p>その日から数日経ち、夜みんなで焚き火を囲みながら外でお茶を飲んでいる時、私はふと気づいたのです。私は、“心”を持っているんだな、と。しかも、とても感じやすい心を。そのせいで今まで何度も苦しんできたことにも気づきました。</p>
<p>自分に自信が持てず、母親に周囲に言いたいことを抑えていた高校生時代。その反動から活動的になり、とにかく自分を成長させたいともがき自己主張を繰り返していた大学生時代。仕事に面白さを感じながらも、やりたいことと少しずれている感覚がぬぐい去れなかった会社員時代。自分の人生で天職じゃないかと思える仕事に巡り合えていたのに、周りに必要とされる自分であるために一生懸命すぎた海士町時代。</p>
<p>自分の感受性のせいで苦しかったこと、悲しかったこと、自分の感受性のおかげで楽しかったこと、嬉しかったことが走馬灯のように駆け巡った時、私の目からは知らないうちに涙が溢れていました。頭ではなく、身体が泣いていました。涙ってこんなに自然と吹き出て、温かいものなのだ、と私は初めて知ったように思います。そして、そんな私をJeanne（シェンヌ）が包み込むように抱きしめてくれました。そんな私たち見てTamas（タマシュ）が心配そうに近づいてきてくれました。私は、ようやく自分の感性を取り扱えるようになり始めた自分を実感しました。</p>
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		<title>デンマーク・ホイスコーレ、穴だらけの自分を愛しいと思えるようになった日々</title>
		<link>https://hanajob.jp/yokomatoba-5/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[的場陽子]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 31 Oct 2016 02:04:17 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[私が日本から離れてデンマークに行った理由]]></category>
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					<description><![CDATA[大学卒業後、教育系の出版社、そして島根県海士町の公営塾で働いていた的場陽子さん。29才で憧れていた海外留学！留学先はデンマークです。海外での暮らしや学びをデンマークからお届けします！学生時代に留学するかどうか迷っていると [...]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<div class="kakomi">
<p>大学卒業後、教育系の出版社、そして島根県海士町の公営塾で働いていた的場陽子さん。29才で憧れていた海外留学！留学先はデンマークです。海外での暮らしや学びをデンマークからお届けします！学生時代に留学するかどうか迷っているというみなさん、社会人になってからの留学を選択肢に入れてみては？（過去の記事は<a href="https://hanajob.jp/guest-writer/yokomatoba/">こちら→『立ちどまれるって素晴らしい！私が日本から離れてデンマークに行った理由』</a>）</p>
</div>
<p>ホイスコーレの朝礼時に校長のElse（エルサ）が、他の先生たちが度々口にしていたことがあります。</p>
<p>それは、“<strong>Live together</strong>”、“<strong>Focus on yourself</strong> ” 、“<strong>Democracy</strong>”の3つでした。これらの3つこそが、ホイスコーレの本質と言える概念です。</p>
<p>しかし私は、在学中にこれらの言葉が示している意味を理解できてはいなかったのだと、卒業して半年経った今思います。</p>
<p>厳密に言うと、言葉では理解していたのですが、それが実体験として、温度を持って自分の中に根付くのに時間がかかったというのでしょうか。</p>
<p>第1回で紹介したホイスコーレの持つ特徴（「試験がない」「全寮制である」「17歳以上ならば誰でもいつでも通うことができる」）はすべてこれら3つの要素を実現するために機能していたということも、卒業後に気づきました。</p>
<p>この3つの要素を1つずつ、ホイスコーレでの体験と共に紐解いて行きたいと思います。</p>
<figure id="attachment_6282" aria-describedby="caption-attachment-6282" style="width: 1280px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" class="wp-image-6282 size-full" src="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2016/10/matoba5-DSC_6155.jpg" alt="matoba5-dsc_6155" width="1280" height="800" srcset="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2016/10/matoba5-DSC_6155.jpg 1280w, https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2016/10/matoba5-DSC_6155-300x188.jpg 300w, https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2016/10/matoba5-DSC_6155-768x480.jpg 768w, https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2016/10/matoba5-DSC_6155-1024x640.jpg 1024w" sizes="(max-width: 1280px) 100vw, 1280px" /><figcaption id="caption-attachment-6282" class="wp-caption-text">入学したての時にElse（エルサ）が連れて行ってくれた森での散歩（photo by Kovacs V. Sara）</figcaption></figure>
<h2>Live together －他者と共に生きる</h2>
<p>ホイスコーレの生活は思ったよりも盛りだくさんだった、ということは以前にも少し触れました。</p>
