テレビでもなく小説でもなく(Studio-L)

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学生時代からまちづくりに関わり、卒業研究で兵庫県の離島、家島に一人で乗り込んだ西上さん。女子大生がまちの人たちの話を聞き、課題を探り、まちづくりに取り組む・・・まさに、ハナラボ(ハナジョブ・イノベーションラボ)活動そのものです。そんなハナラボの大先輩、西上さんが挑む仕事とは?(2012年3月時点の情報です)

学生時代に取り組んだ、都市再生プロジェクト

現在のお仕事の内容について教えてください。

「まちづくり」全般が仕事なのですが、肩書きは特にありません。「行政の困っていることを解決する職業」なので、「こういう仕事じゃないとしません」というきまりのもないです。

学生時代の都市再生プロジェクトが、現在のお仕事のきっかけだと伺いました。

大学のときに学会で「都市再生をどうするか」というワークショップに参加したのがきっかけです。ワークショップ自体何なのかわからなかったのですが、先生のすすめで行ったのが始まりでしたね。そこでくじ引きしてチームを決めたら、当時大学のチューターをしていた山崎さん(現在のstudio-L代表)のチームでした。今一緒に仕事しているメンバーも、みんなそのときのワークショップに来ていた先輩なんです。

でも、まさか一緒に会社をつくって仕事をするなんて、その頃は全く思っていませんでした。そのワークショップが単純に楽しかった。テレビや映画を見たり、お買い物したりするより、みんなで議論して考えている方が断然面白いなと感じていました。また、ソフトの視点でどんな都市再生ができるかを考えたことなかったのでとても刺激的でした。そんな学生時代だったのですが、卒業後は普通にゼネコンのような会社に就職して、ダムや道路をつくるのに携わっていました。

ダムや道路をつくる仕事をして感じた、地方の現状。

建設コンサルタントから、現在のstudio-Lで働くに至った経緯を教えてください。

私が勤めていた会社は、ダムや道路といったとてもハードなものをつくる会社で、現場に行ったり国交省の方と調整したり、という仕事でした。働きながら「私はこのままずっとつくるほうに加担し続けていて良いのかな」という疑問も感じていました。車を運転できないような高齢者しか住んでいない半島に何年もかけて道路をつくったり、70歳以上しか住んでいない地域に数十年かけてダムをつくったり。学生の頃のワークショップで「もうダムをつくる時代じゃない」と学んだのに、現実はまだダムをつくっている。そのギャップをすごく感じていました。

それで、山崎さん(studio-L代表)に「今やっている仕事と、あの頃習ったことのギャップがある。どういうことなんですか?」と聞いてみたら、「つくる時代はもうすぐ頭打ちになって、つくらない時代に入る。だから今まで習ったことは間違いじゃないよ。」と教えてくれました。その後、山崎さんが当時勤めていた会社を辞めて独立すると聞いたので、手伝わせてくださいとお願いして、山崎さんの会社に入りました。でも、私の1年目の年収は5万円だったんです(笑)。最初は山崎さんを手伝うというより、むしろ邪魔している時間のほうが圧倒的に長くて、さらに教えてもらう時間もあったので、「僕が教え賃もらいたいくらいだよ」と言われました(笑)。

studio-Lでのお仕事は「行政の困っていることを解決する職業」とおっしゃっていたのですが、具体的にはどのようなことをされているのでしょうか?

海士町を例に挙げると、「集落支援員」という高齢者の多い地区のおじいちゃんおばあちゃんのサポートをする役割の職業をつくりました。集落支援員は、そのおじいちゃんおばあちゃんが既にできることをサポートするのではなく、「昔できたけれど今できなくなってしまって、もう一回やりたいこと」をサポートして実現していく人たち。そんな職業はそもそもないので、そういう職業の人がどうあるべきか、働く姿勢はどうあるべきかというところから教えています。

また、仕事の内容に応じて読んだ方がいい本をすすめたり、その人の問題意識に応じた仕事とできることをあわせた新しい仕事の創出を考えます。それから、「集落支援員」は3年後に起業すると決めているので、その起業支援も進めています。

具体的に、今進めている集落支援員の方々のプロジェクトはありますか?

海士町の高齢者の家の中にあるたくさんの家具・古道具を売る古道具やさんをオープンしました。おじいちゃんおばあちゃんの古道具を無料で引き取ってきて、適正な値段をつけて売る。その利益はおじいちゃんおばあちゃんのお買い物等の支援にあてる。という仕組みを今つくって試運転を始めています。

老いていくにつれて、身辺は整理していきたいおじいちゃんおばあちゃんは多いのですが、杖がないと歩けない人が多いので、自分の力では処分できません。都会にいる息子や娘は忙しいので、処分のためにいちいち呼ぶこともできない。そして物を処分できないまま亡くなってしまい、残された子供が整理しに帰る。しかし出郷しているため島に来ても車がなく処分ができない。それで仕方なく、タンスを斧で割って火をつけて燃やしたり、食器類を金槌で割って土に埋めたりするのですが、思い入れのある物を壊す作業がとても悲しく、つらい作業だという話を何回も聞きました。

