世界を広げ行き着いた、島暮らし(島根県隠岐の島町)

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日本には4つの季節があります。春夏秋冬。あなたはその四季とともに自然な生き方をしていますか。旬ではないものも並ぶスーパーの売り場。種類豊富な冷凍食品。いつでもどこでも目に付くコンビニ。明るい夜空。眠らない街。
皆四季の中で生きています。しかし、慌ただしく毎日を生きるのに精いっぱいで、目にうつる移ろいゆく四季が色あせてはいませんか。
「島で暮らす」
この暮しの中には、私たちの日常にはない“日常”の営みがあります。ちょっと覗いてみませんか。
今回は、静岡県沼津市出身で、都内のウェブマーケティング会社に就職後、約1年間ワーキングホリデーのためオーストラリアに滞在。その後福岡での会社員生活を経て、今は隠岐の島で古民家ゲストハウス「佃屋」を運営しつつ、ウェブクリエイターのお仕事もしている宮本咲季さんにインタビューをしてきました。(2015年3時点の情報です)

ゼロからはじめた、隠岐の島のゲストハウス

今、どんなことをしていますか

隠岐の島でゲストハウス「佃屋」をつくり、その運営を一人でしています。また年間を通してウェブクリエイターのお仕事もしています。隠岐にゲストハウスがあったら良いなと思って作り始めました。

空き家探しからのスタート。空き家なんて沢山あるだろうし、貸してもらえるところを見つけるのは簡単だと思っていました。まずは一番栄えている港近くのエリアから探し始めたのですが、空き家はあっても貸してもらえるところが全然見つからなくて・・・。ずっとずっと見つからず、ここが一番苦労しました。

港周辺エリアをあきらめて、島の中ならどこでも良いと思って再び探し始めたところ、今の場所とは違う村に良い物件が見つかりました。そこにしようと、あるお世話になっている人にお話ししたところ、「港エリアじゃなくて良いならもっと良い物件がある」と今の物件を紹介していただきました。とても立派なお屋敷で、こんなすごいところで大丈夫なのかなと思ったのですが、その方がお話を通してくださって、貸していただけることになりました。

資金を貯めようと思った時点で思いついてしまったので、まだ貯金も全然していませんでした。だから補助金を使いたいと思って。それも人に相談してみたら、「商工会さんを通じて、創業補助金というものがあるからそれを使ったら良いのでは」と教えていただきました。

また、国の補助金とかけ合わせで使うことのできるの補助金というのはなかなかないのですが、探してみたところ「クラウドファウンディングというのもあるよ」と県に務める友人が教えてくれました。その2つで資金集めをし、工事を始められるように大工さんや水道やさんを探して動いていきました。

ゲストハウスはキッチンを解放して、お客さんに自由に使ってもらうことができます。隠岐の島は食が豊かなのでそれも楽しんでほしいという思いがあり、お客さんに任せっきりというよりは、自分も一緒になって作ることもしています。もらったり釣ったりしたお魚を一緒に調理しています。

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人との繋がりが何よりの励み

ゲストハウスを運営していく中での苦労、そしてやりがいは何ですか

大変といえば、とにかく忙しいです。一人でやっている上に、家もとても広い。起きてまずお昼くらいまで、半日はお掃除をします。それから自給自足のような暮らしをしているので、食材を手に入れるため、畑仕事をしたり釣りをしたりします。田舎暮らしの自給自足って、お金はかからないのですが、時間はすごくかかるのです。とにかく忙しい。充実した忙しさではあるのですが、疲れるときもありますね。

やりがいは、自分の作った場所にいろんなところから人が来てくれて、帰るときに「すごく良い時間を過ごせた」と言ってくれることです。また、こんなアクセスの悪いところに短期間で何度もリピーターとして来てくれる人をつくれたというのも、本当にやりがいとなっています。