<p>朝起きてから夜寝るまで、1日3回の食事、掃除、朝礼、授業といった基本的なスケジュールはすべて生徒と先生の共同作業になります。夕食が終わったあとにも、生徒が企画したイベントがあったり、コモンルームで皆がバラバラなことをしながらも、場所を共にする時間があったり。部屋も1人部屋は選べますが、多くは2人部屋のつくりになっています。</p>
<p>この生活スタイルは、社会人になってからずっと1人暮らしだった私にとって、慣れるまで時間がかかりました。</p>
<p>ルームメイトとの相性はとても良く、彼女以上の相手はいなかったのではないか、と思うほどでしたが、完全に1人になる時間が限られているというのは、それでもストレスが溜まるものでした。</p>
<p>しかし、今思うとこの共同生活がベースにあったからこそ、他者と共に生活をするということはどういうことなのか、に気づくことができたのだと思います。</p>
<h2>Focus on yourself －自分に焦点を当てる</h2>
<p>当たり前のことですが、毎日の調子には山谷があります。</p>
<p>その日の天候によって体調が左右されたり、月曜日と金曜日でも疲労感が異なったり。私は自分が思っていた以上に、体調によって心の余裕が左右される人間なのだということに、仕事を離れたホイスコーレでの生活で気づきました。</p>
<p>東京でも海士町でも、仕事を中心に生活スタイルを確立していたので、睡眠時間は常時6時間ほど。食事も自分の体が食べたいものを食べたい分というよりは、ストレス解消のために食べることもあったと思います。</p>
<p>私は睡眠時間が7時間でも足りないぐらいで、実質8時間とらないと体調と頭の回転を一番いい状態で維持できませんでした。</p>
<p>そして、食べ過ぎる時は大概頭でなにかを考え過ぎていて、それらから逃げたい時。翌日が雨の予報の時は、前日の夜からかなり強めの頭痛が起こりやすい。生理前は日中でも強い眠気が襲ってきて、朝が起きられない・・・など、今まで自分の体のシグナルにいかに無頓着だったのか、に次第に気づくようになったのです。</p>
<h3>自分を見せることが気遣いになる</h3>
<p>そのように自分の体調のクセに気づくと、体調と心が連動していることも分かってきました。</p>
<p>自分から話しかけよう、と思えるのは体調がいい時。ちょっと今日は聞き役になろうかな、と思うときは体調がすぐれない時。</p>
<p>そしてルームメイトのNanna（ナンナ）には、自分の体調がすぐれない時は努めて伝えるようにしました。</p>
<p>今まで私は、「体調管理ができていない＝自分の管理能力が足りていない」と公言するようで、あまり職場などで自分から積極的に伝えていなかったように思います。</p>
<p>けれども、Nannaやよく接する友人たちと良好な関係を築く上で、自分が今どのような状態にいるのか、今日はどんな環境に居たいのか、を伝えることはとても大切なのだ、と身を持って知りました。</p>
<p>自分から伝えることで相手に必要以上に気を遣わせることがなく、また自分の状況を察して欲しいという期待をせずに済むということを知れたのは、とても大きなことでした。</p>
<p>察して欲しい、という待ちの姿勢を変えることは、相手に合わせようしてきていた習性からの脱却にもなりました。</p>
<p>一番顕著に変わったのは、母親とのコミュニケーション。Skypeをする時、まず母に、今自分が体調も含めどのような状況にあるのか、どんな気持ちなのか、をきちんと言葉にして伝える。</p>
<p>それだけで、母親の望む受け答えをするのではなく、自分がどのような関係性で、どんな話をしたいと思っているのか、が自分でも少しずつ俯瞰できるようになったのです。母親の発言に傷ついたり、腹が立ったりした時は、我慢するのではなく、できるだけきちんとその時感じた気持ちをそのまま伝えるようにしました。</p>
<p>今までヒステリックになって自己嫌悪に陥っていた時を思うと、自分の中に生まれた感情をきちんと扱うことができる、というだけでこんなにも穏やかになれるのか、とびっくりしたぐらいでした。</p>
<h3>選ぶということ</h3>
<p>ホイスコーレでは毎週末にパーティーがあります。</p>
<p>パーティーコミュニティ（希望者による委員会のようなもの）が考えてくれたテーマにそってみんながドレスアップする、意外に手の込んだものでした。</p>
<p>Assemblyroomには装飾が施され、テーマに合った音楽がかかり、バーコミュニティによるバーが開かれ、朝方まで踊ったり飲んだり（時には飲みゲームも）。</p>
<figure id="attachment_6284" aria-describedby="caption-attachment-6284" style="width: 1280px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" class="wp-image-6284 size-full" src="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2016/10/matoba5-IMGP3136.jpg" alt="matoba5-imgp3136" width="1280" height="800" srcset="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2016/10/matoba5-IMGP3136.jpg 1280w, https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2016/10/matoba5-IMGP3136-300x188.jpg 300w, https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2016/10/matoba5-IMGP3136-768x480.jpg 768w, https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2016/10/matoba5-IMGP3136-1024x640.jpg 1024w" sizes="(max-width: 1280px) 100vw, 1280px" /><figcaption id="caption-attachment-6284" class="wp-caption-text">昔の生徒も集まったこのパーティーのテーマは西部劇。先生も仮装します。</figcaption></figure>
<p>最初は物珍しく、積極的に参加していたパーティーでしたが、私は元々騒がしい場がそこまで好きなタイプの人間ではないので、次第に週末が憂鬱になってきました。</p>
