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	<title>新聞（業種一覧） &#8211; わたしの未来のキャリアが見つかる｜ハナジョブ for Girls</title>
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	<title>新聞（業種一覧） &#8211; わたしの未来のキャリアが見つかる｜ハナジョブ for Girls</title>
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		<title>海外との交渉からお客様に届けるまで！多岐に渡る業務を通して生み出す展覧会の価値 （日本経済新聞社）</title>
		<link>https://hanajob.jp/workstyle168/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[泉水 梨乃]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 16 Nov 2022 01:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[先輩インタビュー]]></category>
		<category><![CDATA[企画開発（職種）]]></category>
		<category><![CDATA[展覧会]]></category>
		<category><![CDATA[新聞（業種一覧）]]></category>
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					<description><![CDATA[みなさんは、美術館や博物館の展覧会に行ったことはありますか？ 実はその展覧会、新聞社が創っているものかも！？ 今回は日本経済新聞社の文化事業部で働く伊藤さんにお話を伺いました。海外との交渉からお客様に届けるまで、多岐に渡 [...]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<div class="kakomi">
<p><span style="font-weight: 400;"> みなさんは、美術館や博物館の展覧会に行ったことはありますか？
実はその展覧会、新聞社が創っているものかも！？
今回は日本経済新聞社の文化事業部で働く伊藤さんにお話を伺いました。海外との交渉からお客様に届けるまで、多岐に渡る仕事を手掛ける伊藤さんの仕事のこだわりとは？ </span></p>
</div>



<h2 class="wp-block-heading">幼少期から馴染みのある美術に携わる道へ</h2>



<h3 class="wp-block-heading">現在のお仕事について教えてください。</h3>



<p>新聞社の文化事業部で働いています。主に美術館や博物館での展示といった展覧会にまつわる業務をするお仕事です。新聞社の文化事業自体は1940年代後半ぐらいから始まったので、実は歴史が結構古いんです。展覧会の企画を美術館や博物館の人と一緒に作るところから始めています。西洋美術や日本美術、工芸などジャンルは様々です。</p>



<p>展覧会にまつわる業務は、作品をどのように輸送し展示するか、お客様にどういう風に宣伝をするか、会場の警備の配置はどうするかなど、多岐に渡ります。</p>



<h3 class="wp-block-heading">かなり幅が広い業務内容でびっくりしました。これまでのキャリアはどのようなものですか？</h3>



<p>美術系の大学で美術史を専攻していて、その後アメリカの大学院に2年留学しました。帰国後は企画会社に入り、海外から作品を借りてきて、日本の美術館で展示をする展覧会の仕事を4年程していました。その後、仕事の幅を広げたいなと思い、より大きな展覧会に携わることができる日本経済新聞社に入社しました。今年で18年目になります。</p>



<h3 class="wp-block-heading">元々美術系の大学に行かれてたのですね。そもそも美術に興味を持ったきっかけはありますか。</h3>



<p>両親が学校の美術の先生だったので、自然にという感じでしょうか。家に画集があったり、休みの日に美術館に行ったりなどは普通にあったので、小さいころから身近なものだったのかもしれないです。</p>



<h3 class="wp-block-heading">そうなんですね。仕事ではどんなところにやりがいを感じていますか？</h3>



<p>変化があるところでしょうか。企画によって作品や作品を借りる美術館の国が違うので、一つとして同じ展覧会がないんです。お仕事の流れみたいなものには共通性はあるものの、企画によってそれぞれの個性があるので、一つひとつアプローチを変える工夫をすることが楽しいです。</p>



<h2 class="wp-block-heading">色々な人と働くからこそ、共通認識を持てる工夫を</h2>



<h3 class="wp-block-heading">今までで印象深かった企画はありますか。</h3>



<p>そうですね、特に覚えているのは転職してすぐの頃に携わった浮世絵の展覧会です。作品の点数が5、600点ぐらいあったのですが、それが1ヶ所ではなく本当にあちこちから借りなければいけなくて。規模が大きかったので大変でしたが、海外担当ということもあり、たくさんの人と会えて面白かったです。</p>



<h3 class="wp-block-heading">いろいろな人と会える。どういうことでしょうか！？</h3>



<p>実は、作品を海外から運んでくる時は、美術館の人が作品を飛行機で持ってくるんです。ほとんどの場合は特別な梱包の箱に詰めたものを貨物として輸送するという流れなのですが、「クーリエ」という海外の美術館・博物館の人が大体1便につき1人付き添ってくるんです。</p>



<h3 class="wp-block-heading">作品だけ送られてくるわけではないのですね。人がついてくるのは初めて知りました。</h3>



<p>新聞社側が空港まで迎えに行って合流し、一緒に作品を空港の貨物エリアまで取りに行くということをします。例えば10ヶ所から作品を取り寄せる場合、何回も空港に迎えにいき、毎回違う人と会って作品を受け取るんです。お国柄やその人の個性なども違うので、ちょっとした話が面白かったり、たまにトラブルがあったり。その時は大変でしたが、後で思い返すと、色々なことがあったなと思い出になっています。</p>



<h3 class="wp-block-heading">なるほど、人が絵とともに日本に来るのですね！</h3>



<p>あとは、逆に日本美術を海外に持っていって紹介する仕事もありました。日本の美術作品をフランスに持っていったのですが、普段、日本の美術はフランスの美術館で観られるものではないので、美術館のかたは日本美術の作品の扱い方に慣れていなくて。日本だと説明がいらないような、温度・湿度などの環境設定や、作品にあった展示ケースの制作、作品の展示説明についてなど、細かいことを確認する必要があったんです。</p>



<p>共通認識がないことを実感した瞬間でした。一つ一つ確認して疑問やわからないことを洗い出し、共通認識を持てるまでコミュニケーションを取りました。大変でしたが、終わってみるとすごく手応えがありました。</p>



<h3 class="wp-block-heading">いろいろな国や文化の人と関わる際に、共通認識を持つためにどんな工夫をされていますか？</h3>



<p>まず相手の言っていることを理解しようと努力することです。こちら側も、まず何が問題なのかわからなかったりするので、何が問題なのかをきちっとわかるようにするのが大事だと思っています。粘り強くコミュニケーションを取って問題点や目的を細かく分解して、明確にする必要のある部分や解決するための選択肢を考えています。手間はかかりますが、お互い何ができて何ができないのかを整理して、解決できるところを探すことを心がけています。</p>



<h3 class="wp-block-heading">では仕事を始めていろいろな人と関わりを通して、自分の中で変化した部分はありますか。</h3>



<p>プロジェクトは多様な人と作り上げるので、多くの人が関わっているところできちっと理解してもらうために、あえて細かく前もって言うことを意識して曖昧な部分はなるべく残さないようにしています。お互いきちんと共通認識の上に立って仕事ができるように、言葉を多めに説明して、しつこいかなと思うようなところも確認することを心がけています。</p>



<h3 class="wp-block-heading">ちなみに、学生時代の経験が大人になって活きていると思う瞬間はありますか？</h3>



<p>そうですね、大学院時代、2年間アメリカに留学していた時の経験が仕事に活きていると思います。見知らぬ土地で1人で生活していて、急にトイレが壊れたり、トラブルが起きたりといったことは日常茶飯事でした。本当に言葉が通じなくて、大学の事務の人などにもなかなか話が通じなかったこともありました。伝えたいことがすぐに伝わらない経験や思いもかけないことが起きた経験を通して、コミュニケーション力やトラブルの対応力を学びました。</p>



<h3 class="wp-block-heading">それが今のお仕事で、「きちんと伝わるまで共通認識を持つまで話す」という粘り強さに繋がっているのでしょうか。</h3>



<p>そうですね、そこが原体験になってるのかもしれないですね。留学時代、これだけ考えや文化が違う人たちがいるんだなあと実感したのを覚えています。</p>



<h2 class="wp-block-heading">人それぞれが感じ取る展覧会の価値。よりお客様の視点を取り入れるためにできることは</h2>



<h3 class="wp-block-heading">伊藤さんにとって展覧会とはどういう存在ですか？</h3>



<p>私にとって、展覧会は素朴な「発見の喜び」がある場かなと思います。</p>



<p>実は、先日仕事で色々な年代の方に展覧会についてインタビューする機会がありました。そこで展覧会に行く頻度やどういう時に誰と行くかなどを調査したんです。インタビューした皆さん、すごく熱意があって「何か新しい発見がある」や「知的好奇心が満たされる」、「リフレッシュできる」など、それぞれの体験から「展覧会から自分が得ている価値」をお話しくださり、すごくそれに感銘を受けて。じゃあ自分はどうなのかなと振り返ると、新しいものの見方や、作家さんや作品を知ることができる、発見の場だなと感じました。</p>



<h3 class="wp-block-heading">そうなんですね！ちなみに私にとってはストレス発散の場かもしれないです（笑）。</h3>



<p>色々な捉え方がありますよね。コロナも経て、環境や生活様式も今までとは変わってきている中で、訪れるお客様側の視点をもっと取り入れていきたいと考えています。世の中でDX（デジタルトランスフォーメーション）という言葉を聞かない日はないと思うのですが、展覧会というリアルの場を創る私たちも大事にしていきたいです。</p>



<p>デジタルの視点は、これまでは比重としてそんなに大きくなかったのですが、いろんなことを決める際、データの裏付けや現場の視点はすごく必要になってきているのだと思うようになりました。経験値はすごく大切なのですが、その経験値を裏付けるためのデータをどういうふうに集めて、それをどう解釈するのかというようなことを試行錯誤中なんです。</p>



<h3 class="wp-block-heading">なるほど。今が転換期というか、チャレンジの時なのでしょうか。</h3>



<p>そうですね。「作品の変わらない価値」というのはもちろんあると思うのですが、展覧会というものを作り上げるにあたっては、変えていかないといけないとこもあるという意味では今は転換期なのかなとは感じていますね。今後のキャリアビジョンとして、これからも現場の仕事をやっていきたいと思っていますが、デジタルの技術などを活用して仕事のやり方を変えることに挑戦したいです。</p>



<h3 class="wp-block-heading">ではこれから同じような「展覧会をつくる」職業に就きたいと思っている学生にメッセージをお願いします。</h3>



<p>すごく歴史がある仕事ではありますが、「変わらない、大切にしなきゃいけない部分」と、「どんどん時代に合わせて変えていかなきゃいけない部分」があると思います。大学の専攻に関わらず誰でも挑戦できる仕事だと思うので、型に囚われず、新しい今の時代でどういうものが求められているかという視点をどんどん持ってきていただきたいなと思います。</p>



<h3 class="wp-block-heading">どんな人が向いていると思いますか。</h3>



<p>遠慮せずに自分の意見を言える人でしょうか。あとは、もちろん残業が多いなどということはありませんが、出張や朝早く起きて作品を空港まで迎えにいくなど体力勝負な面もあるので、スケジュールに合わせて自分のマネジメントをできる人がいいかもしれないです。</p>



<h3 class="wp-block-heading">人生の先輩として、学生時代にしたほうが良いと思うことがあれば教えてください。</h3>



<p>学生には学校や家族など色々なコミュニティがありますよね。私はコミュニティに所属して自分のその場での役割や活動があることはすごく素晴らしいことだなと思っているので、どんどん積極的にそういう機会を求めて経験をしてほしいです。小さなことや大きなこと、どんなことでもいいと思うのですが、そういう経験が考え方の幅や色々な人との出会いに繋がっていくと思います。学生さんも忙しいと思いますが、がんばってください！</p>



