後輩たちの成長ぶりを見るのがとても楽しい。(日立テクニカルコミュニケーションズ)

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日立テクニカルコミュニケーションズは社員の半数が女性で、管理職に就いている女性も管理職全体の4割弱を占めています。女性の課長として自然体で働く熊谷さんにお話を伺いました。管理職になってから、仕事や仕事に対する思いがどのように変わってきたのでしょうか?(学生記者:中並沙緒理)

学生には聞きなれない「テクニカルコミュニケーション」とは?

現在の仕事内容を教えてください。

当社では主にソフトウェアのマニュアル制作を行っているのですが、最近はソフトウェア以外のマニュアルや、マニュアル以外の仕事も増えてきています。そういった新しい分野の仕事を担当する部署に、3年ほど前に異動になりました。そこでプロジェクトの取りまとめをしたり、お客様を訪問してマニュアル制作のご説明やご提案をしたりしています。

現在の仕事に就くまでにどのような仕事をしていましたか?

当社が作成するマニュアルは、一般のユーザーの目にはあまり見えない部分で動くシステム、いわゆる基盤製品のマニュアルがほとんどです。システムエンジニアの方が読むようなマニュアルですね。私自身も、日本中をオンラインで結ぶような大規模なネットワークシステムやデータベースシステムなどのマニュアルを長く担当してきました。
たいてい数年単位で同じ製品を担当するのですが、一時的にまったく別の仕事にアサインされることもあります。10年くらい前には、ある会社の業務システムのマニュアルを作るために、お客様先の会社に2ヶ月ほど常駐したこともありました。

「文章を書く仕事がしたい」小学校のときから描いていた思いとは?

では現在の仕事に就いたきっかけを教えてください

自分で言うのもおこがましいのですが、私は小学生の頃から作文とか読書感想文が得意だったんです。その頃から漠然と、将来は文章を書く仕事がしたいと思っていました。ただ、自分の書く文章は面白くないから小説家などは無理だとも思っていたんです。客観的に文章を書く仕事、文章を書くことを技術として使うような仕事がないかなと、中学生の頃にはすでにそんなことを考えていました。
大学では日本語学を専攻しました。外国人に日本語を教える教師を養成する学科だったので、日本語教師の道も考えたのですが、ある日、OGの先輩が当社の説明に来てくれて、その時に聞いたテクニカルコミュニケーターという仕事が私のやりたかったこととピッタリだとピンときたんです。話を聞くうちに、会社の雰囲気の良さ、教育の充実などにも魅かれ、入社を決めました。

熊谷さんの現在の仕事のルーツは小学校からなんですね。では大学時代はどのように過ごしていましたか?

大学に入って、以前からやってみたかったアイスホッケーを始めました。当時は男子チームしかなかったので、女子チームを自分で立ち上げたんですよ。リンクを夜中に借り切って練習するのですが、リンクを借りるにも防具を揃えるにもお金がかかるので、昼間はアルバイトばかりしていましたね。体育会だったので練習もかなりハードだったのですが、大変なほうがやりがいも大きいし楽しい、とアイスホッケーをして思うようになりました。大変なほうが楽しいというのは仕事にも言えるのではないかと思っています。

管理職としての仕事のやりがい。~管理職になって気づいたこと~

仕事のやりがいを教えてください。

昔は、お客様からダイレクトに反応が返ってくることや、お客様と仲間意識をもって取り組めることが嬉しかったですね。今は、後輩たちの成長ぶりを見るのがとても楽しいです。
実は私は「とにかく現場でモノを書いていたい」という思いが強く、できれば昇進などはしたくないなぁと思っていました。けれど、主任、そして課長と、年次に応じた役職を与えていただいて、会社という組織の仕組みが見えてくると、組織を動かすという管理職の仕事にも、文章を書くのとは違った面白さがあると感じるようになりました。

では仕事で苦労したことはありますか?