<p>あくまでパーティーは自由参加である、ということはわかっていながらも、“企画してくれている生徒たちに悪いかな”とか、“自分だけ共有できないなにかがあると寂しいしなぁ”、色々な思いが駆け巡り、パーティーに出ないという選択ができない自分がいました。</p>
<p>こんな感覚は高校生以来だ・・・ということに驚きながら、社会人になってからは「付き合い」「機会損失をしたくない」という理由で多くの飲み会やイベントに、選択せずに参加していたことにも気づきました。</p>
<p>よく観察していると、参加していない子は結構な割合でいました。図書室で本を読んでいたり、自分の部屋で映画を見ていたり、陶芸ルームで夜通し創作したり。</p>
<p>その中には全体の催しごとに総じて積極的ではない子もいましたが、多くは自分がパーティーに参加するよりも没頭できることや好きなこと、に時間を割いている印象でした。</p>
<p>「全体で行うこと」に参加するかどうかは自分が決め、先生も含めた周りもその決定を尊重するというのは、色々な場面で見られました。もちろん授業に全く出席しない、ということに対して、時に先生は働きかけます。</p>
<p>しかし、「授業に出ない」という自己決定に理由があり、その選択がその子のホイスコーレ生活において重要である場合、その決定は受けとめられていました。</p>
<h3>自分を保つことと協調性のバランス</h3>
<p>これらのことは、自分を保つことと周囲との協調性のバランスを試す場面であったと思います。</p>
<p>私がかつて感じていた「その時に自分が担っていた役割や周囲からの期待に自分が侵食されそうになっていた感覚」はまさに、 ”自分に焦点を充てた自己決定” が抜けていたように思います。</p>
<p>それは、”周囲に心地よくなってもらおう” ”自分の今後のためにどの選択がいいのか”という「頭」で考える決定ではなく、今どのように時間を使うことが自分の体や心にとって心地いいのか。その「今」に耳を傾けた自己決定のように感じます。</p>
<p>ホイスコーレの先生たちは、” Stay yourself ” “ Listen yourself ”とよく口にしました。今自分の体が感じていること、今自分の心が受け止めていること、今自分の頭が考えていること。それらに耳を傾けていると、自ずと様々なことに気づくようになりました。</p>
<p>自分に焦点を当てるという行為を通じて、私は次第に今目の前の相手に全身全霊で向き合うということも次第にわかるようになってきたのです。それは、頭ではなく体でできてきたと言ったほうがいいかもしれません。その過程はうまく言葉にできない、とても不思議な感覚でした。</p>
<h2>Democracy －話したい人が全員発言する</h2>
<p>ホイスコーレには、Living Groupと呼ばれるグループがあります。これは、授業選択とは全くことなる区分で分けられており、私の学校ではデンマーク人（もしくはデンマーク語を話す人）グループが3つ、留学生のグループが1つという計4つありました。</p>
<p>毎週1時間半ほどこのグループで集まり、共同生活を行う上で改善していきたいことや先生や学校に対する要望を議論もする小さな生徒会のようなものでした。</p>
<p>特に議題のない場合は、そのグループで散歩をしたり、歌を歌ったり、お茶をしたり、と授業とは異なったメンバーの親交を深める時間でもありました。</p>
<p>デンマーク特有の話し合いのやり方に、発言する時は人差し指を伸ばして挙げるというものがあります。私が最初面白く感じたのは、誰かが発言している最中であっても、その人差し指は挙げ続けたり、発言の途中で挙げたりするのです。</p>
<p>発言の途中で誰かが手を挙げても、その時発言している人が意見を切り上げたり、急いで喋ったりはしません。発言者が意見を言い終えるまで、周囲は耳を傾けます。そして次の発言者にバトンが渡されるのです。</p>
<h3>民主主義の土壌</h3>
<p>日本だと終わりの時間などを気にして、残り時間が少ない時は意見を言うのを差し控える場合もあります。デンマークでは意見を言い足りない人はどれだけ残り時間が少なくても人差し指を挙げ続けることもしばしば。</p>
<p>もちろんタイムスケジュールの関係で、挙手している人全員が発言できない場面もあったのですが、発言したいという気持ちのある人が可視化されたその状態はとても興味深い光景でした。</p>
<p>その時意見を持っている人がきちんと意見が言えるようにする。その空気感は思っていること、考えていることを言葉にして外に出すことを後押ししてくれました。</p>
<p>こういったDisucassion（議論）やDialog（対話）という場はホイスコーレの生活の中でしばしば取り入れられました。</p>
<p>Debate（討論）のように相手を論破したり、勝ち負けが発生したりするものではなく、あるテーマに沿ってお互いの見解を共有すること、もしくはある課題に対する解決策を考えるために意見やアイディアを持ち寄って、混ぜ合わせて考えること。そしてそのような場がうまく機能するには、お互いに対する信頼が根底にあって、成り立っていくのだということを、時間が経つにつれて感じることができました。</p>
<figure id="attachment_6283" aria-describedby="caption-attachment-6283" style="width: 1280px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" class="wp-image-6283 size-full" src="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2016/10/matoba5-DSC_7381.jpg" alt="matoba5-dsc_7381" width="1280" height="800" srcset="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2016/10/matoba5-DSC_7381.jpg 1280w, https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2016/10/matoba5-DSC_7381-300x188.jpg 300w, https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2016/10/matoba5-DSC_7381-768x480.jpg 768w, https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2016/10/matoba5-DSC_7381-1024x640.jpg 1024w" sizes="(max-width: 1280px) 100vw, 1280px" /><figcaption id="caption-attachment-6283" class="wp-caption-text">Vestjyllandshøjskoleでは年に1回地域のタウンミーティングが開かれます。生徒と地域住民が一緒になって、その地域の未来について対話をします（photo by Kovacs V. Sara）</figcaption></figure>