<h2 class="wp-block-heading">取材を終えて</h2>



<p>美術展に行った際のポスターに新聞社の名前を見つけたことをきっかけに興味を持ち、新聞社の展覧会事業について取材させていただきました。インタビューを通して、想像をはるかに超えたお仕事の幅広さにとても驚きました。今回お話を聞いて、世の中には知らないお仕事がたくさんあることを実感し、キャリアや選択肢の可能性を感じました。これを読んでくれた皆さんにとっても、世界が広がるきっかけになってもらえたら嬉しいです！貴重なお話、ありがとうございました</p>



<p>写真提供：伊藤さん</p>



<div class="kakomi">
<p><b></b><span style="color: var(--body-color); font-family: var(--text-font); font-size: inherit;"> <a href="http://www.nikkei.co.jp/nikkeiinfo/corporate/">株式会社日本経済新聞社 </a></span></p>
<p>  「日本経済新聞」等の新聞を発行するほか、雑誌、書籍、電子メディア、データベースサービス、速報、電波、映像、経済・文化事業などを展開しています。 </p>
文化事業部では、美術展、オペラ、コンサートなど多彩な文化事業を展開し、文化創造の担い手として社会貢献しています。伊藤若冲をはじめ江戸時代の先鋭画家にフォーカスした「奇想の系譜展」、イスタンブールのトプカプ宮殿博物館が所蔵する貴重な宝飾品、美術工芸品を紹介した「トルコ至宝展」、現代一流の能楽師によるパリ公演などは大きな話題を呼びました。シンポジウムや産業・科学関連の展示会、スポーツイベントなども開催しています。 </p>
</div>
]]></content:encoded>
					
		
		
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		<item>
		<title>多様なメンバーと共に歩む「若い人が初めて見るニュースメディア」への道（BuzzFeed Japan）</title>
		<link>https://hanajob.jp/workstyle146/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[斉藤七海]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 22 Nov 2020 01:54:34 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[先輩インタビュー]]></category>
		<category><![CDATA[マスコミ・メディア（業種）]]></category>
		<category><![CDATA[メディア]]></category>
		<category><![CDATA[新聞（業種一覧）]]></category>
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					<description><![CDATA[みなさんは、普段どのようにニュースを見ていますか？ 昨今では、インターネットでニュースを見ている人も多いのではないでしょうか。 今回は、最も有名なインターネットメディアの1つであるBuzzFeed Japanでご活躍され [...]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<div class="kakomi">
<p>みなさんは、普段どのようにニュースを見ていますか？<br />
昨今では、インターネットでニュースを見ている人も多いのではないでしょうか。</p>
<p>今回は、最も有名なインターネットメディアの1つであるBuzzFeed Japanでご活躍されている、小林明子さんにお話を伺いました。過去に新聞社や出版社で働いていた経験から、インターネットメディアで働く面白さや苦労について語ってくださいました。</p>
</div>
<h2>ワークの理由とライフの理由で決めた2度の転職</h2>
<h3>現在のお仕事の内容を教えていただけますか。</h3>
<p>BuzzFeed Japanというインターネットメディアで、ニュース部門の編集長をしています。記者としての仕事とは別に、ニュース部門の編集長としてニュース部門にいる記者や記事をチェックしているエディターのマネジメントや、動画部門など、社内の他の部門との連携を取ったりしています。</p>
<h3>新卒で毎日新聞社に入った後、朝日新聞出版に転職されたそうですが、どういったきっかけで転職されたのですか。</h3>
<p>よく新聞に投書していたくらい、元々文章を書くことが好きでした。社会問題について発信することで、社会を少しでも変えられる新聞記者という仕事を面白そうだと感じたことから、毎日新聞社に入社しました。全国紙の記者には転勤がつきものです。24歳のときに同じく全国紙の記者と結婚して、夫婦どちらとも転勤がありえる状況になりました。どちらかが同じ場所で仕事をし続けた方が、将来的に展望が描けるのではないかと思ったことが転職のきっかけです。これがライフの理由です。</p>
<p>ワークの理由は、仕事のハードさからです。午前3時ごろまで取材をして、昼間は車で寝る、という生活を続けていた28才のある日、白髪を見つけてしまったんです。それから、自分が興味のあるダイバーシティやジェンダーについて書ける場は新聞以外にもあるのではないかと考えるようになりました。そして新聞社を辞めてフリーライターを経験した後、朝日新聞出版のAERAに転職しました。</p>
<h3>その後、BuzzFeed Japanに転職されたそうですが、どういったきっかけだったのでしょうか。</h3>
<p>前職のAERAでは自分のやりたい仕事ができていましたし、毎日新聞社に勤めていたときよりも仕事と生活が両立しやすい環境でした。ただ、校了日には仕事が午前0時ごろまで続き、まだ小さい子どもの世話との両立が難しかったです。働き方改革を提案してみたりもしたのですが、自分1人の都合では変えられない部分もあったので、もっと柔軟に働ける仕事はないかと探すようになりました。これがライフの理由です。</p>
<p>ワークの理由としては、インターネットに将来性を見出していたからです。インターネットが急速に発達していく中で、果たして自分たちの子ども世代はニュースを紙媒体で読むのだろうかと考えるようになりました。若い世代に良質なニュースを届けるために、新しい形のメディアでの発信に挑戦してもいいのではないかと思っていたときに、BuzzFeed Japanの社員から直接お誘いを受けたこともあり、転職を決めました。</p>
<h3>BuzzFeed Japanで働くようになってからは、ワークとライフは両立できていますか。</h3>
<p>子どもが大きくなっていることもあり、今はしっかり両立できています。新型コロナウイルスの影響で、完全在宅勤務に切り替わったことも大きいです。また、退勤を必ず6時、遅くても7時と決めて働くなど、突発的なことがない限りは自分も他のメンバーも効率的に時間を使うことを心がけています。</p>
<h2>多様性は諸刃の刃</h2>
<h3>仕事の楽しさややりがいを感じるのはどういったときですか。</h3>
<p>BuzzFeed Japanには、今まで私が一緒に仕事をした経験のない職歴の人や若い世代の人、また外国出身の人もいて、バックグラウンドが非常に多様なんです。そういう多様なメンバーと一緒に何か1つのものを創ることが楽しいですね。例えば、ニュースのライブ番組を作りたいと思ったとき、自分はそこに呼ぶゲストや扱うテーマを考えることはできますが、そのライブの配信方法や効果的なデザインにはあまり詳しくありません。でも、自分が分からないことを得意としている人が会社の中に必ずいます。会社にいる多様なメンバーと協力することによって、自分1人ではできなかったことができるようになっていくのは、楽しく、やりがいがありますね。会社員の良さはまさにこういうところだと思っています。</p>
<h3>反対に、仕事上で苦労を感じることはありますか。</h3>
<p>メンバーが多様であるが故に、自分が思っていることが相手にうまく伝わらなかったり、皆のやりたいことが違ったりしてしまうこともあるんです。多様性は、それぞれの良いところや強みを活かすために必要ですが、各々が好きなことを好きなように捉えて仕事をしているとチームがまとまらなくなってしまいます。ですので、マネジメントの立場として、「あの人にはこういう風な言い方をしたら分かってもらえるのでは」「多分わかってると思うけど、もう1回念を押して言っておこうか」というように、失敗を重ねながらもコミュニケーションの取り方を工夫しています。</p>
<p>
]]></content:encoded>
					
		
		