納期が厳しかったり、お客様の要求レベルが高かったりといったことには常にプレッシャーを感じています。ただ、こういった大変さはやりがいにもつながるので、あまり苦労と感じたことはありません。

入社して8年くらい経った頃、仕事をやり尽くした気になり、仕事が面白いと思えなくなってしまった時期がありました。独りよがりになっていたんですね。このまま仕事を続けてよいのだろうか、とも考えました。そんなとき、大きなプロジェクトの主任に抜擢されたんです。とても責任が大きかったので自信がなく悩みましたが、いざプロジェクトが始まると、抜群のチームワークで充実した仕事ができました。このとき、チームで仕事をすることの楽しさや奥深さを知って、自分がいかに狭い範囲しか見ていなかったかということに気づきました。今思えば、当時の上司は、チームを統括することで私が成長するきっかけを与えてくれたのではないかと思います。

ほかにも、「あのとき少し高めのハードルを用意して私を育ててくれていたんだな」と後になって気づくことが何度もありました。社員ひとりひとりをよく見て育ててくれる会社なんだなと感謝しています。

熊谷さんにとって仕事とは何ですか?

私にとって仕事をすることは食事をしたり眠ったりするのと同じように当たり前のものなので、改めて聞かれるとすごく難しいです。敢えて言うなら「自分を構成する一部」でしょうか。学生時代は「仕事を通して成長したい、世の中の役に立ちたい」などと考えていましたが、そういうことも、今となっては特に意識しなくても自然に実現できている気がします。

仕事をする上で心がけていることはありますか?

「会社員」としては、マニュアルを書くだけでなく、日々いろいろとやらなくてはならないことがあるのですが、ひとつひとつ目的や意味を考えながら、丁寧に、一生懸命にやるよう心がけています。「やらなくてはいけないから」と仕方なくやるのはもったいないと思うんです。同じ仕事でも、「やらされている」と思うのと、自分で納得して前向きに取り組むのとでは、面白さが全然違ってくると思います。

熊谷さんの素顔を探れ!趣味や目標に対してトコトン取り組む姿とは?

熊谷さんの休みの日の過ごし方を教えてください。

一つのことにとことん熱中してしまうタイプなので、休日は結構極端な過ごし方をしています。
会社に入ってからも、しばらくアイスホッケーを続けていたのですが、残業後、夜中に練習に行ったり、土日もスケートリンクに通ったり、本当にアイスホッケーばかりやっていました。あと、アメリカに研究発表に行くと決まったときには、朝から晩まで毎週のように英会話教室に通っていました。英語を勉強するのは学生の頃以来十数年ぶりだったのですが、1年間通っていたら、TOEICのリスニングの点数が満点になって、自分でも驚きました。映画に熱中していたときは、映画館で1年間に80本見たこともあります。
アイスホッケーをやめた後、ダイビングを始めました。今は年に1回、連休を使って夫や友人たちと南の島に潜りに行くのが最大の楽しみです。

将来の夢を教えてください。

日立テクニカルコミュニケーションズという会社を居心地のよい会社にしたいと思っています。気持ちよく働けて、かつお客様に喜んでいただける会社にしていきたいですね。また文章を書くことも続けたいと思っているので、現場のモノ作りにもずっと携わっていけたらと思います。

これから同じ職業に就きたいと思っている人にアドバイスをどうぞ。

書くことが好き、モノ作りが好きなど何か一つでも興味を持てたら是非挑戦してほしいと思います。「わかりやすい文章」や「わかりやすく伝える技術」というものは、今とても求められていると思うので、様々な活躍場所があると思います。体力勝負だったり、地道な努力が必要だったりと、結構大変な面もありますが、次々と新しい技術に触れられる仕事なので、好奇心旺盛な人には向いていると思います。

学生に対して何かメッセージをお願いします。

失敗を怖がらないで、いろんなことを経験してほしいと思います。学生時代に色々な経験をしている人は入社してからの伸びも大きいような気がします。学生の頃の失敗は今思えば大したことではないと思うので、今のうちにいっぱい失敗して学んでください。(笑)

インタビューを終えて( ハナジョ記者:中央大学法学部4年 中並沙緒理)

とても冷静な印象に見えた熊谷さん。けれど、自分が「これだ!」と決めたことに対して一生懸命で妥協を許さない人だと感じました。できるまでトコトンやる姿に感銘を受けました。熊谷さんご協力ありがとうございました。

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ハナジョブ学生記者

2008年〜2016年までの学生記者たち

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