あと島内の人たちの反応もとても良くて。「隠岐の良さを、いろんな人に知ってもらえる取り組みをしてくれることが嬉しい。」という島の人の言葉も、私の励みになりました。

旅好きに伝えたい、豊かな暮らしを楽しめる島

ゲストハウス「佃屋」のおかみになる前は何をしていたのですか

25歳までは、都内のウェブマーケティング会社で働いていました。大企業ではなく、規模の小さな会社です。自分の力をより発揮でき、影響力のある仕事をしたいという思いから、小さい会社で面白いことやっているところを探しました。旅行関係の企業さんをクライアントとしたウェブマーケティング会社で、旅好きの私にとって良いところでした。旅好きが集まっていて、会社が旅行支援金も出してくれたりします。

そして26歳のときに会社を辞め、ワーキングホリデーで1年間、オーストラリアを訪れました。オーストラリアは移民国家なので、他国籍の人はなんとかがんばらないと、オーストラリアに住むことって難しいのです。もともと永住権のない人たちが、何かしらに対してすごく努力していて。そういう人たちとつながることができたのが面白かったです。

それと、海外の人たちは、生活を大事にする人が多い。仕事をしながらも家族や自分の時間を大事にしていて、そういう生き方の素晴らしさを改めて見つめることができました。それから自然とのふれあいも海外の人は上手で、ダイナミックな海と山の楽しみ方も学びました。

27歳で日本に帰国し、福岡のウェブ製作会社に就職しました。そして28歳で隠岐の島に移住しました。

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初めて見つけた、ずっと暮らしたい場所

なぜ隠岐の島に移住しようと思ったのですか

昔から島で暮らすことを考えていたわけではありませんでした。都内で企業に勤めてキャリアを積もうとばかり思っていました。でも、短期のアルバイトで初めて隠岐の島に訪れた際に、島に魅了されて大好きになりました。おっちゃんから釣りを教わったり、おばあちゃんから自然のことを教わったり、仲間とキャンプをしたり・・・。

人との繋がりが密であるところ。四季とともに生きられるところ。お米やお魚など食べ物がとにかく美味しく、旬のものを旬の時期に食べられるところ。「隠岐太り」という言葉もあるほど美味しいものがあるんですよ。そして時間がゆったりと流れて、良い意味での「ゆるさ」がある。このような隠岐の人・自然・ライフスタイルに惹かれ、「この島をもっと元気にしたい、面白くしたい!」と思ったんです。これらが移住を決めたポイントですね。

「観光地として隠岐はあまり知られていないけれど、観光資源はとても良いものを持っているから、すごく可能性がある。もったいない。もっと旅好きの人に知ってもらえたら面白いのに。」という思いから、ゲストハウスを始めました。でも今は「それが地域のために隠岐のためになるんだったら、そういうことをどんどんしていきたいな」という気持ちになっています。

今ちょうど都内にいますが、もう隠岐の島に帰りたいですか

久しぶりの都会なのでまだ楽しめてはいるのですが、電車に乗っている人が怖いです…。心の余裕が持てなさそうというか、あーよく私ここに住んでいたな…とか思います。隠岐に住んで半年くらいしたときに初めて島外に出て、その時新宿に降り立ったのですが、ちょうどその時は出勤の時間帯でした。みんな黒い服をきて蟻のようにワーッと歩いてくるのをみて、これが異常じゃなくて普通なのかと。「こういう空間で無表情に、人を思いやれず生きている人たちは、果たして私生活で幸せな生活を送ることができているのかな?」と心配になってしまいした。

ちょっと動けば、世界は広がる

仕事を辞めて移住の決断をすることに迷いはありませんでしたか

地域になじめるか、長期的に暮らしていけるか、仕事・住むところが見つかるか、パートナーが見つかるかなど、もちろん不安がありました。でも今はそのような心配は杞憂で、島暮らしを誰よりも満喫している自信があります。