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		<item>
		<title>自分の感覚に素直であれ！「書きたい」を形にして地域を動かす新聞記者（神奈川新聞社）</title>
		<link>https://hanajob.jp/workstyle140/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[ハナジョブ学生記者]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 14 Apr 2019 01:51:10 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[先輩インタビュー]]></category>
		<category><![CDATA[マスコミ]]></category>
		<category><![CDATA[新聞]]></category>
		<category><![CDATA[新聞（業種一覧）]]></category>
		<category><![CDATA[神奈川新聞]]></category>
		<category><![CDATA[記者]]></category>
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					<description><![CDATA[記者になりたい！という強い思いを実現させ、神奈川新聞社で記者として活躍中の佐藤百合さん。今もなお、自分の「やりたい」気持ちにしたがって日々活動する彼女の原動力とは何なのか。取材で見えてきたのは、「心のときめき」を大事にす [...]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<div class="kakomi">
<p>記者になりたい！という強い思いを実現させ、神奈川新聞社で記者として活躍中の佐藤百合さん。今もなお、自分の「やりたい」気持ちにしたがって日々活動する彼女の原動力とは何なのか。取材で見えてきたのは、「心のときめき」を大事にする生き方でした。（2019年4月13日時点）</p>
</div>
<h2>自分の記事で問題解決！地方紙ならではの働き方</h2>
<h3>現在のお仕事内容を教えてください。</h3>
<p>入社7年目で、現在は横須賀支社で新聞記者として働いています。事件事故があったら取材するのはもちろん、横須賀は米軍や自衛隊の基地があるので、その関連の取材もします。あとは「街のお花が綺麗です」とか、「子どもがスポーツの全国大会で優勝しました」みたいな、ほっこりする話題も取り上げていますね。</p>
<h3>なるほど、かなり地域に根ざした新聞なのですね。地方紙ならではの良さはありますか？</h3>
<p>地域への影響力が強いということですかね。新しい道路が開通して交差点ができたとき、小学生の通学路であるにも関わらず信号機が設置されなかった場所がありました。それが危ない、ということを地域の面で書き続けていたら、その記事を市議会議員さんや県議会議員さんが読んでくれて。それが議会でも話題になり、結果的に当初は設置時期が未定だった信号機が約３カ月後に取り付けられました。すべてが記事のおかげではないですけど、私もその一部になれたのではないかなと思いました。</p>
<h3>地方紙だからこそできることも多いのですね。普段地域の読者の方と関わることはありますか？</h3>
<p>取材先の人に話しかけてもらう機会も結構多いですし、直接お客様相談室にお電話くださる方もいます。一番嬉しかったのは、横須賀の中学校に50年以上に渡って、特定の人から匿名で平和を願う手紙と寄付金が送られ続けている、ということを記事にしたときのこと。記事に共感してくれた読者の方が、その手紙のフォーマットを真似して本社に手紙を届けてくれました。ネット上で記事がたくさん読まれてコメントが付くのも嬉しいけれど、こうやって人の温もりがわかる反響っていいなって思いました。</p>
<h3>自分の書いた記事に反響が返ってくるというのは、やはり仕事のやりがいの一つですか？</h3>
<p>そうですね。信号機の記事を書いたときも、しばらくしてから地域の方とお話したら「あのときはありがとうね。新聞の力はすごいね」とか言ってくださって嬉しいなと思いました。</p>
<h3>神奈川新聞はどんな会社ですか？</h3>
<p>すごく自由ですね。私は大学時代にジェンダーやセクシャリティを勉強していたんですが、それについて記事を書きたいと思っていたんです。入社して１年半くらいで現場に出たての頃に、牧村朝子さんというレズビアンのタレントの方に取材をして2回にわたって記事を書きました。その頃は怖いもの知らずだったんですよね。何も考えずに、「この人に話ききたい！」と思ったらアポ取って取材、みたいな（笑）。でも、会社側もやるなとは言わず、経験が浅くても書きたいと言ったら書かせてくれた。神奈川新聞はそういうやりたいという気持ちを大事にして、実際にやらせてくれる会社ですね。</p>
<h3>新聞社のような昔からある会社ってなんとなく堅いイメージがあったので、想像と全然違いました。</h3>
<p>うちの会社は職場に子どもを連れてくる人も多いですよ。だから子どもが社内を走り回っていたりすることも（笑）。報道部の男性デスクで1年の育休をとった方や、時短勤務している人などもいます。</p>
<h3>神奈川新聞の自由な社風は入社前から知っていたのですか？</h3>
<p>実は最初、全国紙を目指していたので、地方紙にあまり目は向けていなかったんです（笑）。会社のこともあまりよく知らなかったので、最終面接の前日に慌てて知り合いの記者の方に話を聞きました。でも結果的にとてもいい会社だったので、これもご縁だなと思っています。</p>
<p><a href="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2019/04/c173d0c2b606ea1497ffd39409b96493e_38663857_190222_0074.jpg"><img fetchpriority="high" decoding="async" class="alignnone size-large wp-image-9096" src="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2019/04/c173d0c2b606ea1497ffd39409b96493e_38663857_190222_0074-1024x769.jpg" alt="" width="702" height="527" srcset="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2019/04/c173d0c2b606ea1497ffd39409b96493e_38663857_190222_0074-1024x769.jpg 1024w, https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2019/04/c173d0c2b606ea1497ffd39409b96493e_38663857_190222_0074-300x225.jpg 300w, https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2019/04/c173d0c2b606ea1497ffd39409b96493e_38663857_190222_0074-768x577.jpg 768w, https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2019/04/c173d0c2b606ea1497ffd39409b96493e_38663857_190222_0074.jpg 1913w" sizes="(max-width: 702px) 100vw, 702px" /></a></p>
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		<title>葛藤しながら続けてきた記者の道。事実をわかりやすく伝えていきたい。（共同通信社）</title>
		<link>https://hanajob.jp/workstyle132/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[ハナジョブ学生記者]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 22 Feb 2018 01:30:18 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[先輩インタビュー]]></category>
		<category><![CDATA[マスコミ]]></category>
		<category><![CDATA[共同通信社]]></category>
		<category><![CDATA[新聞（業種一覧）]]></category>
		<category><![CDATA[記者]]></category>
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					<description><![CDATA[日本を代表する総合国際通信社である、共同通信社で記者として働く藤元万理子さん。札幌支社編集部、釧路支局、大津支局、神戸支局と地方勤務で幅広い経験を重ね、東京本社に異動してからは、映像音声部を経て、現在は地域報道部の総務省 [...]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<div class="kakomi">
<p>日本を代表する総合国際通信社である、共同通信社で記者として働く藤元万理子さん。札幌支社編集部、釧路支局、大津支局、神戸支局と地方勤務で幅広い経験を重ね、東京本社に異動してからは、映像音声部を経て、現在は地域報道部の総務省担当記者として活躍されています。 3歳と6歳の男の子を育てながら、現役の記者として取材活動を続ける藤元さんに、地方勤務で経験したこと、記者を目指したきっかけや迷い、仕事に対する想い、など一つひとつ丁寧にお話ししていただきました。</p>
</div>
<h2>何でも屋？地方勤務から本社勤務に至るまでの幅広い経験</h2>
<h3>まずは現在の仕事内容について教えてください。</h3>
<p>今は総務省担当の記者をしています。 総務省には、世の中の流れに合わせて法律を変えて、制度を変える役目があります。国がどういったことを考えているのか、私たちの生活がどう変わっていくのかを日々取材して、記事にしています。例えば、2年前にマイナンバー制度が始まったときは、それがどう使われるのか、生活がどう変わるのかなどをきめ細かく取材していました。</p>
<h3>これまで、4ヶ所で地方勤務を経験されてきたそうですね。</h3>
<p>人にもよりますが、当社は基本的に入社して6～10年くらいは地方勤務で、2〜3年で地方を3ヶ所ぐらい異動するサイクルなんです。20代はだいたい地方で過ごして、その後東京本社でそれぞれ専門部署に配属されます。</p>
<h3>やっぱり地方勤務は大変ですか？</h3>
<p>地方支局は人数が少ないので忙しいですね。小さな支局だと記者が3人くらいなんです。若手の20代が3人でその県のことを全部カバーするので、分担はあってもないようなもので何でもやります。話題もの、選挙、事件、裁判、いろんな取材を経験します。</p>
<h3>ジャンルが幅広いですね！地方勤務で、一番思い出に残っている場所はありますか？</h3>
<p>どこもそれぞれすごく思い出深いです。札幌支社では入社1年目で慣れないことばかりで大変でしたが、先輩に恵まれて、日々怒られながら育ててもらいました。 1年目は警察担当で、毎日6カ所ぐらい担当の警察署に行って事件の話を聞くんです。でも大学を出たばかりで予備知識もそんなにないものですから、とにかく話題を考えて警察の方と雑談しつつ、事件のことを少しでも聞ければ良い方でした。そういうことに戸惑いつつも、元気と若いなりの勢いで乗り切りました（笑）</p>
<h3>警察担当、大変そうですね。ほかの支局ではどうでしたか？</h3>
<p>次の釧路支局は人が少なくて管内が広いものですから、本当に何でも屋でした。よく覚えているのが、シャチ7、8頭が流氷に閉じ込められたことです。世界的にも珍しい現象が起きたことで、世界から集まってきた鯨類学者たちが解体を興味津々で見ているところを取材しました。釧路らしい自然や動物の話題がいっぱいあったのがすごく思い出深いです。</p>
<p><img decoding="async" class="alignnone wp-image-7903 size-large" src="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2018/02/MG_5532_s-1024x682.jpg" alt="共同通信社" width="702" height="468" srcset="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2018/02/MG_5532_s-1024x682.jpg 1024w, https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2018/02/MG_5532_s-300x200.jpg 300w, https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2018/02/MG_5532_s-768x512.jpg 768w, https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2018/02/MG_5532_s.jpg 1532w" sizes="(max-width: 702px) 100vw, 702px" /></p>
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		<title>異国の地、日本ではたらく。（ジャパンタイムズ）</title>
		<link>https://hanajob.jp/workstyle095/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[ハナジョブ学生記者]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 20 Feb 2015 15:40:42 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[先輩インタビュー]]></category>
		<category><![CDATA[ジャパンタイムズ]]></category>
		<category><![CDATA[マスコミ・メディア（業種）]]></category>
		<category><![CDATA[出版]]></category>
		<category><![CDATA[情報・通信]]></category>
		<category><![CDATA[新聞]]></category>
		<category><![CDATA[新聞（業種一覧）]]></category>
		<category><![CDATA[編集・記者]]></category>
		<category><![CDATA[編集・記者（職種）]]></category>
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					<description><![CDATA[株式会社ジャパンタイムズで記者として働いていて、翻訳業務も担当している、ポーランド出身の大住マグダレナさんに日本でのお仕事や生活などについてお話を伺ってきました。今回はハナジョブ初めての試みとして、海外からの留学生と共に [...]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<div class="kakomi">
<p>株式会社ジャパンタイムズで記者として働いていて、翻訳業務も担当している、ポーランド出身の大住マグダレナさんに日本でのお仕事や生活などについてお話を伺ってきました。今回はハナジョブ初めての試みとして、海外からの留学生と共にインタビュー！ポーランド語、日本語、そして英語のマルチリンガルの大住さん。とてもチャーミングなお人柄で私たちの質問にひとつひとつ丁寧に答えていただきました。（2015年2月時点の情報です）</p>
</div>
<h2>ストーリーを知る　書く　そして伝える。</h2>
<h3>大住さんの現在の仕事内容を教えてください。</h3>
<p>政治経済や犯罪など多岐にわたるニュースの翻訳を中心に、自分で記事を書くこともあります。記事は共同通信からの記事を訳すことが多く、内容によっては翻訳だけでなく、電話などで専門家に取材をすることもあります。また、外国人コミュニティを特集するコラムを担当しているのですが、ここでは外国人の暮らし方や面白いプロジェクトに参加している人を取材して、月１回程度、記事を書いています。</p>
<p>「The Japan Times」の読者の７割は外国人の方々ですが、英語を学ぶために読んでくださる日本人読者もたくさんいらっしゃいます。中には日本語と英語の新聞を読み比べる人もいるようです。</p>
<h3>１日の仕事のタイムテーブルはどのようになっているのでしょうか。</h3>
<p>「The Japan Times」は文字通り日本に焦点を当てている新聞なので、まず午前中に現在どのようなことが日本で起きているのかを確認します。記事を書き上げたら、デスク（記者が書いた記事を編集する担当者）が内容をチェックし、より良質な記事になるよう編集していきます。締切直前は本当に慌ただしいんです。（ちょうど大住さんへのインタビュー時間と重なり、取材ルームの隣にあるオフィスではとても慌ただしい様子、私たちまでハラハラと緊張感が伝わってきました・・・！）</p>
<p>ほかの新聞社に比べると、ジャパンタイムズにはそれほど多くのスタッフはいません。ときには取材のために外出することもありますし、電話でインタビューを行う場合もあります。取材などのアポイントがなければ通常１０：００から夜の１８：００までオフィスにいます。記者は柔軟な働き方が認められているので、外出先や自宅から記事を書き上げて送る時もありますね。</p>
<h3>オフィスをざっと見渡した様子だと女性が多いですね。</h3>
<p>そうなんですよ、ほかの新聞社と比較すると女性が多いですね。ジャパンタイムズの特徴の一つだと思います。弊社は産休・育休制度や時短勤務などの制度が取得しやすい環境なので、子育てをしている女性スタッフもたくさんいます。育児休業を終えて職場に復帰するスタッフが大半です。</p>
<p><img decoding="async" class="alignnone wp-image-1068 size-full" title="異国の地、日本ではたらく。（ジャパンタイムズ）" src="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/02/japantimes-IMG_9841.png" alt="japantimes-IMG_9841" width="702" height="400" srcset="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/02/japantimes-IMG_9841.png 702w, https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/02/japantimes-IMG_9841-300x171.png 300w" sizes="(max-width: 702px) 100vw, 702px" /></p>
