サッポロビールで働くことは、自分のバランスの核になっている(サッポロビール)

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サッポロビールの広報として10年以上活躍する、大登さん。社内広報としてイントラネットを使った社内報を立ち上げ、リアルタイムで役立つ情報はもちろん、社内の風通しをよくするためのコンテンツを配信しています。病気を乗り越え、最近仕事がとても楽しいと話す大登さんの仕事観に迫ります!(2010年2月時点の情報です)

工夫を重ねて立ち上げたイントラネットが社長賞を受賞。挑戦を続ける大登さんのワークスタイルとは?

現在のお仕事の内容を教えてください。

現在は社内報の仕事と、サッポロビール本社の地下にあるヱビスビール記念館のリニューアルの準備をしています。

2002年からサッポロビールでは紙の社内報が廃止されたんですが、2008年に、社内報の復活を経営陣に提言して、イントラ(イントラネット 社内向けWebサイトを含む、社内のネットワークシステム)の形式で立ち上げたんです。半年間いろいろと勉強して、社内報にイントラを使おう、という結論に行きついて。

紙だと、じっくり読めるという利点もある一方、読まない人はすぐ捨ててしまうんですよね。でもイントラだと、パソコンを立ち上げた瞬間にぱっと目に入るから、読んでくれる率が高い。社員の方に読みやすいように、長いものにはせず、写真を使って一目でわかるようにしています。人気のあるコーナーだと4000人中3000人の人が読んでくれているんです。このイントラの社内報、社内の風通しをよくしたという理由で、2009年に社長賞をいただいたんですよ。

現在の仕事に就くまで、どのようなお仕事をされてきたのでしょうか。

96年に広報室の配属になるまでの3年間、営業機器の販売をしていました。POSレジの販売や売り場の提案をする仕事です。
その後、96年に広報室に配属になり、紙を使った社内報の作成や、社外広報を担当しました。

どんな学生時代でしたか?

18歳で札幌から東京にでてきて、何もかもが目新しかったです。最初はテニスサークルに入っていましたが、でも周りにどうしてもなじめなくて。その後バレーボールサークルに移って、バレーボールをしたり、飲み会に行ったり。ごく普通の大学生活でした。当時からビールは大好きでした。

現在の会社に入社を決めたきっかけはなんですか?

私の家は代々靴屋を経営していて、子供の頃から、下駄の材料である木の匂いや従業員の方がせわしなく働いている環境の中で育ったんです。工場の積み上げられた丸太が私の遊び場で。

下駄が、木から作られて、最後に皆で鼻緒を織って~そして時代とともに、下駄が靴にとって変わられて~そういう現場を見てきました。もの作りや経営というのが近い環境で育ったおかげで、メーカーに行きたいと思うようになったんです。

靴って、数え切れないメーカーがあり、我々消費者もあまりブランドを意識したりはしないですよね。だから行くならお客さんにブランドを意識してもらえるような、企業ブランドの強いところに行きたいって思っていました。だからメーカーの中でも企業ブランドの強いビール業界や自動車業界、ガラス業界で会社を探していたんです。ビールが大好きだったことも決め手でしたね。

病気を乗り越えて、仕事は自分の一部だと確信した~そう話す大登さんの仕事観とは?

仕事の楽しさと苦労を教えてください。

最近仕事がとても楽しいです!
これまでは、一年に何回か仕事をやめたい、主婦になりたいと思うこともありました。

でも最近は、仕事の難易度が今の自分にちょうどよくて、仕事を乗り越えた後の達成感が快感なんです。自分の積み上げた苦労と達成感がつり合ってきているんじゃないかな。

あとは、2008年に病気で2ヶ月間休職してから、肩の力が抜けたってことも大きいと思います。それまでは仕事も家庭もどちらも完璧にこなさなくちゃって思いがあったんです。でも、私が病気で何もできない時期でも、仕事も家庭もそれなりに回っていたから「自分が完璧にやらなきゃ、ということはないんだな」と感じました。それからは気持ちが楽になって、周りの力を借りることも、苦じゃなくなりましたね。実は周りも助けを求められることって苦じゃないんですよね。

大登さんにとって仕事とは何ですか?

仕事はまさに自分の一部。
休職していた2ヶ月間は、会社にも行けず、家族にもたくさん迷惑をかけたんです。でもそのときに、仕事が自分の一部だということを改めて認識しました。

それまでは、仕事をしていない他の自分というのもあり得るのかもしれない、仕事をやめるという選択肢もあるのかもしれないという思いを抱えていたんですけど、しばらく休んでみて、仕事が大好きな自分がいることに気づいたんです。仕事がなかったら自分のバランスは保っていけないと感じました。

どのように仕事と家庭を両立させているのでしょうか?

絶対に5時半に帰るようにしています。3時すぎから5時半までは、仕事を片付けるための一日のラストスパート。子供が生まれる前は、休日出勤したり、平気で残業もしていましたが、子供が生まれてからは残業しないよう、タイムマネージメントに工夫をするようになりましたね。

仕事の優先順位とかかる時間を事前に考えて、社外でできること・・・資料の読み込みや考え事などは、移動時間や子供がテレビを見ている時間などにすませるようにしています。社内にいるときには、すきま時間にインプットした情報をもとに、自分の頭で考えたことをひたすら企画書や提案書にアウトプット。
このおかげで時間を有効に活用でき、仕事と家庭を両立できています。

これからどんなことをしたいと考えていますか?

まずは親孝行がしたいですね。あと子供が親離れしたら、一人でどこかに転勤してみたいです。国内だったり国外だったり。そうして家族が離れていても、一人ひとりがそれぞれの場所でがんばっている。そんな家族を作りたいです。あとは、自分を成長させるために広報以外の仕事に挑戦するのもいいな、と思っています。

これから同じ職業につきたいと思っている人にアドバイスをお願いします。

会社に入ったら、世代の違う人や意見の違う人たちと仕事をしなくてはなりません。そういった環境の中で、困難にめげず仕事をしていける力を持ってほしいと思います。世代間の壁に悩むことがあっても、周りから吸収して、成長していってほしいです。

女子学生に対してメッセージをどうぞ

内定が出たとしても、たくさんの企業を見てほしいと思います。回れば回るほど、自分にあっている会社かということが肌でわかるようになってきます。
それに就活を通じて、社会がどのように動いているのかということが見えてきます。社会を知る一歩なので、ぜひこの一生に一度の機会を活かしてください。

インタビューを終えて( 学生記者:小林千晶)

大登さんは、表情がとてもいきいきしていて、力強いワーキングマザーでした。
仕事は自分の一部、そう言いきれる働き方ってかっこいい!私もこんな風に10年後、20年後働いていられたらと思いました。でも同時にその輝きは様々な悩みを抱えた時期があったからこそのものなのだということもわかりました。大登さん、ありがとうございました。

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About Author

ハナジョブ学生記者

2008年〜2012年までの学生記者たち

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