誰でも「踏み出す勇気を持つ」って簡単なことではないと思います。でもそこでちょっとだけ、「動いて」みて欲しいのです。

「一歩踏み出して広げた世界は、まるで見たことがない刺激的なもの」。そんな経験をさまざまな国を旅する中でしてきました。一番衝撃を受けたのは、初めて一人で海外に行ったアメリカです。まったく違う生活文化。人、道路、家の建ち方、生えている植物を見て、「いくらでも全然違う世界ってあるのだな」と思い、どれだけ自分が狭い世界で生きてきたのかを知りました。

また、振り返ると幼いときは、町内がすべてで、そこのお祭りに行くだけでも、その都市の中で一番大きい場所に行くだけでも、ものすごくワクワクするじゃないですか。たとえ年齢を重ねて大人になっても、少しずつ範囲が広がっていくだけで、見ようと思えばいくらでも外に大きい世界があるということにあるとき気づいたんです。そういうことを知りながら生きるのと知らないで生きるのでは、全然違うなという思いが私の中にあります。

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全てを投げ打たなくたっていい

一歩踏み出して世界を広げたいと思っている人に、何か伝えたいことはありますか

まず一つ言えるのは、保険を持った状態で挑戦しても良いということ。それってとても賢いやり方だし、別に臆病なわけでもない。

移住でいえば、「何か物足りない」「このままじゃいけない気がするけれど、どうすれば良いかわからない」なんて想いを抱えている人って、結構いると思います。「あるもの全てを葬り、踏み出す勇気がない」。それは当たり前です。

でもそこで断念するのではなく、保険を残したままで、下見をするだけでも大きな一歩です。そしてじっくりと考え、また判断していけば良いのです。それから、動いてみると絶対楽しいし、その場が海外だろうと田舎だろうと、人がそこで生きているところなので、暮らしていけるわけですよ。だから、大丈夫なんです!

学生さんだったら、学生さんならではの、自由に使える時間を存分に活用して使ってほしい。いつもの場所に留まっているのではなくて、ちょっと勇気のいるようなことでもどうにかやってみる。私は海外に行くことに自分の時間をほとんど費やしていたのですが、学生さんも自分の時間を「自分の世界観をどんどん広げていく」とことに使ってみてほしいです。動いてみると楽しいよ!

宮本さん、本日はありがとうございました。最後に、ご自身の今後の夢やどうしていきたいかについて教えてください

ほんとに今やりたいことがたくさんあります。島をもっと元気にしていく動き、今やっているゲストハウス以外にちょっと目をつけている物件もあるし、もう少しUIターンを増やせるような、隠岐の島が魅力的になるような動きもしていきたいと思っています。

それから島の中で家庭を持ちたいです。そして私はずっと隠岐の島で暮らしたいと思っています。隠岐は、初めて住みつきたいと思った場所ですね。隠岐の人はあたたかい。この人たちと一緒に生きていきたいと思っています。

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インタビューを終えて(学生記者:和田紗容子)

一歩踏み出して、自分の世界を広げてきた宮本さん。生き生きと隠岐の島について語る宮本さんからは、心豊かに島暮らしを満喫していることがとても伝わってきました。「移住するなんて、まったく考えていなかったんです!」という言葉を聞き、「私も何十年後かに島で四季と共に生きる生き方を選び、あたたかな人たちと島暮らしを満喫してたりして・・・」そんなことを思ったりもしたのでした。宮本さん、本当にありがとうございました!

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About Author

和田紗容子

法学部政治学科3年。まだまだ初心者ですが海外ひとり旅が大好きで、長期の休みになるとヨーロッパや東南アジアやモロッコに上陸し、ぶんぶんバックパックを揺すらせながら、この目で世界を見てみたいとずんずん冒険をしています。サークルではしっとりクラシックギターでのアンサンブルを楽しみ、行政学のゼミではがっちり日本のことをあれこれ考え、家ではちゃっかり姉のシャンプーを使いよく怒られます。