<h2>「将軍」というドラマに感銘を受けた。</h2>
<h3>大住さんが日本語を学び始めたきっかけがとても気になります。</h3>
<p>日本語を学びたいと思い始めたのは７歳の頃、テレビ放送されていた「将軍」という日本の歴史ドラマシリーズを観たことがきっかけでした。幼いながら心に強い印象を焼き付けられました。今となってはヨーロッパでも日本文化はとても人気がありますが、私が日本について学びたいと思い始めた頃とは状況は少し違うと思います。その当時もマンガの人気はありましたが、情報自体はとても少なくて日本について知る機会はかなり限られていたと思います。</p>
<p>私は「日本語」という言語自体をとても気に入って、そこから人々がどんな会話をしているのかが知りたくなって、日本の文化や歴史についても興味を持つようになりました。ポーランドの大学へ入学して日本語学を専攻し、そこから本格的に日本語の勉強を始めました。大学では主に文化と語学を学んでいたので、ずっと日本現地の文化に触れたいという気持ちを心に抱いていました。</p>
<h3>そのような背景があって日本の大学へ進学されることに決めたのですね。</h3>
<p>はい、そうです。私のような日本語学専攻の学生は皆、少なくとも１年は日本へ行って勉強がしたいと願っていたのではないかと思います。私の場合は交換留学制度を利用することができたので、学習院女子大学で約１年間学ぶ機会に恵まれました。ただ、日本で暮らすのは当初この1年間の予定だったので、１０年経った今もこうして日本で働いているとは思ってもいませんでした。</p>
<h3>どうして当初の予定を変更して日本に留まることを決めたのですか。</h3>
<p>学習院女子大学へ交換留学をしている時に、縁があり、日本で就職先を見つけました。そのため、日本留学を経て、大学を卒業するために一度ポーランドに戻りましたが、卒業後に再度来日し、日本の企業で主に翻訳と通訳の仕事をするようになりました。今はこうして日本で働く機会をいただいてとても光栄に思っています。自分の能力がこうして活かせる限り、すべて良い経験だと思っていますから。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone wp-image-1073 size-full" title="異国の地、日本ではたらく。（ジャパンタイムズ）" src="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/02/japantimes-IMG_9810.png" alt="japantimes-IMG_9810" width="702" height="400" srcset="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/02/japantimes-IMG_9810.png 702w, https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/02/japantimes-IMG_9810-300x171.png 300w" sizes="(max-width: 702px) 100vw, 702px" /></p>
<h2>語学力が日本で働くチャンスをつくった</h2>
<h3>どのようにして日本で働き口を見つけたのでしょうか。</h3>
<p>実は求人情報の雑誌やサイトをマメにチェックしていたわけではなく、たまたま友人がポーランド語を話せる人材を探している企業があると教えてくれました。幸いにも母国にいた頃、仕事として翻訳の経験もあったので、ぴったりな条件だったと思います。</p>
<h3>日本以外の国で働くことをお考えになったことはありますか。</h3>
<p>私の場合、日本以外で働いたことはないので日本での仕事が私のキャリアのすべてです。ただ、以前働いていた企業などの経験を踏まえると、ジャパンタイムズには日本人以外のスタッフもたくさんいるので、ほかの会社の職場環境と比べると少し特殊かもしれませんね。とてもインターナショナルな企業だと思っています。報道部の記者の多くは日本人ですが、運動部やエンタメ関連記事を書く生活文化部などでは外国人記者も活躍していて、お互いを高め合える環境だと思います。記事の最終チェックは、いつもネイティブのスピーカーが担当していますよ。</p>
<h2>新たにストーリーを再構築する。</h2>
<h3>翻訳というお仕事の難しさはどういったところでしょうか。</h3>
<p>語学自体の知識だけでは十分ではないところです。その国の文化や時代背景などを前提として文章が成り立っているので、翻訳する際に頭を抱えてしまうときもあります。加えて、日本語は文語と口語で文章の構成が大きく変わってきます。日本へ来たばかりの頃は、書き言葉と話し言葉でこんなにも言い回しが変わってしまうことに、正直とても困惑しました。翻訳の仕事とは、取材内容をただ直訳するのではなくてストーリーを「再構築」することだと思っています。</p>
<h3>現在のお仕事のどのような部分に魅力を感じますか。</h3>
<p>毎日何か新たなことを学べるところですね。仕事柄たくさんの情報に触れるので、自分の知識量も増えていきます。もちろん職場の人々から学ぶこともたくさんありますし、取材でのインタビューを通してたくさんの人に出会える環境はとても良い経験になっています。もっと多くの記事を書いてみたいですね。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone wp-image-1070 size-full" title="異国の地、日本ではたらく。（ジャパンタイムズ）" src="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/02/japantimes-IMG_9833.png" alt="japantimes-IMG_9833" width="702" height="400" srcset="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/02/japantimes-IMG_9833.png 702w, https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/02/japantimes-IMG_9833-300x171.png 300w" sizes="(max-width: 702px) 100vw, 702px" /></p>
<h3>外国人でさらに女性という立場は、日本で働く上でどのような難しさがありますか。</h3>
<p>私が入社した頃（２００６年）は「外国人」＋「女性」というバックグラウンドはいわゆるダブルパンチでした（笑）。ジャパンタイムズに勤める前の会社での面白い話があります。外国人男性と同時期に入社して同じ業務を行っていたのですが、日本人の同僚とのコミュニケーションはすべてその男性を通して行われていたのです。女性で、かつ外国人ということでどうやって話しかければよいのかわからなかったのだと思います。おそらくさまざまな先入観があって、外国人である私が職場にいるということに違和感を感じたのでしょうね。もちろんこれは最初の頃だけで、すぐに普通に話しかけてくれるようになりました。</p>
<p>また以前、日本人の方に、私が外国人という理由で「日本語できちんとコミュニケーションは取れない」と言われたことがありました。これまで外国に滞在したことがなく、外国人と話す機会がなかった人々にとっては、私のような外国人が流暢に日本語を話すことは驚くべきことなのかもしれませんね。ただ、今では多くの日本企業がグローバルな企業に生まれ変わろうと、以前より多くの外国人労働者を受け入れるようになっていますし、中には社内公用語を英語にする企業などもあるようですね。</p>
<h3>仕事と家庭の両立はどのようになさっているのでしょうか。</h3>
<p>家事などは一人で抱え込まずに分担する、など基本的なことですが、忙しく仕事をしながらもプライベートな時間を大切にできるよう努力しています。日本は外国に比べると、職場で過ごす時間が長いと思います。共働きだからこそ少しでも家で過ごす時間を充実したものにできるよう、常に心がけています。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone wp-image-1071 size-full" title="異国の地、日本ではたらく。（ジャパンタイムズ）" src="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/02/japantimes-IMG_9821.png" alt="japantimes-IMG_9821" width="702" height="400" srcset="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/02/japantimes-IMG_9821.png 702w, https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/02/japantimes-IMG_9821-300x171.png 300w" sizes="(max-width: 702px) 100vw, 702px" /></p>
<h2>はじめはすべてを自ら進んで学ばなくてはいけない。</h2>
<h3>日本へ来る前と後で、ご自身に何か変化したことはありますか。</h3>
<p>おそらく外国へ留学した方々は同じような経験をお持ちかもしれませんが、些細なことも含めると毎日のように壁にぶつかっていました。だから、困難を自分の力で乗り越えていかなければいけないという強い気持ちが自分の中に芽生えました。何かにぶつかってもめげずに立ち上がって、そうやって繰り返していくうちに、自然と自分に対して自信を持てるようになりました。また、ポーランドを飛び出さなければ知ることのできなかった、多くのことを体験できたのはとても価値あることだと思っています。</p>
<h3>自分の中に自立心が生まれるということでしょうか。</h3>
<p>そうですね。私の場合、日本へ初めて来たときには、既にポーランドの大学で５年目にあたる年だったので日本語をある程度話すことができました。この語学力は実際かなり役に立ったと思います。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone wp-image-1072 size-full" title="異国の地、日本ではたらく。（ジャパンタイムズ）" src="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/02/japantimes-IMG_9830.png" alt="japantimes-IMG_9830" width="702" height="400" srcset="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/02/japantimes-IMG_9830.png 702w, https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/02/japantimes-IMG_9830-300x171.png 300w" sizes="(max-width: 702px) 100vw, 702px" /></p>
<h3>（留学生からの質問）私の友人は日本語があまり堪能ではなくてとても苦労していました。まず対人コミュニケーションを取るのが困難ですし、日本独自のマナーや習慣といった「異国文化」に慣れるのもとても大変でした。今は文化についてより多くのことを学んでいて、以前よりも日本での生活に足が地に着いたような気がします。</h3>
<p>そうですね、語学力があれば少なからず強みになると思います。ビジネスの現場においてだけでなく、言葉を知っていればそれだけ相手との相互理解がより深まります。たとえほかの人が説明できない事柄があったとしても、自分の中で考えて、それを相手に説明できるチャンスもあるわけです。どのコミュニケーション手段を使うにせよ、役に立つはずですよ。</p>
<h3>日本とポーランドの大きな違いはどういったところに感じますか。</h3>
<p>言語と文化は全く違いますが・・・とても難しい質問ですね（笑）ただ、日本は以前よりもオープンになっていると感じます。日本人は一般的にフレンドリーで礼儀正しい人々だと言われていますよね。実際私が日本へ来た初めの頃も、たくさんの方々が親切に手を差し伸べてくださりました。そういうことを踏まえると、多くの人が抱いている日本人のイメージに対してなるほどなぁと頷くことができました。私の生まれ育った西洋では、幼い頃から自分の身の回りのことは自分でできるように教育され、日本より自立性が重んじられていると思うので、そういう部分は大きな違いかもしれません。</p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone wp-image-1069 size-full" title="異国の地、日本ではたらく。（ジャパンタイムズ）" src="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/02/japantimes-IMG_9794.png" alt="japantimes-IMG_9794" width="702" height="400" srcset="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/02/japantimes-IMG_9794.png 702w, https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/02/japantimes-IMG_9794-300x171.png 300w" sizes="(max-width: 702px) 100vw, 702px" /></p>
<h2>お互いを認め合う社会へ</h2>
<h3>日本が以前よりもオープンになっているというのはどういうことでしょうか。</h3>
<p>外国人に対してだけではなくて、日本企業や日本人そのものがお互いの「異なる」部分について認め合うような考え、そして環境へと移行しているように思います。ダイバーシティについて寛容になりつつありますし、これからの日本ではこうした動きがさらに必要になってくるのではないでしょうか。事実、私が日本へ来た１０年前は語学力やすぐに働けるか否かを問われ、一人の労働者としてではなく、外国人というフレームでざっくりと判断されていたのです。しかし、今では多くの日本企業が外国人に対しても、どのように会社へ貢献することができるのか、また、日本人の同僚に対してどのような見本となってくれるのか、そういったことを求めるようになりました。</p>
<h3>ありがとうございました。最後に、学生にメッセージをお願いします。</h3>
<p>多くの人が言っていると思いますが、失敗を恐れずに何事にもチャレンジしてもらいたいです。もし何か途中で躓いたり、自分の方向性に不安を感じたりしたら他人に助けを求めていいですし、そこで様々な異なる考え方に出会うこともあります。ぜひ色んなアプローチやアングルで物事を捉えてみてほしいです。そうすればいくら失敗しても再び立ち上がることができると思うし、そうしてまた「新たな挑戦」へと一歩踏み出してみてください。</p>
<h3>インタビューを終えて（ハナジョブ学生記者）</h3>
<p>今回ポーランド、アメリカ、中国、ベトナム、そして日本というバラバラな国の人たちが「英語」を介して交流しました。１年前の自分には到底できなかったであろうことに、純粋に英語を勉強していて良かったと思い、もっと自分の言葉で喋れるようになりたい気持ちが高まりました。これはとても単純で、理解が深まれば楽しさが倍増すると思うからです。もっともっと頑張りたいと思います。</p>
<p>また、大住さんが今もこうして日本で働いているのは決して偶然ではないのだろうと感じました。日本で働くことに全く無関心でいたならば、そのような求人情報すら入ってこないと思ったからです。日本のドラマから興味が始まり、そこからどんどん好奇心に忠実となって突き進んでいるような印象を受けました。好奇心の塊となってアンテナを張りつつ、今までやったことのない挑戦をし続ければ、「幸運」が近くにきてくれたときにそれを活かすことができるのかもしれないと思いました。そして、そのタイミングをものにするには努力を怠ってはいけないと思うし、そういうことを深く考えたくなるインタビューでした。</p>
<p>異国の地で暮らす、ましてや働くことはきっと私の想像以上に過酷だと思うし、たとえ言葉を知っていたとしても、文化の壁によって孤独感を覚えることもあると思います。誰でも初心者から始まるし、肩身の狭い思いをすることがあっても、自分の限界に挑戦しつつ常にアンテナを張り巡らせる人間でありたいなと思いました。大住さん、今回は本当にありがとうございました。</p>
<p><a title="Ms. Magdalena Osumi, from Poland, currently work with Japan Times as a staff writer in Domestic News Division." href="https://hanajob.jp/2015/02/22/workstyle95english/">英語バージョンはこちら</a></p>
<p><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone wp-image-1074 size-full" title="異国の地、日本ではたらく。（ジャパンタイムズ）" src="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/02/japantimes-IMG_9847.png" alt="japantimes-IMG_9847" width="702" height="400" srcset="https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/02/japantimes-IMG_9847.png 702w, https://hanajob.jp/wp/wp-content/uploads/2015/02/japantimes-IMG_9847-300x171.png 300w" sizes="(max-width: 702px) 100vw, 702px" /></p>
<div class="kakomi">
<p><strong>記者という仕事</strong></p>
<p>テレビ局や新聞社など報道機関に所属して、記事を書くのが記者という仕事。</p>
<p>「夜討ち朝駆け」なんて言われることもありますが、スクープのためには深夜でも早朝でも現場に駆けつけて取材をする、というなかなかにハードな仕事！</p>
<p>最初は体力的にハードな部署で記者としての基本を鍛えられ、その後専門的な部署に配属される、というのが多いパターンです。</p>
<p>あこがれる人は多いけれど、全力で取り組む事ができなければ難しい仕事でもあります。 仕事は完全に体育会系！　それに負けない精神でがんばらなければいけません。</p>
<p><strong>株式会社ジヤパンタイムズ</strong></p>
<p>「The Japan Times」は国内で最大の販売部数を誇る英字新聞であり、多様で独自性のある日本関連の英文ニュースを提供しています。1897 年の創刊以来、政治、経済、文化、社会およびスポーツ報道を通じ、日本を世界に発信する役割を果たしてきました。2013年10月からは「The Japan Times / International New York Times」の名称で、世界のクオリティーペーパーとして名高いニューヨーク・タイムズ紙国際版とセットで発行しています。</p>
</div>
]]></content:encoded>
					