<p>そのような場が日常となる中で、なぜデンマークでは投票率が高いのか、民主主義が浸透した国と呼ばれるのか、が次第に分かってきました。</p>
<p>彼らにとって、他者と共に生きることと自分を知ることは繋がっているのです。誰かと共に生きること、それは自分がコミュニティに所属し、そこで自分をどう活かし暮らしていくかということ。</p>
<p>自分を活かして暮らしていくには、自然と自分の強みと弱みを知ることが必要になってきます。自分ができないことをできる他の人と、一緒に物事を進めていく。その上で、話すこと、聞くことは欠かせない時間になります。</p>
<p>そして、自分たちがどのようなコミュニティ、社会で生きていきたいのか。それを実現していくために、政治に関わること、投票に行くこと、が不可欠となってくるのです。</p>
<h3>自分ひとりでは完結できないようにできている</h3>
<p>誰かを必要とし繋がっていくには、自分に足りない方がうまくいく、ということを、私はホイスコーレの生活を通じて知りました。</p>
<p>私の英語を補完するように、私の言いたいことをフランス人のClaire（クレア）が英語で整理し、西洋哲学の視点からの幸福観の説明も付け加えて、朝礼の準備を一緒に進めてくれました。</p>
<p>幸福観についてみんなで考えるという内容の朝礼は、私がなぜホイスコーレに来たのか、を説明すると同時に、私が今後日本でホイスコーレをつくりたい、という想いを伝えました。</p>
<p>私は同級生の中でも年齢は高い方でしたが、抜けているところも多かったため、みんなからは、「陽子はまた～～」といじられることもよくありました。</p>
<p>日本にいた頃は、しっかりしている、と見られたいし、仕事ができる自分で居たかった私。けれども、仕事も、地位も、未来も、なにもない状態でも、今私はみんなに助けてもらえる。</p>
<p>私は、完璧じゃない。今までは自分に備わっていないことばかりに目がいき、それに劣等感を抱えていたのが嘘なぐらい、私は穴だらけの自分を愛しいと思えるようになっていたのでした。</p>
<p>最終回は卒業が近づくにつれて生まれて始めて味わった感覚、そして私がデンマークでの生活を経てこれから思い描いていること、について書きます。</p>
<figure id="attachment_6281" aria-describedby="caption-attachment-6281" style="width: 1280px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" class="wp-image-6281 size-full" src="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2016/10/matoba5-DSC_1123.jpg" alt="matoba5-dsc_1123" width="1280" height="800" srcset="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2016/10/matoba5-DSC_1123.jpg 1280w, https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2016/10/matoba5-DSC_1123-300x188.jpg 300w, https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2016/10/matoba5-DSC_1123-768x480.jpg 768w, https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2016/10/matoba5-DSC_1123-1024x640.jpg 1024w" sizes="(max-width: 1280px) 100vw, 1280px" /><figcaption id="caption-attachment-6281" class="wp-caption-text">私のLivingGroupは留学生ばかり！日本、ハンガリー、メキシコ、フランス、アイスランド、シリア、スイスなど多国籍メンバー（photo by Kovacs V. Sara）</figcaption></figure>
]]></content:encoded>
					
		
		
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		<item>
		<title>デンマーク・ホイスコーレでの戸惑い。人と人の間の中で</title>
		<link>https://hanajob.jp/yokomatoba-4/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[的場陽子]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 17 Oct 2016 15:16:37 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[私が日本から離れてデンマークに行った理由]]></category>
		<category><![CDATA[デンマーク]]></category>
		<category><![CDATA[海外在住]]></category>
		<category><![CDATA[海外留学]]></category>
		<category><![CDATA[留学]]></category>
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					<description><![CDATA[大学卒業後、教育系の出版社、そして島根県海士町の公営塾で働いていた的場陽子さん。29才で憧れていた海外留学！留学先はデンマークです。海外での暮らしや学びをデンマークからお届けします！学生時代に留学するかどうか迷っていると [...]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<div class="kakomi">