それならば古道具を引き取って古道具屋をやったら良いのではと思いました。年間何百人もIターン(※1)が来ている海士町ですが、そのほとんどはバックパック一個で来るような人。でもこちらに住み始めて家具を買って送ろうとしても、「一部離島地域は除く」という場合が多くなかなか難しい。家の中が閑散としていると、島で暮らすことに愛着がわかず、Iターンしてもすぐに帰りたくなってしまうことが課題です。「Iターンにもっと根付いてもらう」という課題と「おじいちゃんおばあちゃんが自分たちで処分できないモノ」という課題を結び付けて古道具やさんを試験的にオープンすることが、集落支援に携わるわたしたちの仕事のひとつだと考えています。

前例のないことに取り組み続ける西上さん。そのモチベーションの源泉とは?

このお仕事をやっていて、その楽しさややりがい、逆に苦労していることがあったら教えてください。

やりがいは毎日ありますね。感謝されることや頼りにされることが多い。今まで会ったことのない分野の人に会える。あとは全国に友達がいるみたいな感じが楽しい。これら全部がやりがいです。一方で、やはり前例のないことをやろうとしているので、「あきらめないこと」「いつも前向きでいること」が大切だと感じています。

それから前例のない取り組みを実現するために膨大な量の情報を集めて、勉強します。海外も含め、事例を何個も集めてきて組み合わせながら、地域の現状に合うように手直ししてオリジナルにする。そのためには建築分野に限らず、デザイン、福祉、医療、政治、法律、教育、あらゆるジャンルの知識が必要です。それらを毎回一から勉強します。ゆっくり学ぶ時間はない。それで日頃から興味のある本は全部買うようにしています。自宅には1000冊くらい本があります。ひとつのプロジェクトのために30~60冊くらいの本を片っ端から読んで、気になるところは全部チェックしてネットで調べて補う、という作業を一日くらいでやります。(笑)

そんなに短い時間で情報を収集するのですね!それほど大変なお仕事でも、頑張れるのはなぜですか?その原動力を教えてください。

この仕事には、テレビでもなく小説でもなく、『感動すること』が何度もあります。4年前は私のことをいつも「女のくせにパソコン持って気取りやがって」と言っていた、地元の強面のお兄さん。彼が少しずつまちづくりに参加して、「自分がしたかったことはまちづくりのひとつだ」と気付いた。そこから集落支援員となり、研修や視察に参加し、この島に必要なアクションをどんどん起こしている。口下手だったのに議論するようになった。人が変わっていく姿、その人の思いが実現していく様子を見て、とても嬉しく思っています。

最後に、女子大生に何かメッセージがあるとしたらどんな言葉をかけますか?

「穴だらけの大風呂敷を広げなさい」でしょうか。穴だらけでも、『社会のニーズに基づいた大風呂敷』を広げることができたら、みんな手伝ってくれます。でも、都会でも地方でも、大風呂敷を広げるっていうのは難しくて勇気がいる。やりたいこととか夢とか持っていたとしても恥ずかしくて言えないし、失敗したらどうしようって考えてしまう。でもそこに、「この子馬鹿なんじゃないか」って思うような大風呂敷を広げたら、「何かもうしょうがないないなぁ」って思いながら皆手伝ってくれる。広げたら穴ばっかりだけど、それを一生懸命埋めようとしているその姿勢、素直さにまわりの人は共感して一緒に穴を埋めてくれる。結果としてそこが面白い展開になっていくっていう気がしています。

女であることはラッキーです。若くて体力があるうちにどれだけがんばれるか。そうでないと、年をとってからでは色んな課題を飛び越えられなくなる。かっこいい生き方をするためには、いかに今かっこ悪い失敗をしていきながら、色んな人と出会って刺激を貰って、自分の人生に繋げていくことなんじゃないかと思っています。

私も以前は穴だらけの大風呂敷を広げて恥ずかしい経験をたくさんさせてもらいました。そのときの経験が今に生きています。みんな完璧な人を手伝おうとは思わないでしょ?それを若さで広げられるのは特権というか、女子大生の果たすべき役割のひとつだと思います。

※1 Iターン…生まれ育った故郷以外の地域に就職すること

インタビューを終えて(学生記者:佐藤美季)

「テレビでもなく小説でもなく、仕事で感動する」生き方はとても魅力的だと感じました。地域をデザインしていくお仕事はとてもハードですが、その苦労を乗り越える強さは、きっと学生時代から培われてきたものなのだと感じます。私も若いうちに「穴だらけの大風呂敷」を広げ、自分自身の可能性も広げていきたいです。素敵なお話、ありがとうございました。

studio-L

studio-Lは、新たに結ばれた人たちが自らの力で人生を切り開き、社会の課題を解決できるようデザインの力で支援する、「人と人とを結ぶ会社」。

西上さんは、2010年より海士町教育委員会非常勤職員として集落診断・集落支援を担当。主な仕事に、海士町総合振興計画、海士町オリジナル母子手帳づくり、島前高校ブランディング等がある。

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About Author

ハナジョブ学生記者

2008年〜2012年までの学生記者たち

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