		
		
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		<item>
		<title>人と会うと、必ず一つは新しい発見がある（毎日新聞社）</title>
		<link>https://hanajob.jp/workstyle045/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[ハナジョブ学生記者]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 15 Sep 2010 15:45:24 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[先輩インタビュー]]></category>
		<category><![CDATA[マスコミ・メディア（業種）]]></category>
		<category><![CDATA[新聞]]></category>
		<category><![CDATA[新聞（業種一覧）]]></category>
		<category><![CDATA[毎日新聞社]]></category>
		<category><![CDATA[編集・記者]]></category>
		<category><![CDATA[編集・記者（職種）]]></category>
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					<description><![CDATA[大学で専攻していた法学の分野から一転、記者一筋の道を歩まれている永山さん。世の中に知られていない問題を発見して、掘り下げることの大切さをお話してくださいました。実は人見知りという一面も！記者にとって必要なことは何かを考え [...]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<div class="kakomi">
<p>大学で専攻していた法学の分野から一転、記者一筋の道を歩まれている永山さん。世の中に知られていない問題を発見して、掘り下げることの大切さをお話してくださいました。実は人見知りという一面も！記者にとって必要なことは何かを考えさせられる取材となりました。（2010年9月時点の情報です）</p>
</div>
<h2>人見知りを上回る探究心！</h2>
<h3>現在の仕事内容を教えてください。</h3>
<p>新聞社には現場の最前線で取材をする記者と、その記者が書いた原稿をチェックして、記事を作り直し、より面白くする編集の仕事をするデスクがいます。私自身は取材に行きながら、それに加えて記者全体を総括する仕事もしています。</p>
<p>私のいる科学環境部では、サイエンス、医療、環境問題、エネルギー問題、自然災害など、多岐にわたる分野にフォーカスをあて報道しています。最近は、高額医療費問題を連載で取り上げたところ、読者から非常に反響がありました。昨年は、まだ社会が注目していない問題として獣医師の人材不足の問題を取り上げました。新聞社の大切な仕事の一つに、世の中でまだ知られておらず、考えてもらうべき問題を掘り下げることがあると思います。</p>
<p>そのためには、常にアンテナを張り、会社の机に座っているだけではなく、日常生活の中で色々な人と会ってお話することが必要です。その人たちがなんとなく問題だと思っていることが、実は世の中でも大きな問題になっていることがありますから。</p>
<p>記者の仕事は書く仕事だと思っていたのですが、実際に人に会って話を聞くことが大事なんですね。</p>
<p>極論に言うと、記事を書くよりも情報の方が大切です。大事なのは情報であり、いかに現場に行って情報を拾い、事実をつかめるかなんですよね。</p>
<p>実は私、とても人見知りなんです。今日も電車が止まって取材が延期になればいいと思ったくらい（笑）。でも実際に取材で人に会うと、必ず一つは新しい発見があって、それが記事に繋がるんですよね。そういう経験を繰り返して、とにかく人に会って話を聞かなければ！と思うようになりました。</p>
<h3>現在の仕事に就くまで、どのようなお仕事をされてきたのでしょうか？</h3>
<p>東京本社に異動になるまでは、大阪本社で2年、和歌山支局で3年、前橋支局で4年間働きました。大阪本社では整理部という部署に所属し、紙面をどういったレイアウトにするか考える編集の仕事をしていました。和歌山支局では警察担当に就き、地域で起こった事件・事故や、街の話題について取材をし、記者としての訓練を積みました。前橋支局では、主に行政や政治・選挙の取材をしました。</p>
<p>そして2000年から東京本社に来て、再び編集の仕事に就きました。東京が一番多くの情報発信地ですので、自分の紙面づくりによって日本全国の毎日新聞の記事の扱いが決まることもあり、そういった意味ではとてもダイナミックで面白い部署でした。<br />
2002年から科学環境部に移り、今に至ります。</p>
<h3>最初から新聞記者を目指していたのですか？</h3>
<p>大学入学当初は、司法試験を目指していました。「女性も社会で活躍するべきだ」という両親の教育の影響もありましたね。でも、司法試験は一回受けてみたものの、まったく歯が立ちませんでした（笑）。</p>
<p>これは合格するのがなかなか難しい世界だな、というのが見えてきた頃、ちょうど天安門事件やベルリンの壁の崩壊など、新しい時代の幕開けといわんばかりの目まぐるしいでき事が世界中で起きました。それをきっかけにマスコミに興味を持ち始めました。</p>
<p>過去のことを振り返り、それを現代社会の秩序作りに反映させる法律の勉強より、物事の最前線をこの目で見たい、新しいことを世の中に伝える、という報道の仕事への関心が強まりましたね。就職活動も、マスコミ中心に受験しました。私の世代はバブル時代まっただ中でしたので、比較的に気軽にチャレンジできたと思います。</p>
<h3>仕事の楽しさと苦労を教えてください。</h3>
<p>人との出会い、そして会話の中で新しい発見が常にあることが楽しさですね。必ず一つ以上は、驚いたり感心する事実や発見があります。先日、地球に帰還したはやぶさ探査機の取材で、オーストラリアまで行ってきたのですが、はやぶさが返ってくる瞬間に、自ら立ち合えることができたのは感慨深いものでした。現場でなければ体験できないことを自ら体験できるというのは何にも代えがたい、この仕事の面白さだと思います。</p>
<p>一方で、日々苦労の連続です。常に新しい原稿を途切れなく書かなければいけないという使命感、義務感もありますし、競争の激しい報道の世界ですからもちろんプレッシャーもあります。</p>
<p>実は、紙面に載せられる記事の数は限られています。たとえば新聞の１面ですと、3、4本が相場です。社会面も、見開きで大きな記事は5本載れば多いほうです。ですから、いかに自分の記事を載せてもらうか努力し、工夫を凝らし、凌ぎを削るというわけです。</p>
<h2>書く記事の影響力を忘れないように</h2>
<h3>仕事で心がけていること、大事にしている想いを教えてください。</h3>
<p>20年近くも仕事を続けていると、毎日の仕事がルーティーンになりがちです。しかし、わたしたちの書く記事の影響力は忘れてはいけない、と肝に銘じています。私たちが何気なく書いた言葉づかい一つをとっても、人それぞれ受け止め方や与えるイメージは異なってきます。取材の仕方にしても、事件の取材や不利益を被っていらっしゃる方へ取材では、傷つけてしまう恐れもあります。なるべく取材する方の気持ちに寄り添い、配慮するように気を配っています。</p>
<h3>永山さんにとって仕事とは何ですか？</h3>
<p>幸いなことに、私にとって仕事は義務的なものではありません。私は自分自身を「給料泥棒」だと思っているんですね。仕事をしながら毎日勉強ができるし、世界の一線の方と話ができ、その時間は相手を独り占めできるのですから。普通望んでも会えないような人への取材が、「毎日新聞」という名刺を使って実現できるのは、この仕事の醍醐味だと思います。</p>
<h3>どのように家庭と仕事を両立させていますか？</h3>
<p>大変恵まれていることに私の夫は料理が大好きなので、炊事の部分に関してはほぼお任せしてしまっています。他の家事については、協力し合って一緒にするようにしています。</p>
<h3>これからどんなことをしたいと考えていますか？</h3>
<p>新しい分野にも怖がらず、自分の人見知りを抑えて、挑戦を続けたいですね。科学環境部も社内ではまだ小さな勢力なので、影響力のある部署にしていきたいです。一目置かれるような存在になるためには自分も影響力ある、インパクトの大きい記事を書いていきたい、と思っています。</p>
<h3>これから同じ職種に就きたいと思っている人にアドバイスをお願いします。</h3>
<p>記者になるには、高い作文能力や体力、豊富な知識などの特殊技能は必要ありません。私も人見知りで、文章も月並みだし、体力に自信がある訳ではありませんでした。でも、記者の仕事はできています。つまり、誰でもなれる職種なんです。</p>
<p>逆に一分野しかダメ、という人が来ると困ってしまいます。というのも、私たちは世の中すべて、全世界、場合によっては宇宙まで、という非常に幅広いものを対象に記事を書いているわけですから、どんな分野でもより好みせず、興味を持てる人材が、良い新聞を作るためには組織として必要なのです。メディアの中での新聞の位置づけがどうなるかは、不透明なところもありますが、様々な発想、アイデア、感性を生かして、ぜひ挑戦していただきたいと思います。</p>
<h3>学生へのメッセージをお願いします。</h3>
<p>社会に出るということは、なんらかの制約を課せられるということです。時間にせよ、興味を持つ方向性にせよ、その制約が全くないというのは学生のうちだけです。なんでも、興味のもったことをシャワーのように浴びることができるのは学生のうちです。社会に対して自分が何をできるのか考えたり、今まで関心のなかった方向も向いてみたりすることで新しい発見があると思います。広い視野を持って過ごして欲しいですね。</p>
<h3>インタビューを終えて（ ハナジョブ学生記者）</h3>
<p>取材をして、記者に必要な素質というのは、何も文才や知識だけではないのだということが分かりました。物怖じせずにドアを叩き、話を聞きに行く積極性。永山さんは自らを人見知りする性格だとおっしゃっていましたが、それを克服し、今記者として一線でご活躍する背景には永山さんのハングリー精神、探究精神があるのだと感じました。</p>
<div class="kakomi">
<p><strong>記者という仕事</strong></p>
<p>テレビ局や新聞社など報道機関に所属して、記事を書くのが記者という仕事。</p>
<p>「夜討ち朝駆け」なんて言われることもありますが、スクープのためには深夜でも早朝でも現場に駆けつけて取材をする、というなかなかにハードな仕事！</p>
<p>最初は体力的にハードな部署で記者としての基本を鍛えられ、その後専門的な部署に配属される、というのが多いパターンです。</p>
<p>あこがれる人は多いけれど、全力で取り組む事ができなければ難しい仕事でもあります。仕事は完全に体育会系！それに負けない精神でがんばらなければいけません。</p>
</div>
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		<title>自分の興味の赴くままに様々なことに飛び込める！（読売新聞社）</title>
		<link>https://hanajob.jp/workstyle042/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[ハナジョブ学生記者]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 15 Jul 2010 17:09:53 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[先輩インタビュー]]></category>
		<category><![CDATA[マスコミ・メディア（業種）]]></category>
		<category><![CDATA[新聞]]></category>
		<category><![CDATA[新聞（業種一覧）]]></category>
		<category><![CDATA[編集・記者]]></category>
		<category><![CDATA[編集・記者（職種）]]></category>
		<category><![CDATA[読売新聞社]]></category>