<p>大学卒業後、教育系の出版社、そして島根県海士町の公営塾で働いていた的場陽子さん。29才で憧れていた海外留学！留学先はデンマークです。海外での暮らしや学びをデンマークからお届けします！学生時代に留学するかどうか迷っているというみなさん、社会人になってからの留学を選択肢に入れてみては？（過去の記事は<a href="https://hanajob.jp/guest-writer/yokomatoba/">こちら→『立ちどまれるって素晴らしい！私が日本から離れてデンマークに行った理由』</a>）</p>
</div>
<h2>積み上がってしまった壁</h2>
<p>9月の終わりから始まった秋学期も約2ヶ月が経ち、デンマークも秋というより冬のような季節になってきた11月半ば、私は突如として壁が自分の目の前に出現した感覚に陥りました。</p>
<p>会話に、徐々に自信がなくなってしまったのです。（この時の私は、デンマーク語の授業を多めに受講してはいましたが、日常会話はほとんど英語で行っていました。）</p>
<p>それまで自分なりに英語を話していて、特別留学前に英会話をしていた訳ではないのに、我ながら頑張っているな、と思っていた矢先のこと。</p>
<p>自己紹介やなぜホイスコーレに来たのか、受けている授業は何かといったような、日本の学校でも新しいクラスで交わすような自分にまつわることから、徐々に毎日の生活に関する他愛もない話に変わっていったころからでした。</p>
<p>最初はみんなの話す速度が早まって聞き取りにくくなってきたのかな・・・そんな風に語学に不慣れなせいだと思っていたのですが、次第に自分がなにを話していいのかわからない、といったことが根本にある戸惑いではないか、と思うようになりました。</p>
<figure id="attachment_6235" aria-describedby="caption-attachment-6235" style="width: 1280px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" class="wp-image-6235 size-full" src="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2016/10/hanajob-matoba04-01.jpg" alt="hanajob-matoba04-01" width="1280" height="800" srcset="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2016/10/hanajob-matoba04-01.jpg 1280w, https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2016/10/hanajob-matoba04-01-300x188.jpg 300w, https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2016/10/hanajob-matoba04-01-768x480.jpg 768w, https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2016/10/hanajob-matoba04-01-1024x640.jpg 1024w" sizes="(max-width: 1280px) 100vw, 1280px" /><figcaption id="caption-attachment-6235" class="wp-caption-text">10月末に1週間ほどで行われたハンガリーへの研修旅行。大体どの学校も学期に1回デンマーク外での研修旅行があります（photo by Kovacs V. Sara）</figcaption></figure>
<p>この状態に私は相当驚きました。というのも、これまで話の輪に入れないことがなかったからです。</p>
<p>私は大学生の頃から飲み会の幹事やゼミ長、サークルの副部長など大人数を取り仕切ったり、空気をつくったりする役職をやることが多く、自分でいうのもおこがましいのですが、「場の空気を読むこと」は自分のスキルとすら思っていました。</p>
<p>けれども、いざ食事の時間が始まると、本当になにを話せばいいのかうろたえる日々が続きました。</p>
<h2>苦痛になってしまった食事の時間</h2>
<p>食事は全員で一緒に食べる、というものがホイスコーレ共通の決まりにあります。</p>
<p>私の学校は特に料理に力を入れている学校でもあったので、みんなが着席し、キッチンレディー（料理をしてくれるスタッフ）の説明を聞いてから、“いただきます”をする、という流れでした。</p>
<p>そして、これもまた多くのホイスコーレにある習慣なのですが、食事のあとにメッセージタイムという時間があり、先生からの午後の授業に関するお知らせや生徒同士の情報共有提案などが行われるのです。</p>
<p>つまり、自分の食事が終わっても理由がなければ席を立つことは許されず、会話をしなければいけないのでした。</p>
<p><figure id="attachment_6234" aria-describedby="caption-attachment-6234" style="width: 1280px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" class="wp-image-6234 size-full" src="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2016/10/hanajob-matoba04-02.jpg" alt="hanajob-matoba04-02" width="1280" height="800" srcset="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2016/10/hanajob-matoba04-02.jpg 1280w, https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2016/10/hanajob-matoba04-02-300x188.jpg 300w, https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2016/10/hanajob-matoba04-02-768x480.jpg 768w, https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2016/10/hanajob-matoba04-02-1024x640.jpg 1024w" sizes="(max-width: 1280px) 100vw, 1280px" /><figcaption id="caption-attachment-6234" class="wp-caption-text">キッチンレディー（右）による料理の説明を生徒（左）が英語に訳します</figcaption></figure> <figure id="attachment_6231" aria-describedby="caption-attachment-6231" style="width: 1280px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" class="wp-image-6231 size-full" src="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2016/10/hanajob-matoba04-03.jpg" alt="hanajob-matoba04-03" width="1280" height="800" srcset="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2016/10/hanajob-matoba04-03.jpg 1280w, https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2016/10/hanajob-matoba04-03-300x188.jpg 300w, https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2016/10/hanajob-matoba04-03-768x480.jpg 768w, https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2016/10/hanajob-matoba04-03-1024x640.jpg 1024w" sizes="(max-width: 1280px) 100vw, 1280px" /><figcaption id="caption-attachment-6231" class="wp-caption-text">私の学校は、学校の近くでとれた有機野菜やオーガニックの肉魚だけを使った料理。美味しくてつい食べ過ぎちゃいます</figcaption></figure></p>
<p>自分と同じ授業の友人の近くに座ったときは、あっという間に時間は過ぎて行きます。</p>
<p>けれども選択授業が違ったりで、2ヶ月経ってもまだそんなに知らない友人の近くに座ることになった場合、私は自分の空気を消すようになりました。</p>
<p>聞き役に徹する、というより、その場の空気に影響をしないよう振る舞いたいと思っていたのです。けれどもそれは、元々人に質問をしたり話を聞くことを長年してきた自分にとって、場に貢献していないんじゃないか、という罪悪感が伴ったり、自分の居場所がないような、そんな苦しい時間でした。</p>
<h2>初めての相談</h2>
<p>とある日、ハンガリー人のMark（マーク）という男の子と話す時間がありました。</p>
<p>Markは普段から日本語で「おはよう！」「ありがとう」といった挨拶や、日本人の私たちがよく使う「すごーい」や「かわいいー」といった言葉を絶妙なタイミングで使って場を和ませてくれる子でした。</p>
<p>彼はとても好奇心旺盛で、料理や陶芸の授業中に先生を質問攻めにする子でもありました。</p>
<p>Markの質問タイムが始まると、「またMarkが質問しはじめた、やれやれ・・・」といった様子で、周囲がニヤニヤし始めたり。東欧のアクセントのある英語もジョークでモノマネされるような、そんな愛されキャラのMarkに、私は「どうやって英語を上達したの？最近自分の話したいことが英語でうまく話せなくてしんどいんだよね・・・」と、学校に入って初めて誰かに相談してみたのです。</p>
<figure id="attachment_6233" aria-describedby="caption-attachment-6233" style="width: 1280px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" class="wp-image-6233 size-full" src="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2016/10/hanajob-matoba04-04.jpg" alt="hanajob-matoba04-04" width="1280" height="800" srcset="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2016/10/hanajob-matoba04-04.jpg 1280w, https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2016/10/hanajob-matoba04-04-300x188.jpg 300w, https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2016/10/hanajob-matoba04-04-768x480.jpg 768w, https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2016/10/hanajob-matoba04-04-1024x640.jpg 1024w" sizes="(max-width: 1280px) 100vw, 1280px" /><figcaption id="caption-attachment-6233" class="wp-caption-text">いつも、何事にも興味津津なMark（一番右） （photo by Kovacs V. Sara）</figcaption></figure>
<p>Markはすごく丁寧に答えてくれました。</p>
<p>日本同様、ハンガリーもヨーロッパの中では決して英語教育が早い方ではないそうです。彼は早くからハンガリー以外での大学進学も視野に入れていたことから、アメリカのアニメやドラマ、映画を見ていたとのこと。</p>
<p>そんな彼が私に1つ質問を投げかけました。「それで陽子は英語を使ってなにを表現したいの？」</p>
<p>それがMarkの質問。</p>
<p>思いがけず、私は答えに窮してしまったのです。私にはたくさん話したいことや、表現したいことがある。Markに聞かれるまではそのように思っていたのですが、実のところそんなにないのかもしれない、とその時に気づいたのです。</p>