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					<description><![CDATA[司法試験の勉強から一転、新聞社に入り記者の仕事に就くことになった山田さん。地方での取材や政治部での総理番などを経験したなかで、いろいろなやりがいや楽しさ、そして苦労があったようです。今は文化部で記者をしている山田さんに、 [...]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<div class="kakomi">
<p>司法試験の勉強から一転、新聞社に入り記者の仕事に就くことになった山田さん。地方での取材や政治部での総理番などを経験したなかで、いろいろなやりがいや楽しさ、そして苦労があったようです。今は文化部で記者をしている山田さんに、記者の仕事、そして子育てとの両立について伺いました。</p>
</div>
<h2>他では得られない、やりがい！～山田さんのワークスタイルとは～</h2>
<h3>現在のお仕事の内容を教えてください。</h3>
<p>文化部で、毎週日曜朝刊にある「本よみうり堂」という読書面を担当しています。読書委員の作家、大学教授などに書評を書いていただいて、それをまとめるという編集者の仕事と、著者にインタビューして記事を書くという記者の仕事をしています。</p>
<p>また、文化面の論壇のページを担当していて、学者や評論家の方々に、政治経済問題や社会問題について寄稿していただいたり、インタビューをして原稿を書いたりという仕事をしています。</p>
<h3>現在の仕事につくまで、どのようなお仕事を経験されましたか？</h3>
<p>2000年に入社をして、まず新潟支局に配属されて６年ほど過ごしました。そのうちの約3年は長岡支局です。東京に戻ってからは、世論調査部に１年間。その後、政治部に異動しました。ちょうど安倍さんが首相だったときで、総理番をやっていました。長岡支局で選挙や田中真紀子さんの取材をしているうちに、政治に対して興味を持つようになって、政治部で仕事をしたいと思ったんです。</p>
<p>このまま政治部にずっといるのだろうなと思っていたのですが、期せずして妊娠！2008年に育休に入り2009年4月に復職しました。その後政治部で選挙関係の内勤が中心の仕事を半年ほどしました。でも、政治はリアルタイムでニュースに対応する必要があるんですよね。子どもがいるとリアルタイムで対応するのは難しい。だから、ある程度自分で時間をコントロールできる、文化部を希望して異動しました。</p>
<h3>山田さんの学生時代と、読売新聞社に入社を決めたきっかけを教えてください。</h3>
<p>法律学科に入学したとき、教授が「弁護士の仕事は、結婚して子どもを産む女性にこそなって欲しい仕事だ」と講義でおっしゃっていたのを聞いて、司法試験の勉強を３年生の頃から始めました。卒業してからも２年間は就職せずに勉強をしていましたが、全く受かる気配がなくて（笑）。それで就職活動に切り替えました。</p>
<p>ずっと新聞記者を目指していたわけではないのですが、新聞社は採用の年齢制限が緩く、既卒者も試験を受けることができたんですよ。もちろんそれだけではなくて（笑）、昔から文章を書いたり、裁判や事件のノンフィクションを読んだりということが好きだったんです。将来を考えたときにそういうことが無意識にあって、新聞社を選んだのかもしれませんね。</p>
<h2>『いろいろな分野に興味を持って欲しい』そう語る山田さんの仕事観とは？</h2>
<h3>仕事の楽しさと苦労を教えてください。</h3>
<p>楽しさは何よりも、自分の書いた記事が紙面に出ることですね。入社して初めて書いた記事は、郵便局で開催された写真展についての小さな記事でしたけど、今でも忘れられないですね。自分が書いたものが記事に載るというだけでも大きな喜びですが、取材を受けて頂いた方や読者の方から、｢良かったよ｣と反応をいただけるのが、一番嬉しいことです。</p>
<p>苦労はそれと背中合わせです。取材記者の仕事は、向こうがいつもウェルカムで応えてくれるばかりではありません。特に事件・事故でご家族を亡くした方や、話したくない方に対しても取材をしなければならないんですよね。非常に気を遣いますし、悩みます。どうやったら心を開いてもらえるかは難しいところで、喜びと苦労がない交ぜになりますね。</p>
<p>苦労ばかり続いて、私はもう向いてないのかなと思うと、たまに良いことがあったりして、それで何となく10年間続けてきましたね（笑）。</p>
<h3>仕事で心がけていることはありますか。</h3>
<p>取材をする相手の方に時間を取って頂いて、じっくり腹を割って話すという仕事がメインです。だから、相手の方の伝えたい思いや雰囲気を、間違えずに読者の方にわかってもらえるようにするということが、一番気をつけているところです。</p>
<h3>山田さんにとって、仕事とは何ですか？</h3>
<p>政治部は、国会や総理に密着して、ある意味歴史的な現場に立ち会える仕事でした。文化部なら、素敵な本の著者など、有名な方にお会いできます。苦しく大変なこともある半面、自分の興味の赴くままに様々なことに飛び込んでいけるという面では、喜びや楽しみが多いですね。いろいろな人と知り合いになれて、毎日初めての人に会え、いろいろな刺激を受けます。それは全部自分の糧になり、励みにもなる。仕事をしていないとなかなか得難いものだと思います。</p>
<h3>記者職を選んで良かったと思うことは何ですか？</h3>
<p>新聞記者の場合、取材対象が著名な方から無名の方に至るまで、さまざまです。<br />
ふつうの人たちの思いを紙面に載せることも、新聞の役割として非常に大切だと思っています。いろいろな価値観を持った人たちの中に立ち混じって自分もそこで失敗したり成長したりしながら、記事も書けてしまうというところが記者職のやりがいですね。</p>
<h3>どのようにして仕事と家庭を両立させているのですか？</h3>
<p>最初は頑張って全部完璧にやらなきゃと思っていたのですが、今では夫や祖父母などいろいろな人に助けてもらいながらやっています。家事や子育ては頑張りすぎないでやっていこうと思います。</p>
<p>これからは、奥さんが専業主婦で旦那さんが稼いでという時代ではなく、２人で働いて子育ても２人で分担してという時代になっていくと思います。私の主人も最初は保守的な考えでしたが、今では協力してもらっています。子どもを産むと記者職を続けられないということはなく、自分のできるスタイルで続けていくということは十分できると思います。</p>
<h3>これからどんなことをしたいと考えていますか？</h3>
<p>今までは割と突撃取材が多くて、頭より体力・気力を使う仕事をやってきたのですが（笑）、文化部では、膨大な専門知識が必要になります。先輩記者には取材相手から一目置かれるという人もいるんですね。私も「これが私の専門です」と胸を張って言えるようになりたいと思っています。</p>
<h3>これから社会に出る学生へのメッセージをお願いします。</h3>
<p>文化部にいると、自分には教養がないなと思うことが多々あります。<br />
教養は、様々な面で土台になり、人間関係を築いたり仕事をしたりする時の助けになってくれます。大学時代は様々な分野の第一線で活躍されている先生が身近にいて、講義を聞けて、ゼミに入れば議論もできるという、本当に貴重な時間だったと今になって思います。貴重な機会を生かし、いろいろな分野に興味を持って教養を蓄積してください。</p>
<h3>インタビューを終えて（ ハナジョブ学生記者）</h3>
<p>記者の仕事も子育てもイキイキとこなしている山田さん。インタビューに答える側になるのは初めてとのことでしたが、笑顔で丁寧に答えてくださいました。周りのことを考え、常に問題意識と向上心を持って仕事に取り組まれている姿はとても魅力的に思います。山田さん、ご協力ありがとうございました。</p>
<div class="kakomi">
<p><strong>記者という仕事</strong></p>
<p>テレビ局や新聞社など報道機関に所属して、記事を書くのが記者という仕事。</p>
<p>「夜討ち朝駆け」なんて言われることもありますが、スクープのためには深夜でも早朝でも現場に駆けつけて取材をする、というなかなかにハードな仕事！</p>
<p>最初は体力的にハードな部署で記者としての基本を鍛えられ、その後専門的な部署に配属される、というのが多いパターンです。</p>
<p>あこがれる人は多いけれど、全力で取り組む事ができなければ難しい仕事でもあります。 仕事は完全に体育会系！　それに負けない精神でがんばらなければいけません。</p>
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		<title>面白くて、考えさせられる記事を書きたい。（朝日新聞社）</title>
		<link>https://hanajob.jp/workstyle008/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[ハナジョブ学生記者]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 16 May 2009 06:16:25 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[先輩インタビュー]]></category>
		<category><![CDATA[マスコミ・メディア（業種）]]></category>
		<category><![CDATA[新聞]]></category>
		<category><![CDATA[新聞（業種一覧）]]></category>
		<category><![CDATA[朝日新聞社]]></category>
		<category><![CDATA[編集・記者]]></category>
		<category><![CDATA[編集・記者（職種）]]></category>
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					<description><![CDATA[高校時代の経験がきっかけで、教育問題に携わりたいと思いを持った葉山さん。念願かなって現在は教育グループの記者として、日々教育に関わる問題を追いかけています。 自分のやりたいことを実現し、順風満帆に見える葉山さんですが、そ [...]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<div class="kakomi">
<p>高校時代の経験がきっかけで、教育問題に携わりたいと思いを持った葉山さん。念願かなって現在は教育グループの記者として、日々教育に関わる問題を追いかけています。<br />
自分のやりたいことを実現し、順風満帆に見える葉山さんですが、その裏側には様々な苦労や努力があったようです。苦しいことにもめげず、自分の目標に一直線に進む葉山さんの、仕事にかける思いとは？（2009年5月時点の情報です）</p>
</div>
<h2>「教育問題に関わりたい」その熱い思いを胸に秘めて･･･</h2>
<h3>これまでに経験してきたお仕事の内容を教えてください</h3>
<p>最初は札幌にある北海道報道部で２年間、事件事故担当の記者として警察取材をしていました。<br />
その後異動して、次は新潟に３年間在籍しました。ここでは県庁の取材や新潟県内の教育を担当。それから東京本社へ異動となり、最初の半年間は整理部の所属でした。記事のレイアウトや見出しをつける担当の部署です。その後は文化グループに異動し、ファッション関係やテレビ欄の記事を２年担当しました。<br />
現在の教育グループに配属となったのは３年前です。主に学校など教育の現場に行って話を聞き、それを記事にします。最近では、全国学力調査の記事を担当しました。</p>
<h3>記者を目指したきっかけは何だったのですか？</h3>
<p>私の高校は校則がとても厳しかったんですよ。女子は三つあみ、男子は学生帽。体操服は風呂敷に包むなど、意義のわからない校則もありました。勉強も大変で、授業は７時半から始まるので朝暗いうちから家を出なくてはならず、遅刻をすれば先生から体罰を受けることもありました。大学進学についても、自分の学力に合った大学を先生が選び、その中の学校を受験するという形です。そのような高校生活を経て、なぜこんな教育内容だったのだろうと疑問をもちました。そこで、教育学について学びたいと思い、教育学部に進学したんです。</p>
<p>最初は教育学者になりたいと思っていたのですが、大学２年のときに、私の出身高校での体罰が地元の新聞に取り上げられました。それがきっかけで学校が少しよくなったということを聞き、教育問題を解決するためには記事を書くという選択肢もあるんだと気づいたんです。それが記者に興味をもったきっかけでした。</p>
<h3>では、今の教育グループに配属されたのは、葉山さんの願いが通じたといったところでしょうか？</h3>
<p>そうですね。私は採用面接の時からずっと教育関係をやりたいですと言い続けていました。毎回異動の時期には、教育の担当になりたいと希望を出し続けていたんです。ちょうど会社の組織を再編するときに、教育グループが独立して新たに作られ、各部から人を集めるということになったんです。その時に、上司が「そういえば教育をやりたいと言っていたな」と私のことを思い出してくださって、教育グループに行くことができました。</p>
<h3>学生時代はどのように過ごしていたのですか？</h3>
<p>私は、大学には真面目に通い、ゼミもいくつか受けていたのですが、キャリアに直接結びつくような活動、例えばボランティア活動などはしていなかったですね。先日私は採用試験の面接官をしたのですが、今の学生さんは色々な活動をされていてびっくりしました。それくらい、自分は何もしていなかったなあと思いました。</p>
<h2>「お金をもらって修行しているようなもの」－‘記者’という仕事への思い</h2>
<h3>記者としての仕事の楽しさとは何ですか？</h3>
<p class="img_right_p">私の場合、自分で調べたことが記事になり、それが読者に読まれることが「仕事」なので、「仕事をしている」という感覚がないんですよ。お金をもらって記事を書く修行をしているようなものです。それから、今関わっている教育面の記事は、読者からの反響がとても大きいんです。それが変化に繋がっていくというのは歓びですね。自分が書いた記事が電車の中吊り広告に使われたこともあって、友人から「見たよ」と言われたことも嬉しかったです。新潟にいたころには、自分達の書いた連載記事が本になったこともありました。</p>
<h3>では、仕事をやめたいと思ったことや苦労したことはありますか？</h3>
<p>札幌での最初の三ヶ月は辛かったです。札幌という土地は初めてで、知り合いもいなかったので、毎日家族や友達に電話していましたね。自分が興味のある教育について書くこともできませんでしたし、スクープを取るためにフットワーク軽く動くような仕事も苦手だったんです。「記者に向いてないのかな…」と思いながらも、自分がやりたいことができるまではやめられないという思いで、仕事を続けていました。</p>
<h3>仕事で辛いことがあったときはどのように気分転換しているのですか？</h3>
<p>私の場合は、「寝て忘れる」ことですね（笑）。先程も言ったように私は興味のある分野を取材することが多いので、仕事とプライベートに垣根はありません。休みの日に友達と遊んだり、デートしたりと人に会って気分転換をすることもありますね。</p>
<h3>葉山さんが仕事で心がけていることや大事にしている思いを教えてください。</h3>
<p>新潟にいた頃、当時の総局長が「面白くて考えさせられる記事を書こう」とおっしゃっていて、その言葉を今も大事にしています。その頃から、事件を追ってスクープを狙うのではなく、事件に「味付け」をするように切り口を変えて書くことを心がけていますね。読者はどんなことに興味を持つかな、どんなことを知りたいかな、ということを常に意識しています。<br />
また、事件事故について被害者に取材をする時には、無理矢理聞き出すことはしないようにしています。どうしても聞かなければならないときには、後から手紙を出すなどの方法を考えます。私の周りにいる記者も、同じようなことを心がけているようです。</p>
<h2>「等身大の体験を記事にしたい」－将来の夢、学生に向けたメッセージ</h2>
<h3>葉山さんの将来の夢を教えてください。</h3>
<p>会社のシステムとして他部署への異動は必ずあるんですが、また教育グループに戻って来たいです。そのためにも、教育といえばあいつだ、と思われるような実績を残したいと考えています。<br />
それと、結婚して、子供を育ててみたいです。子育てをすることで、記者としても今起きていることを肌で感じて、等身大の体験を記事に生かすことができると思うんですよ。その経験を通して、地に足のついた記事を書くことができればいいと考えています。</p>
<h3>「教育」について、今後どのような記事を書いていきたいですか？</h3>
<p>自分の中ではっきりした教育像みたいなものがあるわけではないんですが、子供たちが今より良い教育を受けられるようになってほしいと思います。自分自身、高校生活に苦い思い出があるので、自分のような思いをする子が増えてほしくはないんです。何か問題のある部分があるなら、それを伝えていきたいと思っています。</p>
<h3>これから同じ職業に就きたいと思っている人に何かアドバイスはありますか？</h3>
<p>頭で考えるだけでなく、実際に行動してみることが大切です。自分の興味のある分野について調べて、それを実際に記事の形にしてみるというのは記者という職業を考える上でいいと思います。そうやって実際に体験してみることで「なぜ新聞記者なのか」ということを考えることができると思います。</p>
<h3>では、大学生に何か伝えたいことはありますか？</h3>
<p>色んな場所に旅行をしてみるといいと思います。私も学生時代に、ドイツに１ヶ月短期留学をしたり、年に１～２回は旅行に行ってましたね。社会人になったら、時間がなくてなかなか行くことができないと思いますし、学生のうちに色々経験することは社会人になっていく上で重要なことだと思います。</p>
<h3>インタビューを終えて（ ハナジョブ学生記者）</h3>
<p>「教育問題をやりたい！」その思いで真っ直ぐに突き進み、見事念願の教育記者になった葉山さん。強い目標意識を持ち続け、それに向かって日々努力することが、夢を叶える方法なのだと、今回のインタビューを通して感じました。熱い思いをもって努力している姿はきっと誰かが見ていて、その姿に周りは勇気付けられたり、後押ししたくなるのだと思います。いつまでも夢を持ち続け、キラキラ輝く女性になっていたいですね！葉山さん、ご協力ありがとうございました。</p>
<div class="kakomi">
<p><strong>記者という仕事</strong></p>
<p>テレビ局や新聞社など報道機関に所属して、記事を書くのが記者という仕事。</p>
<p>「夜討ち朝駆け」なんて言われることもありますが、スクープのためには深夜でも早朝でも現場に駆けつけて取材をする、というなかなかにハードな仕事！</p>
<p>最初は体力的にハードな部署で記者としての基本を鍛えられ、その後専門的な部署に配属される、というのが多いパターンです。</p>
<p>あこがれる人は多いけれど、全力で取り組む事ができなければ難しい仕事でもあります。 仕事は完全に体育会系！　それに負けない精神でがんばらなければいけません。</p>
</div>
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		<title>男性と戦うのではなく、女性の良さを前面に出して成果をあげたい。（サンケイリビング新聞社）</title>
		<link>https://hanajob.jp/workstyle004/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[ハナジョブ学生記者]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 16 Nov 2008 06:19:42 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[先輩インタビュー]]></category>
		<category><![CDATA[サンケイリビング新聞社]]></category>
		<category><![CDATA[マスコミ・メディア（業種）]]></category>
		<category><![CDATA[営業（職種）]]></category>
		<category><![CDATA[新聞]]></category>
		<category><![CDATA[新聞（業種一覧）]]></category>
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					<description><![CDATA[働くお母さんの姿を見て育ち、「専業主婦」という選択肢は頭の中になかったという鈴木みわさん。大学を卒業したとき、まわりには結婚の道を選んだ人、就職しない道を選んだ人も少なくなかったとか。就職しても、一般職を選んだ人が多かっ [...]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<div class="kakomi">
<p>働くお母さんの姿を見て育ち、「専業主婦」という選択肢は頭の中になかったという鈴木みわさん。大学を卒業したとき、まわりには結婚の道を選んだ人、就職しない道を選んだ人も少なくなかったとか。就職しても、一般職を選んだ人が多かったという。</p>
<p>そんななか、鈴木さんが進んだのはフジサンケイリビングディビジョンの総合職。社長秘書から人事、OL会員組織マネジメント、『リビング田園都市』の配布組織マネジメントを経て、31歳で営業デビュー。</p>
<p>【アカデミーア・ミネルヴァ】プロジェクトリーダー・シティリビング事業部長になるまでの長い道のりには、一体どんなことがあったのでしょうか。（2008年11月時点の情報です）</p>
</div>
<h2>イベントの仕事をするはずが、社長秘書に。</h2>
<h3>どんな学生時代を過ごしましたか？</h3>
<p>ゼミの担当が、ＮＨＫのラジオ英会話に出演している大杉正明先生で、その授業には一生懸命出ていたのですが、それ以外はあまり真面目な学生ではなかったですね。バイトが楽しくて、そればかりしていました。</p>
<h3>どんなアルバイトを？</h3>
<p>イベント関連のアルバイトです。ニッポン放送の事業部が企画する企業の販売促進イベントで晴海の展示場の案内係りをしたり、イベント制作会社を手伝ったり。イベントコンパニオンの仕事では接客を学び、来客者に対するコミュニケーションや行儀作法を身につけました。女子大生アルバイトチームのリーダーとして、アルバイトメンバーを集めるところからやりましたね。カリスマ的タイプじゃなくて、イベント制作会社の社長から言われることを一生懸命やっていた感じです。</p>
<p>それで、イベントの仕事をやろうと思って第１志望で今の会社に入りました。サンケイリビンク新聞社とディノスとリビングプロシードの３社合同採用で、最初の配属が、経営管理部の社長秘書担当。</p>
<h3>イベント関連の仕事ではなかったんですね。</h3>
<p>そうなんです。バブル期で、総合職は四大卒より短大卒のほうが就職しやすい時代でした。でも、清泉女子大学って、一般職の話はきても総合職の就職情報が全然なくて。バブルでも就職に有利な認識はなく、秘書検定を取っておいたら、新入社員で私しかそれを持っておらず、「秘書の仕事をしてもらいます」と。</p>
<p>もちろん入社試験では、サンケイリビング新聞社のイベント事業部と、お買い物が大好きなのでディノス商品の仕入れのいずれかを希望していました。だからすごくがっかりして。その約２年間、秘書のほか、総務・人事・庶務なども担当しながら、担当の取締役には「一刻も早く現場に出たい」と言い続けました。もちろん、仕事は一生懸命したのですが。</p>
<p>今考えると、経営者の傍で仕事ができておもしろいし、会社の顔として行儀やマナーの重要さを気付かせてもらえて良い経験だったのですが、当時は置いてかれた感じがしたんです。</p>
<p>そして２年経ち、読者・会員組織向け会報誌をつくる部署に行って、２５歳ぐらいで編集長になりました。小さな組織の、小さな会報誌でしたが、その肩書きがいかに人から注目を集めるかが分かりましたね。ほかにも、女性読者との交流の場を作るイベントなど開いて、充実していました。</p>
<h2>遠回りのようで、確実にステップアップした道のり</h2>
<h3>目指したことがわりと早く実現できたんですね。</h3>
<p>そうなんです。でも当時は、「30歳で女は終わり。早く自分のやりたいことやらなきゃ」と焦っていたし、早く実現したという感じはなかったですね。私の部署は、上司２人に、後輩と契約社員で構成されていて、社内よりも社外のデザイナーやカメラマン、イベント会社の人と一緒にこう、作っていく。自分のスキルを身につけ、人脈をつなぐ時期でした。組織での動きがいかに重要かは全く理解していなかった。「自分や読者にとって楽しいことって何だろう」しか考えていませんでしたね。若かった（笑）。</p>
<h3>そのあと、フジテレビのフジサンケイグループ事務局に行かれるんですよね。</h3>
<p>グループ全体が関わる事業やイベント・経営がらみの事務局でした。例えば、フジテレビ制作の映画があると映画ＰＲ委員会が組織され、グループ内の各メディア、リビング新聞、産経新聞、サンケイスポーツ、ニッポン放送などのメディア担当者が一気に集まって、その映画をブームアップするための会議をするんです。</p>