<p>けれども、なんとか絞り出して、「自分の感じていることとか、考えていることとか、伝えたいよ。けれどもちゃんと言えるか、とか表現が合っているか、とか考えると言葉が出てこなくなる」と言いました。</p>
<p>するとMarkがくれた言葉は、私の肩にそっと手をおいてくれるような、そんな言葉でした。</p>
<h2>私が怖がっていたこと、は？</h2>
<p>「陽子、ここには陽子の英語がわからないからといって笑う人は一人もいないよ。僕だって、ハンガリーのアクセントが強いから、時々聞き取ってもらえないし。僕が怖いのは、誰かを傷つけたり、愚かな発言をしてしまったりすることだけだよ。みんな僕たち留学生の話に耳を傾けてくれるしね。自分の英語が1回で伝わらないことは怖くない」</p>
<p>そのMarkの言葉が、私のお腹の中にすとんと落ちる。そんな感覚でした。</p>
<p>そして、その日以降、私が会話するのが少し怖いな・・・と思い始めると、じわじわとその言葉が私の心に染みてくるようになったのです。</p>
<p>自分が何を怖がっていたのか、が次第にわかってきました。「聞いてくれる人、そしてホイスコーレという、今自分が居る場を信頼すること」それが私に必要なことでした。</p>
<h2>1日1つの挑戦</h2>
<p>とはいえ、「信頼する」というのは簡単にできるものではありません。</p>
<p>元々トラブルや不信感があった訳ではないので、余計にどうして信頼関係がなかなか芽生えないのか、不思議でもありました。周りのみんなはいつもどおり生活をしているだけです。私ひとりが乗り切れずに戸惑っている、そんな状況のように感じてしまっていました。</p>
<p>でもとにかく会話は増やしたい。そしてできるだけ新しい人と話してみよう。それを実践するために、1日1つ、小さな挑戦をする、ということを自分に課しました。それらは本当に些細なことから。</p>
<p>例えば何か親切にしてもらった時、日本人だと会釈や表情で済ましてしまいがちなところを、”Thank you”と大きめの声で、目を合わせて伝えるようにしたり。自分自身の親切にお礼を言われたときは、”You are welcome.”と伝えていきました。</p>
<p>自分がしてもらって嬉しかったことも、真似するようにしました。</p>
<p>Jeanne（シェンヌ）という私にとってかけがえのない友人の一人である彼女は、朝や夜“おはよう”“おやすみ”と言ってくれる時、必ず“Yoko”と添えてくれていました。そんな、ちょっとしたこと。</p>
<p>けれども名前を呼んでもらうということは、自分をそこに存在させてくれるものであり、自分だけに向けられた言葉はとても温かさをくれる、ということを私は彼女に教えてもらいました。</p>
<p>徐々に、食事の時に隣になった人には、“授業どうだった？”や“最近どう？”というように簡単な質問を必ずするようにしました。</p>
<p>今更と思われるかもしれないと思っていて避けていたプロフィール事項（家族構成や出身地のことなど）も、思い切って聞くことに。</p>
<p>会話がそこまで長続きしないことも多々あったけれども、その時のしょんぼりよりも、思いがけず会話が長引いた時の方が数倍嬉しくなってくると、次第に日常会話をそこまで気にしなくなってきました。</p>
<p>会話というのは、空気を壊すことを気にしながらするものではなく、今横に居る人を気にかけることではないか、そんな基本的なことを私は次第に感じるようになりました。</p>
<h2>沈黙の先に生まれる空気</h2>
<p>デンマーク人が大事にする“Hygge”（ヒュッゲ）という言葉。デンマーク人に“Hygge”ってなに？って聞くと彼らは少し悩みながら、様々な答えをくれます。</p>
<p>それは、「リラックスする時間」であったり、「友達や彼氏、家族とゆっくりする時間」であったり。「お茶を飲みながら話したり、編み物をしたりする時間」「焚き火」と答えてくれた友人もいました。</p>
<p>私はデンマークでの生活を過ごしながら、様々な形のHyggeな時間を周りから与えてもらいました。そして、“安心できる場”“心身ともにゆったりできる時間”というように解釈しています。</p>
<p>Hyggeな空間は静かな場であることが多いように私は思います。おしゃべりが盛り上がったりして楽しい！というより、暗い照明の部屋で静かに音楽を聴きながらたまに話したり、夜空の下で周りの自然を感じながら星を見たり。その場の空気と、そしてその場にいる人の空気を楽しむ、そんな時間でした。</p>
<figure id="attachment_6232" aria-describedby="caption-attachment-6232" style="width: 1280px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" class="wp-image-6232 size-full" src="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2016/10/hanajob-matoba04-05.jpg" alt="hanajob-matoba04-05" width="1280" height="800" srcset="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2016/10/hanajob-matoba04-05.jpg 1280w, https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2016/10/hanajob-matoba04-05-300x188.jpg 300w, https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2016/10/hanajob-matoba04-05-768x480.jpg 768w, https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2016/10/hanajob-matoba04-05-1024x640.jpg 1024w" sizes="(max-width: 1280px) 100vw, 1280px" /><figcaption id="caption-attachment-6232" class="wp-caption-text">Hyggeな一場面。みんなが集まっておしゃべりできるCommon room(space)はデンマークの間取りでとても大切。 （photo by Kovacs V. Sara）</figcaption></figure>
<p>来て間もない頃、デンマーク人は話すのが早くておしゃべりな人が多いし、毎週末にいろんなパーティーがあったりで賑やかな国民性なんだ、と思っていました。</p>