<p>私が一番下っ端だったので自分で企画して仕事をできたわけではないんだけど、各社の優秀な人たちの間で、日本一のメディアの報道や番組制作を見せてもらえました。グループの経営トップ間のやりとりやヒエラルキー、人間関係、ネゴシエーションなどが、どんなふうに大人の世界で動いていくのかが分かり、すごく興味深かったんですよ。</p>
<p>２年の任期が終わるといろんな人脈ができました。それで「よし、これをベースに企画やプロデュースの仕事で貢献しよう」と思ったら、次の配属先がリビング新聞を配布する主婦組織の管理。「どうしてそんな地味な仕事に行くんだ」って泣いて抗議をしましたよ（笑）。</p>
<p>しかし、私はもともとリビングプロシードの入社で、女性組織の管理がとても大きな仕事だったんですね。若い頃は華やかなところにしか目が行きませんでしたから、自分では気付いていませんでしたけれど。当時の担当役員からは、会社の根幹をなす一番重要な部署だから、そこで学んでくれと。全く納得できなかった。</p>
<h3>次のステージに上がっていくステップだったのかも？</h3>
<p>かもしれませんね。長く仕事をするためにはその部分を知らなくては、と上司は考えたのしょう。けれど私は、華やかな６年間を過ごしたあとでしたから、すごく落ち込みました。でも、すぐに慣れて。半年したら、新しく創刊される田園都市リビングを配る主婦の組織責任者として人を採用し、教育し、収支管理をする仕事をしてくれと言われたんです。</p>
<h2>女性マネジメントのはじまりは、新聞配布組織の設計から。</h2>
<h3>田園都市リビングでは、どんなことを？</h3>
<p>まず考えるのはターゲティング。新しいメディアを発行するにあたって、どこの地域に配ると、より多くの読んで欲しい人に届けられるかを調査して、配布エリアを決定します。そして、配ってくれる人の採用ですね。お父さんくらいの年齢の大先輩の下で教えもらいながら、新聞の配布エリアの設計と、配布する組織の設計を両方やりました。もう、没頭しましたね。会社のために働いてくれる女性を、配布組織から辞めさせないで、いかにきちんと配ってもらえるかに苦心しました。</p>
<p>主婦のかたがお家で新聞の折り込みをして、それをポストに宅配するんですよ。近所で、この人だったら読んでくれるだろうというお家に効率よく。毎週、雨の日も雪の日も嵐の日も３００部とか５００部とかを配る。だから大変。しかも、すごくお給料が高いというわけでもない。だけど、一生懸命配ってくれる。</p>
<p>ご自身や家族の体調、都合もあるのは分かるけれど、そこに穴があいてしまうと困る。代配業者（代わりに配布を引き受ける会社）もあるのですが、コストがかかる。だから同じグループ内で、持ちつ持たれつなチーム関係を作るのが重要なんです。ちなみに１チームは４～６人ぐらいで、合計１０チームぐらい。総勢３００人ほどになる組織を私が担当するわけです。２、３ヶ月で、頑張ってくださる主婦のみなさん全員に会おうと思って、そんなこともやりました。私より年上の主婦のみなさんに支えられて、私が担当している間は穴は全く開かなかったし、代配業者も一度も使わずにすみました。</p>
<h2>営業職の経験からマネジメントの基礎を築く。</h2>
<p>その仕事を２年弱して、３１歳でリビング新聞の広告営業デビュー。当時、社内で３０歳を越えた営業職の女性はほとんどいなかったんですよ。女性は２０代で営業を学び、３０代以降は編集に行くという暗黙の流れがあって。</p>
<p>なぜかというと、あの頃はまだ、時代的にも営業される企業側は女性より男性を求め、女性側も結婚や出産があるのを考えると時間的にも精神的にもハードな営業よりは編集のほうがいいという風潮があって。だから、これもまたひっそり泣いたわけです。今度は自宅でしたけど（笑）。体のいいリストラだと思いましたよ。会社側からすれば、これから働く女性を応援するためとか、営業経験のある３０代女性を作っていかねばとか思ったのでしょうけど。</p>
<p>当時の上司は、「女だからってお前を差別しない。営業１年目でも１０年間やってきた３１歳の営業と同じレベルを求めるぞ」って言うんです。そんなの無理じゃないですか。でも、それをずっと求められて。当時は上司がのび太くんをいじめるジャイアンに見えました（笑）。腰痛で動けなくなったり、深夜早朝に目が覚めたり、心身不調。だけど、売り上げはよかったんですよ。お客さんや広告会社さんに恵まれて、みんなも力になってくれたから。</p>
<h3>いつ頃から状態が好転したんですか。きっかけは？</h3>
<p>仕事に慣れてきたちょうど２年目くらいからですね。今は大好きなんだけど当時はジャイアンに見えた上司に鍛えられた結果が、一年経った頃に出てきたんです。ずっと前に提案したお客さんから「相談したいんだけれどちょっと来て欲しい」と電話があったり、広告会社の方から「一緒に企画を立てよう、提案したいから」と声をかけられたり。また、ジャイアン部長の後に新しくこられた部長からも、営業は、「良い企画を提案した結果、売れる。売ろうなんて思わなくていい」と教わり、企画や提案が更におもしろくなり、予算もずっと達成できた。「ああ、私にも営業ができたんだ」と思いましたね。いいお客さんとも知り合って仲良くなって、「わあ、楽しい」と。担当地域の有力者の方々とも人脈ができて、公私共にお付き合いさせていただいた、楽しい時期でした。</p>
<p>ところが営業３年目に、社内で最も忙しいといわれるシティリビングの営業部署に異動。売り上げの低迷期に、営業３年目で１３年目と同じ力を求められる。すごく厳しくて、毎日がロデオの暴れ馬に乗っているみたいでした。</p>
<p>今月の予算を達成しても来月は、再来月はと、終わりのない予算との戦いで、「はい、終わり」というのがない。予算をこなすことばかり考えていて、しんどかったですね。それでこの頃から、産業心理学やマネジメントを勉強し始めました。重要なものだと思って。それがこの【アカデミーア・ミネルヴァ】のベースになっているんですよ。</p>
<h3>ご主人とは、その頃に出会ったそうですね。</h3>
<p>広告営業の素人なのに「１１年目と同じ営業力を求める」と言われ、これは困ったと思いマドラ出版の『広告批評』が主催している広告学校に、自腹で行ったんです。それでね、知り合った。しんどいからなんとか乗り切ろうと思って勉強して、藁をも掴む勢いで、藁を探しに行くわけですよ。ここから逃げるなんて考えられず、なぜ苦しいのか、とにかく理由が知りたい。それでもがいてたいら、副産物がたくさんあった（笑）。</p>
<h2>仕事の中心には、いつも「女性のマネジメント」があった。</h2>
<h3>そんなにつらかったんですか。</h3>
<p>会社を辞めようと、一度だけ他社の試験を受けました。で、受かったもののちょっと違うなと思ってやめて。そうしたら、新しい媒体の営業でチームリーダーをやらせていただくことに。現場での苦労経験を逆手に取り、自分ならどうしたらモチベーションが上がるかを考えてチーム運営しました。２つ目のチームの時に、女子大生から４４歳まで、営業経験が一切ない女性８人を採用して、かなりの売り上げを出したんです。女性の力ってすごいって思えたのがうれしかった。自分が設計して形にしていくのが好きなのかもしれない。</p>
<h3>ずっと女性のマネジメントをされていますね。</h3>
<p>そうですね。女性はもともと能力が高いのだけど、なかなかそれを生かせない。だから、男性と戦うのではなく、女性の良さを前面に出して成果をあげたいと思ったんです。女性ならではのスタイルで営業やマネジメントをして成果を出そうと。役割として関わるのではなく、人と人とで深く関わることが大切ですね。仕事を通じて、自分がされてうれしいことをするというか。</p>
<h3>ミネルヴァの女性活躍支援事業は、どのような経緯で？</h3>
<p>新規事業提案制度というのが会社にあり、後輩に誘われて応募したんです。女性がもっと広く、もっと活躍できるようなお手伝いができないかと思って。提案から１年は、事業を本当にやるべきかどうかを検討される期間。やると決まると、リビングくらしＨＯＷ研究所で１年間、ほぼ専任になりました。しかし、現場に戻れというお達しがあって、ミネルヴァの事業をする傍ら今の部署で部長となり、他の仕事もするように。</p>
<h3>１つの会社でこれだけ経験できるのは魅力的ですね。</h3>
<p>本当にありがたいなと思います。一般的に、２～３年のスパンで点々とするのは、出来の悪い人か経営者コースかどっちかじゃないですか。私の場合は前者で、どれも中途半端で器用貧乏で成果には繋がらないと思っていましたが、２０年経った今は、いろんなところに人脈があり、経験もあり、強みですね。でも、２０年経たないとわからなかったかもしれない。</p>
<h3>今の事業部ではどんな仕事を？</h3>
<p>私がこの２０年のなかでやってきたことを全部できる部署なんです。【アカデミーア・ミネルヴァ】の女性活躍支援事業と、イベントと読者組織、女性読者組織の運営。２０年の成果として、いったん、ちゃんと形にしないといけないんだなと思っています。</p>
<h2>仕事と家庭、そして自分一人の時間</h2>
<h3>鈴木さんにとって、仕事の楽しさとは？</h3>
<p>一番は、やっぱりチームで仕事をすること。みんなで一緒にひとつの目標に向かい、喜びも楽しみも苦しみも共にするのが楽しい。それで目標を実現できたときが本当にうれしい。根底にあるのは、人と信頼関係を持てるってことなのかも。だから仕事の苦労は、その関係を築けず、ビジョンの共用ができないとき。マネジメントをする上で、そこをどう乗り切るかがとても重要ですね。「チームで勝っていくぞ！」って。</p>
<h3>仕事と家庭の両立は、意識していますか？</h3>
<p>あまり意識はしてないですね。ただ、相手のペースにはなるべく合わせようと。旦那さんはすごく忙しいから、平日の夜は一緒にご飯を食べないと決めているんです。その代わり、なるべく朝ご飯を一緒に食べる。味噌汁とご飯、納豆にプラスαというシンプルなものですが、一緒にいられる時間を充実させようという感じ。その代わり、休日はたっぷり時間をかけて、身体にいい美味しいものをつくってます。</p>
<h3>鈴木さんも忙しいですよね。</h3>
<p>仕事の宿題がまわらないときは、朝早いし夜遅い。休日も仕事をすることもあります。でも、お友達と夜、遊びにも行っていますよ。ある意味、自分一人だけの、のんびりした時間がないですね。あんまりいらないかな、人といるのが大好きなので。その代わり、いつでも一人になれますよ、ピッてスイッチ入れれば。お風呂や電車のなかで本読んだり、考えごとしたり。</p>
<h3>これから、どんなことしてみたいですか。</h3>
<p>家族や友達、読者、いろんな人が元気になり、楽しんでくれることをずっとやり続けたいですね。あと、自分の体をいたわり、自分自身と丁寧につきあい、もっときれいになりたいな（笑）。</p>
<h2>学生さんへのメッセージ</h2>
<h3>学生さんにメッセージをお願いします。</h3>
<p>仕事は、自分が興味あるもの、わくわくすることを主軸に考えてください。その後の人生に大きく影響するから、流れで安易に決めないこと。女性が自分らしく生きていく時代はこれからも進むと思うので、本当によく考えてください。結婚とも関係しますよ。どこに行っても楽しめると思うし、楽しめばいいと思うけど、環境は会社によって違うから、自分のテイストと合う企業を選ぶほうがいい。そのためには、会社が提供しているコミュニケーション手段を、たくさん見ること。例えばホームページやメディア。職場の先輩に会うのもいい。わいわいがやがやタイプなのか、きちんと決められたことを地道にやるタイプなのかなど、会社のカルチャーが分かります。みなさんにそれぞれ性格があるように、会社にも性格や好みがありますから。</p>
<h3>最後に、二十歳の頃の自分に伝えたいことを聞かせてください。</h3>
<p>もうちょっと勉強しておけばよかった。でも、それぐらいかな。大人になっても勉強はできます。興味を持ち続ければ大丈夫。あと、女性としての美しさをもっと真剣に考えて、女性であること、二十歳であることの良さを存分に楽しんで欲しい。そしてアルバイトや大学、寮など、そのとき付き合っている人たちを大事にしてください。その仲は、一生続くものかもしれない。人脈こそ、財産ですよ。</p>
<p>インタビューを終えて（ ハナジョブスタッフ）</p>
<p>長い人生、自分の希望どおりの道ばかり進めるわけじゃない。つらくて、泣きたくなることもたくさんある。それでも学ぶ心を忘れず、自分なりの楽しみを見つけ、辛抱してそれを乗り越えられたら、そこにはきっと、もっとあなたらしい「わたしらしさ」が待っているはず。ハナジョ（ハナジョブ会員）のみなさん、頑張りましょうね！</p>
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