<p>けれど、時間が経つにつれて、彼らが持つもう一つの気質にも気づきました。それは、とても周りにいる人たちの存在を大切にし、受けとめるのがうまいな、ということです。</p>
<p>彼らは沈黙を悪いもの、と感じていません。会話の合間に発生する沈黙は、自分の思考を反芻したり、相手の感情を受けとめたりするために使っているように、私は感じていました。</p>
<h2>コミュニケーション力ってなんだろう</h2>
<p>相手の存在を確かめるように挨拶の時にハグをしたり、目をじっと見つめて話をしたり聞いたり。</p>
<p>そういうことをとても日常的に行っていて、そしてそれを特別なことだと思っていない様子の彼らと共に生活していて、私はふと、日本で働いていた時によく耳にしたコミュニケーション力という言葉を思い出しました。</p>
<p>私は就職活動の時から、「コミュニケーション力」という言葉が社会に氾濫しているように感じていました。</p>
<p>もちろん、周りにいる人や場面や状況に応じて、多種多様なコミュニケーション能力があるので、一つの意味や定義で絞れないのは当然です。そして、会社で周囲と協力しながら仕事を進める上でそれらが必要なことはわかっていました。</p>
<p>ただ、その能力を伸ばしたいと思いながらも、社会人基礎力として論じられるコミュニケーション力というものは、一体なんなのだろうか、という疑問はつきませんでした。</p>
<p>話をわかりやすく、論理的に伝えることができるのがその力なのか？相手の状況に合わせて話し方や話の構造を変えることができること？はたまたは、聞いた話を端的に理解できること？それに対し自分の意見を言えること？</p>
<h2>相手を受けとめる関係</h2>
<p>私がホイスコーレで出会った友人たちは、みんなとてもコミュニケーション力が高く、グローバルな人材のように感じていました。</p>
<p>異文化や外国人に対してとても気さくに接してくれるし、言語や文化の上でマイノリティの私たち外国人の目線に立ってくれるのです。コミュニケーションの本質に対する、日本人とデンマーク人の考え方の差異がそこにあるように私は思いました。</p>
<p>それは国籍関係なく、目の前にいる人のありのまま、その人の大事にしていることを受けとめる、ということ。</p>
<p>言葉だけで相手を理解しよう、自分の考えを伝えようとするのではなく、ささいな仕草や目線、自らが発する空気で目の前の相手に耳を傾け、全身で聞こうとしてくれる。そういう彼らの在り方に私は何度となく救われ、勇気づけられました。</p>
<figure id="attachment_6230" aria-describedby="caption-attachment-6230" style="width: 1280px" class="wp-caption alignnone"><img loading="lazy" decoding="async" class="wp-image-6230 size-full" src="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2016/10/hanajob-matoba04-06.jpg" alt="hanajob-matoba04-06" width="1280" height="800" srcset="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2016/10/hanajob-matoba04-06.jpg 1280w, https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2016/10/hanajob-matoba04-06-300x188.jpg 300w, https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2016/10/hanajob-matoba04-06-768x480.jpg 768w, https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2016/10/hanajob-matoba04-06-1024x640.jpg 1024w" sizes="(max-width: 1280px) 100vw, 1280px" /><figcaption id="caption-attachment-6230" class="wp-caption-text">感情を出すことを教わったゴスペルの授業。歌詞を追うことよりも、どうやって想いを声に乗せてテンポよく歌うか、を先生は強調していました。（photo by Kovacs V. Sara）</figcaption></figure>
<p>そしてそれは、誰か一人が突出して高い能力、というのではなく、しばしばその場にいることでみんなのコミュニケーション能力、場が包容力を持っていると感じることすらあったのです。それはとても不思議な感覚でした。</p>
<p>この場では何をいっても大丈夫、受け止めてもらえる。</p>
<p>そういった場で、エリトリアから地中海をゴムボードで渡ってきて、今はデンマークで難民として生活せざるをえない友人が、今の心境や家族のことを語り始めたこともありました。</p>
<p>そして、デンマーク人の友人がつい去年まで精神疾患を患っていて、長く入院していたこと、学期が始まったばかりの時は人と話すことがまだ苦手だったことなどを、朝の朝礼の時間に話してくれたこともありました。</p>
<h2>a kind of Therapy</h2>
<p>来学期からの入学を検討している一人のデンマーク人が見学に来た時のこと。</p>
<p>その人と私とハンガリー人のSara（シャーラ）と話していて、見学に来ていた人に「ホイスコーレはどう？どんな場所って感じる？」と質問されました。その時Saraが返した言葉に、私は同じように感じていた人がいたんだ、とびっくりしました。</p>
<p>「ゆっくり時間を過ごして、みんなのことを知って、一種のセラピーみたい」</p>
<p>a kind of Therapy.　人とじっくり人間関係を築いていくこと。もし傷を抱えている人がその中にいた場合、傷を癒す助けになるということ。まさにそれを私も実感していました。</p>
<p>なぜなら、私自身も日本での生活で、それまでの自分の人生で膿ませてしまっていた自分の傷が少しずつ癒えていくのを実感していたからです。</p>
<p>次回は、ホイスコーレの根底にある3つの哲学を絡め合わせながら、私が今までの人生で向き合えていなかったことにどうやって向き合っていったかを書いていきます。</p>
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